地球に穴があいたよ
奥森 蛍
リトルフォレストの珍事
1-1
パタの国は北東部にあるリトルフォレスト市。大自然に囲まれた森林面積八十パーセントを超える山間の町で、特産のヒノキとリンゴの木の数は人口よりもずっと多い。
三期目を迎える市長ドンガガはその時、執務室のトイレにいた。
カエルのフードが付いたジャンプスーツを足元まで降ろし新聞を読みながら便座に腰をかける。
「ほうほう、マール銀行の株がまた上がりましたか。これは買い時を逃しましたね」
つぶやきながらぱらりとページをめくると百十四歳のおばあちゃんの誕生日会の記事、その隣にはなんと大手ピザ屋がこのリトルフォレスト市にも初出店したとの記事があった。
新聞を読み込んでいるとふいに扉をコンコンとノックする音が聞こえる。
「市長、市長。そろそろお時間です」
「ニッケルくん」
「はい」
「ジャックピザがこの町にも出店したそうですよ。今日のお昼はピザにしましょうか」
「いいですね、僕はシーフードピザが食べたいです」
「私はやっぱりジャックスペシャルが気になります」
「ああ、確かに! ジャックスペシャルも気になります」
「では、シーフードとジャックスペシャルのハーフ&ハーフでいかかでしょう」
「いいですね、それにオニオンリングも付けて……」
「おほん!」
秘書のニッケルが驚いてふり返ると執務室の入り口には眼鏡をかけた先輩秘書カッパーが渋い顔をして立っていた。彼はドアに近づくとノックしてやや大きな声で呼びかける。
「市長、子供たちがお待ちかねです。ピッツアの話はのちほどに」
「分かりました、ではのちほど」
ドンガガはジャーッと水を流すと立ち上がりジャンプスーツを引き上げる。鏡の前でゆっくり手を洗い、誕生日に妻からもらったハンカチーフで丁寧に手をふく。フードを頭からすっぽりかぶると鏡で笑顔を確認する。鮮やかなカエルの色が栄えている。
「お待たせしました」
扉を開けると恐縮した様子の新米秘書ニッケルと少し不満げなカッパーが一目見て目を丸くした。
「市長、フードは今からかぶらなくても……」
小言を言うカッパーにドンガガは笑いかける。
「よく似合っていると思いませんか? カエル」
「ええ、それはまあ」
「では行きましょうか」
意気揚々とするドンガガの後にカッパーとニッケルが続く。二人は聞こえるか聞こえないくらいの小声で話す。
「ミイラ取りがミイラになってどうする」
「すいません、つい」
「まったく! 予定が十五分押しだ。ピザを食べてるどころじゃない」
今日の日が晴れで良かった。
今日は子供たち待望の自転車安全教室だ。カエルにふんしたドンガガは壇上脇でひっそりスタンバイする。
目が合った前の方にいる子供たちにそよそよと手を振りにこにこと笑みを送る。ドンガガのその様子を見た子供たちはわらわらと前の方に押し寄せ、ステージの校長先生の話はそっちのけだ。
『皆さんはご存知でしょうか? 自転車は車の仲間です。一つ判断を間違えば重大な事故になりかねません。交通ルールを守ることは自らの命を守るだけでなく、他人の命を守ることにもつながります。私が自転車を運転するときは……』
待ちかねた生徒たちがわさわさし始めた。
「校長、そろそろ」
見かねた薄毛の教頭がステージ下から声をかける。校長は少し不機嫌な様子を浮かべて、よりマイクに近寄る。
『ああ、では皆さんお待ちかねのスペシャルゲストをみんなで呼びましょう。せーの……』
「ドーンガガ市ー長!」
『ハーイ!』
そう返事して校長と交代でステージに上がる。初めて姿を見る後ろの方の子供たちは「うわあ、カエルだ!」ときゃっきゃとはしゃいでいる。
ドンガガはこの町の人気者だ。
『皆さまこんにちは。ドンガガです。このような良き日にお招きいただきありがとうございます。今日は私も交通安全を学ぶために皆さんと一緒に自転車でお教室に参加します。これが私の自転車アスラン号です』
そう言ってステージに横づけした荷台つきの自転車を見せる。黄色にカラーリングされ、前のかごにはデフォルメされた大きな可愛いライオンのマスコットの顔がどん、と取り付けてある。
『アスランはライオンという意味です。ライオンほど早くありませんがスーパーに行くのには丁度いい。私の大事な
ドンガガは実際に休みの日、よくスーパーに行く。
行って売り場を入り口近くの野菜コーナーからではなく逆のパンコーナーから見る。包みに包まれた小さなハンバーガーを一つかごに入れ、スーパーの中をぐるりと巡る。
総菜コーナーを冷やかした後、ドリンクコーナーでジュースを買おうか迷い健康診断の数値が気になり結局、冷蔵庫にある麦茶でいいかとあきらめ、最後に野菜コーナーにあるビニールパック入りのサラダを買う。パック入りだと総菜コーナーにあるトレー入りのサラダより幾分安い。
運動場には目一杯に自転車安全教室用の白線で描かれた道路が出現している。きっと警察署の人たちが朝早くから来て描いたものだろう。
まず、警察官が説明しながら自転車で道路を渡り、そのあと率先してアスラン号に乗ったドンガガが渡っていくと子供たちも大喜びでそれを真似る。それを何度か繰り返しカエルのジャンプスーツは汗だくだ。炎天下だ、仕方がない。
疲れたドンガガは任務を終えたアスラン号を子供たちに貸し出した。子供たちは代わる代わる喜んでアスラン号を乗り回している。
フードを脱ぎ汗をぬぐいながら、遠くから子供たちの様子を楽しく見ていると青ざめた顔でカッパーが走ってきた。
「市長、市長!」
携帯電話を持った左手がふるえている。いつにないことだ。
「どうしました? カッパーくん」
「ち、ち、ち、ち……」
「はい?」
「地底人が現れました!」
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