021話 世界の狭間から漂流せし幼い竜よ! 異世界から訪れし神の剣よ! 共に集いて今この丸千田学校に降臨せよ! 次元神剣皇帝竜レッドローズドラゴン・ディアーズ!



 ――――その日、丸千田高校に二人の天使が舞い降りた。

 一人は同じ年頃の、長い銀髪の褐色美少女。

 ゆさっと揺れる母性の象徴が大変素晴らしい。

 もう一人は、薔薇の様に赤い髪の幼女。

 褐色美少女の腕に抱かれる姿は、大変庇護欲をそそられる。

 月並みな言葉で、一つの名画の様な取り合わせだった。


「嘘っ、あの子スッゴイ綺麗…………」


「見てみて、足長くない? それに服の上からでも解る腰の括れ…………外国の子って、みんなあんな感じかしら?」


「うほほほ、見ましたかE田殿! あの幼女とってもエモいですぞ!?」


「E田言うなFジキ少尉、我々はノータッチの精神だ」


 時は、修がクラスでディアとローズを発見する前まで遡る。

 久瀬家の小さな庭の隅で、ローズがえいやっと、二人の姿を姿隠しの魔法で隠蔽し。

 彼女のナビゲートで、既に気功をマスターしたディアが屋根伝いに一直線で学校へ。

 然もあらん、バスを使う修より早く着くのは通りであった。


「…………なんだか騒がしいですねローズちゃん。私達の姿は見えていないのに」


「姿隠しなら、到着した時点で解除しておいたぞ。パパに会う事が目的なのじゃからなのう」


 会う事だけが目的ならば、姿隠しをしたままが一番穏当なのだが。

 ローズの目的は、ディアと修の関係の周知にあるのだ。

 義理娘のそんな思惑に気づかず、ディアは暢気に感想を述べる。


「ああ、そういう事だったのですね。…………それにしても大きい所ですねぇ。まるで騎士団の訓練施設みたいです」


「この国の教育施設は、どこもこのような規模らしいぞ?」


 へぇ~~、と感心しながら、キョロキョロと校舎の外周を歩く二人。

 出入り口らしき所は簡単に見つけられたが、流石に勝手に中に入らない分別はある。


(ふむ、ママはまだ経験が足らんの。気功が使えるなら、パパの気配を察知して、まだ到着してない事くらいは分かるだろうに)


 校庭をのんびり見て回りながら、さてどうしようかと二人は話し合う。


「こうして歩いているのもいいが、誰かにパパの場所を聞かないかママよ」


「そうですね、この場所もあっちの世界に無いものばかりで珍しいですが、建物の中に入る許可を得なくてはなりませんものね」


 花壇に咲く花々は見知らぬものばかりだが、その美しさは世界を越えても変わらない様だ。

 ――――そういえばあちらの世界の花の名前を知る事は無かったな、とディアは思いながら、話しかける相手を探す。

 彼女達は知らないが、その花壇は職員室の前にあり、当然、教職員は二人の姿を目撃。

 現在、誰が話しかけるか彼らも相談していた。


「見たところ、外国の方みたいですし、ここは英語教師である銀河先生が適任では?」


「成る程、適任かもしれません。しかし教頭、あの子達が英語圏の生徒とは限りませんよ。――――しっかし、綺麗な子達だなぁ。何でまたウチに入ってきたんだろうか?」


 そして、件の銀河正子英語教師(既婚)は、二人を注視して。


(――――間違いない、銀髪でモデルや女優以上に綺麗な子。姉さんの話にあった子に違いないわっ!)


 そう、彼女は駅ビルの高級ランジェリーショップ店長の妹。

 ディアと修を応援すると心に誓ったあの女性は、もし困っている所を見かけたら、と話を伝えられていたのだ。


(名前までは教えて貰えなかったけど、うん、こんな綺麗な子、そう何人も居るわけないし)


 正子は、否、G教諭は燃え上がった。

 曰く、望まぬ結婚に苦労しているとの事。

 曰く、健気に愛を尽くそうとしているとの事。

 姉からの情報に無かったが、小さな子供を抱えている。

 髪や肌の色が大きく違う、そして情報では夫は日本人の高校生なので、実子とは違う筈だが、故あって預かって、或いは養子なのかもしてな。


(――――くぅっ! 現代社会に、望まぬ結婚を強いられた上、小さな子の面倒まで…………。そうよ、きっとこの学校の生徒がその旦那なんだわ)


 何らかのトラブルがあって、訪ねてきたのかもしれない。

 姉からの情報では、日本の常識に欠けている様子も見られたとの事。

 もしかしたら、ただ単にその夫の出待ちの為に、悪気無く入ってきたの可能性もある。

 いずれにせよ、放ってはおけない。


「――――もし、もし、銀河先生? 聞いておりましたか?」


「ああ、ごめんなさい。あの子達に見とれてしまって。ええと、誰が事情を聞きに行くって話でしたね。はい、私に任せてください!」


「おお、それは頼もしい。では任せましたよ」


 皆ににっこり笑うと、教諭Gは校庭側の扉からサンダルに履き替え、移動しようとしていた二人に話しかける。


「そこの貴女達、この丸千田高校に何か用事ですか? ――――ああ、日本語解る? 英語の方がいいかしら?」


「日本語で大丈夫です。勝手に入ってしまってごめんなさい」


「ローズたち、パパにあいにきたの! おねえちゃんしってる?」


 パパ、パパと来た! やはりこの幼児は二人の子供なのだと、女教師Gは褐色美少女の苦労を忍びながら、職員として言わなければいけない一言を発する。


「ごめんなさいね。ここは学校の生徒と教職員関係者以外は校庭にも入っちゃいけないのよ…………」


「そうだったのですか、…………ごめんなさい」


「ふぇ…………パパにあえないの?」


 だがGは、その発言を後悔した。

 褐色の彼女は見るからに気落ちして、赤髪の幼児は大きな瞳を潤ます。

 いち教師として、一人の大人として、このまま彼女達を追い返す訳にはいかない。


(入学や転入の下見にとか、色々言い訳はあるわ。最近は熱いし、せめて校舎の中で待っていてもらいましょう)


 今のたった少しの会話で、既婚者Gは確信した。

 姉の言っていた事は正しかったと、彼女はとても健気で、ともすればこのまま外で待っている様に思えたからだ。

 だから、お邪魔しました、と丁寧に頭を下げる彼女を、教師Gは引き留める。


「少し待ってて、今日は特別に中に入れる様にしてくるから」


「――――本当ですか!? ありがとうございます。ローズちゃん、オサム様に会えそうですよ!」


「パパにあうーー!」


(オサム様? そういえばウチのクラスの子にそんな名前の男子が。いえ、考え過ぎね。確か普通のご家庭だった筈だし)


 彼女はオサムという名前に引っかかりを覚えながら職員室に行き、即座に校舎に入れる許可を得て二人の所に戻る。


「さ、行きましょう。少しの間だけど案内してあげる。その後は…………そうね、保健室で待ってて貰う事になると思うわ」


「色々取りはからって頂いて、ありがとうございます。ええと――――」


「私は英語と2の1を担当する銀河正子」


「あっ、自己紹介が遅れました。私は久瀬オサム様の妻・ディアと申します。この子は娘の――――」


「ローズ! さんさい!」


「ディアさんにローズちゃんね。元気にお返事できて偉いわ(久瀬修!? 久瀬修って言ったのこの子!?)」


 玄関前の生徒達の注目を浴びる中での発言に、G担任は驚愕する。

 これは絶対生徒達の噂になる、と頭の冷静な部分が告げていたが、それどころではない。


(ええええええっ!? 久瀬君の!? だってあの子、言ってはなんだけど普通の子よ!? 家庭訪問の時も普通のご家庭で――――いえ、そういえばご両親は海外を飛び回ってお仕事をしていた筈だわ。お姉さんもレベルの高い女子大に通っていると聞いているし)


 担任を請け負った生徒の驚きの一面に、Gは使命感を新たにした。

 これは是非とも事情を聞き出して、力になってあげなくては、と。


「あ、あら偶然ね。久瀬修君は私のクラスの子よ」


「そうなのですか! いつもオサム様がお世話になっております」


「いえいえ。――――それで、つかぬ事をお聞きするけど、久瀬君に妻が居たという話は聞いたことがないのだけれど…………」


「はい、少し前に。異国から来た私と、結婚する事になりまして」


 照れながら幸せそうに言うディアに、G教諭は戦慄した。

 久瀬修という生徒は、夏休み入ってからどんなラブロマンスがあったというのだ。

 実際の所は、異世界セイレンディアーナに召喚され、十年かけて魔王を倒し平和をもたらしてから戻ってきたのだが、ただの教師がそんな事知る由もない。

 それが故に、彼女の中で勝手にストーリーが組立られていく。


(夫を様付け…………、きっと複雑な力関係があるに違いないわ! こんなに綺麗で良い子なのだもの、とっても苦労したんだわ)


 Gの脳内で砂漠を舞台としたTL小説の様な妄想が繰り広げられ、現実では修の教室にさしかかる。


「――――おっと、そうそう、ここが私が担当する教室よ。久瀬君もここで学んでいるわ」


「ここでいつもオサム様が…………!」


 ドアの外から遠慮がちに、しかし興味深々といった感じにのぞき込む美少女達に、中で談笑していた生徒達も流石に気が付く。

 彼らは、隣に居るのが担任だと気が付くと、遠慮なく話しかけてきた。


「銀河センセー、その子達は?」


「ああっ! スーパーで修と一緒に歩いてた子だっ!」


「え、何々? 英司、お前知ってる人?」


 その中には、かのクラスメイトAも存在した。

 英司、もとい男子生徒Aは頷きながら語る。


「いや、この前な。この子と修が地元のスーパーに居るの見かけたんだよ」


「ま、それだけなんだけどな。けど、――――きっと、修はこの夏休みで一皮向けたんだ。アイツの背中がスッゴイ大きく見えたんだよ」


 あれは漢の背中だった、と語るAに、周囲は怪訝な視線を向けるも。

 しかし、この超絶美少女と一緒に居たというのだ。

 何かあったに違いないと、確信する。


「あの、オサム様のご友人ですか? 妻のディアです。オサム様がいつもお世話になってます」


「ママーー、このひとたち、パパのおともだち?」


「「「「パパ! ママ!」」」」


「ちょっ!? 詳しく!」「え、あの修に!」「久瀬君に何が…………」「うおおお、羨ましいぞアイツ!」


 担任教師Gが止める間もなく行われた挨拶に、クラスは騒然と、中にはスマホを取り出し猛スピードで画面をタップし始めた者も。


(――――このままでは不味いわ)


 Gは即決した。


「ごめんなさいディアさん、少し待ってて貰えるかしら」


「はい、大丈夫です」


 不確かな情報が飛び回る事は避けたい、ならばと彼女はクラスの皆を部屋の隅に集める。


「いい皆、良く聞いてね――――」


 話した事は簡素だ。

 ディアと修は、家の都合で結婚した事。

 彼女は慣れぬ異国の地で、幼子を抱え、一生懸命修に尽くそうとしている事。

 修もまた、彼女に寄り添おうと努力している事。


「辛い事情があるかもしれないの、だから詳しく聞かない事を約束してくれる?」


「アイツ、そんな事が…………」「水くせぇぜ修よう、ああいいぜ銀河先生!」「わたし達も、協力します!」


 今此処に、クラスの気持ちは一つになった。

 この新しき夫婦を、暖かく見守ろうと!

 そんな訳で――――。


「みんな、おはよ――――…………へ?」


 修が教室のドアを開けるとそこには、クラスメイトと談笑するディアとローズの姿があったのである。


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