052話 まるで蛇の如く



 明日には秋祭り本番である今日この頃。

 準備も万端、ディアとローズとお揃いの柄の浴衣も買った。

 手伝いも終わり、何も問題がない――筈なのだが。


(なーんか、視線が痛い気がする……?)


(見られていますな、童貞主殿)


(お、童貞専用剣ゼファ、しばらく構ってなかったから拗ねてるな?)


(我も主殿が童貞を卒業すれば、聖剣として一皮剥けるのだが?)


 ゼファとのやり取りはともかく。

 修は今、若干の居心地の悪さを感じていた。

 何というか、こう、見られているというか。

 監視なのだろうか、ディアだけではなくローズ、イアと小夜。

 加えて、シーヤやアイン達までも。


 今もそうだ。

 パジャマ姿でリビングのテレビを見ている修を、台所の端から隠れる様にディアが見ている。


「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…………」


(あれは監視なのか? いやまさか。そんなフラグとかあったか?)


 イアと小夜が来たことに起因する不安、というには


(ふむ……、我が推察するに。主殿が童貞なのが原因では?)


(あれ? その話題続けるの?)


(いや、真面目な話だ主殿。我も思うのだ、あれだけ御細君へのスケベェな感情を抱いているのが伝わってくるのに。何故一向に手を出さないのか、と)


(それは――)


(――大切にしてるから、とは言わせないぞ主殿)


 ぴしゃりと言われ、修は黙った。

 ディアを大切に、もっと知識や情緒を身につけて、それでもなお望むならと。

 勇者として、一人の誠実な男として、とても聞こえが良い言葉だ。

 だが、――彼女は望んでいない。

 例えその結果が過ちでも、正していけばいいと彼女と約束した。


(…………そろそろ、俺のエゴを押し通すのも限界なのかなぁ)


(ふむ、自覚はあるようで嬉しいぞ偉大なる我が童貞勇者)


(童貞ってつけるの止めようぜ、童貞専用剣さんよ?)


 勇者・久瀬修には、秘密にしている事がある。

 迂闊に肉体関係を持つ事が出来ない理由が、ある。

 向こうの仲間にも誰にも、もしかすると女神セイレンディアーナですら知らない、ある事が。


(…………いや。いやいやいや? それ監視の理由じゃないよな。仮にそうだとしても、監視の理由って決まってないよね?)


(ふむ、気づいたか主殿。我も薄々そんな気がしていたのだ。では何故、御細君達は主殿を監視しているのだろうか?)


(分かんないから疑問に思ったんだよっ! 実はポンコツだなお前っ!!)


 という訳で事態は振り出しに戻ってしまった。

 テレビを見て笑うふりをしながら、そっと銀髪褐色巨乳美少女の姿を伺うが。

 以前と変わらず、じぃっと不審な視線を送ってくるばかり。


(では、どうする主殿?)


(決まってる、先ずは情報収集だ)


 面と向かって聞き出すのが一番手っ取り早いのだろうが、正直な話、修にはその勇気が無い。勇者なのに。

 ローズは聞いてもはぐらかすだろう、イアはディアと同じく、藪をつついて蛇が出てくるのがオチだ。

 先輩である魔王と従者はこの場に居ないので、考慮外。

 監視には監視を、相手が隠れて見るのなら、こちらもこのまま見るのだと修は勇者として培った技能を無駄に使う。


(――説明しよう。これは気功のちょっとした応用である!)


(ふむふむ、なるほど。……そういう技か!)


(理解が早いっ!?)


 気功を全身に巡らし、皮膚の感覚、及び聴覚を強化。

 ――所謂、生体レーダーの様な何かである。

 更に、本来射程がゼロ距離の気功だが、神髄に到達した事により、相手の状態を文字通り手に取るように把握。

 なお、悲しいかな。これでも仲間の下位互換である。


(確かストーカーというのだったか? 主殿の行動は)


(うっさい、俺はその権利があるっ! ………………あるよね?)


(そう思うのなら、素直に聞けばいいだろうに)


 ゼファの呆れたような声を無視し、修は得た情報を脳内で再現。

 先ずはディアの今の服装。

 ピンクのフリフリ若妻エプロンに、オフショルダーのサマーセーター。

 下はミニスカートに生足。


(くっ!? またかっ!! またディアは下着を履かずに…………けしからんっ!!)


(けしからんのは主殿の方では?)


(相変わらず、銀髪は艶々して良い匂いだし、おっぱいは大きくて柔らかいし、お尻は触り心地いい上に、俺好みの巨尻だし、太股はむっりち、肌はすべすべしっとり…………。まさにこれは犯罪じゃね?)


(主殿の行いの事だな)


(ああ、こんな美少女が恋人で妻なんて、俺って幸せだなぁ…………)


(そう思うなら、とっとと抱けばいいではないか)


 修がディアを堪能している一方、彼女もまた、彼が自分を探っている。

 もとい、体をまさぐっている事に気づいていた。


(――――オサム、様? ふふっ、くすぐったいですっ)


 気、というモノは体内のエネルギーであり、その時の気分、気持ち、気合い、そういう「気」が乗る。

 ましてや天才肌で、感受性の高いディアだ。

 修の純粋で不純な、暖かな好意を感じ取って。


(えいっ、お返しですっ)


(気づかれたっ!? ――いや、これは…………)


 自らも気を発し、自在に操って修のそれを絡み合わせる。

 髪に延びる優しげな気を、螺旋を描いて。

 胸に延びるそれを、柔らかに挟み。


(オサム様の気、暖かいです)


(優しいな、ディアは)


 ディアの気は修のそれとふれあいながら辿り、溶かす様に、撫でる様に彼の体にまとわりついて。

 お互いは離れていた。

 お互いに何も発していなかった。

 確かに、服を着ていた。


(不思議です、まるで裸でくっついてるみたい)


(なんで、こんなに安心するのかなぁ……)


 ある意味、性行より直接的な交わり。

 けれど、肉欲など何一つなくなって。

 伝心より、言葉を交わすより迂遠なのに。

 しかし、何よりも雄弁で。

 ――――二人は、一つだった。


(……やっぱり、そうなのですね)


(やっぱり、バレてたか)


 蛇の交尾のように気を絡ませながら、相手の心の熱で、解け合う感覚を得たが故に。

 二人は気づいた。

 ディアが、修の秘密の一端に気づいたことに。

 修が、ディアに心配されていることに。


「ディア」


「はい」


 いつの間にか、修の目の前にはディアの姿があった。

 二人の気は二人を囲む様に、より濃密に、ドロドロに巻き付いて。


「ディア」


「はい」


 修は名前を呼ぶ、自分の手で、その腕で抱きしめたかった。

 けれど、何故か勇気が出ずに俯いて。


「ディア」


「はい」


 ディアは静かに言葉を返し、その褐色の腕を延ばして。

 何の躊躇いもなく、修の頭を抱き自らの胸に誘って。

 ――――夫となる人の心へ、踏み込む事に決めた。


「何があったとしても、どんな言葉でも。……安心してください。私が、貴男の隣にいます」


 彼女の胸の柔らかな感触、包容する腕に。

 修は心に勇気が灯る音を聞いた。

 大切な女性が歩み寄ってくれているのだ、ここで引いたら勇者ではない、まして男である資格はない。


「明日、お祭りが終わったら。……聞いてくれるか? 隠してる事、隠してる気持ち。全部、全部話そうと思うんだ」


 ディアの背に回した腕は、少し震えて。

 縋るように、掴むように。

 勇者として世界を救った男が、かつての仲間ではなく自分だけに見せる弱々しい心に。

 剣の女神は、艶やかな微笑みで頷いた。


 なお、空気を読んで途中から黙っていたゼファは。

 ディアの表情に背筋を強ばらせ、――もっとも剣なので背筋なんてないが。

 下に恐ろしきは、女の母性と情念よ、と。

 近い将来、主が尻に敷かれている姿を想像して、然もあらんと頷いた。


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