061話 オス♂の本能は愛を語る夢をみるか



「…………――――、どーしてくれようかぁ」


「ひぃんっ、み、見ないでぇ…………」


 真っ白なシーツで美しい褐色の裸体を隠すディアに、修は興奮さめやらぬまま舌なめずりをした。

 というか、マジでどうするんだと、余裕がないことこの上ない。


(くっそ、くそおおおおおおおっ!? ここに来て! ここに来てかよっ!! ままならないよなぁ人生ってヤツはッ!?)


 嬉しい事ではある。

 ディアに、――羞恥心、が芽生えたこと。

 だがやはり、何故に今? という気持ちが押さえきれない。


(だってさぁ! こっちが覚悟決めて、んでもってスタンバイビンビンオールオッケーだってのにぃいいいいいいいいいいいいいい!!)


 やり場のない性欲はどうしたらいいのだ。

 もし仮に、修が女性慣れしていたのだったら、言葉巧みに言いくるめて続行していたのかもしれない。

 もし仮に、今よりもっと、我を忘れるぐらい欲情していたのなら、強引に抱いたのかもしれない。

 だが、だが、修は童貞であり、勇者。


(ちくしょぉおおおおおおお、チクショオオオオオオオオオオオオ、ドチクショウおおおおおおおお…………)


「あうぅ、ひぃっ、――――~~~~っ!?」


 ディアは血涙を流し、じりじりと距離を詰める修の姿に体を震わせる。

 だが悪いことに、その行為が修の本能を更に煽った。

 然もあらん。

 恥ずかしさに震える銀髪褐色で巨乳の美少女が、防御するには薄すぎる白いシーツだけで、不安そうにその食べ頃裸体を隠しているのだ。

 というか、メリハリの利いた見事な曲線がくっきりはっきり、そして胸などは隠し切れておらず。


『たまんねぇ……じゅるり。この体を前に我慢しろってかっ!? 今すぐシーツはぎ取ってひん剥いてやろうかぁっ!!』


『あぅ、あうあうあうはうはうはううううううううう――――!!』


 修とディアの「伝心」は恋心を伝えない、つまりそれは、恋心を伝えないだけであって。

 いわゆる性欲、情欲、肉欲、そういったモノは特にこのシチュエーションの中では存分に伝わり。


「恥ずかしがってるディア、燃えるな、俺の女にしたい」

(恥ずかしがってるディア、燃えるな、俺の女にしたい)


「そんな率直に言わないでくださいっ!? 何故かとっても恥ずかしくて体が言うこときかないしっ、こっちだって期待とか性欲とかあるんですからねっ!! ただ羞恥心とやらがとっても強くてどうしていいかわからないだけでぇっ!!」


「……………………ごくり。うーん、誘ってる? それ?」


「誘ってませんよぉっ!! 混乱してるんですっ!! 恥ずかしくって、死んでしまいそうなぐらいですぅううううう!!」


 キーキーわめく女を前に、修は心が満たされていくのを感じた。


(『嗚呼、マーベラスっ!! 新しいディアの一面…………ッ! そしてなにより……恥ずかしがる姿が超絶股間に悪いですありがとうございますっ!!』)


「オサム様のバカぁ……!!」


 半泣きで罵倒されても、肉欲の炎が。

 率直に言って、世界一の美少女を己のナニでアヒンアヒンさせたい征服欲が増すばかり。

 修は血走った目で、己のグレートソードが痛いほどに膨張しているのを自覚しながら。

 ドスドスと歩き、ディアの前――というより、ほぼ真上で仁王立ち。

 色んなモノを見せつけられ、間近でご立派なオスの象徴を見上げる事となったディアは、ビクッと肩を震わせて、頼りない薄さのシーツを堅く握った。


 ディアの認識が、美味しく食べられてしまう、恥ずかしさ六割、その影響からくる恐怖二割、残る二割は期待と混乱であったその時。

 修の心情といえば、今夜ディアとセックスするのを諦めようとしていた。


(多分、ディアが俺をこの部屋に入れた時、今まで触れ合った時とか。……こんな、気持ちだったんだろうなぁ)


 ため息を一つ、ディアはナニを勘違いしたのか、あわあわと逃げだそうと。


(――――しょーがない、のかなぁ? トホホ)


 この場で抱いてしまえば、修としても楽で、雄の本能も満たされ、恋人として幸せだろう。

 だが、だが、だが、だが。

 それは、ひとりの女の子を傷つける結果に終わらないだろうか?

 大切な女の子の気持ちを、無視する結果に終わらないだろうか?

 疑問は尽きず、けれど己の性欲はそのままに。

 だから。


「…………なぁ、ディア。今日はもう止めておこう」


「ふぇ……? オサム、さまぁ?」


 羞恥に震える顔を上げたディアに、修は目の前に座って優しく語りかける。


「ディアの感じてるのはさ、羞恥心だ。今までお前に無かった新しい感情」


「これが、羞恥心、恥ずかしいって思う気持ち……」


「俺は、お前に芽生えた感情を大切にしたい、お前自身の事も」


「…………」


 感情があふれ、なんと返せばいいか分からないディアは無言で、戸惑いながらゆっくりと頷き。

 修は軽やかに笑う。

 あるがままのお互いを受け入れ、愛し、支え、共に。

 それがきっと、二人の関係だと思うから。


「その気持ちとじっくりつき合って、またやり直せばいいさ。それまで、今度は俺が待つよ。今までディアが待っていてくれた様に」


「うぅ、オサムさまぁ……」


 瞳を潤ませ、感激しそうになっている少女に、そして修は妥協案を出した。



「だからさ、代わりに――今日は裸で抱き合って寝ようか? 大丈夫、手を出さないさ。信じてほしい」



「……………………は、い?」



 うっかり笑顔で頷きそうになって、ディアは首を傾げる。


「その、オサム様? 質問してもよろしいですか?」


「ああ、何でも聞いてくれ」


 アルカイックスマイルを崩さない修の姿に、ディアは妙な不安を覚え始める。

 だって、彼のグレートソードはグレートソードのままだ。


「一緒に寝るのは分かります、ベッドは一つですし、恥ずかしいですが、私も貴男と触れ合って眠りたいです…………でも?」


「でも? 恥ずかしがらずに言ってごらん?」


「うぅ……、そのぉ、何故、裸で? パジャマはありませんが、バスローブが一応あるのでは?」


「うん、言い質問だ」


 誰もが頼ってしまいそうな勇者の笑顔、だがしかし、その瞳は真っ赤に血走っている。


「俺もね、だいぶ限界なんだ。叶うなら、コレをせめて手だけでも慰めて欲しいけど、ディアは恥ずかしいだろうし、そこまでしてもらうと俺をしても我慢が利かない、ここまではいいね?」


「は、はいっ!!」


 獣欲混じりの迫力に、ディアは思わず元気に返事。


「じゃあ、せめて裸で抱き合って、イチャイチャしながら寝ないか? そうでないと――――どうなるか分かるかい?」


「…………どうなるのでしょうか?」


 興味と不安と、恐らく羞恥で死ぬと直感しながらディアは促して。

 修は、右手の指を三つ立てて言った。


「三日三晩、俺の体力と精力が尽きるまで休みも食事もトイレ休憩もなしで抱く事になるけど、どうする? 選ばせてやるよ」


「裸で一緒に寝てくださいお願いしますぅっ!!」


 即答であった。というより、選択の余地などない。

 修は残念そうに、しかして安心した様に力なく笑うと、手際よくディアからシーツをはぎ取り、抱きしめてころんと横になった。


「あぅ、はふぅん……、あ、やぁ……ん、んんっ、はァん。し、死んじゃいそうですよぉ…………はぅ、心臓が、ばくばくって……くひぃん」


「すぅ、はぁ、……ああ、ディアって良い匂いだなぁ。抱き心地もいいし、色々と癒されるナァ」


 これが世界を救った勇者の選択で良いのか? という疑問はさておき。

 極上の体を、精神的な疲れからか遠慮なしに撫で回す修。

 ディアとしては、今回の非は自身にあるので強く出られないし、実はちょっと嬉しいし、羞恥心って実は気持ちいいのでは? と変な方向に入りかけているのはともあれ。

 彼女は臀部にあたる、この世で一番堅く熱い大きそうなアレが気になってしょうがない。


 お互いしばしの間無言、修には数秒、ディアには永劫の等しい時間を感じた頃。


「ディア、羞恥心を乗り越える練習、してみないか?」


「練習、――ひゃんっ!? みみぃ、舐めないでくださぃ」


 耳にかかる修の吐息、くすぐったさ共に、背筋に謎の感覚。

 ディアは羞恥と期待と不安で、目をぐるぐるさせながら体を守るように縮こまる。

 庇護欲と情欲の両方を感じさせる愛しいオンナの姿に、修は獰猛な笑みを浮かべながらなおも囁いて。


「大丈夫だって、無理矢理食べたりしないさ」


 しかしこの男、自分が有利になった途端、女に手慣れた男ムーブが止まらない。

 仮にも勇者で、紳士教育を受けた男がこれでいいのか。

 まるで、TL小説のヒーローかエロ漫画の竿役のようである。


 己の状態に気づかず、調子に乗った童貞は羞恥心に芽生えたばかりの処女にとって、過酷な試練を出した。


「柔らかいなぁ、暖かい。……そうだな、お互いの体の好きなところを言いながら、触ってみるってのはどうだろうか? じゃあ俺からいくぞ」


 聞いておいてやはり選択肢などない、だが修を責めてはいけないだろう、多分。

 男なんてこんなもんである、恐らく。

 ともあれ、勇者は彼女の銀糸に軽いキスをすると、からかうような口調で誉める。


「――ん。この髪、すごい好きだ、日の光にあたるとキラキラして、月明かりでは優しく輝いて、今は、神秘的に俺の情欲を煽る。……罪な女だなぁディアは」


「っ!? う、ぁ、~~っ!!」


「ほら、次はディアの番だぞぉ」


「くっ、殺してくださいぃ……、なんでこんなに恥ずかしいんですかぁ、今まで何故私は平気だったのですっ」


「ほらほら、じゃあ次も俺がいくぞ。――そうだな、お前の手、とても好きだ。俺に触れるとき、そうじゃないとき、いつも目で追ってしまうよ」


「舐める必要ってないですよねっ!! やぁンっ、わ、わざとやってるでしょうオサム様っ!!」


「さて、どうだかなー? ああ、その顎もいいよね。俺の唇をあげよう」


「んっ――、ぷはっ!? き、キスするなら一言! 一言くださいっ!!」


「んー? お前は俺の嫁になるんだろ? ははっ、妻にキスするのに許可が居る夫がどこにいるんだよ」


「なんなんですかオサム様っ!! 胸、吸いつかないで、痕がっ、明日皆さんに会うときに恥ずかしいのでっ!?」


「前は喜んでなかったか? んちゅー。ふとももなんてふわふわふかふか、むっちりなのに張りがあって形も崩れることなんてないし、手に吸いついてくるし」


 寝るとは何処にいったのか。

 修は性欲を発散するかの如く、それからも腰や臀部、特に乳房周りや唇、首筋などは何かと理由をつけてねっとり。

 ディアとしては翻弄されつつ、しかし羞恥心のあまり飛び起きて修を枕でバシバシと。


「へぇ……、誘ってる? 覚悟が決まったって捉えていいそれ?」


「~~~~っ!? バカっ!! バカバカバカバカおバカっ!! 恥ずかしくて死んじゃうって言ってるでしょうがっ!!」


「ええー、ならさ。せめてキスぐらいくれよ。ほら、んー」


「くぅっ……、あ、足下をみてぇっ!! わ、私だって妻になる女! いくら羞恥心に目覚めたといえ――――…………や、やっぱダメですっ、心の準備を一時間ぐらいくださいっ!!」


「あ、逃げんじゃねぇぞオラぁ! ケツふって誘ってんのかエロ女神っ!! 極上の裸が誇らしくねぇのかよ!!」


 無邪気なんだか、そうじゃないのだか、訳の分からない鬼ごっこが始まったかと思えば。

 あっさりディアは捕まって、腕を絡めては恥ずかしそうに悶絶し。

 手を繋いではうずくまって、腰を抱いてはトイレに逃げ込み。

 二人は一睡も出来ない、熱い夜を過ごして。


「…………一歩一歩、私達のペースでお願いします」


「逃げたら、今度から問答無用で抱くからな、マジで覚悟しておけよ」


「あ゛う゛っ……、せ、せめて一日に三回までは猶予をくださいぃ…………」


 朝、家に帰ってきた二人を出迎えたローズ達が見たとても光景は不思議なものだった。


(なんじゃろうか、甘さのかけらも無いような……)


(シたの? って聞ける雰囲気じゃないんだけどっ!? その癖しっかりと手は繋いでるし、どうなってるのよっオサム、ディア!!)


(目は充血してて、ディアさんの首筋とか、あらお熱い。けど、ディアさんと修くんの距離が変ですね、ディアさんが三歩ぐらい下がってる?)



 初夜を終えた恋人という甘い空気などなく。

 疲れて、けど何かふっきれたような修。

 同じくげっそりと疲弊して、いつもより少しだけ遠い距離で、顔を赤らめているディア。


(((いったい何が――――??)))


 無言で二階の自室に上がる修と、同じく無言でリビングのソファーに座り頭を抱えるディアを前に。

 ローズ達は誰が事情を聞く? と無言の争いを始める。

 つまるところ、修とディアの関係は、三歩進んで二歩下がったのだった。


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