054話 夜空に咲く彼岸花は特に理由ではない・中



 あの日の決戦は、大陸の中央部に存在した魔王の城塞都市で行われた。

 周囲を連合軍十万で囲み、修率いる勇者隊五百名が突入を。

 一重二重に幾度となく立ちはだかる分厚く巨大な壁と、単騎で国を落とせる四天王。


「へへっ、ここはオレ達にまかせなオサムぅ!!」


 大切な仲間が。


「コイツは私が道ずれに持って行くっ! 老いて死ぬまでこっちに来るんじゃねぇぞお前等ぁあああああ!!」


 ひとり、またひとりと欠けて。


「我が命をもって、この扉を閉じさせてもらう!! 必ず勝って、世界に平和を――――」


 かの魔王にたどり着いた時には、修を含め十名。

 だが彼らもまた、死にこそしてはいないが、大幹部である巨大なキメラに足止めされ。

 残るは。


「ククク、驚嘆にあたいするな。よもや聖剣も無しにたった一人で向かってくるとは」


「一人? ずいぶん暢気だな魔王、俺の仲間を見くびってもらっちゃあ困るぜ」


 軽口を叩くも、修は動揺を隠せないでいた。


 魔王その姿、――可憐な少女のそれ。


 その容貌、――日本人。


 その衣服、――セーラー服。


 まるで伝奇マンガのヒロインの如く、白く長い刀を携えて。

 だが、その立ち姿は紛れもなく戦う者の。

 濁って淀んで、黒く澄み切った瞳は、底なしの憎悪を表して。


 それだけではない。

 本来ならば、修の背後で巨大キメラと仲間達が、城を壊す勢いで戦っている筈だ。

 だが今は、――静寂。

 足音一つ聞こえなければ、振り向いても誰の姿も見えない。

 更に悪いことに――――。


(――――っ!? 「伝心」が遮断された!? いったいどうなっているっ!?)


 歴代の勇者が、聖剣をつかっても倒すことが精一杯で根絶できなかった相手。

 それと、一人で戦わなければならない。


(想定してたけどさぁっ! イアでも破れるのかこの結界? ――――俺だけで、やるしかないのか)


 問答無用で切りかかるかどうか、修が躊躇った一瞬。

 魔王は修に語りかける。


「ほう、位相をずらしてあるこの結界が解るのか。見所があるなオマエ。人間にしてはよくやる」


「お褒めに与り嬉しいよ。だが、いいのか? うかうかしてると、俺の仲間がすぐに合流するぞ?」


「時間稼ぎか? 勇者ともあろう奴が無駄な足掻きはよせ。理解してるだろう? この結界は、ワタシを倒さなければ…………解けない」


「ケッ、ご丁寧にどーもぉおおおおおおおおおお!!」


 久瀬修は勇者だ、勇者として召喚された。

 本来持つべき聖剣は無く、頼れる仲間も今は無しに。

 それでも、それでも、だからこそ、やらなければならない。

 剣を構え、修は突撃した。





 魔王との戦いは、イアと出会った時と同じように一方的なものだった。


「クハハハハッ!! どうした勇者ァ! 奇妙な術を使ったかと思えば、子供だましではないか! 前の勇者達の方が余程骨があったぞ!」


「――ぁ、ッ、くっ、チィ――――!!」


「ほれほれほれぇ、ハハッ、どうだ? 聖剣を持たぬオマエにとって、呪いは苦しいだろう? 素直に降参すれば苦しまずに殺してやるぞ?」


 まず最初に、早さで負けていた。

 次に、腕力でも負けていた。

 剣の技でも負けていた。


(届かないっ、それでも――――ッ)


 薄皮一つ切れただけで、体内に入り込む呪い。

 人間を憎め、殺せ、滅ぼせと、修の脳内にぐわんぐわんと響かせる。


(何故だ、何故こんなにも憎む!)


 数分前に、盾が壊れた。

 数十秒前に、鎧が壊れた。

 数秒前に、剣が二つに折れて。

 手足がくっついているのは、「伝心」のお陰で致命傷だけをギリギリで防げているからだ。


「負けないッ、俺は、負けない――――」


 何度吹き飛ばされても立ち上がり、何度切りつけられても立ち向かってくる勇者に、魔王は憎悪に似た喜びを覚えていた。


「本当に、よくやる。勇者とは名ばかりの只人の癖に」


 魔王が、彼女が与える呪いは全ての生命が抱える憎悪そのもの。

 魔王の、彼女の存在は憎悪そのもの、――謂わば、神、だ。

 常人なら、歴戦の戦士でも、これまでの勇者でも聖剣を持たぬのならば膝を屈していた代物だ。

 森羅万象の憎悪を前に、耐えられる者がいるならば。


「――嗚呼、嗚呼。認めよう、オマエこそが真の勇者」


 修からの答えはない、その代わり、折れた剣が振るわれる。

 足が折れて、腕が折れて、仲間から習った気功で補強するも、それで威力がでる訳がない。

 難なく素手で受け止められて、また弾き飛ばされる。

 その先で、よろめきながら立ち上がる修の姿に魔王はため息をついた。 


「……なぁ、何で立ち上がるんだオマエは。この世界の住人ではないだろう?」


「――はァ、ハァ、はぁ、そんなの、決まってるだろう?」


 首を傾げる魔王に、修は荒い息のまま獰猛に笑い。

 彼女相手に「伝心」を全開で使う。


「なんだコレは――ッ!? いや、さっきから妙にしぶといと思ったら、これの!?」


「ああ、アンタの心を読ませてもらった。だが、これからはそれ以上だ――――ッ!!」


 創世の女神セイレンディアーナから授けられし「伝心」の力。

 その力は他者と想いを理解する力で、そして。


「糞ッ、流れ込んでくるッ!? オマエが流れ込んでくる!!」


「――――ああ、こっちもアンタが流れ込んでくるよ」


 修の視界が重なる。

 一方は、今までと変わらぬ魔王の姿。

 一方は、心すら丸裸となった、生まれたままの少女の姿。


 戸惑う魔王の隙をつき、修は切りかかる。

 瞬間、受け止められるがもう遅い。

 お互いの魂が直にぶつかりあい、火花を散らす。


「何処かの誰かのッ、笑顔の為にッ! 俺は戦ってるんだ!」


 ――伝わる、それが唯一の力故に。


「世迷い言をッ! 人が人の為に戦うものかよッ! 人ならば醜く争い死んでいけェッ!」


 ――伝わる、お互いの言葉が本気だと云うことに。


「アンタもかつては人だったんだろう!! 守りたい存在が、愛する存在が居たんだろう!」


「奪ったのはお前達人間だ! ワタシに優しくしてくれたのはバケモノだけだった!」


 魔王は理解する、修がただの人間である事を。

 善良で、普通の、勇者という役目を背負ってしまったただの男である事を。


 修は理解する。

 彼女が平行世界の日本で神となった存在である事を。

 人として生まれ、人に裏切られバケモノになり、人を憎んで、世界の半分の命を奪い神となった。

 憎悪とそして、――「愛」の神。



「ワタシを見るナァアアアアアアアアアア!!」



「俺を見ろおおおおおおおおおおおおおお!!」



 悲しみを知った、喜びを知った、怒りを知った、正しさを知った、間違いを知った。

 勇者の名前が久瀬修という事も、魔王がカナシという名の少女である事も。

 好きな事も、趣味も、大切な人も、譲れない事も。

 お互いに対するありとあらゆる事を、知った。


 修の攻める手は緩まず、魔王――否、少女カナシに剣は振るわれ。

 そして、カナシはそれを避けなかった。

 受け止めもせず、袈裟懸けを、直接。


「…………、おい勇者。なんでオマエが泣いてるんだよ」


「キミを、――助けたいから」


 でも、助けかたが分からないから。

 修は涙を流した。


(俺は、知ってしまった)


 魔王カナシは、只の少女である。

 世界の摂理に囚われた、人へ憎悪を振りまき、異形を愛する。


「……カナシ、お前は魔王なんかじゃない」


「では何と?」


「女の子だ、泣いてる女の子。――なぁ、カナシ。俺はお前を助けたい。どうしたらいい?」


「泣いてる? 助ける? ……ふん、そう言ったのはお前で二人目で、出来ないのも二人目だな」


 拗ねたようにそっぽを向くカナシに、修は泣きながら剣を振るう

 もう、魔王を殺す事も、世界を平和にする意志も、今の修の中には無かった。

 あるのは一つ、――目の前の女の子を助けること。

 でも、助ける方法が分からない。

 神様になった少女を解放する方法など、修は知らない。


「俺は勇者でそして男だ。泣いてる女の子一人たすけられないでさ、やってらんないんだよ」


 嘘のつけない空間、本気の言葉、本気の悔しさ。

 そして、――本気の殺意。

 理解してしまったのだ、カナシという存在の事を。

 彼女を助けたいのに、彼女を殺さないと憎しみは、悲しみは止まらない。

 修が彼女を殺さなければ、彼女は世界中の人間を殺し尽くして、――悲しみと絶望を深めるだけ。


 剣を振るう、少女が傷つく。

 ――修を、人を憎悪する呪いが蝕む。


 剣を振るう、少女が深く傷つく。

 ――だが殺してしまえば、彼女は今までと同じく復活する。


 剣を振るう、少女の命の灯火が少なくなって。

 ――とうとう、修の手が止まり。


「バカだな、オマエは。いや、アタシもか――」


「――――え?」


 魔王少女カナシは、修の手を、剣をぐいと引き寄せ自らの胸に突き刺した。


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