055話 夜空に咲く彼岸花は特に理由ではない・後



 何故、どうして。

 そんな言葉が修の中に渦巻く、声には出ない。

 しかしここは、隔離された空間であると同時に、修の「伝心」が広がる空間。


「伝わっているだろう? オマエを好きにならないようにさ」


「けど、だからってなぁ!」


 彼女が持つ最大の呪い、神たらしめる不老と幾度と無く再生する体、最強の個としての代償は。


「――人間を好きになるとな、愛してしまうと。殺してしまうんだ。みんな、みんな死んでしまった」


 最初は両親を、次は心優しい青年を。

 英雄と呼ばれる力ある者さえも、突然に死んでしまう呪い。


「でも、でもさぁ! だからって――」


「――これで、ワタシが再び蘇るまで、世界に平和が訪れる。いいじゃないか、こんな終わり方があっても」


 それはとても疲れた声だった。

 彼女は人から離れてしまった存在だ、それも、神となった本人ではなく。

 神としてこの世界に現れてしまった「現象」

 影法師のような存在だ。


 どく、どく、と剣から伝わる鼓動、滴り落ちる真っ赤な熱い血。

 彼女は確かに生きているというのに、修と同じく望んでこの世界に来た訳でもないのに。

 永劫に誰かを憎んで、憎まれて。

 そんな悲しい事を宿命づけられた存在。


「泣いてるじゃないかアンタ……、俺はさ、こんな結末を迎える為に勇者をしてきた訳じゃない!」


 確かにここで魔王と対面する前は、どんな事情があろうとも殺すつもりでいた。

 彼女が世界にもたらした被害は甚大で、いくつ幸せな家族を、恋人達を、人を、生命を、人の営みを奪ってきたか分からない。

 ――それも、千年以上に渡ってだ。


 だが、修は勇者である。

 聖剣を持たないが故に、心と心を繋ぎ、人の和、人の可能性でもって、戦ってきた心優しき勇者なのだ。

 だからこそ、どうして彼女の死を素直に喜べよう。


「すまないな勇者、オマエにそんな悲しい顔をさせたくなかったのだが…………嗚呼、でもだからこそ、死んで、ほしく、なかったのかもしれない、な――」


 魔王カナシの息が浅くなって、体の先端が光となって天へと上っていく。

 平和が、始まろうとしているのだ。


「――駄目だっ! 駄目だ駄目だ! このままでは、アンタは、カナシはまたいつか復活してしまうんだろうっ!?」


「そう、だなぁ……。またワタシは、誰かを憎んで、憎むしか、ない、のだろうなァ」


 少女が光となって消えゆく、もう、修が握る彼女の手の感覚すら虚ろだ。

 その儚さに、世界の無情に、――火が灯った。

 修の心に、炎を浮かびあがらせた。


(駄目だ、駄目なんだ、駄目なんだよ――――)


 断じて、断じてこの結末を受け入れてはいけない。


(何かないのかっ!? コイツを救う手段が何かないのかっ!?)


 消えゆく光に手を伸ばし、それは彼女の本質を表すように暖かく。

 同時に、修の脳へある光景を映し出した。


『おとーさん、だいすきーー!』


『お父さんも、■■ちゃんが大好きだぞぉ!』


『あらあら、■■ちゃんはお父さんが大好きねぇ』


 なんの変哲もない、幼子と父の会話、見守る母。

 親子の、――魔王カナシが大切にしたかった、欲していた光景


「こんな、こんな当たり前の――――」


 彼女はそれを奪ってきた、どんな理由があろうとも赦されない行為。

 失った命は戻らない、彼女の死をもってしても罪は濯がれない。



「――――それが、何だっていうんだ」



 修は、唇を噛みしめ、血を吐きながら言い放った。



「悲しんでる女の子ひとり助けられないで、何が勇者だ」



 歴代の勇者は世界に一時でも完全な平和をもたらした。

 それはとても尊い行為で、でも。



「ごめん、カナシ。今までの勇者達が不甲斐なくて、――お前を、助けられなくて」



 今この瞬間、修は直感した。

 自分が何故、聖剣を持たずにこの地に来たのか。

 自分が何故、心を繋ぐ力を授けられたのか。


 正解を得た。

 ――それは女神の本意では、世界の本意ではなかっただろうが。


 運命を感じた。

 ――愚かな行為と罵られるだろう、その先に、また魔王が猛威を振るう世界があるのかもしれない。



「決めたよ魔王。お前を救う、――俺の、命に変えても」



 修の言葉に魔王は抗議の視線を送ったが、喉が、その力でさえも光になりつつある今、明確な言葉にならなかった。


「持って行けよ『伝心』 その先に笑顔があるなら、俺の命だってくれてやるさ」


 それは、修だけが、修だからこそ起こせる奇跡。

 ただのコミュニケーション能力を。

 生体エネルギーを使い、互いの精神を共鳴させ、魂の共振を行う「伝心」

 それを、存在全てを消費して行おうとしているのだ。




「今、助ける」


 


 その瞬間、修も魔王と同じように光の粒子となった。

 自らの存在が、心が世界に一気に解けていくような感覚の中。

 修は必死に己を保ち、魔王の光を包み込む。


 すでに飛び去った部分、まだ光になってない部分。

 全てを修という光で包み込んで。


『勇者というのはバカか! こんな事して、自殺のなにも変わらないじゃないか!!』


『でも、これでお前は一人じゃない。もし次があるなら、一緒に居て、それでも人間を殺そうとするなら、お前を止めるさ』


 暖かな光、に包まれて。

 魔王として存在する少女は、初めて温もりを知ったような気がした。


『…………もっと、もっと早くにオマエと出会えたら、何かが変わったのかな』


『今からでも遅くはないさ、次に期待しててくれよ』


 カナシの頭を撫でるように集まる光、しっかりと抱きしめる様にまとわりつく光。

 希望と、願いと、確信にも似た平和への祈り、そこに魔王は父性を見た。


『バカが、底抜けのバカが、童貞の癖に……』


『今童貞は関係なくない!?』


 なんかいい感じの空気だったよね? と叫ぶ修に、カナシは微笑みを浮かべながら感じる。

 もはやすり切れた記憶の果て、己の父もこんな暖かな人だったのだろう、と。

 ――――故に。


「すまない、オマエの気持ちは嬉しいが。……まだ、こっちに来るには早いさ」


 カナシは理解していた、修の使う力は神のそれ。

 たとえ授かったものとはいえ、ここまで使いこなしてしまえば。

 こうなってしまえば、神となるには遅かれ早かれだろうと。

 だから、この先本当に、神になって自分と永遠を共有してくれかもしれないと。


『――……? カナシ、何をするつもりだっ!?』


『出来るかどうか分からないが、……人に戻れ勇者、それで、今度はオマエの子として生まれてくるワタシを、親として愛してやってくれ。…………一人に、しないでくれよ』


 そう言うと、少女は最後の力を振り絞って、光となった自分の存在を動かした。

 己と共に拡散していく修の光を、己自身を使って繋ぎ合わせて、まるで一つになるように。


『おい、カナシ!? おいったら! 俺は――――』


『――――また、な』


 気づいたときには、彼一人。

 隔離された空間は元に戻り、拡大拡張された「伝心」も収まり。

 修が出現した姿を見て、ボロボロの姿の、けれど欠けず九人の仲間達が駆け寄って。

 彼女が使っていた白い刀が、さらさらと土に還り。

 ――――その世界から、魔王は居なくなった。


 修と同化する事により、修以外全ての繋がりを絶ったのだ。

 壊れた城の天井から、晴天の空が見えて。

 修は見上げ誓う。


(約束する、いつかまた、今度は俺の子供として…………)





「とまぁこんなところかな? 悪かったな黙ってて」


 語り終えた修は、悪びれずそう言うと。

 喉が乾いたと、コーラをぐびぐび。


「悪かったなって、オサム――――」


 イアは衝撃の真実に唖然、然もあらん。

 自分たちの世界は、修を犠牲にして救われたも同然な上、何の恩返しも出来ずに元の世界に返したのだ。

 個人的な事を言えば、何故言ってくれなかったのか。

 だから、自分の気持ちに答えなかった、もしかすると気づいても気づかないフリをしていたのか、等々。

 心中は非常に穏やかではない。


「パパが何か隠してるとは想っていたが、いやはや、想像以上に重いというか何というか……」


「――これが、勇者」


 ローズはあきれ半分、賞賛半分。

 小夜は百パーセント賞賛のため息を漏らす。


「アタシらの時も、勇者ってこんなモンだったよなぁ……」


「ですね、勇者という人種は、何かと救いたがる。そしてそれが全体への幸福に繋がっているから困る」


「ま、アタシ達がこっちの世界に来たのも、幸福に繋がってるって事なのかな」


 魔王シーヤと、従者アインは何やら思うところがあるのかしみじみと。

 ――そんな中、ディアだけが不審そうな顔をしていた。


(あの魔王がオサム様の魂と一緒だなんて……、いえ、だからこそ魂も普通に戻って、分からなかったのかもしれません)


 以前、あの世界から魔王を根絶したという意味がやっと理解できた。

 魔王はその存在ごと、この世界に来たのだ。

 修の子となる運命と共に。


(流石、オサム様です。きっと、私が一緒だったら今までと同じ結末でした。『伝心』を使いこなしていたオサム様だからこそ、魔王すら救おうとしたオサム様だからこそ、成し遂げられた結果です)


 しかし、だからこそ理解してしまう。

 ディアは、夫となる男の事を、理解してしまっている。


「ねぇ、オサム様。聞いてもよろしいでしょうか?」


「おう、何でも聞いてくれ」


 隠してきた過去を明かし、安堵顔の勇者は素直に頷く。

 ディアの、冷たい視線に気づかずに。


「今のお話。オサム様は将来生まれるであろう、魔王の生まれ変わりを心配して、私に手を出さない。…………そういう理由ではありませんね?」


「勿論だ。約束したし、それに。誰かを愛するのに理由はいらない、ましてや俺の子として生まれてくるんだ。心配も不安も、何一つない――――…………ぁ」


「でしょうね、オサム様はお優しく立派な方ですから」


 小さく動揺を見せたオサムに、ディアは冷たい声。

 そのやり取りを聞いていた皆も、首を傾げる。

 魔王の事が理由でなければ、何故、修はディアを抱かないのか。


「うむ、確かに話しておかなければならない事柄じゃな、しかし、心配も不安もなければママを抱かぬ理由にならぬ」


「ふふっ、オサム様。どうか、もう一つお聞かせ願いますか?」


「な、なんだ? うん、俺はもうディアに隠し事はしないぞ?」


 ディアはすっと音もなく修にすり寄り、腕を絡めて耳元で囁く。

 おまけに、逃すつもりはないと、足も絡めて胸を押しつけて。

 理想の美少女に言い寄られとても幸せな事なのに、修は寒気が走った。


「今のお話、私を抱いてくださらない理由のどれくらいです?」


「……………………これくらいかなぁ?」


 世界を救った勇者は目をそらして、右の親指と人差し指でCの字をつくり。

 それを見たディアは、ニンマリと大輪の華が咲くように微笑んで言った。


「残りの理由を、お聞かせ願いますっ」


 修は首を縦に振る以外、何一つ出来なかった。


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