051話 オサムのヒ・ミ・ツ💓



 秋祭りの開始まで数日、修とディア、小夜の三人はその手伝いに。

 そして。


「うむ、良く集まってくれた皆の者よ!」


 久瀬家のリビングには今、四人の人物が居た。

 留守番のローズ、そして魔王シーヤとその従者アイン。

 本来ならば手伝い組のイア、である。


「して竜よ、何用でアタシ達を呼んだんだ?」


「うむ、それなのじゃが…………」


 歯切れの悪いローズに、イアがすぱっと投げかける。


「ディアの事ね」


「それもあるが――――」


「――――ふむ、ならば勇者の事もか」


 ディア一人の事ならば修も参加して良いはず、しかしその彼も外されているというならば、当然の結論であった。

 ローズはため息を一つ、気まずそうな顔で言う。


「あまり、当人達が居ない所でアレコレ言いたくは無いのじゃがな、しかし、話を、情報を共有しておきたいのじゃ…………」


「話が見えないわねローズ、貴女は何を問題としているの?」


「最近のディアさんの変化についてですか? しかし何故久瀬君が居ないのです?」


 アインの疑問に、ローズは難しい顔をした。


「パパに聞いても話してくれそうにない、…………いや、率直に、順序立てて言おう」


 そして彼女は説明を始めた。


「皆も気付いている通り、ママが心の成長と共に女神として目覚め始めた。トリガーは恐らく嫉妬、ここまでは良いか?」


「その事の善し悪しを判断したいと?」


「否じゃ魔王、ヒトらしい心が目覚めた事も、その方向性も問題では無い」


「では何が問題なのよ?」


 じれったそうに聞くイアに、ローズは重々しく言った。


「皆も知ったであろう? ママが嘗てどういった剣であったかを」


「…………魔王を討ち滅ぼす為に生み出された、邪を払い光をもたらす剣。確かそうだったな?」


「そして、勇者を清浄かつ正常に保つ為、心の闇を吸い取る性質も持っている」


「他人の心の闇を、痛みを抱え浄化する剣、神剣として申し分ない性能だな。しかし、何が言いたい?」


「ママの事は予測不可能なトラブルを起こす可能性はあるが、問題ではないのじゃ。余が言いたいのは、気付いてしまったのは、――――その先」


 女神としての覚醒も、神剣であった時の性質も問題では無い。

 だがその先があるという赤き髮の幼女に、皆が首を傾げる。


「本当に、分からんかや?」


「ディアさんに問題は無い、であるならば久瀬君の問題となりますが…………彼に何か問題が発生したのですか?」


 アインの問いに、ローズは悲しそうに答えた。


「…………もしかすると、余やママと出会う前から」


 そして彼女は、イアに顔を向けた。


「なぁイアよ。パパは昔から『ああ』だったのか?」


「ああだったって、…………そうね、妾と出会って十年余り、成長はすれこそ、変わらないと思うのだけれど」


「さっきから要領を得ないな皇帝竜、何が言いたい?」


「…………以前、パパに聞いたことがあるのじゃ。歴代の勇者の旅は大凡一年、間違いないなイアよ」


「ええ、あちらの記録と妾の記憶の限りでは」


 やはり、とローズは呟いた。

 そして、半ば確信を以て疑問を口にする。



「勇者の戦いは過酷、だからママがその精神を保っていた。ならば、じゃ。――――十年、ママが居らず十年戦い続けたパパの精神はどうなっている?」



 その瞬間、イアは驚きに目を見開き、シーヤとアインは成る程と頷いた。


「イアよ答えてくれ。…………パパは旅路の中で、終わった後で異性を求める事はしなかったかや?」


「…………それは」


 否とイアは言えなかった。

 魔王を倒す旅の中でハニートラップに引っかかりそうになった事数回、仲間と共に娼館に行こうとした事数知れず。

 平和になった後も、イアの好意に気付かず出会いを求めていた。


「パパは、勇者に相応しい人格の持ち主じゃ」


「倫理観が強く、正しき善人。若干、童貞を拗らせている様に僕には見えますが、誰に聞いてもそうでしょう」


「…………アンタ、何が言いたいのよ」


 苛立った様に睨むイアに、ローズは真っ直ぐ顔を向けた。


「なぁ、神が直々に精神を保つ様な過酷な戦いを、それも平均の十倍の時間を過ごして。ああ、それを保てるからこそ勇者なのかもしれん。だがな、不思議だと思わないか? 何故――――、パパはママに手を出さない?」


 ローズは続ける。


「異性との出会いを求めた者が? 娼婦を買おうとした者が? 何故嫁に手を出さない? 強い倫理観? 正しき善人? パパは知っている筈じゃ、ママは女神で人間ではない、そもそも女神が直々に子を為す様に言ったのじゃ。何故、――――勇者が女神の命を実行に移さない?」


「勇者といえど所詮は一人の男、周囲と本人のゴーサインがあって、手を出し、夫婦となり子を為す理由があって、何故。…………成る程? 問題が見えてきたか」


 ニヤリと笑うシーヤに、イアは言い返した。


「何よッ! オサムに問題があるって言うの!?」


「ですがイアさん、それは貴女が良くお解りになっているのでは?」


 諭す様ににっこりと微笑むアインに、イアは言葉を失った。

 それは、考えない様にしていた可能性だった。


「…………オサムの『伝心』は恋心を伝えない。だから鈍いと。皆、そう考えていたわ」


 苦しそうに出された言葉を、魔王はばっさり切り捨てた。


「間抜けめ、いくらかの力が便利でも。そもそも日本で普通に育った人間だ。恋愛感情など知らない訳がないし、第一。――――恋や愛を理解できない者に、他者の好意に気付かぬ者に勇者が務まるものか」


「――――ッ!? じゃあッ! 何でオサムは妾の好意に気付かないフリをしていたのよッ! 何でオサムは妾を遠ざけなかったのよッ!?」


 激高するイアに、ローズは冷静に告げた。


「つまり、問題はそこじゃ。出会った経緯も一緒にいる理由も違うがの。イアもママも、――――パパから一線を引かれておる」


「――――それッて!?」


「即ち、パパには何らかの心的外傷、或いは関係を持てぬ『理由』が存在しておる。…………余は、その可能性が高いを見ておるのじゃ」


「成る程、だから久瀬君を此処に居ないのですね。そうであるならば彼は、言っても答えないでしょうから」


「そして時が来たら、アタシ達に助力を。そんな所か竜よ」


「察しが良くて助かるのじゃ」


 話はここで終わりと三人が立ち上がる中、イアは座ったまま拳をぎゅっと握った。


(そうよ、何で妾は気付かなかったのっ!? 今のオサムは――――)


 否、魔王を倒した後のオサムは、何故それまでと同じ勇者を、平和な世界でなお勇者で居るのだろうか。

 思えば、あの勇者としての笑顔は、何時からするようになったのだろうか。

 彼だって人間なのだ。

 怒り、悲しみ、憎悪、そういった事柄を何時から見ていないだろう。


(オサム、貴男は何を抱えているの――――)


 必死になって記憶を辿る、イアと修は何時も一緒に居た。

 用を足す時、風呂に入るとき、宿で別室で寝る時も彼が何処で何をしているか把握していた。


(――――いいえ、一つ。もしかしてあの時ならば)


 心当たりがあると言えば。



「――――――――魔王」



 あの決戦の最後の時だけ、彼と魔王は余人が介入出来ない空間でたった二人。

 聞き出さなければならない、そして謝罪しなければならない。


(ごめんなさいオサム。妾達は、勇者としての貴男に寄りかかりすぎていた…………)


 それはある意味、無理のない事だった。

 彼らだけでは、守護する女神だけでは何ともならなかったから勇者として、寄りかかる存在として修が召還されたのだから。

 だがそれは、気付いた以上イアの矜持が許さない。


(多分、戦いはまだ終わっていない。今度は、妾が助ける番、貴男を、幸せにする番なんだから――――)


 どうか幸あれとイアは女神に祈った後、立ち上がった。





 同時刻、所変わって近所の丸千田神社。

 その社務所の中には銀髪褐色の美少女ディアと、月読命の巫女小夜の姿が。

 奉納神楽の練習と、祭りの為一時的な管理者となった小夜はそこに詰め、売り子と彼女の補佐をディアが。

 しかして今は、各仕事も一段落し休憩に入っていた。


「ごくごくっ…………はぁ。美味しいですディアさん(踊って運動した後に、ぬるめのお茶。その気遣いがたまりませんねっ! いやぁ、ディアさんは良い奥さんになれるってもんですよっ!)」


「ふふっ、私に出来る事はこれくらいですから」


 一気に飲み干した彼女に、ディアは今度は熱いお茶を。

 小夜はずずずっ、と飲み眉尻を少し下げてリラックスの表情を見せた。


(それにしても、異世界から来た人の中でも修くん達はピカイチですね…………)


 思い出されるのはやはり先日の一件、高難易度の案件をあっさり片づけるその勇士。


(わたしの様に地球産の能力者が年々少なくなっているというのに、案件は増える一方。これは何れ全てが彼らの手に委ねられるのも遠くはなさそうです…………)


 時代の流れなのだろうと現状を憂う傍ら、気になるのは修という人物。


「――――そういえば」


「はい、何でしょうか小夜さん?」


「修くん、――――他に、何が出来る?(確か学業は平均って聞きましたけど、それは異世界に行く前でしょうし。戦いに関する事だって、あれが全てでは無い気がします。うーん、気になるなぁ…………)」


 お茶菓子に煎餅をぼりぼりと、BGMに敷地内で設営中の出店の音を。

 青空をぼんやり眺めながら、小夜は何ともなしに話題を出す。


「他に何が、ですか? それは戦闘行為でしょうか? それとも?」


「――――戦闘の方で(質問が曖昧でしたね、失敗失敗)」


 ディアもまた、煎餅をばりばり、熱いお茶をずずっと啜りながら。


「ええと、私が知る範囲で宜しければ」


「――――お願いする(異世界を救った勇者、事前の資料にはそれしか書いてないんですよね、いえ、これはあくまで只の好奇心であって、それ以上の事はありませんよ?)」


 小夜は内心、無用な言い訳を繰り広げながら耳を傾ける。


「基本の攻撃手段は、剣と気功だそうです。魔法の素養は無かった、その様に聞いています」


「――――約十年、世界を滅ぼす存在を物理で(それ故の経験、あの動き、悪霊を浄化する精神力、成る程。わたしもそれなりに修羅場をくぐってきましたが、修くんと比べると子供の遊びの様なものかもしれません)」


 しかし、小夜ははたと気が付く。

 随分便利に使っていた「伝心」の力、あれは攻撃手段では無いのだろうか?


「質問、――――『伝心』とは? (人の心のみならず、死んだ者とも繋がる、わたし達巫女にとっては垂涎の的ですね)」


「ああ、忘れていました。『伝心』ですね、あれは本来、現地にて、私の母にして女神セイレンディアーナ様と、剣の時の私を介して神託を受ける、それだけの機能なんです。」


「――――しかし(え、でも、わたしや皆とあんなに簡単に繋がって…………?)」


 煎餅をくわえながら首を傾げる小夜に、ディアは誇らしそうに、けれど瞳は罪悪感に染めて答えた。


「オサム様が世界を救った十年、私はそこに居ませんでした。…………それが、何を意味するか解りますか?」


「――――通常より時間がかかった? とても、とても困難な道を(苦労、という言葉は多分言ってはいけないわ)」


 ディアは遠い目をして雲を眺めた、だが小夜にはもっと遠くを見ている印象を受けて。


「神剣セイレンディアーナ、つまり私は、魔王とその眷属に対する唯一無二の特効武器。それを持たないと言う事は末端の眷属を倒す事すら困難だった筈です…………」


 彼女は続ける。

 まるで祈る様に目を閉じ、手を組んで。


「私が居れば、魔法の拾得も、魔王を殺す事だって一年あれば十分だったでしょう…………、それを、只人の技である気功と、鍛えた体だけで。だからこそ『伝心』に活路を見いだしたのは自然な事だったのかもしれません…………」


「――――その精神を以て、与えられた力を独自に進化させた?(神から授かった力を、その様な事が可能なのでしょうか…………いえ、それが出来たのだから、修くんは勇者として世界を救えた、そういう事なのでしょうね)」


 それは、どの様な苦難の道だったか。

 世界も違えば出会ったばかりの小夜にとって、安易な言葉を言う訳にはいかない。

 先の王様ゲームの時、彼の旅路の一端に触れたが、それはあくまで異性関係の事のみ。


「オサム様は、本当に凄いです。歴代の勇者様達は、私を使い魔王の討伐は出来ても、完全な根絶までは至らず数百年後には復活してしまっていたというのに」


「――――魔王はもう、復活しない?(少し、いいえ、とても不思議な話です。神の力で駄目たった事が、その力を持たぬ人に?)」


 小夜の疑問を正確に感じ取り、ディアは苦笑しなgら答えた。


「私も、あくまでオサム様と母の伝聞なのですが。かの地には、もう魔王は復活しないと。それと、魔王をどうやって倒したかは…………。オサム様も母も、聞いても教えてくれませんでしたし、イアさんも知らないみたいです」


 ディアが「伝心」を、ある意味ではホットラインを手に入れて以降、女神セイレンディアーナは離れた地に嫁いだ娘に電話する感覚で、ふらっと様子を聞いて。

 その殆どが、孫の顔やら、浮気されないテクニックなど役に立つやら立たないやら、ともあれ、そんな言葉を遮って聞いてはみたものの、毎回、言葉を濁すばかりなのだ。


「私は母に、オサム様に…………いえ、何でもないです」


 沈んだ顔で、乾いた笑い。

 ディアの続けようとした言葉を察した小夜は、慌てて話題を戻す。


「――――そ、そう! 『伝心』が進化したと言った。神との対話、他者と心と通わす、他に?(はわわわわっ、ま、不味いことを聞いてしまいまいたっ。うん、この事は後で修くんに話をしときましょう)」


「オサム様の『伝心』の他の効果ですか? えっと、確か異世界の仲間の皆様と一時的に会話が出来るとか、その技を借り受けるとかなんとか。…………そうそう! 聞いてください小夜さん。凄いんですよオサム様! かつて戦いの中で命を落とした勇者隊の人々を、呼び出すことが出来るんですオサム様!」


「――――それは凄い…………?(おおっ、何だか異世界ファンタジーっぽい…………いえ、不謹慎でしたね。まさか死者を呼び出す事が出来るなんて………………?)」


 はて、と小夜は引っかかりを覚えた。

 彼女はその手の専門家、死者を呼び出す事の難易度は、その人の素質や努力、はたまた世界のシステムの差で変化するとはいえ。


「――――死した仲間、成仏してない?」


「…………言われてみれば、そう言うことになりますね」


 んん? とディアも引っかかりに気付く。

 小夜は見え隠れする問題を感じながら、彼女に質問する。


「――――そちらの世界、死者は輪廻転成。成仏する?」


「はい、死した者はその魂を母の眷属、私から見れば姉の冥府神に送られ、新たな生命として循環を。強い未練を残す者、魔王の力で歪んでしまった魂の持ち主などは、地上で対処する必要があるのですが…………」


 この地球の神から伝え聞くのと、大凡同じシステムに親近感が湧くと同時に、やはりと小夜は眉をしかめた。


「――――恐らく、魂の歪みは無い(世界を救った修くんと、その仲間が居て、そういう事態に対処していない、解決していない筈がありません。ならば、死者が現世に、生きている人の側に居る理由など一つしかないじゃないですかっ!?)」


「未練。…………平和になった世界で、この平和な日本に来て、なおオサム様の呼びかけに答えられるまでに、現世に止まる理由がある、そういう事ですね」


 ローズ達が、修の抱える何かに気付いた様に。

 ディアと小夜もまた、彼の何かに。

 故に、二人は真剣な顔を付き合わせる。


「少し、腑に落ちた気がします。オサム様が私と肉体関係の一線を拒んでいる事が」


「修くんは、異性を求める健全な男の子。――――いくら勇者とはいえ、ディアさんとの関係は少し不自然だと思っていた」


 頷きあうと、二人は決心した。


「今すぐに解決するべき問題かは分かりませんが、ひとまず折を見て聞いてみる事にします」


「――――彼が言わないのならば、手を貸す。助力は惜しまない(考えてみれば当然の事だったのかもしれません、勇者として善き人間で、それで普通の思春期の男の子で、十年過酷な戦いを続けた人が?)」


 日本で産まれ普通に育った者が、異世界に呼ばれ勇者として戦い抜いた。

 ならば、その精神はどの様に変化しているのか。

 平和故に露出してきたその事に、彼女達は気付き始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る