064話 バカふたり、家の中でバカふたり



 他には誰もいない家の中、男と女が一人づつ。

 方や、澄まし顔で烏龍茶。

 方や、笑顔で烏龍茶。

 ゴゴゴと地響きが聞こえてきそうな迫力で、お互いに向かい合って。


(勝利条件は、ディアと肉体的接触。その為には先ず接近、そして――服を脱がす)


(オサム様のアプローチを封殺するのです、そうすればローズちゃん達が帰って……うう、でも触れたい、でも恥ずかしいし……)


 男は愛と欲でもって、女は愛と相反を起こす羞恥から。

 お互いの出方を伺う。

 共に考える事は同じ、いかに相手を言いくるめるか。

 逃げる、直接行使は己のと心得よ。

 お互いがお互いの慕情につけ込む、妙ちくりんな戦いは。

 先ずはディアの一勝、しかしそれで終わったわけではない。

 タイムリミットはローズ達の帰還、時間はまだあると、修はおもむろに立ち上がった。


「おっと、忘れてた、お菓子取ってくる。ディアは何がいい?」


 お菓子など方便、取って戻って、さりげなく隣に座る。

 その後は何とでも、と。

 ごく自然かつ、完璧なアプローチに思えた。

 だが。


「ふふっ、――ダメですよオサム様」


「うん?」


 修が一歩踏み出す前に、ディアはその先を潰す。

 己の想い人の行動などお見通し、伊達に妻となる予定ではない。

 勇者は己の策の失敗を悟ったが、あくまで笑顔、無駄にアルカイックスマイルを浮かべて。


「ああ、ごめんごめん。あと一時間もしないで晩ご飯出来るもんな」


「ええ、ご飯もそろそろ炊きあがりますし、これでローズちゃん達が帰ってきて、メインディッシュを作ったら直ぐに」


「今日は、肉野菜炒めだっけか? いやぁ、うっかりしてたよな、まさか肝心の肉が無いなんて」


「ですよね、うっかりしてました」


 以前なら、このうっかり屋さんめ、いやんオサム様ったらイジワルっ、などとバカップル丸出しの会話が聞こえていただろうが。

 生憎と中身に情が乗らない、薄ら寒い言葉の応酬。


(だが、甘いなディア。こんなのはジャブに過ぎないんだよ)


(ふぅ、何とかしのぎました。もー、あれ絶対隣に座ってくるヤツですっ、油断なりません――)


 修はクク、と笑いながらテレビのチャンネルと、そしてエアコンの温度を――上げた。

 季節は秋も終わりとはいえ、まだ少し暑いくらいだ。

 だがしかし、ディアは気温にそぐわぬ厚着。


(コレを、かわせる交わすことが出来るかな?)


(テレビ……、いえ、エアコンを? 何をするつもりでしょうか、それとも諦めたのでしょうか……?)


 瞳の中に、怪訝な光を含ませて。

 しかしディアは笑顔でオサムを見つめる。

 かの勇者の動きを一瞬たりとも見逃してはならない、歴代の勇者の中でも、久瀬修という男が一番厄介だ。


(――っ、読めません。諦めた訳ではないでしょう、気配がそう言ってます。オサム様の視線は、いつもの様に私の胸、む、胸に~~~~っ、ううっ、何でこんなに恥ずかしいんですかぁっ!?)


(なんて、考えてるんだろうなぁ。うん、ディアは羞恥心を得て結構分かりやすくなったな。……そしてもっとエロくなった!!)


 これも、修の策の一つであった。

 以前と違い、修の視線への耐性がマイナスの現在。

 ぶしつけに舐め回すように、彼女のチャームポイント。

 ブラウスを蠱惑的にむっちり盛り上げる、その柔らかなる禁断の果実に視線を向ける事によって。

 羞恥を呼び覚まし、彼女の思考を奪うと同時に、その動きを止めて、さらに見てて純粋に嬉しい、大きな母性が恥ずかしがって身を捩る動きで揺れるのが――。


「――――マーベラス」


「……? オサム様、何か言いました?」


「い、いや何でもない。ああ、それより。そろそろ明日の天気だな」


「――ふむ、明日も天気だと良いですねぇ」


 修の言葉に、はっと主婦モードを起動したディア。

 一応、修達が手伝っているとはいえ、今の久瀬家の家事はディアがメインで行っている。

 明日の天気、即ちそれは明日の洗濯物を干せるかどうか。

 主婦として、天気予報は見逃せない。

 だが、――それが修の仕掛けた罠だった!


(ふふん、気づいているかディア。俺はさっきエアコンの温度を上げた、ディアの位置からは温度までは分からなかっただろう? そして、だ。天気予報は、明日の天気を発表する前に、――今日の、天気と気温を言う!!)



『えー、今日も秋にしては暖かだったですね、なんと二十八℃、くもりなので、蒸し暑かったと想います――――』



(――今ッ!)


 すかさず、修は話題を提供。

 今日も暑かった、それ即ち。


「ディア、今日も長袖だけどさ。暑くないのか?

 その格好」


「い、いえっ。私には丁度いいぐらい。――はっ、いいえ、むしろ少し涼しいかもしれませんね。なんだか最近寒がりで」


「ふぅん、そんなものか?」


 ニヤニヤと笑う修に、ディアは気づく。


(その手には乗りませんよっ、暑いっていったら脱いだらどうだ? なんて言うに決まってますっ! ……いえ、確かにこの気温でこの格好は暑いですけど、リビングはクーラーが…………、っ!? こ、この部屋熱くなってますっ!?)


 汗がじんわり滲んできたディアは、修とキッと睨みつつ、拳を握る。


「な、なんて」


 なんて卑怯、という後半の言葉は辛うじて飲み込んだ。


(ゆ、油断しましたっ!? まさかこんな手を使ってくるなんてぇっ)


 とっさにエアコンの温度を確認してみると、いつもの二十五℃ではなく、――なんと三十℃。

 汗もかく筈だ、ディアはとっさにエアコンのリモコンを奪取しようとするも。


「おおっと、手がすべった。悪い悪い……ああ、温度上がってるな、さっき間違えたか。でもいいよな、――――寒いんだろう?」


「くっ、そ、それは…………、え、ええっ! 暖かくしてくれて、嬉しいですよオサム様っ!!」


 さっきのは嘘、なんて言ったが最後。

 この勇者は、嘘つかれるなんて、と傷ついたフリをして迫ってくるに違いない。

 かといって、このままだと熱くて先にギブアップだ。

 ディアが葛藤する中、修はこれみよがしにTシャツを脱いで。


「ああ、俺の事は気にしないで。寒くないからさ、脱いで対処するよ」


 とっとと脱げば楽になるぞ、暗に迫ってくる修にディアとしても負けていられない。

 茹だりつつある頭で、何かないものかと、ローズ達が帰ってくるまでなんとしても粘るのだと。

 汗で張り付き、白ブラウスの下に褐色の肌が透けて見える状態なのも気づかずに。


「~~っ、こ、これです。タオルケット! オサム様っ、私寒いので、これをっ!」


「ああ、そんなに寒かったのか、気づかなくて悪いな、……ククク」


 ローズのお昼寝用タオルケットを羽織るディアに、修は立ち上がって、チェックメイトを告げた。



「――嗚呼、そんなに寒いなら、俺が抱きしめて暖めてやるよ」



「……っ!? ~~~~~~~~っ!?!?!?」



 それは正しくディアの敗北の瞬間だった。

 タオルケットを羽織っている所為と、暑さにより行動が一瞬遅れ。


「捕まえた、ははっ、もう逃げられないぞディア?」


「ううぅ、はわっ、あわわわわっ~~~~!?」


 隣に座られ、抱きしめられたと思った瞬間。

 次はタオルケットの中まで腕が伸び。


「そういえばさ、ここ数日。いつもの日課、してないよな? いまやっておこうぜ。ああ、嫌とは言わないよな、これは二人で決めた事だし、俺、ディアに触れてないと寂しくて」


「お、おさっ、おっ、っさむ、様っ!?」


「――な、いいだろ?」


 肉食獣が牙を剥く瞬間を、ディアは見てしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る