067話 アネキタリテ



 シーダ666・ゴーストプロトコル・タイプβと名乗る人物は、勇者隊の中でも特に異質な人物だった。

 イアでさえ知らない、理解できない体系の魔法を使い。

 本人の言うとおり貴族令嬢ということは、立ち居振る舞いから理解できるが、出身地は誰も知らず。

 しかして、その実力は誰よりも。

 どの有名な将軍よりも巧みに大軍を使い、剣を使わせれば随一、否、槍斧弓などなど、天才と呼ばれた誰よりも。

 徒手空拳の実力も言うに及ばず、呪文なしで放たれる魔法は都市一つ吹き飛ばす威力で。


「シーダ姐さんがいなかったら、俺達勝てていたかなぁ……」


 懐かしむ修の脳裏に、頼もしかった思い出と。

 何かと破天荒で、トラブルをパワーで粉砕し高笑いする彼女の姿が。


「あら、馬鹿弟子。貴男なら出来たわよ」


「可能だったとしても、妾達は道半ばで死んでいたわよね。ええ、姐さんにはとても感謝してる。――また会えて嬉しいわ」


 会えて嬉しいのは本当だ、だがしかし彼女が来たという事は当然トラブルも。そういう存在なのだ。

 故に、イアは無意識に警戒する。


「ふふっ、嬉しい事を言ってくれるわね。私も貴方達と再会できて嬉しいわ」


 そう微笑む水色の髪の美女に、ディアは若干の嫉妬と共に関心のため息しかでない。

 一方で小夜は、同一の魂と思しき存在が重なっている事に驚愕してそれどころではない。

 そしてローズと言えば、ややひきつった笑みで少し沈黙した後、恐る恐る問いかける。


「……のう、シーダよ。お主、前に余と会った事はないかのう?」


「え、お嬢ちゃんと? これが初めての――、あ、ちょっと待って検索するから」


 そう言うと彼女は懐中時計を取り出し、文字盤をじっと見つめ始める。


「――何をしてる?(ううう、この人達を見てると何かモヤモヤと思い出す様な……、けどこの妙な状態も気になりますしぃ……)」


「シーダ姐さんの癖なんだ、考え事する時はこんな感じで」


「こうなったら、出てくる答えが最適解なのよね。魔法を使って何かしている風でもないし、不思議よねぇ姐さんは」


 懐かしそうにしみじみと語る修とイア。

 話題に入れないディアは、すこしむくれて。

 やがてシーダは、顔を上げて答えた。


「お久しぶりねローズ、といっても昔の貴女と会った私はタイプθ、また別の私なのだけれど。――まぁ記憶の共有を済ませたから些細な事ね」


「…………やはりお主かぁ」


 ため息混じりの我が子の言葉に、今度はイアと修も話題に入れない。

 そんな三人の表情を見取って、ローズは説明した。


「ま、簡単に言うとな。シーダは余と同じく多次元を渡り歩く存在なのじゃ」


「大ざっぱに言うとそういう事ね」


「……スケールが大きいなぁ」「ただ者では無いと思ってましたけど」


 ローズは数多の次元で転生を繰り返す上位存在の竜だ、つまりシーダはローズに匹敵する上位存在という事なのだが。

 ともあれ。


「――質問、いいですか?(わたし、気になりますっ」


「はいどうぞ。小夜さん、だったわね」


 ピシっと右手を上げる小夜に、シーダは微笑んで。


「一つ。何故、修くん達に力を貸した? 二つ、何故、ここに来た? 修くんの姉の体まで借りて」


「ああっ、そうだっ!? 何でアネキの体使ってるのさシーダ姐さん!?」


「ええっ、あの重なってる人ってオサムのお姉様っ!?」


「義姉様の体は大丈夫なんですかっ!?」


「シーダ、お主はまた…………」


 小夜の冷静な質問に、ざわめくリビング。

 それを悠然と受け止めたシーダは、こう言い放った。



「――――この世界に危機が迫っているわっ! 魔王復活の予兆アリ、だから私がここに来たっ!!」



 その瞬間、一同に衝撃が走り。

 次の一瞬、お互いに顔を見合わせて。


「……なぁディア。これってもしかして」


「ですよね、恐らくは」


「どう説明するのよ、姐さんは勇者隊の中でも随一の絶対に魔王殺すレディーだったでしょ!?」


「……そこも変わらんのか、あやつは」


 四人は円陣を組んで、時折シーダをみながらひそひそと。

 これにはシーダとしても予想外、慌てて二つ目の質問に答える。


「あ、あら? 何その反応? え、ああ、勿論中の人、もとい都は無事よ? だって平行世界の私だもの、本体じゃない私は直接介入出来ないから、こうして憑依してね、ほらっ。はい分離~~、って、こっち見なさいよっ!?」


「シーダ、少し黙っとれ。――そいやっ」


 SF映画の立体映像の様に、都の隣に分離したシーダは。

 ローズの投げやりな力の行使で、肉体を得る。


「ほわぁっ!? え、あれ? 貴女相変わらずインチキねぇ……」


「よくやったわ、いつの間にか出来た姪っ子! これでヘンチクリンな奴から解放されたっ!!」


「ヘンチクリンとは酷い言い方ね、来世の貴女も同然なのに」


「はぁっ!? 何ソレっ!? 情報で殴りかかってくるのやめなさいよアンタっ!?」


 分離早々、口喧嘩を始めるアネ二人に、修は仕方なしに割ってはいる。


「どうどう、どうどう、殿中でござるアネ共よ」


「馬でも無いし城でも無いわ愚弟っ!」


「レディに対する口のききかたでは無いわね馬鹿弟子――」


「はいはい、ここは一端落ち着いて。こっちも話す事があるんだ」


 修の言葉に、都とシーダは似てない顔をそっくりな表情で見つめ合って。


「ふむ、パパよ。シーダには余から説明しよう。――実に十年ぶりの再会じゃろう? つもる話もあろうて」


 シーダにはローズ、都には修達が。

 それぞれ話し合う事になった。




 久瀬都、修の二つ上の姉で大学生。

 普通(だと思われる)の家庭で育った、ちょっと腐った趣味も手を出し始めたごく普通の十九歳。

 彼女はシーダが来て以降、困惑しっぱなしであった。

 然もあらん、平行世界の自分を名乗る謎の少女に肉体の主導権を握られ続け。

 何が悲しいかな、実家の監視。

 ついでに社会の本当の裏側、異世界や異能の事などを知ったかと思えば。


(修が勇者って、しかも異世界で十年過ごして来たぁ? 今は体が若返って元の生活に? 得体の知れないお嫁さん付きで? どこのラノベだっつーのよっ !?)


 得体のしれない、とはいったものの。

 そのお嫁さんとやらは、異国情緒溢れる女神の様な美少女。

 更に、異世界から追いかけてきたというエルフの王女様に。

 彼女個人としては懐かしい顔の美少女まで。


(ディアちゃん、だったっけ? 一筋らしいけど、どう考えても…………)


 ハーレムだ。

 しかも家に入ってみれば、褐色の美少女と濃厚なラブシーンをしたと思えば、綺麗な剣の姿に変わった彼女を舐め回してしゃぶる光景。

 正直、何と言って声をかけていいやら途方にくれる。

 そんな、ソファーで黙り込む姉に、修は恐る恐る声をかけた。

 ディア達はその光景を彼の後ろで、邪魔してはいけない。


「えっと、半年ぶり、でいいのかなアネキ?」


「――――はぁ、別に。十年ぶりでいいわよ、あのシーダとかいう奴に一応は聞いてるから」


「うん、じゃああらためて。……久しぶりだアネキ、会いたかった」


 少し涙ぐんで笑う弟の笑顔は、都の知るそれより大人びていて、でも見知ったそれで。

 だからこそ、シーダから聞かされた話の真実味が重く忍び寄った。


(本当に、何て言えばいいのよ……)


 話として聞かされただけだ、本音を言えば今でも疑わしく思っている。

 けど、けれど。


「頑張ったね、修」


「あね、き――」


 都は隣に座る弟を抱きしめた。

 抱きしめるなんて小さいとき以来だ、けど分かってしまう、修の体がとても堅い事を。

 弟の苦労なんて知らない、分からない、本当かどうかも信じられない。

 けど、これだけは、これだけは言わなければならない。

 都が姉として理解できる唯一の事。


「アンタは頑張った、んでさ。よく私達の所に帰ってきてくれた」


「ううっ、アネキぃ……」


「ぶっちゃけさ、アンタが異世界で戦ってたなんて言われてもよく分かんない。でも、さ。顔を見れば分かるよ、何か大変な事を乗り越えてきたんだって。……無事に帰ってきてくれて、ありがとう修」


 姉の体温と言葉に、今まで張りつめたままだった修の何かが弾けた。

 そして子供の様に顔をくしゃくしゃにして、大声で泣いて。


「よしよし、よしよし。ま、今日は私の胸で泣いておけ、特別にゆるしたげるさ」


 ぽんぽんと、優しく背中をあやすように。


(帰って、来た。俺は、帰って、帰って来たんだ…………)


 きっと今、修は本当の意味で日本に帰ってきたのだろう。

 勇者の肉体年齢相応な。姉弟の再会に、ディアはやや涙ぐみながら。

 異世界人であるイアは、罪悪感と喜ばしさが混ざった複雑な心中で。


(くううううっ、か、感動ですっ!! 感動的ですよぉ、良かったですねぇ修くん、都ねーさ…………はい? 都ねーさん?)


 残る小夜は、クールフェイスに珍しく滂沱の涙を流し。

 しかして、心の中で首を傾げて。

 何かを思い出しそうな気がする、巫女としての役目に忙殺される中で、忘れてしまっていたなにかが。

 というか、もしかして。


(遠い昔に……、会ったこと、が、……ある?)


 黒髪ロングの巫女が必死に記憶を辿る中、泣き終わった修は恥ずかしそうに都から離れ。


「……うう、恥ずかしい所をみせたな。――うん、紹介するよ。こちら、俺のアネキ」


「久瀬都、大学一年よ。いつも修がお世話になっているわ」


「初めまして義姉様っ、ディアと申します! こちらこそいつもオサム様にお世話になって……」


 お互いにペコペコ頭を下げ、見ている修としてはこそばゆい。

 そのうちに、都はディアの手を取って言った。


「――ありがとう、ディアちゃん」


「義姉様?」


「ふふっ、きっとアナタのお陰なのね。修が前を変わらないぐらい元気で暮らしているのは」


「そんな、ええ、そう言ってもらえると少し、安心します義姉様……」


 続いてはイアだ。

 彼女はまず一礼すると、真剣な顔で頭を下げた。


「ゴホン、初めましてオサムの姉君。妾は異世界セイレンディアーナに住むエルフを統率する一族、ブレイファ氏族、その長の娘・イア」


「どうも、都です。……その、やっぱりエルフって歳は……」


「ええ、ご想像の通り。妾は若いので数百年といった所です。――ミヤコ様、妾は貴女に言わなければいけない事があります」


 気品に満ちた王女の顔、そして仲間としての顔、その両方でもってイアは都を真正面から見た。

 その気迫に、都は彼女が大切な何かを言おうとしているのを察し、居住まいを直す。


「貴女の弟、オサムのお陰で妾達の世界は救われたました。皆に変わり礼と謝罪を」


 都が姉として修に言わなければいけない言葉があったように、イアもまた。

 これだけは、言わなければいけない。


「――ありがとう、我らが勇者を心優しきヒトに育ててくれて、そしてごめんなさい。妾達の都合で、貴女の大事な弟を、十年もの間、危険にさらしてしまって」


 深く、深く、日本の風習に乗っ取ってイアはお辞儀を、頭を下げた。

 今この場で、純粋に彼から恩を受けたのはイア一人。

 女神の力で肉体は戻ったとはいえ、彼の十年という時間を奪ったのだイア達は。

 幾度となくその生命を危険にさらし、戦ってもらったのだ。

 一緒に戦ったなどと、言い訳にもならない。

 修という存在は、もともとこの世界の人間。

 イア達とは、何一つ関わりのない、責任もない、ただの少年だったからだ。


(修は、愛されているのね。……少し羨ましい)


 決して嫉妬などではない、そこにあるのは弟が誰かに大切に思われていたというコト。

 彼女はきっと、殴られ、非難される事も覚悟の上で言の葉を紡いだ筈だ。


(家族として、姉として、文句の一つや二つ言うのが当然なのかもね)


 けれど、都にはそのつもりは無い。

 修の苦労も、努力も、何もかもを関知関与しえなかった。

 そして何より、弟はそんな事を望まないだろうと確信していたからだ。


「頭を上げてイアさん」


「いえ、イアとお呼びください」


「じゃあイア、多分、何度繰り返してもこの馬鹿は同じ決断をして、同じ結果に至ってただろうし。うん、こうして無事で再会できた訳だから、アナタの言葉、受け入れます」


「ミヤコ様……」


「私の事も、ミヤコ。或いは――義姉様とかでも良いわ? だってアナタも修のお嫁さんなんでしょう?」


「い、いえっ!? わ、妾はまだ――っ!?」


「アネキ……、イアとはそんなんじゃないって……」


 急に顔を赤くして狼狽えるイア、小難しい顔で弁明する修。

 都はくくっ、と笑うと最後に小夜に語りかけた。


「それにしても、アナタまで居るなんて思わなかったわ。――久しぶり、小夜ちゃん」


「――初対面、では?(ううう、やっぱりどこかで会ってるのかなぁ……?)」


「あー、ひっどーいっ。というか、随分堅い喋り方になったわね小夜ちゃん? ね、ね、思い出さない? えーと、今から十ニ、三年だったっけ? あの頃は修と三人でよく遊んだじゃない」


「え、マジっ!? 俺、覚えてないんだけどっ!?」


「――驚愕しました」


 目を丸くする二人、そしてディア達も。

 そんな修達に、都はニヤニヤと笑って告げた。


「薄情ねぇ、いっつもアンタが手を引いてトコトコ歩いてたじゃない、んで、いざお別れの時とかさ『おれのとこにおよめさんにこいよっ! このいえでいっしょにくらそーぜ!』『うん、おさむくん! ぜったいだよ! やくそくだよっ!』って、ああ~~、懐かしいなぁ……。というかさ、それで居るんじゃないの?」


 わざとらしく首を傾げる姉に、修としては思いでフラッシュバックで言い返せない。

 同じく小夜の脳裏にも、思いでが蘇って。


「小夜っ!?」「修くん!?」


 同じタイミングで、お互いを見る修と小夜。

 ぎゅ、と胸の痛みにハテナマークのディアと、グギギギと苦虫を噛んだ顔のイア。

 それを微笑ましいと眺めた姉は、今度は急に真剣になって告げた。



「――で、誰が本妻なの修?」



 とたん、リビングが喧喧囂囂となりはじめた。

 そして一方、二階の廊下でシーダとローズは情報交換。


「かくかくちかじか、ってな訳じゃ」


「成る程、まるまるうまうまっと。把握したわ」


 双方ともに、怪しげな笑顔。

 どう見ても、何かが起こる前触れであった。


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