反転の間
12-1
その湖はまるでブロードの生地にアイロンをかけたように真っ平らで底まで透き通る美しさだった。岸辺に近づいて湖水をひとすくい。鉄さびのにおいがする。ここら一帯の赤い地層は鉄分を含んでいるらしい。
鼻をくんくん鳴らしていると長が隣に来て顔をごぼっと湖水に浸けた。他のサンペリオの人々もそれを真似る。
ドンガガが唖然としていると顔をざばっと上げて、髪から水を滴らせながらびしょ濡れ顔で「フリランカ、フリランカ!」と手招く。どうやらお前も飲めと言っているらしい。
少し躊躇したが断ると何だか失礼な気がしたので恐る恐る岸辺に屈み湖面にそっと口を付けた。そっと飲んでぱあっと明るい笑顔を浮かべる。
「すごく美味しいです。皆さんも飲んで下さい」
皆、怪訝そうな顔をしていたが暑さで喉も乾いていたので、ごくりと一口。
「何と美味しい」
カッパーの顔が澄む。
「いつも飲んでいるフォレスト山地の天然水に近い味ですね」
キャシーも満悦だ。皆はごくごくごくと夢中で湖水を飲む。
「何やってるんだ、お前たち」
地に響き渡る大きな声と共にふしゅーっと生臭い大きな風が吹き抜ける。顔を上げて腰を抜かす。そこには赤いうろこの巨大な龍、レッドドラゴンがいた。
ドラゴンは伝説上の生き物、見るのはドンガガも初めてだ。ドラゴンが一歩踏み出すとドオオンと地が騒ぐように揺れる。ゴオオオオォと火を吐いて近くにあった岩を
リトルフォレストの一同は湖水を飲むのを止めてぶるぶると震え出す。ドラゴンはふっと笑うとサンペリオの長に近づいた。
「お前、あの時の人間だな? 地球の反対側とやらへは行けたのか?」
「ディン、ワルヘリヒ」
「そうかそうか」
ドラゴンはサンペリオの言葉が分かるらしい。
「で、お前たちは?」
ドンガガたちに問いかけているようだ。大きな、がらがら声はドスが効いていて迫力がある。
「元市長」とカッパーに促され前に進み出る。震える足を踏ん張って視線を上げる。
「わ、私、地上のリトルフォレストで市長をしておりましたドンガガと申します。サンペリオの皆さんと姉妹都市の提携を結ぶために地上からやってまいりました」
「そうかお前たちも地上の反対側へ行きたいのか」
何やら含みある態度で嬉しそうに笑う。
「この湖の底は地球の反対側の地底湖へとつながっている。湖に潜り水面に顔を出したころには反対側の大陸さ」
「湖に潜るのですか?」
「そうだ」
「すぐに着くのですか?」
「いいや、二十分はかかる」
「そんなに息は続きません」
ドンガガは困った表情を浮かべる。
「案ずるな。ここにいいものがある」
ドラゴンは腹の下から秘蔵っ子を出すようにそれらを出した。大きな漬物ビンだ。ドンガガの顔以上の大きさがある。
「こいつを被って水中を進むといい」
「それはそれは、ご親切にありがとうございます」
礼をして受け取りに行こうとしたのをドラゴンが大きな羽で遮った。
「オレはなぞなぞ大好き、なぞなぞドラゴン。オレになぞなぞを出してくれ。オレが答えられない問題を一問でも出してくれたらこの漬物ビンを貸してやろう」
「なんと」
ドンガガが愕然としているとサンペリオの長が歩み寄った。キャシーが訳す。
「ドンガガさん……あの漬物ビンを借りましょう。我々も向こう側の岸辺で……ブルードラゴンに漬物ビンを借りてきました。向こうへ渡るにはこれしかありません。クイズになら少し……自信があります。頑張りましょう」
「……そうですか、私はなぞなぞがあまり得意ではないのですが。そう仰るのなら挑戦いたしましょう。お力添えよろしくお願いいたします」
「ワ」
長は任せろというような笑みを浮かべた。
なぞなぞドラゴンは二人のやり取りを聞くと喜んでその場に座り込んだ。羽をきっちり畳んで大人しくドンガガの問題を待っている。
「そ、それでは問題です。キャベツに虫がいました。それを見て婦人が声を上げました。何と言ったでしょうか?」
「わはは、簡単だ。答えは『キャー別のにして』だ」
「正解です……」
ドンガガは肩を落とす。
「元市長簡単すぎますよ。では次は私が」
カッパーが眼鏡をくいっと上げる。
「第十六代イルギネス朝、皇帝ケッペルパッカーが東方遠征の時に持ち帰った貴重品とは何でしょうか?」
「それはなぞなぞじゃない、クイズだ!」
なぞなぞドラゴンが不平を漏らす。
「問題は問題。答えてもらわなくては困ります」
「そんなの知らない!」
ゴゴゴッと今にも火を噴きそうな勢いで怒っている。
「答えは王妃の冠です」
カッパーは毅然として答える。相手がドラゴンだろうと怯まない。
「あなたは答えられなかった、約束は約束です」
なぞなぞドラゴンの懐まで行くと漬物ビンをふんだくるように手にした。相手にしてもらえなくなったなぞなぞドラゴンは怒ると思いきや、意気消沈して凄く寂しそうな顔をしている。
この最果ての地でただひとり孤独に耐えながら、やってくる旅人とのなぞなぞ遊びだけを楽しみに生き抜いてきたんだろう。そう思うとドンガガは切なくなった。
「カッパーくん」
ドンガガはカッパーから漬物ビンを取り上げなぞなぞドラゴンに返した。
「どういうつもりです、元市長?」
「これは正攻法ではありません。なぞなぞはあくまでなぞなぞ、クイズではありません。なぞなぞドラゴンさんはなぞなぞを答えられなかったら、と仰いました。我々はなぞなぞで勝負に勝つまでそれを受け取る権利はありません」
なぞなぞドラゴンの顔がぱあっと晴れる。
「なら、なぞなぞを続けてくれるのか?」
「はい、もちろんです」
カッパーはあきれ顔だ。反対になぞなぞドラゴンの声は弾んでいる。
「じゃあ、次は僕が問題出しますね」
ニッケルが手を上げた。
「尻は尻でも硬い尻はなんだ?」
「簡単だ! 答えはメスシリンダーだ!」
「正解」
ニッケルはお手上げだとジェスチャーする。
「じゃあ次は私が」
キャシーが手を上げる。
「花屋で一本だけ花を買いました。買ったのはどんな花?」
「うーん……、そうだ! 答えは一本だけだからバラの花だ」
「正解」
「なら今度は私が」
ドンガガが再び前に出る。今度は自信がある。
「測っても測っても減らないものはなーんだ?」
「?」
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