037話 神剣×エルフ×巫女(一章エピローグ)



 さて、二十二のキスをした日の夜の事である。

 シャワーを浴びて寝間着に着替え、さて何処で寝ようかと修は思案した時、「伝心」に違和感を覚えた。


「…………なんだこれ?」


 いつもの様に、感知レベルを最小限にしているのに、何かを感じ取っている。

 それはリビングからで、数は二つ。

 大きなモノが一つと、小さなモノが一つ。

 大きい方からは、どこか不安と不満気な様子が漂って。


 同時に、リビングでもディアは首を傾げていた。

 新しい何かに目覚めたような感覚、隣に居るローズからは小さな、風呂場に居るであろう修から大きなモノを感じる。


「…………戸惑って?」


「む、どうしたのかママ?」


「感じませんか、ローズちゃん。オサム様が戸惑っている気がしませんか?」


「パパが風呂場に居る事は解るが、感情まで解らんぞ? ――――もしかして」


 ローズは悟った。

 自らがやったとは言え、聞いているだけで恥ずかしくなってくるあの時間の所為で、ディアが新たな力を得たに違いないと。


「――――ああ、やっぱりここに居た」


 トランクス一丁、バスタオルで頭を拭きながらリビングにやってきた修に、ディアがパタパタと近づく。


「…………オサム様、『伝心』を使いましたか?」


「それが何か変なんだ。自然と二人に反応してるって言うか」


「実は私。ローズちゃんとオサム様の事が、離れていても分かる様な気がするんです」


「『伝心』がディアに影響を…………? いや、でも…………」


 首を傾げる二人に、ローズが答えを教える。

 産まれる直前に彼女にも聞こえていた、だからそれが正解だろう。


「パパ、ママよ。以前女神が言っておったろうが、キスしたらママの力が覚醒すると。――――恐らくママは『伝心』を得たのじゃよ」


「私が、オサム様と同じ――――?」


 ディアは嬉しそうに目を閉じた。

 勇者の「伝心」を通じて、過去に女神の言葉を下ろしていた。

 だが、ディア自身が「伝心」を持っていた訳では無いのだ。


「余が感じるに…………ふむ、ふむ。二人の間限定じゃな。余も入っているのはオマケじゃろうて」


 ぺたぺたと二人を触ったローズは、いずれ子が出来ればそちらも感じ取れる、と続けてニンマリと笑った。


「女神も粋なことをするものじゃ、良かったのうパパよ、これでママに劣情を覚えても、考慮してくれるかもしれんぞ?」


「それって筒抜けって事だよねっ!? もろバレじゃねぇかっ!?」


「オサム様は、私に知られるのはお嫌ですか…………?」


 悲しそうにしゅんとしたディアに、修は慌ててフォローを入れる。


「い、いや、抵抗はあるけど、ディアの気持ちも分かちやすくなるし、何より危機に陥ったら直ぐに分かるし、良いことづくめなんじゃないかなっ!?」


「早口じゃなパパ」


「うっさいわっ、お前の事も分かるんだからなっ! この悪戯幼女めっ!」


「うわっ!? やぶ蛇じゃぁっ!?」


「ふふっ、仲が良くて嬉しいです」


 こいつめ、とローズにデコピンしようとする修に、逃げるローズ。

 二人はディアを中心にぐるぐる回る。


「――――あ゛だっ!」


「天罰だ」


「くそう…………、ふっ、パパよ大事な事を忘れておるのではないか?」


「大事な事?」


 額を押さえながら、ローズはニヤっと笑う。


「昼の事は全部聞いておったからなっ! 二人で恋しあう為に頑張るのじゃろう? 今夜は何処で寝るんじゃ? よもやリビングとは言うまいな?」


「ぐぁっ、てめぇっ!?」


 痛い所を突かれた修は、ぐぅと呻き声を一つ。

 そんな彼に、ディアは期待した眼差しを送る。


「……………………男に、二言は無いっ!」


「じゃあっ!」


「………………………………一緒に寝よう」


 重々しく、苦々しそうに言った。

 でもその頬は少し赤くなっており、ディアは「伝心」で確認するまでも無い。


「それだけでは言葉足りないだじゃろ? 勿論毎晩じゃな?」


「――――、そうだ」


「まだまだ足りんな、一日一回は抱擁するがいい」


「はいっ、賛成ですっ!」「はい!?」


「もう一ついこう、一日一回はキスじゃ!」


「はいはいっ! 是非そうしましょうオサム様っ!」「はいいいいいいっ!?」


「うむうむ、パパの同意も得られ、子として嬉しいのう。なぁママ」


「ふふっ、これから宜しくお願いしますオサム様っ!」


「おまっ!? それっ!? でぃ、ディアっ!?」


 違うと分かっていて、ディアは態と修の言葉を肯定と捉えた。

 昼間の体験で、彼女は少し狡くなったのだ。

 修もまた、ディアが態とそう言った事に気づき、天を仰いだ。

 彼女の成長を感じ取ったのもあるが、正直な所、下心を覚えてしまったのである。


(持つのかっ!? 俺の息子よっ、どうか持ってくれよおおおおおおおおっ!?)


 頭を抱える修に、ディアはピタッと寄り添って言う。

 この夫となるべき人物は、肉体的接触に大いに弱いとも学んだのだ。


「オサム様がもし間違っても、私が間違っても。それでいいじゃありませんか。その時は一緒に話し合って、問題を解決しましょう?」


「………………――――――――っ、う、うう。わ、分かった」


 一ヶ月前二人は出会い。

 一ヶ月共に過ごして、今日お互いの本音を知った。

 とても好ましいと感じているが、未だはっきりと好意に至っていると自覚出来ず、言葉にも出来ない二人は。

 今、新たなる一歩を踏み出したのであった。





 同時刻、久瀬家から遠く離れた東北の地。

 その山奥の神社に、一人の男と少女が対面していた。


「――――成る程、事情はわかったわ獅子小父様」


「ありがとう、恩に着るよ小夜ちゃん」


「逗留する間は、せいぜい働いて返してくださいね獅子小父様」


 男は獅子、例の会合であっさり正体を見破られた彼は、横領や違法行為などの罪で追われ、親族のいるこの地まで逃げとおしたのだ。

 その名の通り、獅子の様な風格は健在だが、白衣は無く、服もボロボロで焦げた痕すらある。


 対面するは、色白で長い黒髪の美少女。

 仮にディアを昼の美と称すならば、彼女は夜の美の印象がある少女。

 名を鷹羽小夜、高鳩獅子の本家筋にあたる人物である。


「油断しないでくれ、相手は異世界課を支配し、この日本を、世界を、他の世界まで手にしようとする奴だ」


「…………事実はこの目で見て確かめます。獅子小父様の言葉通りなら排除を、もし違うのなら――――分かってますね?」


 何代も家系図を遡らなければ、繋がりを確認できない遠すぎる親族、ほぼ他人。

 だが確かに親族だ、だから一族の次期頭領として、数少ない親族の言葉はひとまず信じる。


「勿論だ、その時は好きにしてくれ」


 横領し、研究した異世界の技術で家系図を偽造した男は、そう嘯いた。

 小夜と修達、そして異世界課まで巻き込んで騒動を起こさせ、時間稼ぎが出来れば上等の部類。

 そうでなくても、体を休めて逃げ出す事が出来る。


(――――それに、ここの秘宝は前から狙っていた。有り難く頂かせて貰う)


 心の中でほくそ笑む獅子に、小夜もまた疑いを覚えていた。


「では、わたしは明日にでも此処を立ちます。以後のことは家の者に」


「ああ、分かった。今回のこと感謝するよ」


 遠く離れた東北の地で、和の美少女が修を目指して旅立った。



 更に同時刻。

 修が勇者として過ごした異世界セイレンディアーナでも動きがあった。

 どの国の人里からも離れた、妖精の森の奥深く。

 長寿種からも忘れ去られた神殿に、一人の少女の姿。

 人種族では無い、耳が長く、病的なまでに肌が白い――――エルフ。


「来たわ来たわ来たわっ! 妾は間違っていなかったっ! 行けるっ! オサムの世界に妾も行けるっ!」


 修が帰還する時には、着いていけなかった。

 彼女も同行すれば、大事な仲間である聖女が死ぬ可能性が高かったからだ。


「やはりそう、オサムの『伝心』の力が強まっている、勇者隊の英魂達も呼び出された。――――ならばっ!」


 彼女、ブレイファー氏族の長の娘、イアはこの世界で頂点に等しい魔法使い。

 イアの魔力と技術、を使えば、修の「伝心」の繋がりを利用して異世界に飛べる。


 だが、彼女の力を以てしても恐らくは一方通行。

 故に、親族や仲間に手紙を送り、邪魔されないように一人で旅立とうとしていた。


「オサムよ、妾は諦めないわ…………、いくら気持ちに気づかれなくても、諦めない事を教えたのはそなただからなのだから――――! というか、ディアとかいう馬の骨は何なのよっ!? そこは妾の場所なのにっ!?」


 そして今ここに、条件は揃った。

 まるで炎の様にイアの魔力が揺らめいて。



「女神セイレンディアーナよっ! 勇者オサム・クゼよっ! 妾を導き賜え――――。…………この恋が叶わないならオサムを殺して妾も死ぬ」



 月夜に、大陸の何処からでもわかる巨大な火柱が上がって。

 そして、一人のエルフが世界から消えた。

 火柱を目撃した者は、天変地異かと噂をしたが、被害など何処にもあるはずが無く、直ぐに忘れて日常へ。

 事情を知る者達は頭を抱え、修の無事と平穏な解決を祈った。



 勇者と神剣が、新たなステージに上がり。

 二人の美少女が修を目指して旅立つ。

 いかに女神と次元皇帝竜が、その強大な力で予知すら可能としても限度がある。

 この先どうなるかは、誰にも分からなかった!


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