065話 チェンジ・ソードフォーム(マシンボイスで)
日課とはなんぞや、修に告げられた言葉に。
ディアは茹だった頭で懸命に思い出そうとするが、おめめグルグルと。
(だ、抱きしめられてっ、わた、わた、わたしっ、卑怯ですぅ、後ろからギュってするなんてぇっ!?)
腕の中であわあわする、銀髪褐色巨乳美少女。
本日の衣装は童貞殺しのお嬢様風味な彼女に、修は愛おしさ半分、獣欲半分の視線を向けて。
このまま、ずっと眺めていたい気もする。
落ち着くまで待っていても、はたまた限界を迎えるまで抱きしめていても。
だが、わき上がる悪戯心に、修はディアの髪の甘い匂いを嗅ぎながら耳元で。
「もう忘れちゃったか? ほら、していただろう。初めは一日一回抱きしめる、一日一回キスをするって」
「はうぁっ!? そ、それは、たたたたたた確かにそうだったですけどぉ……あうぅ」
「ホテルから帰った日から、ディアはしてくれないものなぁ、寂しいなぁ俺は」
甘やかに優しい声色で囁く修に、ディアの心臓が高鳴る。
きゅっ、としてバクバク。ぎゅっ、となりドキドキ。
囁かれた耳元が熱を持ち、腰の奥がむずむずするような。
呼吸がすこし、早くなる。
「ああ、ディアは可愛いなぁ。おおそうだ、もう一つあったよな日課」
もう一つ? 疑問に思うがディアの思考は固まらない。
ムズムズして逃げ出したくなる様な恥ずかしさが、半分。
逞しい腕と胸板の安心感、そして匂い、愛と呼ぶべきなのかもしれない感情が、もう半分を占めて。
褐色少女の心は、いっぱいいっぱいだ。
(これ、もう一つの言ったら気絶するんじゃねぇの?)
思い返して貰いたい。
調子に乗ってる童貞の修が、まだ拗らせた童貞であった頃。
イアと小夜が着た後に、新たに結んだ約束。
「忘れたか? 困ったやつだなぁ、ははは。ほらアレだよ。ディアが俺を誘惑するやつ」
「ゆ、ゆうわっ!? ~~~~っ!?!?!?」
「ほら、思い出して」
修は優しくディアの手を撫でて、苦笑しながら教える。
「俺がお前の誘惑に負けたらセックスだ、ルールも言おうか?」
「せ、セック――、破廉恥ですぅ!?」
「局部はアウト、俺がコンドームを持っている時、そして三分間だけ」
「お、覚えてませんっ、覚えてませんったらぁっ!!」
「はいはい、暴れない」
手足をジタバタするディアを、逃げ出させるものかとしっかりと、けれど柔らかに修は抱きしめる。
服の上からでも分かる、すらりとした、けれどふわふわと触り心地の良いお腹を両腕で。
(ああ、ホント可愛いなぁ、この生き物。なんでこんなに可愛くて、見てるだけで愛しさが沸いてきて、幸せだなぁ俺は)
う゛ーだの、あ゛ー、だの言葉にならない声で唸り、首を横に振るディア。
髪は乱れることなく、さらさと左右に流れ、隙間から褐色の首筋がチラチラと覗いて。
テンパっているディアとは正反対に、修の満足度は高い。
とはいえ、ここで終わらせるつもりなど毛頭なく。
次の手を勇者は打った。
「さ、どうする? 言っておくけど、断ったらペナルティな」
「ぐぐう゛っ、ひ、ひきょ、~~っ、ど、どんなペナルティ、なん、です?」
美しくも可愛い顔で睨まれると、普段なら威圧感がある所だが。
困ったように眉根をよせて、顔どころか首筋まで朱に染めているありさまでは、修の男としての満足感を煽るだけで、まったく意味をなしていない。
「そういう顔をすると、キスしたくなるぞ?」
「~~っ!? は、はやくそのペナルティとやらを言ってくださいっ!!」
「俺はバカだなぁ、もっと早く素直になっていれば。……ああ、ペナルティだったな。簡単だ、ここ数日は一緒に寝てないけど、今日は一緒に寝て貰うぞ」
「…………それだけ、ですか?」
「ふ、察しがよくて助かるよ。前と同じくスケスケのヤツでさ、そして――」
もったいぶる最愛の夫(予定)に、可愛い新妻(予定)は嫌な予感を覚えた。
以前なら、喜んだであろうが、今はきっと駄目だ。
訴え縋るような上目遣いで、修を睨む。
だが修にとってそれは、単に可愛らしいオネダリと等価のようなものだ。
故に、きっぱりと告げる。
「お前のおっぱいを吸いながら寝るから、何、イアも隣で寝るかもしれないが俺は気にしないぞ?」
「私が気にしますっ!! オサム様のばかぁっ!!」
堂々とエロい行為を要求できる修の成長を喜ぶべきか、それとも、一般常識と羞恥心が身についたディアの成長を喜ぶべきなのか。
ともあれ、ここが攻め時だと。
ハードルを上げ、ペナルティで逃げられなくした今が、本当の目的を言うときだと。
修は微笑む。
いつもの様なアルカイックスマイルではない、しかして獣欲の男のそれではなく。
ただ、ヒトリの女を慈しむ男のそれとして。
「じゃあさ、最初のだけでいいから。一回抱きしめて、一回キスして。な、いいだろう?」
「……………………うぅ、ちょっと、考えさせて、くださいぃぃぃ」
「三十秒だけなー」
「カウントダウンっ!?」
いーち、にーい、とゆっくりめに数える修。
わたわたと頬に両手を添えて悶えながら、ぶつぶつとメリットデメリットを確認する愛しの少女。
実の所。
修には、もしディアが全部拒否してもペナルティを行わないと決めていた。
(だってまぁ、俺の性欲なんてオナニーすればいいし)
断じて、無理矢理ぶつける事はしたくない。
ただ、彼女の伴侶として。
ただ、ディアが好きな修として。
せめて、己との接触になれさせたいだけなのだ。
(俺が素直になるまで、ある程度の時間かかったし。その間、ディアには待って貰ってた訳だしな。――今度は、俺が待つ番だ)
本音を言えば、彼女で欲望が満たされるなら、それが本望で本懐だろう。
二人の時間は、まだまだ沢山あるのだ。
じっくりとでも、ディアと修の歩く速度で進んでいけばいいのだ。
やがて三十を数え終えた時、ディアは肩を震わせて。
よわよわしく、消え入りそうな声で。
「…………はぃ、キス、します。抱きしめ、ます」
「その言葉が聞けて、嬉しい」
修はようやっと、ディアを束縛していた腕を緩める。
ここからが本番だ。
「じゃあ、……いくよ」
「は、は――――っ!?」
心の準備はいい、なんて聞くのは野暮というものだ。
壊れやすい宝物を抱きしめるように、大切に大切に、修はディアを抱きしめた。
「~~~~っ!! ~~~~~~ぁ、っ!!」
抱きしめる以外は何もしていないが、ディアは全身真っ赤にして口をパクパク。
まだ、彼女は抱きしめ返してないというのに。
(はわ、はわぁっ、腕っ、かたくて。うう、なんだかうっとりするのに、とっても恥ずかしい)
ディアは、短く呼吸を繰り返しながら必死に意識を保つ。
(うぅ、触れた所から、熱が伝わって……、じんわりと私に染み込んできてぇ……)
何度もした行為なのに、自分からしていた行為なのに。
ぷるぷると震える腕は一向に上がらず。
「さ、ディア。お前も抱き返してくれよ」
「今っ、い、今する所でっ~~」
上がれ、上がってと苦戦する女の子に、男は優しく語りかける。
「落ち着いてディア、目を閉じるといい。俺の温もりだけを感じて、お前の、俺を想う気持ちだけに集中して」
「やって、みます」
ごくりと唾を飲み込み、ディアは瞼を閉じる。
回された腕の暖かな。
堅い胸板の暖かさを。
ぬくもりだけを。
「ぁ――」
動いた。
震えた腕は震えたままで、でも少しずつ。
修の腰から、その戦う者の背中の肉を確かめるように掌を伝わせて。
少しずつ、少しずつ。
「ほら、出来たじゃないか」
「出来ました、私、出来ましたぁ」
ディアは安心しきって、修の胸板に頬をよせて。
その汗の匂いを吸い込んで。
(嗚呼、私はこれを求めていたんです――)
自覚しているのだろうか、柔らかく蕩けるように笑みをこぼすディアに、修は苦笑混じりの眼差しを。
まだ一つ残っているというのに、こんなに安心されて。
はやりにくさ半分、貪りたい衝動が半分。
「これで一歩前進だな、偉い偉い、よく頑張った」
「えへへ」
修は抱擁をやめると、ディアの頭をぽんぽんと、枝毛一つない銀糸を指で遊びながら。
「じゃあ、――もう一個頑張ろうな」
「はいっ! …………あれ? ~~~~~~っ!?」
瞬間、顎をクイっと持ち上げると修は素早く顔を近づけて。
口紅を引いていないのに、鮮やかなピンク色の、ぷるぷるとしたソレに。
(き、きすっ!? きすされちゃってますぅううううううううううううううっ!!)
(ん、これぐらいかな?)
時間にして一秒にも満たない、軽い、ただ触れ合わせるだけの口づけ。
だが、ディアは真っ赤になって俯いてしまって。
まるで頭から湯気が出ているよう。
「ほらディア、俺にもしてくれよ」
「い、一回は、一回です、も、おわって……」
「えー、駄目だろそりゃ。ディアからしてくれないのはズルいなぁ、俺は勇気だしてしたのに」
「うう、ぬけぬけとぉ」
「ほらほら、俺がしたように、ちゅっと少しだけでいいからさ、な?」
「~~~~~~ち、ち」
「ち?」
「ちょっと、だけ、です……ほんとうに。め、とじて、はずかしい」
ディアに幼い頃があったのなら、こんな感じで喋ってたのだろうか。
微笑ましいものを感じながら、修はそっと目を閉じる。
なお、逃げられないようにさり気なく彼女の細い腰を抱いて。
「いき、ます」
先ほどと同じように、ディアは修の体温と己の心に身を任せて。
特大の勇気を振り絞って。
瞳を閉じて、顔を寄せて、彼の顔に手を添えて。
「ん」
「――は、ぁ」
触れた瞬間、即座に顔を離す。
(し、心臓っ、壊れちゃいそうですぅ)
どっくんばっくん、どっくんばっくん、ごうごうと耳鳴りすら聞こえてきそうに激しく。
――恥ずかしくて、本当に死んでしまいそうだ。
だが。
(この、気持ちっ、嬉しい、嬉しいですっ、嗚呼、きっとこれが――――)
その時であった。
雰囲気をぶちこわしにする声が、天から響いたのは。
『はぁーい! ある意味初チューおめでとうっ!! くぅううう、見守ってきた甲斐があったってものよねっ! お母さん、嬉しいわっ!!』
驚きのあまり、ディアは修の後ろに慌ててかくれ。
修といえば、驚くばかりだ。
「はうぁっ!? お、お母様っ!!」
「女神セイレンディアーナ様ぁっ!?」
『はろー、お久しぶりね。でも安心して、ずっと見守っていたの』
軽い、余りにも軽すぎる。
だが思い返せば、日本に来てから聞いた女神の声はこんなものだった気もする。
「お、おか、おかっ」
『なあにディアちゃん? おかかでも食べたくなった? あれ私も一度は食べてみたいのよねぇ』
「お母さま!? 見てたってどういう事ですかっ!!」
『だって、大切な娘と娘婿ですもの。見守って当然でしょう?』
彼女は目の前におらず、しかし「伝心」越しだ。
その言葉が本当で、しかして面白がっている事を察し修は何もいえない。
というか、何を言えばいいのだ。
一方でディアは、全部見られていた事を知り。
「~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!?!?」
もはや声もなく悶絶。
そんな娘の状態を気にせず女神は言った。
『ぱんぱかぱぁ~~ん! 貴方達の絆が深まった事で、ディアちゃんに新たな力が生まれましたっ! えーとこれは…………あら残念、面白いものではないわねぇ。まぁ、目出度いとう事で、じゃあね。母はいつでも見守っていますよ、すよ、すよ、すよ…………』
芸が細かいというか、セルフエコーをかけながら交信を終了した女神に、修は思わず叫ぶ。
「言うだけ言って終わりかよっ!? おいディア、新しい力って――」
「――この、力はっ!?」
母に告げられた瞬間、ディアには芽生えた力の使い方が分かっていた。
それは、きっと修には必要のない力で。
でも。
「お母様のばかぁあああああああああああああ!!」
「ディアっ!? ――――――は?」
彼女が叫んだ瞬間、ぼわんと謎の煙が出て。
煙が止んだと思えば、そこにはディアの姿がなく。
「………………え、何コレ。剣?」
(これが私の新しい力、そうっ、恥ずかしさ故に芽生えた)
その姿、銀にも見える純白の。
その刀身、見えずとも分かる、漆黒の。
正しくかつての姿、神剣セイレンディアーナそのものだった。
(え、という事はなにか? ディアが神剣の姿に自由に戻れるという事は――)
――即ち、ディアはいつでも逃亡できる様になった事とイコール。
それは、今日の様に言いくるめても、問答無用で避けられてしまうという事で。
「なんでじゃああああああああああああああああああああああああああああああいっ!!」
思わず修は、頭を抱えて叫んだ。
叫ぶほかなかった。
一方その頃、リビングの扉の外ではイア達が息を殺して潜んでいた。
帰ってきたら、砂糖を吐き出すような甘々しい雰囲気。
とても、ただいまと言える空気ではない。
ローズはよきかなよきかな、と満足そうに二階に上がったが。
(つくづく飽きさせませんね、修くんとディアさんは。いいなぁいいなぁ、わたしも――、うーん? ディアさんがこう言う状態という事は、修くんは当然悩む訳で、性欲とか貯まる訳で…………、月読命様のご命令もありますし…………)
(バカディアッ!! そんな力を持ってたら貴女逃げ放題じゃないっ!! オサムがどれだけっ、妾ならオサムの――いえ、いえいえ? もう断ち切るって決めて、決めて…………)
二人の脳裏に描かれるのは、熱く、優しく、甘く迫る修の半裸。
うっかり自分をディアの所に置き換えてしまって。
((もしかして、可能性はあるのでは?))
然もあらん。
方や、建前言い訳もある、恋と性に興味津々なポンコツ巫女。
方や、世界の壁を越えて追いかけてきたエルフの姫君、二人を応援しても未練が無くなった訳じゃない。
遅かれ早かれ、というものだろう。
二人はお互いの顔を見ると、同じ結論に至った事を直感し堅い握手。
「やるわよ」
「――やる(青春してみせますよわたしはっ!! でも修羅場は勘弁ですっ)」
更に、それすらも見ていた者が一人。
二人のすぐ後ろに居るにも関わらず、気づかれずに佇む一人の少女。
(へぇ、面白くなって来たわねぇ。あの子も隅に置けないわ)
(うちの弟がこんなにモテるなんてぇ、世の中間違ってる、断じて間違ってるわっ!!)
波乱が、始まろうとしていた。
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