049話 ディア2ndEdition



 ――――全て、全て元通りなのだと思った。


 王様ゲームから数日、イアと小夜が新たに同居人として加わったが。

 特に諍いを起こすわけでもなく、家事分担が楽になり、むしろ小夜という教師を得てディアの家事スキルは上達を。


 学校が終わるとイアや小夜と合流して、買い物やら観光やら。

 ときおり小夜が困った顔で、何かを言いたげにしていた事を除けば。

 全ては平穏そのものと、修は認識していた。

 ――――夜を除けば。


(辛いわーー、ここ数日夜寝苦しくて辛いわーー)


(主殿? 現実逃避しても事態は変わらない、別の所に移動するか、受け入れる事をお勧めする)


(それが出来たら童貞してねぇっつーのっ!)


 開き直る勇者に、聖剣ゼファは深い溜息。

 言葉にしてみれば、何て事は無い。

 一人、増えたのだ。修の隣で寝る住人が。


(というか俺、イアに言ったよな。小夜さんと一緒にアネキの部屋使えって)


(使ってると思うが? ――――寝る時以外は)


(寝るときも使えよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?)


 右のディア、左のイアに挟まれて。

 服装はお揃いのネグリジェ、ディアが白ならイアは黒、透けてないのはありがたい様な残念な様な。

 それが故に修は思わず苦悩する、話相手にゼファが居るのが唯一の慰めだ。


(くっそう…………、見慣れた寝顔だっつーのに…………)


 なだらかな平原と侮るなかれ、薄着きゅっと抱きつかれては、女性の柔らかさを意識しない筈が無い。

 しかも、勇者時代で慣れ親しんだ森林の匂いが、実に安心を誘う。

 ディアによって勇者という鎧が薄くなりつつある故に、暗闇でも解る白い首筋や鎖骨、絡んでいる足のラインが艶めかしい事この上ない。


(いやぁ、俺は幸せモンだなぁ…………)


(主殿よ、そう言うならもっと嬉しそうにしたらどうだ?)


(幸せかもしれないけどさぁ、加減ってもんがあるでしょおおおおおおおおお? はぁ、ディアはいっつも可愛くて綺麗だなぁ…………)


 押しつけられる豊満な胸は、気を抜くと「まま」としゃぶりついて寝てしまいそう。

 肉感を強調する様に細い腰は、見ただけで引き寄せたくなるし。

 臀部から太股の線は、昼夜関係なく撫で回したい。


(あぁ、唇ぷるっとしてるなぁ、なんて言うの? この銀の糸に埋もれている感じ? 思わず腕枕したくなるよね)


(実行すればいいではないか主殿)


(駄目です。そういう事は――――初体験の後にしたい)


(拗らせすぎだ主殿っ!?)


(うっせうっせ、半分の理由がそれで悪かったなっ)


(もう半分は?)


(そりゃあ、俺が魔――――いや、何でもない)


 向こうでは勇者隊の男のごく一部しか知らない秘密を口にしようとし、修は誤魔化しにかかる。

 しかしゼファは修の体内で、心を通じて会話してるのだ。

 少しだがイメージが、うっかり伝わってしまう。


(主殿っ!? いまとんでも無い事を言おうとしなかったかっ!? まさかイア殿ですら知らない――――もがもがもあ)


(はーい、もうおねんねしましょうねーー)


 もしかの剣に表情があるとしたら、青ざめたり驚愕したりと忙しかったであろう。

 だが、修は器用にもゼファの言語機能のみをシャットアウトして、次なる算段に移る。


(よし、――――リビングのソファで寝よう)


 このまま煩悩では数日中に、股間大暴発の恐れがある。

 修は誓ったのだ。


(――――もう二度と、あんな事になったりしないっ!)


 然もあらん、大勢の中での一件。

 普通に過ごしていた修であったが、男として引きずらない訳が無い。

 ともあれ、今の問題は両腕と両足をいかに脱出させるか。


(『答えを、どうか俺を導いてくれ皆ああああああああああああああああああ!』)


 日本に帰ってきてから、何度目か判らない『伝心』お助けコール。

 意見を返した半数――――要約、両方食べろ。

 残り半数、――――要約、巫女イケルって!

 そしてたった一人、一人だけ修の助けに答えた。


(『よぅ童貞、この全世界の女の子の味方、ゲイツさんの助けが必要かい?』)


(『ゲイツっ!? 修羅場のゲイツじゃないかっ!?』)


(『ははっ、そんなに褒めるのはよしてくれ。と、そちらはもう夜中なんだっけな、手短にいこう』)


 いかにも軽薄で自信家なこの男は、剣を扱わせれば世界一の男ゲイツ。

 無精髭がワイルドに見える精悍なイケオジだ。

 恋い多き人物として、散々修に修羅場の仲介をさせたこの男だが、今この状況であるならば、非常に頼もしい存在である。


(『なぁに、俺も今似たような状況さ。教えてやるから一緒に脱出するぞ戦友っ!』)


(『お前また修羅場ってるのか…………。いや、それでこそゲイツだぜ…………!』)


 この男女の関係において、初めての共感を感じながら修は彼の言葉を待つ。


(『先ず――――おっぱいを揉む、ケツも重要だ』)


(『ああ、おっぱいかケツを――――、おい、おい!』)


 とはいえ二人のお尻を、むにゅ、もにっと、ディアの方が指が深く沈み、イアは優しい反発が。


(『まぁ焦るんじゃない、彼女達の体の柔らかさは覚えたな? 胸も勿論だ』)


(『大丈夫、特に胸は目を閉じても正確に描けそうだ』)


 なお、修の画力は低いので、実際に描いても残念な出来になる模様。


(『では次だ、――――気功はまだ使えるな? 神髄に至っているのなら話は早いが』)


(『問題無い、話を進めてくれ』)


(『なら先ず最初にお腹と背中を堅くしろ――――下手したら刺されるからな!』)


(『そんなのお前だけ――――、…………いや、その通りだゲイツ、お前は頼りになる男だ』)


(『理解する様になったか、成長したな修――――』)


 ゲイツの戯言はさておき、王様ゲームでの事もある。

 ディアは一見、正常に戻ったように見えるが、時折どろっとした視線を向けてくるので、警戒するに越したことはない。


(『では次の段階だ。呼吸を合わせろ。その色っぽい寝息と同調させ違和感を消し去るのだ』)


 すぅ、はぁ、と修が実行する中ゲイツは続ける。


(『想像しろ、彼女達のおっぱいの柔らかさ、そして己の腕でどのような形になっているか。ケツを掴んだ感触も忘れるな。俺達がそこに居ると錯覚させるんだっ。その上で――――』)


(『――――気功の出番って訳か。要するに疑似的に自分の体を残しつつ、気配を同調させて脱出。そういう事だな?』)


(『そうだ、お前ならこれ以上の言葉は要らないだろう…………ではな。最後に一つ。――――修羅場を楽しめ、女性が嫉妬する姿は美しい』)


(『だからアンタは修羅場だらけなんじゃねぇかっ!?』)


 ゲイツの言葉はさておき、修の脱出は成功した。

 腕と足を解放し、ベッドから飛び降りたというのに二人はすやすやと眠ったまま。

 成功である。


(これで今夜は安眠が確保される…………だが、これは問題だな)


 リビングに行き、水を飲む修は考える。

 足りないのだ。

 薄れているのだ。

 勇者としての威厳、男としての威厳というものが――――。


(お金を稼げば? 八代さんにお願いして、出動を増やして貰うか?)

 

 週に一回の本部待機は、前線に出ているメンバーが優秀な為、今のところ修の出番は皆無。

 なので他の部署で、荷運びを手伝うか、同じく待機メンバーと訓練するしか無い。

 恐らく、八代に頼んだ所で待機が増えるのが関の山だろう。


(八代さんも良い人なんだけどな、マジで高校生として見るからなぁ…………)


 最近では修もつい忘れそうになるが、精神年齢は二十七歳。

 体が元のままなら、立派な大人である。


「無い物ねだりをしても仕方が無い、他の手を考えるとして…………寝る~~~~~~っ!?」


 その瞬間、修の股間は柔らかな温もりで包まれた。

 直後、背後から腕が胸板を撫で回し、耳元には熱い吐息。



「オ・サ・ム・様?」



「馬鹿、な――――!?」


 修は驚愕に身を震わせる。

 あり得ない、どうして、何故、そんな言葉がぐるぐると脳裏に。

 自分は完璧に脱出ミッションを成功させた筈だった。

 気付かれていない筈だった、だったのだ。

 だが、その声、背中にあたるおっぱいの感触。

 弾力のイア、バランスの小夜とも違う、溺れそうな巨大幸せビッグマシュマロ。

 ――――間違いなく、ディア。


「あー、ディア。起こしちゃったかゴメンな」


「いいえ、起こしてません。だって…………瞼を閉じていただけですから」


「~~~~~~っ!? そ、そうなんだ…………アハハハハハ…………っ!? や、止めないかディア?」


 ヤッベ、ヤッベェよ、とひきつった笑顔のまま修は硬直した。

 パジャマ越しに、ねっとりと股間をまさぐるディア。

 正直恐怖しかない

 それは、仕方のない事だろう、第三者が見ていたら同じ気持ちだった筈だ。

 闇夜の中で、彼女の碧眼が妖しげな光を放っていた事が。


「ふぅ、――――ぺろっ。はぁ。…………ねぇ、オサム様? どうしてあんな手間までかけて抜け出したのです?」


「い、いやぁ、ぁうっ、み、耳っ!? くっ、…………起こしちゃ悪いと思って」


 いったい何処で覚えたのか、ディアは修の耳の穴を舌でなぶり、熱い息を吹きかける。

 当然の様に片手は修の乳首に、もう片方は下のを指先でつつーと形をなぞって。


(マジで何処で覚えたんだよっ!? 誰だっ、誰なんだっ、ぶん殴ってやるっ!?)


(主殿、気付いていないのか? 全部ベッドの下に隠した女教師、隣のお姉さん、年上特集で出てきた行動だぞ?)


(後で首吊ってくる!?)


(ある意味、今が首を吊ってる状態なのでは? いやよそう、我の勝手な想像で主殿を混乱させたくない…………)


(全部言ってますよねぇっ!?)


(首締めプレイ? がお望みですかオサム様?)


(ぎゃーすっ!? 参加して来たっ!?)


 修は慌ててディアをふりほどき、ソファの前まで逃げる。


「あらあら、追いかけっこですか?」


「ひぃっ、背後に立つなぁっ!?」


 が、駄目。

 恐怖で鈍る修には、ディアの高速移動が捉えられない。


「んーー、ぺろっ、ぺろっ、はぁ、オサム様の汗の味…………、くんくん、匂い…………、至福です」


「んんっ、ぁ、っ、ぁ――――」


 ボクサーブリーフに侵入しようとするディアの手を止めるので精一杯で、ペロペロクンカクンカする行為まで制止する事が出来ない。

 結果、誰が特をするのか。

 赤く染まった顔で、悶え喘ぐ男の姿。 


「~~~~っ。いい加減にっ!」「アぁんっ!?」


 暗闇のリビングに、雷光が走る。

 修が雷神掌を、全身で発動させたのだ。

 腰砕けになり座り込んだディアに、修は振り向きしゃがむとデコピンを一発。


「きゃうんっ!? うう、何をするんですかぁ…………」


「それはこっちの台詞だっ、乙女があんな事をするんじゃありませんっ!」


「でも、オサム様のエロ漫画はそういうのばっかりじゃないですか。私、知ってるんですよ。隠してあるエロ漫画はその人の性癖なんだって」


「その成長を他に使えっ!?」


「ぶぅ、オサム様が喜んでくれると思ってマスターしたのに…………」


 ふくれっつらの彼女に、修としては頭を抱える事しかできない。


「…………そもそも、何で、こんなに積極的なんだ?」


 胸をたゆんと張って、ディアは満面の笑みで答えた。




「だって、オサム様の許可を待っていたら、何年後になるか判らないじゃないですか!」




 その言葉に、修はがっくりと項垂れた。

 拗らせた童貞のロマンチックスタイルが否定された事ではない。

 恋愛というのは、二人でするものだ。

 決して、修の意見だけを押し通す訳には行かない。

 それよりも。


(――――ここが分水嶺だっ!)


 わなわなと肩を震わせながら、修は立ち上がった。

 そしてディアを座った目で睥睨しながら言う。


「ディアの気持ちは良く解った。うん、俺も決心したよ。だから――――ルールを決めよう」


「…………ルール、ですか?」


 今ここに、男・久瀬修は一大決心をした。

 以前会話したではないか、過ちが起こっても二人で対処していけばいいと。

 ならば、ならばならば。


「ディア、二人っきりの時だけだ。俺を誘惑して理性を崩壊させてみせろ。それが成った暁には、俺ももうツベコベ言わずお前という女を抱く」


「――――男と女の意地を賭けた勝負、そういう事ですね」


「その為のルールを制定しよう」


 一つ、ディアは下着を必ず着用。ニプレス等で代用も可。


 一つ、修もディアを触る。


 一つ、お互いに局部は触らない。


 一つ、相手が寝る、気を失う等の状態に陥ったら即座に中止。


 一つ、一度に三分間。


 一つ、コンドームを所持している時に限る。


「…………良いでしょう。同意します」


「同意してくれて嬉しいよ」


 今日はコンドーム持ってないから、と続けようとした修の前に、ディアはニヤリと笑って四角いピンクのビニール制の何かを差し出す。

 リビングに、深い沈黙が訪れた。


「………………。………………、これは?」


「エチケットです!」


 ファッキンガッテムゴッデス、修の幸運の女神は寝ている様だ。

 或いは、ゼファのラッキースケベの効果だろうか。


(違うぞ主殿、ご細君はもはや無垢なままでは無い、学ばれたのだ。――――他ならぬ主殿の行動によって)


(ですよねーー。って、うっさいわゼファ! 現実を突きつけてくれてありがとうっ!)


 ごくりと生唾呑んで、修は指摘する。


「でもディア、今ブラしてないだろう?」


「ちょっと待っててくださいね。…………ありました! …………んしょ、んしょっと。これで完璧です!」


「…………ぐぅ」


 ぐうの音を修は上げた。

 彼女は戸棚に駆け寄ったかと思えば、取り出したるは救急箱、そして絆創膏。

 そう、何の躊躇いもなく、ディアは絆創膏ニップレスという奥義を繰り出してきたのだ。


「さぁ、三分間の逢瀬を始めましょう? ああ、これはキスとハグの日課には含ませませんから」


 含めたら承知しない、そんな迫力が籠もって。

 故に修は、首を縦に振るしかない。


「――――さぁ、来いっ!」


「いざ、参ります――――」


 それは、長い三分間だった。

 修の太股とお腹はキスマークと唾液にまみれ。

 ディアのベビードール、そのおっぱいの部分は修の唾液で大きく濡れて透けて。

 水を飲みに来てうっかりデバガメする羽目になった小夜は、それもセックスじゃね? と腰をもじもじさせながら疑問符を浮かべた。


「はい、そこまで。今日は引き分け、二人ともとっとと寝なさいな」


「――――はぁ、はぁ、はぁ。ああ、そうだ…………な?」


「イアさん、時間計ってくれていたんですね、ありがとうございますっ」


「~~~~~~っ!? !?!?!?!?!?!?」


 口をパクパクさせて、乱れた服を慌てて直す修に、イアは呆れた視線。


「アンタの『伝心』妾にも届いてたってーの。今度から注意しなさいな。今日の所はソファで寝かせてあげる、さ、行くわよディア」


「はい、イアさんっ!」


 修とディアの睦み合いを目撃どころか、勝負に手を貸した上に、ディアと仲良く部屋に戻るイアの姿に、修は目を疑った。


(え、どういう心境の変化?)


(それが解らぬなら、腐れ童貞のままだぞ主殿…………)


 ぽかんとする修は、うんうん唸った後、考えるのを止めて素直に寝る事にした。

 今夜も恐らく、久瀬家は平和であった。あったのだ。


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