二章「ヤンごと無き身分のエルフが来てデレてきた件について、或いは神剣の新たな目覚め」

038話 青春は屋上にある



 中身はオーソドックス。

 ご飯の上に海苔、鮭の切り身に付け合わせの青菜。

 別の容器には兎の形に切ったリンゴ。


「こ、これが青春の味か…………――――ウマい!」


「ふふっ、喜んで頂けて嬉しいですっ」


「うむうむ、ママも料理の腕が上達しておるのぉ」


 修は涙を流しながら、ディア特製お弁当を一口一口を大切に味わう。

 天気の良い昼下がり、三人が居るのは学校の屋上のベンチ。

 そう、新学期が始まったのである。


 思い起こせば数日前、新学期開始に伴いディアが修のクラスに転入。

 二日目まで、校内で二人きりの時間など無いぐらいの歓迎ムードであったが、妙な誤解はあれど空気の読めるクラスメイト達と担任。

 彼らの後押しによって、立ち入り禁止の屋上を密かに貸し切って二人きりの昼休み。

 ――――もっとも、他の生徒が居ないのをいい事に、ローズを呼んでいるので、厳密には新米家族の団欒ではあったが。


(これが…………うう、夢にまで見た女の子の手作りお弁当、嗚呼、俺は正に今、猛烈に青春しているっ!)


 勇者時代にも、可愛い女の子の手作り料理を食べる機会はあった事はあった。

 修を中核とした勇者隊、その精鋭の中の女性陣は不思議と綺麗どころが集まり、少数で敵地に潜入した時は彼女らの料理を馳走になる機会が多々。

 だがそれは、修の為に作られたものでは無いし、そもそも敵地潜入時の食事だ、美味しかったと配慮に配慮を重ねたお世辞を言うぐらいの味である。


(これが平和、平和ってもんだよなぁ…………)


 ゆっくりと味わったつもりだが、早々に食べ終わってしまった修は、弁当箱を片づけながらボンヤリと視線はディアへ。


(普通の制服だと思ってたけど、ディアが着るとここまで違うとは、――――美少女恐るべし)


 九月は秋とはいえ、まだ衣替えには早い。

 男子生徒は半袖のカッターシャツに夏用のスラックス。

 胸のポケットに校章が入っているという、何ら面白味の無い格好だ。

 なお、ネクタイに興味津々なディアにより、新婚サラリーマンの如く、修のネクタイをディアが結ぶという光景が発生したのは言うまでもない。


 対して女子生徒といえば、これまた平均的な、赤いタイと半袖の白セーラー服、紺のプリーツスカートという格好だが。


(お、おっぱいが大き過ぎて、胸の部分がパツンパツンだとぉっ!? しかもタイが丸みの大きさとラインを強調しているっ。女神はなんという美を地上に与えたのだっ!)


 ご理解、頂けるだろうか。

 白いセーラーに隠された褐色の大球体により、通常ならばお腹の少し上まで来る赤いタイが、途中から宙ぶらりんになって。

 セーラーの中にトップとアンダーを誇る様な魅惑の空間を作っている事を――――!


「――――いい、眺めだなぁ」


「はいオサム様、ここからは町が一望出来て良い眺めですねっ」


「余、パパが言ってる意味と、ママが言ってる意味は違うと思う」


 偶然風が吹き、かき消されたローズの言葉はさておき。

 とても、とても良い眺めだった。


(胸が大きいことにより、セーラー服の裾が自然と上がってお腹チラが、褐色のお腹チラがっ!)


 吹く風にあわせ、白い布がそよめき間から濃いめの小麦色が。


(指摘するか? 他の奴に見せたくないし)


 だが、それだと問題が発生する。

 想像してみて欲しい。

 少々みっともないが、セーラー服の裾をスカートに入れたとしよう。

 するとどうなるか。

 ――――答えは簡単だ、その窮屈そうな胸部装甲のお陰で、大きい胸と腰の細さを比較する対角線が現れるのだっ!

 更に、裾を入れるにはスカートの位置を上げなくてはならなくて――――。


(見えてしまうっ、太腿がっ! ミニスカートになってしまってっ!)


 長さ的には、ディアが持っている普段着用のミニスカとあまり変わらないが、他の男子生徒に見せるのは癪に障る。


「…………どうするかなぁ?」


「そうですね、まだお昼休みが終わるまで時間がありますし」


「うん?」


 思わず漏れた言葉に返事が来て、修は首を傾げた。

 今彼女は何と言っただろうか。

 だが聞き返す前に、ディアはよしと両手の拳を握り、笑顔で腕を広げる。


「さ、オサム様。約束です、ぎゅっとしましょうっ」


「はいっ!? え、あ、ここでっ!?」


「朝は時間がありませんでしたし、オサム様は誰かが居る時には嫌なんですよね?」


「家に帰ってからじゃ駄目か?」


「別にいいですけど、学校でぎゅっとしてみたいです…………駄目、ですか?」


 ディアはしゅんとすると、修のシャツの端を摘みながら上目遣い。

 修はディアの蠱惑的に潤んだ瞳に見上げられ、タジタジと。

 思わず仰け反って真っ赤な顔を背けるが、女としての本能で、ディアは無意識に修の腕を胸に挟んで軽く上下しながら耳元で囁く。


「ね、オサム様…………、ぎゅっ、しましょう?」


「わかった、わかったから一度離れようっ!?」


「駄目です、離れたらぎゅっと出来ないじゃないですか」


 裏声になりつつ修は脱出を目論むが、ディアはむぅとむくれて離さない。


(くっ、こんな顔も可愛いっ、だが俺は屈さな――――)



「――――じゃあその替わり、ビリビリってしてくださいっ!」



「え、何それ」


 思わぬ言葉に思わず真顔、心当たりが無くならば聞き出すしか、と考える最中。

 修は必死の形相のローズによって、ディアから引き剥がされた。


「ママ! ママちょっとタンマじゃっ!」


「おいローズっ!?」


「いいからこっち来るのじゃパパっ!」


 きょとんとするディアを置いて、修とローズは少し離れた場所へ。


「良く聞けパパよ。以前ママが出かけるのを邪魔した時に、妙な技を使ったのは覚えておるか?」


「…………ああ、あれか。雷神掌って言うんだぜ、ちょっと格好いいだろう?」


「何ドヤ顔してるのじゃド阿呆っ、あの妙な電撃でママは被虐の快楽に目覚めかけてるのじゃぞ、この変態勇者パパっ!」


「ひ、ぎゃく…………?」


 ひぎゃく、ひぎゃくとはどんな漢字を書くのか。

 予想外の言葉に思考が鈍る修であったが、数秒もたつと流石に事態を把握する。


「――――マジか。マジかぁ…………。だから皆から禁止くらったのかあの技…………」


「ママに敗北と快楽を結びつけて、ド変態処女調教したいのなら話は別だが、そうでないのなら余程の事が無い限り封印するがいい」


 電流を流して快楽を与えるなんて、それなんてエロゲ、と。

 褐色ワガママボディを電流調教する姿を一瞬考えてしまったが。

 元より修にはそんな特異な嗜好は無い、無い筈である。

 健全な青少年なら、ちょっとだけなら、と試してみたい衝動に激しく駆られたが、そういう趣味は断じて無いのである、断じて。


「…………ごくっ。あ、ありがとう、助かったぜローズ」


 頭をぶんぶん降って邪念を吹き飛ばす義父に。

 娘は、ゴミ虫を見るような視線一割。

 男ってこれだからという視線が一割。

 勇者より色事の才能があるのでは、という視線が一割。

 これだから童貞はという視線が一割。

 そして残りを、純粋な慈母のそれを込めて諭す。


「悪いことは言わん、大人しく日課に勤しむのじゃ」


「ああ、わかった」


「二人ともーー、話は終わりましたかーー」


「今行くっ」「戻るのじゃ」


 トコトコと戻った修は、ディアに向かって両手を広げる。


「えーと、ぎゅっと、しようか?」


「はい、オサム様っ! ぎゅー」


 ディアは笑顔で修の胸に飛び込み、思う存分抱きしめる。

 クンカクンカと、汗ばんだ修の体臭を堪能しながら楽しげに。


「はぁ…………、この匂い。安心しますぅ、裸になってくれればもっと…………」


「一応ここ学校だからな、絶対にしないからな(糞っ! だから! なんで! ディアはこんなにやわっこいんだよおおおおおおおおおおっ!?)」


 おずおずと彼女の背に手を回し、修の鼻を甘い体臭が浸食する。

 いい匂いがして、柔らかくて、なるほどこれが幸せか、と出逢ってから何度繰り返した結論に身を浸す。


「…………やっぱ余はお邪魔では? まぁ仲良きことは良いことだが」


 二人はローズの呆れたような目も気にせず、お互いの体を堪能して。


「オサム、様――――」


「――――ディア」


 自然と顔が近づき、唇が重なって。


(――――っ!? !?!?!?!?!?!?!?)


 その瞬間、閉じかかっていた瞼を修は驚きに見開いた。

 唇を割って、滑る軟体の何かが入ってきたからだ。


(舌っ!? 舌入れてっ――――!?)


 過激じゃのママ、という声をどこか遠くに聞きながら修は咄嗟に「伝心」を使って助けを求めた。


(キスで舌を入れてきたんだけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?)


 その内容に仲間の誰もが苦笑し、或いはやっと春が来たかと涙ぐむ中。



 ――――世界に、異変が訪れた。



 修を中心に光の柱が天から舞い降りて、特殊な知識と才能が無いと察知する事すら不可能な次元の歪みが、世界全体を揺らして――――。


「な、何ですこれっ!?」


「皆っ!? はぁっ!? 誰が来るって――――!?」


「――――未来が、また揺らいだ――――」


 ローズは険しい顔をして、ディアは驚きのあまり修から腕を離し、修は「伝心」で仲間からメッセージを受け取るが光の柱の影響か聞き取れない。

 次の一瞬、光柱がひときわ強く輝き三人は目を閉じて。


「きゃっ!?」


「うわっぷっ!?」


 ディアは誰かに押されてよろめきながら数歩下がり、修は柔らかな感触と共に草木の香りに包まれ。



「――――オサム! 会いたかった!」



 瞳を開けると光の柱など何処にもなく、その替わりに修に抱きつく見知らぬ美少女の姿が、ディアの碧色の眼に写った。


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