テーラースズコ

9-1

 歩けども歩けども土中で、いつまでたってもトロッコ列車にたどり着かない。


 長はもうすぐだろうと言うがその言葉は二時間前にも聞いた。考えてみれば長はトロッコに乗っていないのでその正確な位置を知っているはずが無い。途方にくれながら歩いていると前方の道が様変わりを始めた。なんだか少し華やいでいる。


 土壁がつるりとしたサテンで目隠しされ、デパートにいざなわれるように道の両脇にぽつぽつとマネキンが並び始め、気が付くとそこはファッショナブルなセンター街のど真ん中であった。異様ともいうべきはそのマネキン、全部銀色で虫の形をしており、バッタにトンボ、蝶にクモの型の物まであった。


 それらはやや個性的なモード系の服を着ておりまるでファッションショーのようだった。来るところを間違えたのだろうか? 


 夢中で見入っていると声がした。


「なんとも無様な服ザンスね、おまけに少し匂うザンス」


 振り返ってみるとそこには一匹のおしゃれなスズムシがいた。地中には不似合いなほど真っ赤に染めた羽をリンと広げてまるでハートを背負っているようでキュートだ。首にはグリーンの花柄のスカーフを巻き、左の羽の上隅に小さなリングピアスとダイヤのピアスを着けている。


「あたしはスズコ、デザイナーのスズコ。あーたたちをまとめてスカウトするザンス」




 何が何だか分からないままスカウトされた一同はスズコの事務所へとやって来た。センター街から少し離れた閑静な穴の中にありモダンな印象の室内だった。


 中に置かれている花や花瓶は皆アーティスティック、そしてやはりスタイリングされた銀色の虫のマネキンが数体無造作に並んでいた。これまでの旅で縁のなかったおしゃれな空間だ。


 スズコはドンガガたちを執務室に案内したかと思うと構いもせず夢中で机にかじりついた。


「このマネキンは……」


 大変よく出来ている、ドンガガがそう言おうとしたのをスズコが目も上げずに遮った。


「ああ、それはドワーフたちに作らせたんザンス」

「ああ、それで。なるほど」


 ふむふむと眺めているとスズコが声を上げた。


「あんた、ちょっと静かにしてこっちを向くザンス」


 ドンガガは言われた通りに黙りスズコの方を向いた。


「人間のデザインをするのは初めてのこと、燃えるザンスよ。それにしてもあーた、人間のくせに体躯が随分と短いザンスね」


「はあ……」


 スズコは夢中になってスタイル画を描き、満足するまで鉛筆を走らせると一時間後燃え尽きたようにイスに倒れ込んだ。


 スズコはふうっとため息を吐き、机に置いていたアンティークの呼び鈴を鳴らした。


 すると美しいカマキリの秘書がやってきて皆に紅茶を振る舞ってくれた。


 皆が皆ソファーには座り切れなかったのであぶれた者は立ったままでそれを頂いた。バラの香りがする。飲むと心の底まで安らかな気持ちになる。地中であるということを忘れそうだ。


 紅茶を飲みながらスズコがあれやこれやと尋ねてきた。

ドンガガたちはリトルフォレストの使節団であること、サンペリオを目指していること、そのためにはトロッコ列車に乗らなくてはならないことを丁寧に説明した。それを聞くとスズコは声を上げて笑い出した。


「あーたたち、そんな粗末な服で列車に乗るつもりザンスか?」

「はあ、そのつもりですが」


 ドンガガは困った表情で返事をする。


「あのトロッコ列車は超一流の観光列車、おしゃれをしないと乗せてもらえないザンス」


「困りましたね、そんなにおしゃれな服は持ってきていないのですが」


 ドンガガは自身の薄汚れた服を眺めた。おしゃれには程遠い。


 ドンガガだけじゃない、フォーマルなキャシーのパンツスーツでさえ汚れている。多分、高級料理店でも門前払いされるだろう。


「心配ご無用、あーたたちの服はあたくしが責任を持ってあつらえるザンス」

「あまりお金を持っていないのですが……」


「代金は要らないザンス。その代わり条件があるザンス」


「はて?」


「あたくしの主催するオートクチュールショー、スズコレにみんなまとめてモデルとして出るザンス」


「えええ?」


 皆は声を上げた。


「出ればその時着た服はあーたたちにプレゼントするザンス。悪い話じゃないと思うけどいかがザンス?」


 スズコレが開かれるのは一週間後、パターンを作って、仕立てる時間がいるから急いでもそれが限界だと言う。


 かなり足止めを食うが肝心の列車に乗れなくては困る。頭を抱え話し合った結果、服を手に入れるためドンガガたちはスズコレに出ることにした。


 出るのを決めるとスズコが再び呼び鈴を鳴らした。


「先生何か御用でしょうか?」


 先ほどのカマキリが再び顔を出す。


 スズコが偉そうに「採寸を」というと二分もしないうちに採寸のためのスタッフたちが部屋になだれ込んできて全身をくまなく測られた。驚くべきことにスタッフは皆違う種類の虫たちだった。ドンガガがたずねると「方々から優秀な虫を集めてるザンス」とスズコが自慢げに言った。


 そしてドンガガたちはショーまでの一週間、立ち方の訓練、歩き方、ポージングをみっちり叩き込まれることとなった。

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