三章「結婚についての二、三のことがら」

063話 童貞だから、攻めるのだ



 異世界セイレンディアーナを救った勇者・久瀬修は。

 いずれ産まれてくる娘が、魔王の生まれ変わりであるという運命を背負って日本に帰ってきた。

 ――それはそれとして、恋人は居なかったのだが。


 魔王を倒す力を持った神剣セイレンディアーナは、訳の分からぬままヒトとなり、修の妻となり。

 未来の救世主を、産み育てる役目を授かった。

 ――恋も愛も、知らぬままに。


 そんな二人の恋路は、平穏とはいかなかった。

 次元を制す竜が二人の子供になったり、エルフの姫君が訪ねてきたり。

 クールだが中身はポンコツな巫女がすわ襲撃してきたかと思えば。

 いつの間にか同居していたり。


 邪魔者や恋敵、様々なラブトラブルを一歩一歩乗り越えてきた二人は、ついに本格的な子作り。

 もとい、肉体関係を結ぼうと誰にも邪魔されないご休憩五千円、宿泊八千円な施設を利用したのだが――。


(――あれから三日かぁ)


 修は深くため息を吐き出した。

 平穏そのものと言っても良い三日間。

 強いて言うならば、何やら八代が手配した護衛の数が増えたような気がするのだが。


(一応八代さんに連絡して、聞いてみた方がいいのか? それとも次のバイトの日に聞けばいいか?)


 異世界課に出勤するのは明明後日の放課後、さてどうするかと思案し始めたが、修の思考は纏まらない。

 どうにも今は気が散るし、妙な居心地だ。


「…………ディア?」


「ひゃ、ひゃいっ!? おおおおおお、オサム様っ!?」


「……………………ごめん、なんでもないわ」


 ソファーに座った修が、台所から半分顔を覗かせるディアに声をかけると。

 彼女は真っ赤になって、どもりながら隠れる。


 そう、これだ。これなのだ。

 あの日の朝、ホテルから帰った後からだ。

 ローズ達が誰か一人でも居るならまだマシだが、今のように彼女たちが外出して二人きりの時など。

 あからさまに距離をとって、その癖、物陰から熱く見つめて。


 彼女が羞恥心に目覚めたのは喜ばしい事だが、今までベッタリだったのだ。

 それに、修が彼女を抱く決意をした事もある。

 率直に言って、もどかしい。


(晩飯の材料の買い出し、俺も一緒に行けばよかったか?)


 最初は申し出たのだが、ディアを何とかしろ、とローズ達からノーサイン。

 修としても、状況を改善したい思いがあるが。

 買い始めた子猫の様に、ビクビクしながら距離を取られては躊躇するというものだ。


(あー、…………にしても、あれから変わったよな、ディアの服のタイプ。――うむ、露出度の高い格好も良かったけど、これはこれで女の子らしくていいよね……)


(なぁ主殿、本気で御細君との仲を改善するつもりはあるのか?)


(いや、俺は本気よ? でもそれはそれとして、――ああいうディアもエロいと思わないかっ!?)


 心の中で高らかに叫ぶ主に、聖剣ゼファは呆れの視線。

 どうもこの主人、奥方(予定)に愛を告げてから欲望を隠さなくなってきた気がする。


(そうしたガツガツした所を見透かされていたから、あちらの世界で恋人が出来なかったのでは?)


(違いますぅーー、ちょっと勇者としての功績がデカくて、相手が身を引いただけですぅーー)


(でも、娼婦にも相手にされなかったのだろう?)


(おう! 勇者様の剣はご立派過ぎて無理って言われたぜ! でも良いんだ、今はディアがいるし!)


(居ても失敗したのよな主殿。まぁ精々、童貞卒業に向けて頑張ってくれ)


 言いたいだけ言って、投げやりな言葉と共に沈黙するゼファに、修はぐぬぬとダメージを負いながら現実逃避。


(今日のディアも可愛い……、つーか、何処で買ったんだあんな服っ!?)


 出所は淫魔王シーヤなのはさておき、現在のディアの服装は少々特殊なモノだった。

 フリルのついた、清楚と可愛さが両立した長袖のブラウス。

 くびれを強調するコルセットの様なモノがついたロングのふんわりスカート。

 否応無く出来る――――乳袋。

 これ即ち、童貞だけを殺すとかなんとかなアレ。


(エロ可愛いっ!! ちくしょうっ! この可愛い女、俺の嫁になるんだよね? 恋人だよね? 触っていいんじゃないの? 触って嘗めて嗅いでもっ!!)


 スカートの下には白タイツ。

 褐色のむっちり艶やか太股に白タイツ、これは犯罪的な格好ではないか。

 逮捕される前に、確保すべき、などと頭が沸いた言葉が思い浮かんだのはさておき。

 修は決意した。

 一朝一夕で変わるものではないが、ディアとの距離を縮めようと――。


「――すまんディア、喉が渇いたからお茶を入れてくれないか?」


「は、はいっ!? 直ちにっ!」


 誤解しないで欲しい、勇者・修は決して日和ったのではない。

 むしろ、その逆。


(今だッ!! ディアが俺から視線を外したこの瞬間が勝負!!)


 鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス。

 ディアが近づけないのなら、此方から近づけばいいだけの話。

 修は勇者時代で培った全能力を結集して、ソファーに気配の残像を残し。

 自らは空気を同化して、足音を立てずに接近。

 コップを手に取り、ペットボトルから烏龍茶を注ぐディアの後ろで腕を広げ――――、その瞬間。

 

(~~っ!? オサム様っ! まさか後ろからっ!!)


 ディアは気づく、これがローズ達なら為す術なく腕の中だったであろう。

 だがディアには修と同じ「伝心」がある。

 そして、あらゆる素質が修以上の天才だ。

 故に、彼女の脳裏にイメージが走る。


『ふっ、捕まえたぞディア。……まったく、焦らすなんていけないオンナだ』


『いやァン、み、みみ食べちゃだめですぅ……あン』


(なんて、そんな破廉恥なことぉ……、だ、ダメですっ、そんなのわた、私っ、恥ずかしくて死んじゃいますっ!?)


 本当にそうなるかは兎も角、ディアは気功の全てを駆使し、通常の二倍の速度で注ぎながら、修の腕をかいくぐって高速移動。

 次の瞬間、すかっ、と空振りする修の後ろでディアはのうのうと。


「どうしたんですオサム様、踊りの練習ですか? ――はい、どうぞ」


 冷や汗一つかいてないが、心の中はあっぷあっぷ。

 その証拠に、目が泳ぎに泳いで。


「唐突に腕の運動をしたくなってな。――ありがとう、頂くよ。ああそうだ、一緒に飲もうぜ」


「…………はい、じゃあ私の分も、と」


 修は若干の戦慄と、抵抗された事で燃え上がる男の獣欲に焦がされながらコップを受け取りソファーに戻る。


(うう、私をオサム様が狙って……、視界から外すのは得策ではありませんね。ここは少し我慢してでも、近くにいないと)


 とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 ディアは修の向かいに座り。


「こっちに」「ふふっ、冷たくて美味しいですねっ」


 隣へと誘う修を、笑顔で封殺。

 間を置かずに、二人の間で謎の火花が散って。


(絶対抱きしめてやるっ!)


(このまま、みんなが帰ってくるまで逃げ切りますっ! ~~~~うう、やっぱり恥ずかしいです、オサム様に求められてると思うと、ああ、体が火照ってどうにかなってしまいそう――――)

 

 この瞬間、羞恥心を覚えた新米女神と調子に乗った童貞との謎の戦いがスタートしたのであった。


 一方その頃近所のスーパーでは、ローズ達三人が野菜片手にうんうんと唸り。

 しかし、野菜の事で悩んでいるのではなく。


「パパがまとも? になったと思ったら、今度はママが……、何時になったら子作りするのか。余は早く弟に会いたいというに」


「アンタわりとハッキリ言うわね……、まぁ妾もあの状態のディアはどうかと思うけど。……むぅ」


「――もどかしい(ってのが良いんですよねっ! ああ、今頃どうなっているんでしょうねぇ、修くんがディアさんに壁ドンとか? きゃー、きゃー、それだったら生で見てみたいですっ! 言ったら見せてくれますかねぇ……)」


 呆れるローズに、相変わらず未練が見え隠れするイア。

 そして別の方向へ思考が飛ぶ小夜。

 三人は、その美貌に注目されている事に気づかず、同時にため息を一つ。

 その光景をみたクラスメイトAが「あれはローズちゃん? はっ、あの美少女達はいったい!? まさか修の近くに女が増えたっ!?」

 とクラスのSNSグループに、情報を流して。

 後に一悶着あるのは、また別の話である。


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