068話 ホストクラブ・オサム 近日開店予定



 目を反らしていた。

 薄々そうではないか、とは思っていたが彼としてはディア一筋なわけで、ちゃんと公言していたかは兎も角。

 他の者も皆、そういう意識ではあった筈だ。

 だが、やはりというかなんと言うか、本音は違ったんだろうなー、と修はぼんやり現実逃避した。

 然もあらん。

 今の状況は、ソファーの修の右にイア、左にはちょこんと小夜が、膝の上にはディアが。


(わ、わたっ、こ、こんなぁっ!? はうっ、で、でも負けて――――!?)


(ていうかおいっ!? お前俺にくっつけるんじゃねぇ…………あ、駄目だコレ)


 以前の様にあっさり膝の上を確保したかと思えば、ディアの目はぐるぐる回り、Tシャツを掴むてはガタガタ震えて。

 接触しているのは彼女の膝と修の太股だけ、という有様。

 体重が膝の集約されているので、すこし痛い。


(今下手に何かリアクションすれば、剣に戻るなこりゃ……。誰か居ないのか、この状況を打破してくれる奴は!?)


 姉といえば、場を焚きつけた後はニヤニヤと珈琲をすするばかり。

 そして右を見れば、涙目でむくれるイア。

 しかして、しっかりと腕を絡めて。


(ううぅ……、妾がっ、妾がずっと長く隣に居たのにっ!! ディアどころか小夜までぇっ!?)


(おお、こいつこんな表情を……、元か良いから可愛い……じゃねぇよっ! いくらなんでも分かるってーの! どうみても俺の事好きだよねイア! じゃなきゃあっちの世界から来てないよね! あーもう! そうすりゃいいってーんだよぉ……!)


 遅いと罵倒するべきか、成長を喜ぶべきか。

 異世界の旅路において、何時かは帰還する事が出来るのではと、恋愛から目を反らし続けていたツケを払う時が、この童貞勇者にも訪れたのだ。

 とはいえ、ここで無理矢理引きはがす事が出来たのなら童貞など疾うに捨てている。


(まさかわたしが、そんなベタなイベントを忘れて…………、ええ、通りで幼馴染みモノが大好物だった筈ですよっ! チャンス、あるかなぁ……。あるといいなぁ……)


(小夜さん、小夜。すっかり忘れてたが幼馴染みよ! お前ならこの状況…………、うん、無理だよね!)


 左を向けば、袖をちょこんと掴み上目遣いで恥ずかしそうな外だけクール美少女。

 こっちはこっちで愛くるしい、だがそれ故にふりほどく事が出来るだろうか?


(イヤー、アハハハハーー。俺ってばモテモテだなぁ! あっちでもこう分かりやすくモテてたら違ってたのかなー? ………………いや、現実逃避やめようぜ俺?)


 修羅場、これが修羅場かと謎の感慨に心を震わせながら、修は「伝心」で仲間に呼びかけようと。


(…………駄目だよなぁ。やっぱ。多分だけどさ、こういう時は自分の言葉じゃないと駄目な気がする)


 例えばこれが、修にはあり得ない事だが浮気がバレて、などという事態なら常習犯からアドバイスを聞き出したであろう。

 でも、修の自意識過剰でなければ三人は純粋に修の事を好いてくれている気がする。

 ならば、誰かの言葉を借りるのは不義理というモノだ。

 童貞勇者は勇気を出して、まずは軽いジャブ。


「み、みんな……、ちょっと熱いかもしれないから退いてくれないかなーって?」


「…………」「…………」「…………」


 が、駄目。

 ディアはふるふると首をふって、銀髪から良い匂いとか思っている場合ではない。

 イアはより一層、腕を絡める力を増して。

 平原の中の小さな丘の感触が、幸せだと感じている場合ではない。

 小夜はこてんと額を腕にくっつけて。

 なんだその可愛い仕草、とか思ってる場合ではない。


(――あれ? これ八方塞がりでは?)


 下手な事を言えば、三人の好感度は下がるだろう。

 将来、ディアを選ぶ事を思えば彼女を抱きしめれば解決の様に思えるが。


(泣くよね? イアは泣くよね? 小夜も泣くよね多分、思えば泣き虫だったからなぁ…………)


 昔は臆病で泣き虫で、よく励まして、笑顔が見たくて連れ回していたあの日の夏休み。

 ――だから、思いでに浸ってる場合ではない。


 かつて敵地に捕らわれて断食三日目の時より、確かな重圧に冷や汗ダラダラの修を救ったのは、頼りになる師匠であった。


「はい、皆さん注目っ! これより私から重大な話があります――」


「師匠ォ! ええ、何でも聞きますよ! さ、みんな俺から離れて正座して聞こうぜ!」


「ヘタレ」「ヘタレ」「ヘタレ」


 途端、三方からのヘタレコールで修は致命傷。

 傷は深いぞ死んでおけ。


「ええ、すまないわね貴女達。我が馬鹿弟子がヘタレで。これも恋愛させて来なかった私の責任だわ…………!!」


「世界は救えても、女の子には叶わない。あー、何か安心するわ愚弟」


「はいはい、脱線しておるぞシーダ、都叔母さま」


「……ローズちゃん? せめて都お姉ちゃんにして欲しいかなーって?」


 叔母と姪のささやかな会話はともあれ、ディア達が修から離れ終わってから。

 シーダはコホンと咳払いをすると、満面の笑みで告げた。


「あえて今明かしましょう……、私が何故、多方面の世界に赴いては戦っている事を……!!」


「……ああ、そういえばシーダ姐さんの事情って、聞いたこと無かったわね」


「イケイケドンドンで、気付けば勇者隊の参謀に居座ってたからな姐さん」


「そう、話せば長くなるのだけれど…………、すべては愛故に!」


 愛? 愛と申したか、と目を丸くする修とイア。

 然もあらん、勇者隊の中でも上位に美貌を持つが、誰が口説こうが靡かず、興味があるのは敵の殲滅のみ。

 そんな女傑から飛び出たのは、愛。


「ああ、お主はそうだったなぁ……、いやはやまったくもって懐かしいのう」


「知っているのかローズっ!?」


 訳知り顔の幼子に修は問いかけるが、彼女が答える前にシーダは言い放った。


「シーダ666・ゴーストプロトコル・タイプβとは、本体であるカミラ・セレンディアという美少女! が異世界を荒らし回る魔王の侵攻を防ぐために作り上げた防衛機構であるっ!」


 その瞬間、シーダの魔法でリビングの壁がプロジェクションマッピング。

 銀髪の美しい男性と、赤子を抱くシーダそっくりな女性が映し出される。


「私は思ったわ、私の幸せを何処とも知らぬ異世界の魔王風情に奪われる事などあってはならないとっ!! しかし、私が直接出向けば愛する夫と子共と離ればなれになるっ! であるならばっ!!」


「察知出来ること事態が既に驚異的じゃが、こやつはなぁ……」


「――そう、ならばその世界最強である私が、異世界でも最強の力を振るえるコピーを送り出せばいい。……全てはそう、ユリウスと我が子の為にっ!!」


 ぐぐっと拳を握り力説するシーダに、何故か女性陣は感動の涙。


「何時聞いても重――じゃない、愛の深い話じゃて。けど、そんな風に思える愛とかしたいのぅ……」


「くぅっ、シーダ姐さん、姐さんにそんな過去があったなんて…………」


「平行世界の私……、その旦那さんと私は何時出会えるのっ!? というか幸せになったのね私ぃっ!!」


「――――、これが、愛(……はて、何か手持ちの乙女ゲーに似たキャラが居たような。しかし……、愛する者の為に、異世界にまで赴いて…………愛ですよこれはっ!!)」


「――――これが私の目指す、愛…………」


 修としては、何故感動を? とか姐さんの愛は真似しない方が、やら。旦那さんは姐さんの重たい愛で大変そうだなぁ、などと思ったが言わぬが花である。


「ふふっ、分かってい頂けて嬉しいわ。――では本題に入ります」


 プロジェクションマッピングを終了し、シーダはキリッと表情を正し。

 つられて女性陣も正座して背筋を伸ばす。


(あ、嫌な予感)


 かつて何度この顔で、とんでもないアイディアが出ただろうか。

 しかし、結果的には最善手を通り越して、歴史に残る一手である事が多かった。

 聞かない訳にはいかない。


「――話はローズから聞きました。何でもディアさんとのお子が、将来の救世主となると。そして同時に、あの魔王も修の子として生まれ変わるという事も」


 シーダは微笑む、それは年老いた聖母の様な笑みであり、悪戯する前の童女の様な。


「そして――問題は二つ。一つは、修と恋仲になりたい人物はディアさんだけではない。そしてもう一つは…………、生まれ変わる魔王の親は修、という指定しかない」


「――――あ、ああっ!! シーダ姐さん、それってもしかしてッ!?」


 上擦ったイアの声に、シーダは頷いて。


「幸いにして、異世界セイレンディアーナの上流階級は一夫多妻制。そしてここ日本でも、妾という文化が無かった訳でもないし、何より――――まだ、貴女達は最終的な決着はついていない……」


「――機会は、あると?」


「イアさんっ!? 小夜さんっ!?」


 どこか浮ついた雰囲気の小夜、焦ったようなディア。

 シーダはニンマリを笑うと、高らかに。


「愛があればどんな困難だって乗り越えられるっ!! これより、馬鹿弟子の妻に、生まれてくる魔王の子に、彼女を魔王に育てない正しい教育が出来るに相応しい母を! 妻を選ぶ試練を開催するわっ!!」


「火災現場にニトロをぶち込むんじゃねぇぞ馬鹿師匠ーーーーっ!!」


 修が否と言っても、恋いに燃える少女達を止められる筈もなく。

 つまりは、そういう事となったのだった。


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