069話 夫の手綱を取る冴えたやり方



「では、ルールを説明するわっ!!」


 イアと小夜は勿論、ディアとて負けていられない。

 修があわあわと戦慄く中、ルール説明が。

 なお、都は膝にローズを乗せて、ポテチ片手に観戦モードである。


「良き妻の条件。それは、夫の給料袋、胃袋、そして――――、玉袋を掴む事よっ!!」


「な、なるほどですシーダ姐さんっ!!」


「――理解しました」


「たまぶくろ? …………はっ、はうっ、そ、それって~~~~っ!?」


 目から鱗のイア、奮起する小夜。

 ディアは理解すると、失神寸前なのはともあれ。

 シーダはノリノリで続ける。


「その三つを掴んでおけば、もし夫が道を違えても正す事が出来るでしょう……」


「あー、シーダ姐さん? 料理勝負でもするのか?」


 一縷の望みをかけて、穏当な案を出す修だったが一蹴されてしまう。


「笑止! 私の見立てでは、皆は料理は高水準! もし今はそうでなくても、直ぐに上達するでしょう……、そして金銭面でも同じ。イアは仮にもエルフの姫、小夜さんは既に自力で稼いでいる。ディアさんもその才覚があれば問題ないでしょう」


「そ、その、シーダ様? でしたら何を…………?」


「良い質問ですディアさん! 今回貴女達に課す試練とは――――玉・袋ぉ! 三人の容姿ならば、下着をチラ見せするだけで、この馬鹿弟子ならば大いに掴む事ができましょう。…………しっ、かぁぁぁぁしっ!! それだけでは駄目!」


「――では、どうするのでしょうか?」


 首を傾げる小夜達に、シーダは修を指さして。



「この馬鹿弟子の、久瀬修の誘惑に打ち勝ってもらいますわ!!」



 そう高らかに告げるが、ディア達には今一つピンとこない。


「誘惑、ですか?」「はい?」「――成る程?」


「疑問はもっともね、ええ簡単な事よ。夫と妻は対等の関係……、ならば、夫の夜の誘いを断る権利が妻にはあるわ」


「つまりは、じゃ。もし修が夜の営みで、何らかの無茶を押し通す。そんな時があるかもしれない。実にケースバイケースな話じゃが…………、その時に、ママ達はパパの誘いを断れるかや?」


 ローズの補足に、三人はお互いの顔を見合わせ、続いて修を。

 童貞勇者としては、非常に居心地が悪い。


「俺はそんな事しないっ!!」


 即座に否定した修であったが、ゼファが巧妙に合いの手を入れる。


「ふむ、では主殿。御細君がコスチュームプレイや、超過激なプレイの求めを断った場合、なし崩しに迫らないと断言できるかね?」


「――――っ!? そ、それは…………くぅうう、お、俺はっ!? …………はぅあっ!? ち、違うんだ皆っ!?」


 ゼファの問いに、是と修は答えられなかった。

 確かに、何か重大なことをそういう行為で誤魔化す事は無いと誓える。

 だが、だが、だが。

 もし仮に、夜の営みにおいて男のロマンであるアレやソレを拒否されたら――――?


「オサム様…………」


「オサム、アンタねぇ…………」


「――――ある程度は拒否しませんよ?」


 約一名を除いて、非常に冷たい視線が修に、グサグサグッサリと突き刺さる。

 然もあらん。

 シーダは深々と頷くと、三人に問いかける。


「――――もう、理解したわね」


「分かりましたシーダ姐さんっ!! オサムの誘惑になんて負けません!」


「が、がんばりますぅ……」


「――勝敗は?」


 キラリと目を光らせる小夜に、残る二人も固唾を飲んでシーダの答えを待つ。


「そうね、……五分。五分間、私の作る隔離空間で修の誘惑に耐えられたら勝利。敗北条件は言わなくても分かるわね?」


 三人はこくりと頷いた。

 だが、そこで待ったをかけたのは修。


「待ってくれシーダ姐さん。俺はそんな事するつもりは無いぞ」


「ふふっ、貴男に拒否権は無いわ。……とはいえ、ディアさん以外に誘惑するのは、現時点では少し大変でしょう。ですので――――」


 するとシーダは、修に銀の懐中時計を与えた。


「これって、シーダ姐さんの……?」


「ええ、私の力の源……の、予備ね。余っているのであげます。でも心配しないで良いわ、修には使えない無用の長物だけど。ここをこうして、そして私がいれば――――」


 シーダが修の手の懐中時計を操作したと思えば、その瞬間、ぼわんと修が煙に包まれて。


「シーダ姐さんっ!?」「何かするならさぁ」「最初にいってくれよ、いっつも突然なんだから――――」


「「「――あれ?」」」


 煙が晴れるとそこには、寸分違わぬ修が三人。


(え、何だ? なんだこれぇっ!? 何か体が三つあるぅっ!? え、ええ~~? 思考は一つなのに、なんだこれ、何なんだよこれ!?)


 わたわたと修は手足をバタ付かせると、他の二人の修も同じように。


「修、貴男の右手を見なさい。番号が振ってあるでしょう?」


「――これか、俺が1で」「俺が2で」「俺が3か」


「ちょっとした私の魔法の応用で、2番はイアさんと結ばれかけている貴男を、3番は小夜さんと結ばれかけている貴男の情報を、平行世界からコピーして顕現させたわ」


「妾と結ばれるオサムっ!?」


「――わたしの、修くん?」


「ま、これから有り得るかもしれない平行未来の事よ。そうそう、一番はこの世界の貴男だから、何の問題は無いわね」


 シーダが行った無茶苦茶に、修は驚きを通り越して唖然とするしかない。

 確かにこれならば、この試練は可能かもしれないが。


「…………ここまでするか? 普通?」


「パパよ、諦めるのじゃ……。こやつの本体はただのヒトの身で魔王となり、異世界に分身を送り込む女傑じゃぞ? こやつのキテレツさはパパも覚えがあるじゃろう?」


「いや、それはまぁ、確かに……」


 ローズの慰めに、修は深く頷いた。

 ついでにイアも深々と頷いた。

 そう言われると心当たりは十二分に、あちらの世界で一時期噂になったシーダ十人姉妹説、大陸の端から端を瞬時に行き来していた力などなど、こういう事だったのだろう。


「仕方ない……」「こうなったら」「やるしかないか」


 実に、実に不思議な気分だった。

 ディアを一番好んでいる自分が居る。

 イアを一番愛しく思っている自分が居る。

 小夜を抱きしめたい自分が居る。

 ――――何か、忘れていた想いや、封印して目を反らしていた嘗ての感情が蘇ってくるような。


(ああ、すっげぇ危険な気がする……、でも姐さんのやる事だしなぁ。あの人は基本的に誰かの幸せの為に動いている人だし)


 旅路の中で出会った難病の少女の為に、彼女が先頭に立って伝説の薬草を探し求めた事があった。

 それは後に、修や仲間の命を救う結果にもなった。


 戦火に引き裂かれた恋人達を、結婚に導いた事もあった。

 それは後に、敵対していた大国同士が手を結ぶ切っ掛けになった。


(やること為すこと破天荒、いっつも自分の為、自分がしたいからって振り回されていたけどさ)


 シーダという存在は、その行動は、誰かの為で。

 きっと今回も修の幸せを願って。

 そんな風にしんみりしている修を余所に、当の本人は話を進める。


「場所は修の部屋ね、ジャッジは私がするわ。安心して、中での事は私と修しか分からないようにするから。……それで、誰から行くの? 隔離空間は面倒だから一人ずつでお願いね」


「わ、わた」「はいっ! 妾がっ!!」「――私」


 褐色、白、肌、三色の腕が一斉に上がり、飛び散る火花。

 間髪入れずに、シーダは叫んだ。


「最初はグー! じゃーんけーん!」


「「「ぽいっ!!」」」


 振り下ろされる三つの拳は開いて、小夜がグー、残る二人はチョキ。


「――勝利」


「くっ、先を越されたぁっ!? 二番手は譲らないわっ!」


「負けませんっ!!」


 一抜けした小夜に続き、二番を決めるじゃんけんぽい。

 イアが出したのはパーで、ディアはグー。


「よぉしっ! 二番!!」


「うう、最後ですか…………いえ、切り替えましょう。中が分からないとは言え、終わった後の二人を観察すれば有益な情報が出てくるかもしれません」


 そんな訳で、順番は決まり。

 シーダの前に、修三号と小夜が立つ。


「それでは――――ホストクラブ・オサム! 開店!!」


「おい、何だそのネーミングっ!?」


 修のつっこみも何処吹く風で、三号と小夜の姿が消える。

 一瞬遅れて、本体である修一号の感覚が三号と同調して。

 そして、試練が始まった。


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