057話 勇者は二度、十字架にかけられる



 さて次の日である。

 普段通り学校に通い、その放課後。

 特別ゲストにローズと小夜を招いて、生徒会室で会議である。


「むぐっ! むぐむぐ、むーむーむーーーー!!」


(主殿、残念だが当然の扱いでは?)


 なお、修は目隠しに猿轡、ベニヤ板をシーヤの魔法で補強した十字架とビニール紐で貼り付け。

 あれだけ熱烈に愛を語った癖に、一番肝心な所でヘタレた男に発言権などない。


「では僭越ながら、私が司会進行を勤めさせて頂きます。異論はございませんね?」


「うむ」「――異議なし」「よきにはからえ」「お願いします」


 特に反対意見があった訳でもないが、笑顔で冷え冷えとした雰囲気をだすディアの前に。

 一同は満場一致で首を縦に。

 然もあらん。

 いきなりお役御免になり、婚姻を押しつけられた女の子が。

 如何に前向きに事態を受け止めたとはいえ。

 夫からの心遣いが本物だったとはいえ。

 不安な想い、確かな繋がりを求める気持ちを半ば無視されたも同然だ。


(すまぬパパ、今回ばかりは擁護できん……)


 ローズは若干途方にくれて。


(修くん、分かりますよっ! 尊すぎて汚せない、そうですよねっ! ネットの漫画で見ました! わたしもそんなヒトが出来るといいなぁ)


 小夜は妙な理解をしめし。


(オサムぅ……、あっちの世界に居るときに問答無用で襲っておくべきだった! このバカがため込む奴だって分かってたのに妾と来たら……!!)


 イアはディアと同じく冷たい空気を出しながら、悔しそうに親指を噛む。

 なんだかんだと言って、ディアを応援する気ではあるが未練が無くなった訳ではないのだこのロイヤルエロフは。


「クククっ、楽しくなってきたなぁアイン?」


「ええ、本当に……。久瀬君が思った以上に童貞拗らせていて――――バカですか貴男は。本当にチンコついてます?」


「むっぐぅ!! むーむーむぅうううううう!!」


「ふふっ、オサム様。何言っているかわかりませんよっ」


 付け加えれば、修秘蔵のエロ漫画などが机の上に。

 慈悲などない。

 皆はどら焼き片手に、それらをペラペラめくりながら思案する。


「してママよ、何を話し合うのかや? 一応明言しておこうぞ」


 ディアはよろしい、と前置きすると修に一度微笑んで。



「オサム様の、――脱・童貞計画です」



「むぐぅ~~~~~~~~~~!!」


 とのたまった。

 ならば待ってましたとばかりに、イアが発言する。


「このバカにも練習が必要でしょう、――妾が」「却下」


「――では、わた」「却下」


「いや、オマエら。空気読め?」


「ははは、シーヤ様。獲物を前にした獣に無理を言いなさる」


「お主らもうちょっと仲良くしよ?」


 ローズが真顔で首を傾げる中、イアがコホンと咳払い。


「勿論、冗談だってば」


「――冗談(ええ、ジョークだったんですか!? わたし、ちょっとは興味あったんですが……)」


「ええ、冗談でとても嬉しいです。では真面目に」


 笑顔の欠片もなく笑うと、ディアはホワイトボードにペンを持って書き殴る。

 きゅっきゅっと音が響く中、オサムは抗議のうめき声を出しながら脱出の算段をしていた。


(甘い、甘いぞぉ! この俺が幾度敵に捕まった事か! そして何度自力で脱出してきた事か! これくいの脱出は容易ぃ! ――問題は、どう逃げるかだ)


(主殿、それは自慢にならないのでは?)


(仕方ないだろう? 俺には才能がなかったんだから。そりゃあ師達が良かったからさ、有象無象に負けない自信はあるけどな)


 以前、一騎当千級の帰還者をあっさりノした男が何を言うか、と思われるかもしれない。

 だが、そもそも修の中の比較対称は、魔王という特性がなければ世界を一人で救えた仲間達。

 イアの様に、ローズの一歩先を行く魔法使いだったり。

 はたまた、ローズを単騎で倒しうる力を持った者達なのだ。


(ちなみに、次元皇帝竜の赤子殿はどのくらい強いのだ?)


(俺もちゃんと把握してる訳じゃないけど、アイツ、破壊力だけならこの星どころか宇宙の先、複数の世界を取れる力があるぞ?)


(さては主殿、比較対象が間違っているな?)


 ともあれ、修はさらばお宝の山よとエロ本を囮にする事を決意。


(老師、貴男に教わった気功……、いつも助かってるぜ!!)


(その老師とやらも本意ではないのでは?)


(大丈夫、覗きや色町遊びに使ってたヒトだからセーフ、むしろ誉められる使い方だっ!)


 次の瞬間、修は気功を千手観音の如く延ばし、力任せにエロ漫画やグラビア写真集などを取り上げて。


「ふぇっ!?」


「――手抜かった(はぇー、流石ディアさんっ!)」


「あれっ! 肩外してますよ久瀬君!?」


「うわぁ、体柔らかいなアイツ」


「暢気にしてないでっ! 今すぐオサムを取り押さえ――きゃっ!?」


 気功の応用の一つ、剣に纏わせて強度と切れ味を上げる事が出来るなら。

 神髄に至った今では、剣が無くともお茶の子さいさい。

 コンマ数秒で無惨に切り刻まれたお宝達は、間髪入れずに紙吹雪となって一同の視界を遮り――。


「むがっ!(さらばお宝達よ! また買い戻すからなぁっ!!)」


(ディア殿がいるなら、買わなくてもいいのでは?)


(うっさい! 男の子にゃあ別腹だっつーの!)


 いくら魔法で強化しても、拘束方法が物理なら手慣れたものだ。

 浚われの姫として、女装させられ囮に使われた過去は伊達ではない。


(ふぅむ、勇者とはそんなに過酷な役目であったのか…………!)


(辛いこともあったが、楽しいこともあった、そんな感じかな――――)


 手品師もかくやの脱出をみせた修は、即座に気配を遮断、まんまと扉から爆走で逃走。


 それが、罠だとは知らずに。


「ぷはっ、あーーばよぉ! 先に帰ってるぜぇーーーー!!」


(と言いつつ、どこかで道草くって帰るのだな?)


「あたぼうよっ! 夕飯ギリギリまで粘るっ」


(取りあえずの行き先は?)


「今日はやけに質問が多いなお前、ま、いいか。校門を出た後は裏門から壁を走って屋上だ。なぁに、昼間でも見つからないコツがあるんだ。勇者隊の基礎ってやつさ」


(昼間に壁を上っても気づかれない技能を持つ救世の戦士達とは…………)


 勇者とは何か、考え込むゼファを余所に修は予定通りに行動。

 途中でゴミ袋を失敬したのはご愛敬だ。


「我ながら完璧だった……、万が一目撃されても、ゴミ袋が風で舞ってるとしか見えなかっただろう……」


 テンション高いのか、屋上の給水塔の上で無駄に陶酔する勇者に。

 立ち直ったゼファが、指示通りに聞き出す。


(主殿よ、逃げ出す必要はあったのか? 皆が主殿の為に意見を出してくれるならソレでいいのでは?)


「…………そうだなぁ」


 修は答えるのを躊躇った。

 どう考えても、ディア達の提案に乗るほうが得策とみえる。

 己がヘタレた事をしている自覚はある。

 だが、だが、だが、だが、だが。


「男として生まれたならさ、――譲れない一線ってあるだろう?」


 遠い目をして、切なげに出した声色。

 その雰囲気、仕草、間違いなく勇者の憂い。

 一ミリも疑うことなく騙されるだろう、――只人ならば。

 だが、ゼファはすでの修の事をディアに次いで熟知している。


(して、その心は?)


「いや、だってさ。初めての時は誰にもじゃまされずに、俺の意志と考えでリードしたいじゃん? ――って言わすなよ恥ずかしい!」


 傍目には一人でツッコむコメディアン志望の少年に。

 背後から、声かける者がひとり。

 そう、声をかける少女が、ひとり。



「恥ずかしいのは、この後に及んでそんな事を言うオサム様では?」



「あちゃぁ、参ったね。痛い所を突かれちゃった――――……………………うん? あー、その、なんだ? ディアさん? 何故ここに?」



 ギギギと音をたて、恐る恐る振り向くとそこには。

 愛しい銀髪の巨乳美少女、風に髪をなびかせ、スカートが揺れて。

 ――微笑んではいる、一応。


(いち、逃げる。に、誤魔化す。さん、裸になってみる。――さぁどれだ!)


(主殿、男は諦めが肝心だぞ?)


(というかさ、こんな早くバレるなんて、さてはお前、ディアと繋がってたなっ!?)


(すまない、格好いい鞘を作ってくれると言うのでな……)


(仮にも聖剣だろっ!? 買収されてんじゃねぇっ!!)


「オサム様? ゼファだけとお話するのは、私、寂しいですっ。――ね、もっと近くに来ませんか?」


 無視するなヘタレ、観念してこっち来いよヘタレ、と暗に聞こえてきそうな言葉に、修の顔は酷く青ざめた。


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