059話 エスケープ・フロム・日常



 あれから三日。

 朝から修とディア、二人の姿は家にも学校にも無かった。

 うっすらと事情を察するクラスメイトは、特に騒ぎ立てることなく、曖昧なほほえみ。

 むしろ、教師達に二人は風邪ですと根回しする始末。

 

 対し、事情を知るイア達もまた、特段に探し出すようなことはしなかった。

 イア、――未練はあれど同じ乙女、小夜と共にショッピング。

 小夜、――後で絶対聞き出すと決意し、イアと。

 ローズは、がんばえー、と家で子供向けの映画祭りだ。


「しかし、アヤツら。本当に上手くやっているのか? アタシらが陰からでもサポートしなくてよかったのか?」


「それは無粋というやつですよシーヤ様。ところで最近、よそ行きの口調が他の者の前でも剥がれてますがよろしいので?」


「え、マジ? アタシとした事が……、で? 評判は?」


「わりと好意的に受け入れられています、教師達は少し戸惑ってる様ですが。まぁ問題はないかと」


「うむ、ならば良し! あの口調は肩がコるからなぁ」


 などと、純粋に心配してるのは魔王主従だけなのはともあれ。

 当の二人は今、映画を見ていたが――。


(くそうっ!? 中身が全然入ってこない!)


(うぅ、いざとなると、心臓がこんなに……予定の時間はまだ先ですが、私、持つのでしょうかっ…………)


 イケメンの若手俳優と、アイドルが主演のラブストーリー。

 大変評判が良い筈だが、冒頭から逃さず見ている筈なのだが、さっぱり入ってこない。

 然もあらん。

 見ているつもりでも、修は三十秒に一回、ディアは五分に一回の頻度でお互いを見ているのだから。


(暗い所で、スクリーンの明かりに照らされるディア……、真面目に見てる横顔がまた綺麗だ)


(ふわぁ……、なんだか、今日は少しいつもより格好良くみえるような……、うう、動悸がしますっ)


 修の服装は、ちょっと余所行きの普段着。

 角度によってはイケメンと言えるかもしれないが、清潔感のある普通の格好。

 ぶっちゃけ、ディアと釣り合いが取れているとは言い難いが、見劣りしないのは流石、勇者だという所だろう。


(ああ~~、今日のディアは、いつもより可愛くて…………くそっ、余計にドキドキするんだよっ! なんでそんな格好なんだっ! いや、あの時選んだのは俺だけどっ!)


 ディア本人の認識では、特段のお洒落をしていた訳ではないが。

 そもそも彼女の服は、修の好みと金で良いものを揃えている。

 今日は丸襟のグレンチェックのワンピースで、普段の薄着と比べると圧倒的な清楚感により、良家のお嬢様な雰囲気であった。

 ――修の好みにストライクヒットである。


 改めてデートとなると、実は初めてな二人。

 しかも夜には初めてが待っているのだ、映画などに集中出来る筈がない。

 思い浮かぶは相手の裸体、そして体温。

 修はガッツくの格好悪いと、ヘタレなんだか思いやっているのか分からない意地を張っているが。

 ディアはその辺りが素直なもので。


(オサム様ぁ……、手、握ってもいいでしょうか……、びっくり、させませんか? はしたない、と思われないでしょうか)


 恐る恐る、おずおずと褐色の左手が差し出され。


(あ、汗、手汗かいてますっ! 拭かないと駄目で――)


 途中で止まる、女の子だもの気にもなる。


(――ええい、俺は手を握る! それくらいはしても良いはずだっ!)


(はわっ!? お、オサム様っ!?)


(うおおおおおっ! いつもよりスベスベでしっとりで、柔らかくて、俺より小さくて細い手で指でぇっ!! ふおおおおおおおおおおおおお!!)


 映画館というある意味、密室での空間、大勢で居るのに、普段より密着度は下がっているというのに、妙に近く感じる距離。

 そんな中で繋ぐ手は、視覚と聴覚が前のスクリーンに向かっている分、手のひらの皮膚感覚が敏感なって。


(こ、これがリア充の幸せっ!? 青春の一ページっ!?)


(ううっ、何でしょうかこの感覚、顔が熱いですぅ……)


 二人して、映画そっちのけで俯く。

 そこには初々しいバカップルの姿があった。

 そんな訳だから、映画が終わってもお互いの顔すらみれず、口数も少なくゲームセンターだの、ウインドウショッピングなど。

 その手は、堅く結ばれたままで。

 特に、トイレに行くために手を一旦離す時など、まるで永劫の別れを惜しむ悲劇のカップル。

 うっかり目撃してしまった人々が、胸焼けする程の甘い匂いを醸し出しながら。


「そろそろ、夕飯にしようか?」


「はい、焼き肉に行くんでしたねっ! 私、初めてなので楽しみですっ」


 ロマンチストである修などは、お金も余ってる事だしと高級ホテルのディナーとスイートを予約しようとしていたが。

 肩肘張りすぎだと、総スカンをくらいディアの希望に変更。

 

「待たずに座れて良かったな」


「はい、見たところ私達でちょうど満席みたいですね、ふふっ、ラッキーって言うんでしたっけ? こういう時」


 物珍しさに、きょろきょろと金網を眺めたり、わくわくと楽しそうにカルビを焼く姿に。


(何の変哲もない光景なのだがっ!! 何の変哲もない光景なんだけどさぁッ!!)


「……? どうしたのですオサム様? 美味しいですよコレっ」


「あ、ああ。――ホントだ。美味しいな」


 肉の味など分かるはずが無い。

 なにせこれから――――。



(――セックス、するんだ。ディアと)



 デート、そして焼き肉、その後はラブホ。

 無駄に知識がある修は、そのコースがヤリ目的なカップルの定番のソレである事を知っていたため、意識しか出来ない。


(に、肉、食べなければ――、ああ、でも、ディアの胸のお肉に目がいくぅ!? 肉の油で余計艶めく唇とかさあっ!! 濃い目の小麦色の喉の、水を嚥下する動きとかさぁ!! ちょっとたくし上げた袖から見える手首の細さとかぁッ!!)


 空気の読めるゼファなどは、目も耳も閉じていたが、漏れ聞こえ来る心の叫びに。

 主殿は童貞かっ!? とツッコミを入れたくなったが必死に我慢。

 大切な勝負の時で、恋人達のメモリーの時間でもあったし、そもそも修がロマンティック純情クソ童貞だと言うことを理解していたからである。


「――ごちそうさまでしたっ」


「ごちそうさま」


 純粋に食事を楽しんだディアに対し、腹が膨れただけの修であったが。

 ともあれ、食事は済んだ。


「あ、オサム様。さっき店員の方が飴くれましたっ。一緒に舐めましょう」


「口のケアは大切だもんな」


「口のケア…………? ――はっ、はわっ!? こ、これそういうぅ…………」


 渡された飴は、あくまで店からの只の気遣いであったが。

 状況が状況だ、うっかり深読みしてしまったディアはもごもごと顔を真っ赤にして飴を。

 修もまた口に飴を放り込むが、視線は彼女が飴を舐めるために開けた口の、鮮やかな舌に。

 一瞬の光景だったが、下半身に何故かクる。


「…………どうする? 予定では、もう少しどこかで遊ぶ予定だったけど」


「……………………、そろそろ、行きましょうか」


 視線を交わさず、手だけを握って。

 修が少し前で、ディアが少し後ろで、無言のまま店前からやや足早に移動。

 大通りにでて、一本裏に入り人通りが少なくなる。

 ――同じ様に二人で歩くカップルの姿は、心なしか多くなった気がするが。


「…………」「…………」


 てくてく、とことこ、更に一本裏に入り、事前に調べたカップルには評判の、休憩、宿泊の価格が簡素に記された静かな建物へ。


「こ、こうなっているのかッ」


「パネルで選ぶんですねぇ……お金はこの機械で後で払う、と」


 やはりというか、この後に及んでというか。

 まごつく修を後目に、ディアはささっと部屋を選ぶと、出てきたキーを受け取る。

 幸か不幸か、他の利用客と鉢合わせる事無くエレベーターに乗って目的の階へ行き、手と足が同時に出る修はギクシャクと歩き。

 そして、部屋の前。


「えーと、6の9、6の9……、ここですねっ。さぁ、入りましょうオサム様」


 手を差し出すディア、すこし恥ずかしそうに頬をうっすらと赤く染めて。

 修は震える声で言った。



「………………やっぱ帰ろうか? いやー、ローズ達も心配してるだろうしなぁ」



 ディアは、ごくりと唾を飲んだ。


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