047話 まるで、千夜一夜の踊り子の様に



 例え同性とはいえ、懐いてくる美少女に悪い気はしない。

 ともすれば変な母性に目覚めそうになった小夜だが、一方で戦慄に似た感情を抱いていた。


(しょ、正気に戻るのですわたしっ! うう、この王様ゲーム思ったより危険です…………)


 エロ漫画の様に貞操の危機だけは無さそうだが、中身が思った以上に淫靡な方向へ傾きすぎている。


(過激になってます、次は絶対もっと凄い事になる気がします…………!)


 イアとディアがじゃれ合いを続ける中、小夜は精神を落ち着かせようと手を組み祈る。

 どうか、当たりません様に、と。


(最初はキス、次は赤ちゃんプレイ、ならばもっとフェティッシュな内容に違いありませんっ!)


 腋の匂いを嗅がれるのか、それともパンツを凝視、それともニーソックスで。

 オタク知識を総動員して、次のゲームの覚悟を決める。


(先ずは王様を、王様になるのです。そしたら絶対安全ですから)


 いつの間にか始まっていた王様決定籤に、小夜も慌てて手を延ばす。

 結果は――――。


「――――よしッ! 妾が王様よッ!」


(外れましたっ!? い、いえまだです。次で当たらなければ…………)


 他の者の様子が解らないくらい緊張して、小夜はイアが次の籤を引くを見守る。


「では組み合わせと内容を」


「精々無様を晒すがいいわッ――――、これとこれと、そしてこれッ!」


 イアはテーブルへ中身を乱暴に叩きつけ、皆がのぞき込んで確認。

 小夜は必死になって、番号を見比べる。


「三番……、俺だな」


「一番、――――わたしです(うぎゃああああああああああああああっ!? 神様っ!? 神様っ!? というかこの変態勇者とですかっ!?)」


 修という人間自体は、そう悪い人柄では無い事には気づいている。

 むしろ、勇者に相応しい性格だ。

 だが、だが。

 よりにもよって、この過激な王様ゲームの相手が男。

 小夜は手を震わせながら、内容を確認する。


「では肝心の内容は…………パパよ! 誘惑に耐えるのじゃ!」


「――――誘、惑?」


「耐えるって、おいっ、小夜さんに何す」「きゃっ!?」「…………るんだあああああああああああああああああああああああっ!?」


 修が問いかけた瞬間、先ほどのイアの様に小夜の服装が変化する。

 その姿に、修は思わず目を丸くした。


(おいっ!? おいっ!? おいっ!? 駄目だろっ!? これは駄目だろっ!?)



「――――いったい何が…………っ!? え、ぁ、~~~~~~~~~っ!?!?!?!?!?!?」



 修に続き、自分の格好を自覚した小夜は、首から上を真っ赤にする。


(こ、これは――――えっち過ぎますっ!? お、お嫁に行けませんんんんんんんんんんんっ!?)



 それは、あまりに淫蕩な姿だった。

 例えるならそう、アラビアンナイト等に出てくる踊り子の様な。

 率直に言えば、――――ストリッパーの様な。


(この衣装を用意したのは、誰だよグッジョブ! っじゃないっ!? 駄目だろっ!? マジで駄目だろこれっ!?)


 目を離せずに、修は口をパクパクさせながら内心で叫んだ。

 然もあらん。


 手首と足首には、緻密な意匠が施された金色のバングルが。

 下半身に緋袴など当然無く、ベルト代わりだろうか、腰に巻かれた細い鎖から、紫色の透けた布が太股の外側に。

 流石の鉄面皮も崩れながら、小夜の頭が茹で上がり始める。


(何一つ隠せてませんよっ!?)


 それだけで済んだなら、まだマシだっただろう。

 下半身に下着は存在せず、唯一大事な所を隠すモノが。


(~~~~っ!? 隠せてないですっ!? これ絶対見えちゃってますってっ!? 毛とかはみ出してるじゃないですかっ!?)


 或いは、下着扱いなのだろうか。

 腰の細鎖から大小様々な宝石が数珠繋ぎになって、正面に一本。

 そう、一本のみでしかも垂れ下がってるだけ。


(ちょっとでも動けば正面からでも見えちゃいますってっ!?!?!?!?)


 これだけでも卒倒しそうなのに、まだ上半身が残っている。

 首輪はまだいい、だが――――胸はハートの二プレスのみなのはどう言うことか。


(意味ないですっ!? この鎖は何なんですかっ!?)


 首輪の中心から、胸の谷間に少し太い鎖が延び、それは緩やかな弧を描き、肋骨を通って腰の鎖へ。

 親切な知識人が居たら、それはチェーンブラだと指摘したかもしれないが、小夜には裸体を淫靡に強調する装飾にしか見えなかった。

 ――――とはいえ、真実もその通りなのだが。


「…………何故でしょうか、胸がぞわぞわします」


「ひィッ、ママ――――じャないッ! ディア、押さえなさいって、何か怖いからッ!?」


(――――アカン)


 碧眼からハイライトが消えかけたディアが、淀んだ気配を醸す中、修は慌ててシーヤ達を問いつめる。


「お、おいっ、小夜さんになんて格好させてんだ馬鹿っ!? 常識を考えろっ!」


「うん? これはアタシの淫魔族に伝わる婚姻の為の伝統衣装だが、何か問題があるのか?」


「ぬけぬけとっ!?」


「いえ、残念ながら本当にその通りなんですねぇ…………僕としては久瀬君に当たれば大受けだと思ってスルーしたんですが」


「そのガバガバ基準やめろっ!? 先輩でも容赦しませんよ!? ――――ほら、小夜さんこれを」


「――――あ、ありがとう」


 この格好がディアだったら、修は何も出来なかったであろう。

 だが小夜は美しいとはいえ、彼の趣味から少し外れている。

 故に理性は機能して、ソファーの横に落ちていた、ローズ昼寝用のタオルケットを見つけ小夜にかけるファインプレー。


(あう、紳士なんですね久瀬さんは…………)


 タオルケットに隠れて誰も気がつかなかったが、踊り子の胸は確かに一瞬、甘い高鳴りを覚えた。

 そんな事はさておき、睨む修に、シーヤはぬけぬけと言い放つ。


「勇者よ、この巫女の全裸をオマエは一度見ているし、その原因もオマエだろう? この程度誤差の範疇ではないか」


「それとこれとは違う」


「いいや同じだ、――――まさか、この者の色香に負けて手を出すと? いやいや、アタシは信じてる、オマエはそんな卑怯な事はしないと」


 金髪ロリ淫魔王の思惑としては、むしろとっとと全員に手を出してコマしてしまえ、という感じであったが。

 そんな事を知っても知らなくても、シーヤの発言を素直に引き下がれるなら勇者などしていない。


「ちっ。なら俺の不戦敗でいい、だから早く小夜さんを――――」


 修がシーヤに交渉を持ちかける最中、こっそり小夜の側に来ていたローズが耳打ちする。


「なぁ巫女や、このまま見ていて良いのか?」


「そ、それは…………」


「パパはな、親睦の空気をぶち壊し、自分が敗北しても、悪者になってもいいからお主を救うつもりじゃぞ」


「…………何が、言いたいのです」


 その言葉に、ローズはニヤリと笑った。

 実の所――――この事態は想定内だった。

 相手が誰であろうと、この内容では修は爆発する。

 では何故そんな事をしたのか。


(余の目は誤魔化せない、コヤツは獅子と繋がっておる)


 ローズは獅子の秘めた野望も、その画策すらも有る程度は見通していた。

 だが、不思議と彼女の事は何も見えなかった。

 それゆえの警戒、隠れた敵視、彼女という人物への「試し」


(どう答える? 善に甘える者かや? それとも――――)


 この場で誰よりも人生経験が豊富なローズだけが、両親を守る為の戦いをしていた。

 そんな彼女の視線に、この状況に小夜も。


「――――心配、しないで(ああ、駄目ですねわたして…………)」


「お主――――」


 淫蕩な格好をした黒髪の少女は、柔らかく微笑んでローズの頭を撫でた。

 彼女とて、人の世を守る巫女、神に仕える巫女。

 だからこそ――――神に等しいローズの事に気がつかない筈が無い。


(気のせいでは無かったのですね、わたしもまだまだ修行が足りません)


 修と同じように、護る者特有の精神の切り替えが行われる。

 彼女の心が、精神が。周囲の空気ごと神聖で清浄なモノへと染まっていく。

 その様子に誰もが気がつき、言い争っていた修とシーヤも黙って見守る。


「――――幼き神よ。御身の心を煩わせた事を謝罪します」


「いや、余は…………」


 見誤って、余分な事をしたのかもしれない。

 そう感じたローズを、小夜は優しく抱きしめる。


「いいのです、――――子を思わない親が居ない様に、親を思わない子が居ない訳が無いのですから」


「…………余の方こそ、申し訳ない」


 小夜は月の様な慈母の笑みを一つ、そして立ち上がり修達に言った。


「――――ゲーム、続行しましょう(わたしは幸せ者です、こんな心の清い神と、尊い使命を全うした勇者と出会えたのですから…………)」


「本当にいいのか小夜さん」


「ええ、――――貴方に見られるだけ(今、理解した様な気がします。月読命が久瀬修の側に居るように命じたのが)」


「…………それなら」


 まるで、神聖な儀式をする様な厳かな雰囲気の中、修と小夜の誘惑合戦が始まる。


「では、今から五分間、二人っきりにするのじゃ」


「ローズ、貴女の思いやりに感謝を」


(…………これ、本当に王様ゲームでしたよね?)


 いち早く我に返ったアインが首を傾げる中、修と小夜が円形の天幕の様なものに包まれ、皆の視界から消えた。

 その中では、修と小夜が静かに向かい合って。


「…………始まったか。うん、このまま何もしなくていい、後ろも向いておくから」


 そう言って、目を顔を背けようとした修に、小夜は首を横に振る。

 彼女の精神はまだ、人類の守護者のままだ。


「――――このまま、幼き神と、そして勇者である貴方の道行きを言祝ぐ踊りを奉納します。宜しければご覧になってください」


「え、――――」


 そして、神に捧ぐ舞が始まる。


(これが…………本物の巫女)


 とても淫靡な格好をしていると言うのに、もう修の股間は一ミリたりとも反応しなかった。


「綺麗、だ…………」


 くるりくるり、彼女の体が円を描くように。

 ――――翻る巫女服の幻想が見えた。


 小夜の長い黒髪が遅れて揺れる。

 ――――剣鈴が光をもたらす幻を見た。


 ゆっくりと腕が、しなやかに足が。

 そこに、神聖な輝きが。


「ぁ――――」


 だからこそ、修にも変化が訪れた。

 あまりにも綺麗だったから、誰かを想う純粋な気持ちが感じられたから。

 彼の護る人としてのスイッチが入る。


「…………これが、貴方の力なのですね」


「『伝心』って言うんだ。女神から与えられた、誰かと分かり合う力」


 自然と発動した「伝心」が二人の心を繋げる。


(小夜さんは、――――俺と同じだ)


(修くんは、――――わたしと同じなのですね)


 垣間見えた修の旅路は、彼女にとって尊敬の念を抱かせた。

 垣間見えた小夜の過去は、彼にとって、同じ見知らぬ誰かを護る尊い行いだと確信した。

 そして――――。



(うわぁ…………、可愛そう。あれだけ頑張って、童貞も捨てられなかったなんて…………)



(くっ、見ていられないっ! ボッチ、ボッチは辛い…………俺と同じで恋人が欲しかったんだな…………)



 途端、二人の雰囲気が変化した。

 神聖で純粋な空気は徐々に薄れ、互いの残念な面への同情へ。


「ゲームと漫画だけが友達…………寂しかっただろう?」


「娼婦に頼んで断られて、恥を忍んで仲間に土下座して、それでも断られて…………不憫です」


 ――――はっきりと、小夜の舞が変化した。

 否、それはもう舞では無く。


(せめて、見てください修くん、わたしで良ければ、発情してください…………)


(ああ、ああ、ああ、何て、何て優しいヒトなんだ――――)


 後ろを向き、きゅっと締まったお尻を振り。

 前を向けば腰を揺らし、件の宝石の前垂れが煌めいて揺れる。


「もっと、もっと――――」


「み、見ちゃ駄目なのに――――」


 胸を揺らし、谷間を通る鎖が肌と大きさを際だたせる様に揺れ動く。

 胸の頂点が接触するぐらいに近づいて、彼の逞しい首に腕を回して微笑む。


「――――ぁ」


「お触りは、――――駄目、です」


 思わず延びた修の手は虚しく空を切り、はたと気がついた。

 この彼女の想いに答える方法を。


(与えて貰うだけじゃいけない、俺もするんだ、男性経験の無い彼女に出来る事を――――)


 護る人と情欲がごたまぜになった結果、修はTシャツに手をかけ、ズボンを脱ぎ、そして。


「これが――――男だ」


「そんな、…………なんて大きい塔」


 仁王立ちするその姿は、正しく全裸だった。

 彼女の目には、鍛え上げられた筋肉が、歴戦を想わせる数々古傷が、心に新たな感覚を呼び覚ます。


「一緒に――――」「ああ、一緒に」


 踊る。踊る。二人は踊る。

 決して肌に触れずに、けれど吐息がかかるくらいに近くで。

 急速に体温が上がり、汗の匂いが混じり合う。

 開始前をは違った意味で、肌が赤く染まり。

 ――――終わりを告げる外からの声が、どこかとても遠くに聞こえた。


「――――名残、惜しい」


「俺もだ」


 敢えて言葉にするなら、同士、友情、親愛。

 互いの体に魅力を感じても、その性格に好感を覚えても。

 不思議と肉欲だけは沸かなかった。

 刻一刻と迫るタイムリミットの直前、小夜が力つきて修の前で膝を着く。


「楽しかった」


「わたしも――――同じ気持ちです」


 小夜はまるで、スーパースターに向ける様な眼差しで修を見上げ、修もまた心からのアルカイックスマイル。

 そして直ぐに、ゲームが終了した。

 二人の中ではドロー、だが――――。



「――――――何を、していたのですかオサム様?」



 それ故に、結果は必然だったのであろう。

 ディアとしては、漏れ聞こえる声に不安を感じながら長い五分を待ち。

 目にしたのは、全裸でご立派な塔を披露する夫と、その塔の前で涎を垂らし恍惚と全身を赤らめる女の姿。


「…………一応聞くが、何もなかったのだな勇者?」


「何もって、有るわけが無いだろう?」


「――――それが本当なら、いえ、本当なのでしょうね、このアイン感服いたしました勇者久瀬・修」


 首を傾げる修に、イアは深い溜息。

 勿論怒りを覚えていない訳ではない、だがそれ以上に。


「また、またやったのねアンタ………………くっ、これだからオサムは~~~~~っ!」


 エルフの姫には覚えがあった、この勇者は十年の旅路で似たような感じで、女を増やしていたのだ。


(妾が、どんな想いで苦労して――――っ!?)


 イアが地団駄を踏む中、冷え冷えを通り越して、漆黒の闇で凍り付いた雰囲気のディアは修の側へ。

 その綺麗な碧眼には、所謂ハイライトというモノが見えない。

 率直に言って、淀みすぎて澄み切っている。


(あ、これアカンやつだ)


 勇者としての経験が、今すぐ逃げろと警告を発した。

 だが。


「――――あふんっ!? でぃ、ディアさんっ!?」


「オサム様? 宜しければ詳しい説明を欲しいのですが?」


 至近距離でそうねっとり囁くディアの手は、修の股間、――――その二つの球体を握り。


(死んじゃうっ!? 男として死んじゃうううううううううううううううううっ!?)


 きゅっと、ひゅんと、修は全身を縮こませる以外他無い。

 恐怖に言葉が出ない修に、ディアはゆっくりと首を振って言った。



「いえ、今は王様ゲームの途中でしたね? なら、話は後でゆーーっくり聞かせて貰います。さ、皆さん。続きをしましょうか。疲れたでしょうし次の一回を最後にしましょう」



 その声色に、全員はただうち震えてコクコクと必死に頷くのみ。

 ――――否、舞の影響が抜けきれない小夜が、事態を把握せずにぼんやり問いかける。


「――――その前に、修くんの服を」「駄目です」


「駄目です、今日のオサム様は裸がお好きなようですから?」


「…………はい(ごめん修くん、助けられなかったあああああああ! っていうかディアさんすっごく怖くない!? 怖くないっ!?)」


 彼女の様子に、ディアは満足そうに微笑む。

 普段と何一つ変わらないその笑みが、今はもの凄く怖い。


「さぁ皆さん、王様だーれだっ」


 ディアが籤を差し出す。

 誰も言葉を発しないまま、それを引いたのだった。

 なお、修の玉は人質に取られたままである。

 然もあらん。


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