015話 はじめて~~のぉ~~



 修の異変が何一つ解決しないまま、時刻は夕食後。

 当の本人は、ソファーに座ってのんびりとバラエティを眺め。

 ディアは試しに、謎の卵をTシャツの中に入れながら、じとーっと彼を睨む。


(うーん、視線が痛い。しかし、テレビは見てると日本に帰ってきたって感じがするな)


(次の手を考えなければいけませんね…………、どこかに付け入る隙があれば)


 童貞勇者は、自らの変化に気づかれている事を知らず。

 日本のバラエティの何たる平和な事かと、誰だっけこのお笑い芸人と堪能&満喫モード。

 ついでに言えば、これって新婚さん的な状況じゃね? とやや浮かれ気味。

 股間が不能になっただけで、各種欲望は据え置きなのがミソである。

 一方で褐色巨乳銀髪神剣は、新たな切り口を探すために観察と思考を。


(婦女子はみだりに肌を晒すべからず、そしてお肌の触れ合いも同様…………でも)


 修の説教をディアは聞き逃していなかった、――――但し、夫婦や恋人は除く、という一言を。


(という事は、…………先ほどの行動は別に良いのでは?)


 ディアと修は(ディアの認識的には)夫婦も同然だし、恋人というのは今一つピンと来ないが、いずれはそうなるのでは、とボンヤリ感じている。


(けれど、あの様子では同じ事を繰り返しても無駄でしょう)


 しつこいのは嫌われる、とラクルー達も話していたではないか。

 ではどうすれば、と振り出しに戻ったその時。またまたテレビの音声が、ディアに耳に飛び込んでくる。


「『酷いっ! アタシを捨てるのねっ!』」


「『じゃかあしい! コアラと浮気しよってからに、オマエと夫婦でいられるかいな!』」


「『酷いっ! コアラじゃなくてカンガルーよっ!』」


「『なんでオーストラリア縛りやねんっ!』」


 浮気、夕食前も浮気に関する話題が流れていた。

 ディアの脳裏に、嫌な予感が横切る。


(オサム様は浮気をしている…………かも。そして浮気をしたら捨てられる…………そんな、そんな事って)


 綺麗な碧の瞳が潤み始める、足は床に着いているというのに、ふわふわと落ち着かない。


「ふぇ、ふぇぇ…………うぅ、うぅぅ~~~~」


「――――へっ!? でぃ、ディア!?」

(ええええええええええっ!? いきなり泣き出したああああああああああああああああああっ!?)


 何かしたか、いや、何も問題無い筈だ。

 女神から授かりし「伝心」は、知らん管轄外だと役目を放棄している為、修にとっては突然の出来事、寝耳に水である。


(女の子ってわかんねえよっ!?)


 とはいえ、そこで投げ出すわけにはいかない。

 呪いの力を過信しているが故に、修はディアを抱き寄せるという大胆な行動に出て。


「――――泣かないでくれディア。綺麗な顔が台無しだ」


「ふえええん、オ゛サ゛ム゛さ゛ま゛ぁ゛~~~~!」


「あー、よしよし。鼻水はティッシュで拭こうな? ――――ああうん、いいから、落ち着きなよ」


 小麦色の頬を伝う涙を拭うのは絵になるかもしれあいが、仕方なしに鼻水まで指でふき取る事に。

 超絶ベテラン変態紳士なら、ご褒美ですと嬉しがる所だが、流石の修もその辺りはノーマルだ。

 収得していてよかった気功の極意、ソファーから離れた食卓の隅にあったティッシュ箱を、器用にも取り寄せ後始末。


(っていうか、お腹に卵が入りっぱなしじゃないか)


 すわ、これがマタニティブルー、という訳ではなく。

 混乱中の頭を頭を振って正気に戻し、修は落ち着き始めたディアから訳を聞く。


「えっと、どうしたんだディア?」


「その、オサム様が…………なんか違って、私ぃ…………浮気っ…………私、捨てられ――――」


 えぐえぐと泣くきながらの言葉に、ようやく修も思い当たる。


(もしかして、呪いの事に気がついたのか。そしてさっきやってたのは浮気を題材にしたコント)


 そういえば、夕食前の彼女が見ていた番組は、は探偵特集で浮気調査の場面が写っていた気がする。

 浮気の意味までは理解せずとも、その先の結末を自分と重ね合わせてしまったのだろう。


(呪いを受け入れる前と後の違いが、分かってたって事か)


 修は観念した。

 どうやら、彼女の関しては迂闊な行動が取れないらしい。

 ホットミルクを入れて飲ませ、落ち着いた頃を見計らって、昼間の事件の事を話す。


「――――という訳なんだ。黙っていて悪かった」


「…………捨てないですか?」


「ないないないないっ! ディアが望むなら別だけど、俺の方から別れようと思う事なんてないさ」


 ぎゅーっと抱きつくディアに、修は頭をぽんぽんと撫でる。

 始まりがどうであれ、出会ってから日もないとはいえ。

 身よりのない銀髪美少女を、何も知らない褐色巨乳美少女を、放り出す事なんて。


(勇者としても、男としても、駄目だろうそれは)


 何より、約一週間しか一緒に暮らしていないが。


「俺はねディア、君と一緒にいるのが何だか楽しいんだ」


「オサム様…………、はい、私もですっ!」


 彼女に対して沸き上がる感情を、何と名付けよう。

 一目惚れというには、性欲が先行していて残念な。

 家族というには、その温もりが好まし過ぎて。

 友情と呼ぶには、何故だかもったいない。


 少しの間二人は見つめ合った後、ディアは自然と修の胸に耳をあて。

 修もまた照れずに受け入れた。

 優しく、穏やかな時間が流れて――――。



「でもオサム様? 浮気の件はまだ解決してませんよね?」



 へ? と修は首を傾げた。

 視線を下に向ければ、我が儘なおっぱいがぐにゅっと押しつけられているのは嬉しいが、ブラをしてなくて頂点が解ってヒャッホーなのだが。

 何故に彼女は、座った目を向けてくるのだろうか。


「浮気って、俺はディア以外に――――」


「――――呪いの剣、オサム様の身体の中に在るのでしょう?」


 ディアは人差し指で、修の胸板に「の」の字を。

 青少年が体験してみたいシチュベスト三十位以内の出来事なのに、とても空気が冷え冷えしている。


「だいたい、オサム様が言ったんですよね、勇者の役目は終わったって。なのに何故、今日は戦っていたんですか?」


「それは、浮き世の義理っていうか、まぁ、お仕事になる訳だし? ――――何より、困ってる人は放っておけないよ」


「それが勇者に選ばれる資質です、私もその在り方に喜びましょう。お仕事についても、私の生活費を稼ぐためという事は理解できます…………で・す・が」


 浅黒い手を修の頬に延ばしたディアは、優しく触れたと思いきや、ギリっと爪を立てる。


「――――っ゛!? ディ、ディア~~?」


「駄目です。私の為ならば、ご自身に呪いを受け入れるなど…………。私は、私は、どう思えばいいんですか――――」


 ウガー、と怒り出したディアは、半泣きで修の顔を掴み続ける。

 怒り方が、解らないのだ。

 ――――その光景を、修の中の呪いの剣は見ていた。


(くっ、我を受け入れた所為で、心優しき異界の勇者が…………っ!?)


 この麗しい少女を、神聖な少女を悲しませる為に、修と同化したのではない。

 修とて同じ気持ちなのは「伝心」から伝わってくる。


(おお、神よ。もし居るのなら、彼らに救いの手を――――)


「うううううううっ、どうすればいいんですかっ!」


(た、助けてっ! 誰かこんな修羅場を何とかする言葉とかそういうの――――)


 かつての仲間に「伝心」を使って呼びかけるも、ワンともニャーとも帰ってこない。

 然もあらん、彼らとてこの件に関してはディア側なのだ。

 勇者の高潔な自己犠牲の精神と言えば、聞こえがいいかもしれないが、仲間にしてみれば大きな心配の種だったのだから。

 だがそのとき、――――救いの手は差し伸べられた。


「『聞こえますか勇者よ、我が娘よ。今、「伝心」によって話しかけています…………』」


「女神セイレンディアーナっ!?」


「お母様っ!?」


「『あ、今回は一歩通行なのであしからず』」


「何かノリが軽いっ!?」


 天から響きわたる様な声は、うふふと笑いを含ませて。


「『勇者・久瀬修、そして我が娘にして神剣セイレンディアーナ。――――絆です、絆を深めるのです。具体的にはキスとかディープキスとか、夜の大運動会とか』」


「だから、そうほいほいと娘を差し出すんじゃないですお願いだからっ!?」


「夜の、大運動会…………何のことでしょうか?」


 頭を抱える修と、首を傾げるディア。

 そんな二人に、女神はもっともらしく語る。


「『本来ならば、魔王との戦いを通じて、貴方達の絆が深まる筈でした。けれど、その戦いも終わり。何よりディアは剣の姿に戻れない。なら――――ヤる事は一つ。カ・ラ・ダ! で! 繋がる! のですっ!』」


 それが夫婦への第一歩です、と付け加えた女神は満足げに溜息。


「もおおおおおおおおおおおおおっ! だからああああああああああああああっ!」


「…………キス、キス、キス。ええと、口づけの事でしたっけオサム様?」


「『嗚呼、勇者の嬉しがる声が聞こえてきます』」


「耳垢溜まってるだろう女神様!?」


「『えー、こほん。キス等の夜の円満夫婦生活に必要な行為をする事により、ディアの本来の力が発揮できるようになります。――――過激である程、強くです』」


 うああ、と修は目を瞑って耳を塞いだ。

 だが悲しいかな、そのそも映像は無いし。「伝心」経由であるので直接心に声が届いているのだ。


「我が娘よ、私の言葉の意味はわかりましたね。貴方の力が発揮できれば、今直面している危機も乗り越えられるでしょう。――――グッドラック、母は孫を楽しみにしてますよ」


「はいっ、お任せくださいっ!」


「あー、あー、何も聞こえなーい」


 世界を救った勇者が無様な足掻きをみせる中、女神からの通信は終了。

 三十六計逃げるに如かず、勇者秘奥義「トイレに籠城」を発動しようとしたが、そうは問屋が下ろさない。

 足音を立てずにリビングの扉まで来た修の肩を、ディアは背後からにっこり笑ってギリギリ掴む。


「どこに行くんですオサム様? まさか、こっそり私以外の剣の手入れでも?」


 それがお前の浮気の定義なのか!? と喉まで出掛かった叫びを飲み込み。

 勇者だけに勇気をふり絞って、ギギギと振り返る。


「い、いやぁ、今日は汗をかいちゃったよね。先にシャワー浴びさせてもらうよ」


「その前に、――――キス、というものをしましょう? オサム様、まさかお断りになりませんよね?」


「………………………………は、はぃ」


 久瀬修、人生二十七年、若返って齢十七の男の子。

 初めてにして、とても嬉しくないキスのおねだりだった。


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