060話 すたんだっぷ・つー・ざ・のっとびくとりー
ここぞという時に、ノーといえる男。
その名も、異世界を救った男・勇者久瀬修。
だが。
「オサム様? 勇気の使い道が間違ってますよ」
ディアの態度は冷たかった。
然もあらん、女が閨に誘い、その扉の前まで来て怖じ気付くなどと、これがディア以外の人物なら平手打ち、次の朝には悪評がばらまかれている事間違いなしだ。
だが、修にも言い分がある。故にディアの肩を掴み顔を見つめて。
「まぁ、聞いてくれディア」
「手短ににしませんと、他の方が通りがかるかもしれませんよ?」
「う、ぐ――、じゃあ手早くだ。今日俺たちはこの時の為に出かけていたと言っても過言じゃない」
「過言も何も、その通りじゃないですか」
「もう一度よく考えてみないか? チャンスは幾らでもあるだろう?」
「…………それで?」
中身の無い言葉に、ディアの瞳がいっそう冷たく細まる。
それは修にとって、ご褒美とも言える表情だったが、そんな事を考えている時ではない。
あー、だの、うー、だの言葉に詰まるヘタレを、美しい少女はため息を一つ。
(どうやら、私が導くしかないようですねっ)
障害が多い程、恋路は燃えるらしい。
ならば今を乗り越えた先こそ、熱い、物語のような情熱的な夜があるにちがいないと、ディアは奮起する。
(きっと、強引に中に入れても駄目です。言いくるめても。それならば――――)
女の武器を使うときだ、褐色の巨乳女神は直感した。
為さねばならぬ、ヤる為に。
唸れ涙腺、まだ見ぬ演技力、今が伴侶の真価を問われるときなのだ。
――その瞬間、修は彼女の雰囲気がガラリと変わったのを感じた。
「……ディア?」
返事はない、だが変だ。
急に俯き、肩を震わせ、心細そうにぎゅっと拳を握り胸に。
(え、あれ? これ、不味くない?)
まさか、もしや、と最悪の予想が脳裏に走る。
――泣かせて、しまったのか。
途端、慌てふためき、しかし顔を見るまではと、「伝心」を使えば、いいやそれは卑怯だ、等々。
万が一を考えて、ポケットからハンカチを取りだそうとするその時、ディアは顔を上げる。
その碧眼はうるうると揺らめいて、声は悲しそうに小さく。
「――――うぅ、入るだけでも、ダメ、ですかぁ?」「はい、ヨロコンデー!!」
即答であった。
一ミリも思考が入る余地もない、男として本能の反射行動。
お嬢様ファッションの、銀髪褐色巨乳美少女、しかも妻(予定)に、涙ながらに誘われて、ノーと言える男はいない。
修は勢いよく扉を開けると、ディアの細い腰に手を回しながら入室。
あれ? と気づけばバタンと閉まるドアの音、ガチャっと回される鍵の音。
「――っと、ここ自動で閉ま」「いいえ、私が閉めました。万が一邪魔が入るといけないでしょう?」
先ほどの、勇気を必死に振り絞るか弱い少女の声は何処へ。
あっけらかんと、肉食獣の気配すら。
ギギギとぎこちなく首を横に、修はディアの顔色を伺うと。
「ふふっ、嬉しいですオサム様っ! こんなに積極的に部屋になんて。もうっ、さっきのは焦らしていたんですね?」
「あ、あァ! お、驚いたか? あハハハハハ(うおおおおおおおっ!? 騙されたアアアアアアアアアァっ!?)」
部屋に響く、男の乾いた笑い声。
猛烈に頭を抱えたい衝動に襲われたが、そこは勇者、俺は勇者と自己暗示で修は乗り切る。
こうなれば、だ。
(あー、もう。観念するっきゃないよなぁ……)
修は苦笑を一つ、何だかんだで嬉しかったのだ、ディアの行為が。
嘘をつく、という情緒の成長。そこまでして修を室内に入れたその決意。
想われているのだ、一人の大切な女性に、大切だと。
言い訳は粉砕された、逃げ道を絶たれた、もう逃げられない、逃げるつもりなど、――ない。
「……オサム、様っ」
「ディア……」
夫(予定)の観念した雰囲気を感じ取り、ディアは微笑んでぎゅっと抱きしめる。
服の上からでも分かる堅い体が、とても好ましかった。
頬を寄せる胸板が、とても逞しかった。
「いい、匂いです。――んちゅっ」
「ん、……ディアの髪、良い匂いだ」
六つに割れた腹に、布越しに当たる胸は柔らかく。
抱きしめ返すと、鼻孔をくすぐるは銀糸の。
不思議な事に、香水などつけてない筈なのに、甘く。
修は若干の気恥ずかしさと、大きな愛しさを覚えながら。
ディアは、思うがままに触れて、触れられる喜びに浸りながら。
時に、壁に押しつけられ。
時に、壁に押しつけ。
お互いに、ただ押しつけるだけのキスを、唇だけではなく首筋や、手首、手の甲や、頬、額。
今露出している部分の、ありとあらゆる所にキスの雨を降らし。
ベッドまでたった数メートルの距離を、数分かけて移動する。
「…………っ、はぁん。シャワー……浴びますか?」
「それは……」
即答できなかった。
このまま、ディアという女にほろ酔い加減のまま事を進めたい気持ちがあった。
正直な所を言うと、今日一日遊んで、多少なりとも彼女は汗をかいている訳であって。
(汗の匂いをかぎたいっ! というか汗舐めたいっ! ――いやいやいやっ!? 初めてでそれは駄目だろう!?)
奇しくも、それとも朱に交われば赤くなる、類は友を呼ぶ、つまるところディアも同じ考えであった。
だが修が躊躇する一方、彼女は素直に。
「では、一緒に入りますか? 出会った日の様に、私のカラダ、洗ってみます?」
それはディアにとって一石二鳥の提案だった。
あの日以来、滅多にというか全然洗ってくれないし、何より着替える時に直で匂いがクンカクンカ出来る。
その魅力的な誘いに。
「いや、初めてだしさ。別々にシャワー浴びようぜ? ディアも何かと準備がいるだろう?」
「…………分かりました」
決してヘタレた訳ではない、修としても苦渋の決断、うっかり発揮してしまった紳士性。
何より、魅惑の一緒にシャワーでの暴発、そう、暴発を防ぐ為であった。
もう一つ言うと、コンドームの付け方とかおさらいしたい。
「では、お先に失礼しますね」
「ああ、行ってらっしゃ――――ぁ」
そして、この手のホテル特有のガラス張りシャワールームに入るディアを見送り。
(うおおおおおおっ!? そうだったぁああああっ!? ラブホのシャワーってガラスじゃねぇかっ! 丸見えじゃねぇかよぉっ!? ひゃっほー、鼻血でそうってーか、思った以上に生々しくて、正直股間が痛いぐらいに大ピンチなんですけどぉっ!?)
耳を澄ませば、しゅるしゅると布が擦れる音。
釘付けの視線の先は、ワンピースを脱ぐディアの姿。
その天然ストリップな光景に、修の息子は大興奮だ。
一緒に入った方がよかったのか、これで正解なのか、分かるはずがない。
(くそっ、なんだコレ!? なんだよココっ! 正に大人のホテルだよっ! 誰だよ考えついたやつっ!!)
発明者が居るなら、今すぐ全力で握手して誉め称えた後、一発ブン殴りたいと修は感激と苦悩した。
童貞がコンドームの復習をするのを忘れて見入っている間に、褐色巨乳の銀髪美少女はシャワーに。
日焼けでは到底出ない、綺麗でやや濃いめの小麦色の肌が泡まみれで。
(狙ってるの? わざとやってるのっ!? 挑発してるのかよオラァっ!? 大事な所を泡で隠してさァ!!)
その泡がシャワーで流されるカタルシスは、どんな壮大な景色も勝てないだろう。
結局、修は暴発寸前の股間を抱えたままシャワーを浴びる事となり。
「……ごくり。オサム様のシャワー……、これは良いものと言わなければなりませんっ」
ディアもまた、修のストリップとシャワーシーンに釘付けだった。
体は辛うじて拭き終えたが、髪が生乾きのまま食い入るように見入る。
傷だらけの体、鍛え上げられた体。
――ディアは知らぬ事だが、若返った際に日に焼けた肌は元の色に戻っている。
しかし、それがディアにとって色気を感じる原因でもあった。
また、修は日本に帰ってからも、毎朝の鍛錬は欠かしておらず結果。
男なら一度は憧れる、実践的な細マッチョの肉体をキープ。
「はわぁ…………、これがセックスの醍醐味のひとつ、という事なのでしょうね……――――っ!? ~~~~~~っ!?」
その瞬間、ディアは思わず目を見開いた。
何故かとっさに手で顔を覆ってしまったが、指の間からばっちりと。
(あれは……、あれは、――大木、ですっ!?)
勇者の股間は、まさに聖剣。
両手持ちのグレートソードと言っても過言ではなかった。
もし、この場に他の者が居たら、即座にこう言い放っただろう。
――そんなん持ってるなら、心配する必要ねぇだろっ!? と。
ともあれ、緑色の毒々しいゴムをえっちらおっちら覚束ない手つきで装着する修の姿に、ディアは生唾を飲み込み、同時に下腹が熱くなるのを感じた。
(はわわっ、あわわわわわわっ~~~~~っ!?)
おかしい、今、ディアの中で何かがおかしかった。
心臓は全力で早鐘をならし、頬どころか全身が真っ赤に染まっている感覚。
意識は少し遠くなり気味で、何故だか此処ではな何処かに出かけたくなる気分。
「――待たせたな」
「い、いいえェっ!? ま、待ってないですよっ!?」
「ディア? 少し様子が変だぞ? 無理は――」
「いいえいいえっ!? ささ、始めましょうっ!?」
不思議なぐらいに直視できなくて、ディアは上擦った声でベッドに転がる。
本能的に、大きな胸を隠すが隠しきれない事が、奇妙な感覚。
いつもなら何とも思わないのに、股間を手で隠してしまう。
そんな美少女の行動に、修はやや首を傾げつつ誘われるままにベッドへ。
(うおおおおおおお? 何か様子が――? いや、エロ漫画で学習したというのかディア!! くぅうう、なんて尽くす女! やはりディアは天使、否、俺の女神!!)
ハウツー本にのっとり、愛の営み序盤を開始する修は。
自らの股間が絶好調という事もあり、自信と共に獣欲が沸いて出てくるのを実感。
そして――――。
「――ハァ、ハァ。そ、そろそろ、いくぞっ」
いざ、その時であった。
もっと積極的だと思われたディアが、珍しくされるがままだったディアに。
ある感覚が芽生えたのは。
(あう、あうあうあうっ、いよいよいよいよ何ですけどぉっ)
ひとつ、――これは愛の営みであるが、神聖な子作りではない。
快楽のみを目的とした、隣り合わせで対局にある行為である。
ひとつ、――目の前のそそり立つモノは、獣欲の化身である。
即ち、彼の者は雄で、自らは雌で。
彼女は気づいてしまった。
あたかも、某神話のアダムとイブが、知恵の実を食べ知識を得て、全裸である事を自覚したが如く。
(う、ぁ――。な、何故私は、なんでこんなっ、裸で、オサム様もっ、心臓がバクバクしてぇっ、~~~~~~っ!! もうっ、耐えられませんっ!!)
視界がクラクラ、顔は、体は、火がついた様に火照って熱く。
そして、だから故に、ディアは修を突き飛ばして叫んだ。
「だ、ダメですうううううううううううう。は、恥ずかしいっ!! わ、わたっ、私ぃっ!! すっごく恥ずかしいですっ!? み、見ないでくださいっ!!」
「なんだそりゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
はっきり言おう、――初めてのセックスは今此処に失敗したのであった、南無。
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