058話 ディア、目覚める



 時は若干巻き戻る。

 修が生徒会室を飛び出していった直後、ディアはニヤリと口元を歪め、修より早く屋上へ。


 ――実の所、全てはディアの予定通りだったのだ。


 次の日の朝、普通に登校したのも。

 何事もなかったかの様に、放課後まで過ごしたのも。


(ふふっ、全部が、予定通りなんですよオサム様っ)


 一つ目の目的は捕縛の為の油断。

 二つ目の目的は、エロ漫画の排除。


(架空の世界に、逃避なんてさせはしません)


 もし修が、一度でも「伝心」を使っていたらバレていただろう。

 だが、ディアには使わないという自信があった。


 剣からヒトとなり一ヶ月以上、ディアという少女は人間の事を、ひいては修の事をどん欲に学んできた。

 修の一挙手一投足が、ディアにとっての教科書

 修の言葉ひとつひとつが、ディアにとっての道しるべ。


(――――けれど)


 まだ、油断は出来ない。

 勇者という人種は、何をしでかすか分からない所があった。

 それは、かつてディアを振るってきた勇者達ですら同じ。

 異世界の文化故か、勇者に相応しい可能性を持つからか、必ずといっていいほど予想の斜め上をいく。


(そういう点では、オサム様の活躍を目にしていないので不安ではありますが)


 しかし、確信はあった。

 断言できる類ではないが、これがオンナのカン、とうものだろう。

 久瀬修という人間は、ディアという女を無視できない。


 首尾良く後ろを取り、声をかけて。

 青ざめた顔の夫(ほぼ確定)に、ディアは告げる。



「逃げたら……スカートをたくしあげます」



 その瞬間、逃亡体勢に入っていた修はピタッと止まり。


「なんでそうなるっ!?」


 反応を引き出せたなら最上の結果だ。

 次の目的に繋げる為、ディアは言の葉を紡ぐ。


「不思議な事を言うんですねオサム様、昨日あれだけ熱烈に語ってくださったのに……、私、嬉しかったんです、だから此方も『覚悟』を見せないとって思って」


「覚悟っ!? なんの覚悟だよっ!?」


「ほぉらオサム様ぁ。止めないと段々スカートが上がっていきますよっ」


「話聞いてっ!?」


 慌てふためくオサムを、悦が混じり始めた瞳でディアは微笑む。

 ――――ああ、なんて可愛いのだろうか、と。

 同時に、スカートの裾を掴んで有言実行。

 更に駄目押しで。


「ねぇ、気づいていないですよね? 今日の私、――下着、着けてないんです」


「――――っ!? マジか、マジだ!? 着けてない穿いてないっ!? そんな子に育てた覚えはねぇぞぉっ!?」


「あらあら、うふふっ、そんな漫画ばっかり持っていた癖に」


 修のエロ漫画が、彼の性癖の全てではない事を承知でディアは笑った。

 止めようスカートを掴むが、直に確かめるかどうか葛藤する心など、もはや手に取るように分かる。

 故に――。


「――見ても、良いんですよ他ならぬ貴男なら」


「み、見るかよこんな場所でっ!! 誰が何時来るかも分からないのにッ」


「ふぅ~ん? 誰にも邪魔されない場所なら、見てくれるんですか?」


「でぃ、ディアが望むならナァっ」


 その声は裏返って、耳まで真っ赤で。

 欲望には素直で、言葉は素直じゃなくて。

 これが修という男なのだ、ディアのみが見れる、ディアだけの。


「オサム様ァ…………」


 ディアは修をぎゅうと抱きしめる。

 決して逃がすまいと、この腕の中から逃げることはないと確信して抱きしめる。


(嗚呼っ、嗚呼っ、嗚呼っ、ああっ! これだったのですねお母様っ! これこそが私の使命! 勇者の、いいえ、オサム様という男の妻となる使命、運命!)


 修からの告白を受け、ディアは今ひとつ上の感情を得ていた。

 女として覚醒しはじめた本能が、以前告げられた女神の言葉以上の理由を生み出す。


(世界を救いし勇者への報い、未来を担う勇者を産む事。――――すべては建前だったのですね)


 きっと、自分がヒトの、女の性になったのは修の所為だけではない。


(私が、望んだから)


 この男こそが伴侶に相応しいと、魂で理解していたに違いない。


(オサム様、私は貴男の為なら母にもなりましょう……)


 それは、歪んだ形であったが確かな母性であった。


(オサム様、貴男が臆病だというなら、私が導きましょう)


 かつて勇者を導く聖剣だった、からではない。

 自らが、そう望むが故に。

 この言葉は「伝心」からも伝わっているだろう。

 熱い思いが故に。

 そして、確かに伝わっていた。

 だからこそ、修は熱量にあてられて動けない。


「オサム様、私こそが。貴男だけの妻であり恋人であり、そして母でもあります。――だから、恐れないでください」


 情熱というには、ネバネバする粘液のような情念。

 それを前に修は。


「…………いや、重いよねソレ(ディアの新たな一面ッ! まるで愛が重くて面倒くさいヤンデレと紙一重で実は結構好みなんだけど、なんか心臓ドキドキするんだけどっ!?)」


(主殿、それを恐怖と呼ぶのではないか?)


 ゼファの的確すぎるツッコミはさておき。

 修は直感した、これが彼女の言う「覚悟」であると。

 逃げられない、これ以上は逃げてはいけない、とも。


「――……はぁ、分かった。それで、お前は何がしたいんだよ」


 ディアを抱き返しながら、修は囁く。

 そのまま、いい匂いをする銀の髪と首筋に顔を埋め、高鳴り始める己の鼓動を彼女のそれと合わした。


「一緒に、間違えてみましょう? やる前から臆病風に吹かれて躊躇したままで、それで、本当にいいんですか?」


「………………う、ぁ、――~~~~っ、わ、笑わないか? 何かヘンだったり、失敗してもっ!」


「バカなヒト。私だって初めての事なんですよ? 正しい手順があるなら、一緒に学んで、失敗したら二人で笑って、学びなおしてやり直せばいいんです。――オサム様が言った事ですよ?」


「…………俺は、本当にバカだなぁ」


 その包容力は、母の様で。

 その姿勢は、恋人のソレで。

 修の為の、修だけの、たったヒトリの存在。

 だからこそ修は、魔王と戦った時より勇気を振り絞って言った。



「ディア、セックスしよう」



「はいっ! 喜んでっ!!」



 その瞬間、ディアは花咲く様に顔をほころばせて。

 そして――――。


「――――うむ、良く言った勇者よっ! なぁにこれでもワタシは淫魔王! おセックスの事なら何でも聞けッ!!」


「及ばずながら僕からも、まずは指の爪を切る所から始めましょうか」


「――見学、してもいい?」


「ねぇディア? 相談があるんだけど、一回戦? が終わったら乱入していい?」


「パパ、ママ、よいラブホを選んでおいた、存分に励むがよいぞ」


「我らが勇者! 後で媚薬を渡しておきますぜ!」「おいバカ、俺ら死んでるから持ってねぇだろ」「しまったっ!?」「こちらにも陰茎の張り子などはあるでしょう、あの巫女を通じて買ってきてもらうとイザ勃たなくても……」「お、その手があったな! 我らが勇者、勃たなくても安心ですぜ」


 バタンと扉が開く音がしたと思えば、出てくるわ出てくるわ。

 ローズ達一同はともかく、何故か勇者隊の面々までやいのやいのと感激の涙を流しながら激励を。


「~~~~~~~~っ!! ば、ばばばばばっばばっばばばっばばばばばばっ」


「ば? 何ですオサム様、変な顔して。皆さん祝ってくれてるっていうのに」


「ばっかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 感激のあまり、修はその場から逃げだし。

 その日、街の本屋ではハウツー本を泣きながら買う修の姿がクラスメイトに目撃され。

 非常に生暖かな視線と共に、コンドームが贈呈されるハプニングが起こり。

 夕方には、ディアの膝でおいおいと泣き、よちよちと慰められる救世の勇者の姿があったという。


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