053話 夜空に咲く彼岸花は特に理由ではない・前



 秋祭りは盛況だった。

 たこ焼き、焼きそば、チョコバナナやリンゴ飴をほうばりながら、射的やくじ引きなどの屋台を巡る。

 魔法少女のお面をかぶったローズを真ん中に、左にディア、右に修。

 ローズは朱、ディアは水色、修は黒の、金魚柄の浴衣。

 三人で手を繋ぎ、その姿はまるで子連れの若夫婦。

 それをイア達が微笑ましい目で見ながら後に続き。

 そんな中、修といえば。


(じぃぃぃぃぃぃぃぃ)


(主殿……、相手が御細君でなければ犯罪者だったぞ?)


 本人としては、気づかれない様にチラ見だが。

 端から見れば、ガン見。

 歩く度にふりふりと揺れるディアの尻を凝視、言うまでもなく、窮屈そうに盛り上がり、谷間が見える胸へもガン見。


(反則だろうっ!! あの逆ハート型の美しいお尻が、輪郭そのまま――、否。むしろ強調されているっ!?)


 パンツはいてないつけてない、ああ、それは和装の基本。

 今の世では、それ専用の下着があるというもので、イアや小夜はそうしているというのに。


「気づきましたか? こういうのが好きだと思って」


「っ!? お、お、おお、おまぁっ!?」


「パパ、どもりすぎじゃ。というか気づかれないと思ってたのかや?」


「ローズぅ!?」


「ふふっ、ダメですよローズちゃん。オサム様も健全な男のヒトなのですから」


「ディアッ!?」


 狼狽える童貞勇者の姿に、イアは綿飴を口いっぱいに頬張りながらジト目。


「やっぱり大きいのが好きなのかしら、こっちの事なんかあんな目で見ない癖に」


 小夜は毎度おなじみ巫女服姿だが、イアは若草色の浴衣。

 異世界エルフだというのに、妙にしっくりくる姿だ。

 かの勇者は肉感的な体つきが好みだから、とは声をださずに。

 しかして、自分も浴衣を着ればこのエルフの少女よりか視線を送られたのだろうかと考えながら、日本一の払魔巫女は指摘する。


「――――でも、だから好きなのでしょう?(女として、ちょっと悔しい気もしますけど。ああいうのは年頃の男の子って感じがして、親近感沸きますね)」


 だがイアがそれに返答するより早く、小夜に声がかかった。


「なぁ、のんびりしてるが、時間はいいのか巫女よ。そろそろ奉納神楽の時間だろう?」


「そういえば後十分ってところですね、大丈夫ですか?」


 お揃いの青い浴衣である魔王主従の言葉に、小夜ははっとなってスマホで時間を確認。


「――――問題ない。だがそろそろ向こうに行く(はぅあっ!? もうこんな時間ですかっ!! くぅ~~っ、お仕事さえなければ念願の『友達とお祭り』が堪能できたのにっ)」


 いつもの様に済ました顔で、しかし内面は焦りやら悔しさやら。

 小夜は一礼すると去っていく。

 修達もまた、観覧のため神楽殿へ向かった。





 日が沈みかけ、空が暗い茜色に染まる中で神楽は始まった。

 秋の彼岸、その祭り。

 小夜の見事な舞を見ながら、修は周囲の空気が清められていくの感じ、ほぅと感嘆をこぼす。


(なるほど、これは……。見えるかもしれないな、皆にも)


 己を守護する勇気ある者達。

 かつて散っていった勇士達。

 ――勇者隊のみんな。


 四十分かけて舞は終わり、修達は小夜に教えてもらったひと気のない花火スポットへ。

 到着と同時に、花火が打ちあがった。

 夜空に浮かぶ大輪の花、色とりどりの、まるで魂の様な。


(そういえば、あちらの世界にも花火はあったな……)


 よく、覚えている。

 あの日、異世界セイレンディアーナに召喚された日の夜、城のバルコニーから見えた花火。


 よく、覚えている。

 あの日、魔王を倒して王都に帰ってきた日の夜、やはり、城のバルコニーから見えた花火。


 異世界に行くまでは、ただの夏の風物詩だったそれが。

 今では、とても感慨深い。

 その時であった。

 夜空を見上げ感傷に浸る修の隣に、――透けた、ヒトの形が見えたのは。


 それをディアは、静かに見守り。

 イアは少し涙ぐんで。

 遅れてやってきた小夜は、目を見開いて。


「――ああ、やっぱりか。こんな日は呼ばなくても来るんだな」


 苦笑気味の修に、大きくて耳の長い誰かが背中を叩き。

 まるで、元気をだせ、気合いをいれろと言わんばかりの仕草に。


(兄様……、まだオサムの隣にいるのね。ふふ、面倒見がいいんだから)


 それは戦いの中で死んだイアの兄であった。

 ひとつの花火が散って消えると同時に、彼も消え。

 また、ひとつ。

 花火が開くと同時に、ふわりと新たな戦士が。


 肩を組むものが居た

 握手をするものも

 そっと後ろから抱きしめるものなど。


 思い思いのやり方で、見守っているぞと。

 彼ら一人一人の流儀で、恐れるなと。

 修は、勇気ある者である、と。


「――逃げてもいい、それは勇気ある行いだ。はは、死んでも同じ事言うんだな」


 それは優しさか、それとも試しているのか。

 竜人の賢者はそう投げかけ。


「あん? 魔王より怖くないだろって? 比べる相手が悪いじゃねぇか」


 山賊風の男は仁王立ちをして叱咤し。


「おい……、相変わらずか。こんな時ぐらい何か言えよ」


 狼人の魔術師は、ただ無言で見つめ。

 彼らに修は問いかける

 ――――あの時の決断に、悔いはないか?


「ないさ、だから。――今まで通り進むとするよ」


 人種も性別も年齢もまばらな彼らは、ただ笑って頷き。

 最後とばかりに全員が現れたと思えば、虚空に消えて。



 そして今度は、セーラー服の少女が現れた。



「――ッ!?」


「そんなっ!!」


 ディアとイアが驚愕に目を見開き、小夜が首を傾げる。


「セーラー服?(あれ、どうみても日本の女子高生ですよね? 修くん以外にも異世界に行った人が居るのでしょうか?)」


 今、彼らと同じように現れたと言うとこは、彼女は個人。

 いいとこのお嬢様の様な柔らかな亜麻色の、髪の長い胸の大きな美少女。

 彼女に視線を集中した瞬間、小夜の魂が恐れを叫んだ。

 ――――駄目だ、あれは駄目だと。


(あれは、神? しかも強大な、あんなにも――)


 禍々しい、そんな言葉では言い表せない。

 まるで、この世の憎悪を詰め込んだ様な。


 神々しい、そんな言葉では言い表せない。

 まるで、この世全ての生命を愛すると言わんばかりの。


 小夜の見立てでは、彼女は神の残滓。

 討ち滅ぼされ、死した神の魂。


 憎々しげに、ディアとイアが彼女を睨む中。

 その少女は不機嫌そうに、不満そうに、しかし優しげな瞳で修の胸に顔を埋める。



「……お前まで出るのか。悪いな、約束はまだ先だぜ、――魔王」



 修の言葉に、少女はデコピンを一つ。

 虚空に消えるた他の者とは違い、修の体の中に入っていく。


「神が宿って? いえ、そんな気配は――(ええ、絶対あれヤバイ神様ですよぉ!! いくら死んでるっぽいとはいえ、なんで平気なんですか!?)」


 かの少女が最後だったようで、それ以降は誰も現れない。

 花火が終わり、火薬の匂いが微かに漂う。

 静けさが周囲を支配した直後、怒りを称えてイアとディアが修に詰め寄る。

 その鬼気迫る表情に、半ば部外者である小夜や魔王主従は口を挟めない。


「どういう事ですオサム様っ! 何故、魔王カナシが貴男の前に現れるのです!」


「説明しなさいオサム! 魔王は倒したんじゃなかったの!?」


「近い近いって、今から説明するから。まぁ、でも安心してくれ、確かに魔王は倒した、あの世界から消えた、もう復活する事はない」


 胸ぐらを掴むイアの手を外し、殺意すら込めて喉元に手刀を突きつけるディアを宥めながら。

 修は、魔王との最終決戦の時のことを話し始めたのだった。


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