014話 無自覚エロスになんて負けたりしない……っ!
思い返してみれば、その日の夜は既に変だった。
ディアが現代日本に来て約一週間、常識はまだ完璧には程遠いけれど、着実に学んでいる事が一つ。
即ち、勇者であり、主であり、家主であり、将来の夫である修の事だ。
結婚や恋人、恋愛、そういった関係では無い為、ディアとしては彼との関係を何と表していいか悩む所だが、ともあれ。
問題は今現在の、彼の状況である。
「ディア、晩ご飯は何が食べたい? 後で買い物いくから、リクエストがあるなら言ってくれよ」
「はーい、解りましたー!」
時刻は夕方、青いエプロン姿の修が食器を洗っているのを、ディアはリビングのソファーから見つめていた。
お腹に抱えるのは、異世界課で渡された謎の卵。
(おっぱいを上に乗せると、楽になるんですねぇ…………はっ!? もしかして、ぶらじゃあというのはその為のっ!? 人間は便利な道具を作るんですね――――じゃ、ないっ、ですっ!)
ぶんぶんと首を横に振って、ディアは鼻息混じりで手を動かす修の背を注視。
些細な違和感は昨日の、異世界課で呪剣騒動の後の帰り道。
(いつもなら、近づいたり手を繋いだりすると、何故か一瞬ビクッてなりますけど…………)
微笑んで手を握り、さり気なく道の内側に誘導され。
上手く言葉に出来ないが、これが所謂「紳士」なのでは? と。
(以前の勇者様の一人、女の方でしたが貴族の男性にそうされていた様な)
それだけでは無い。
寝るときには毎回、服を着るように諭されていたが、何も言わず微笑んだ上、同じように裸になり。
自らの腕を、枕として差し出したのだった。
(はぅ…………、ヒトの体温を直に感じて寝るのは、とても心地よかったです。今日もそうなると嬉しいのですが)
傷だらけの厚い胸板の感触と、心臓の鼓動を反芻している場合ではない。
それまでは顔を真っ赤にして、無理矢理に寝間着を着せられて、一緒に寝るのも体を強ばらせていたというのに。
(まだまだ人間の事については勉強が必要ですが、間違いありませんっ! 絶対、絶対変ですっ!)
今日だってそうだ。
朝からずっと、ディアはショーツと言うらしい下履きに、大きめのTシャツ姿なのだが。
普段なら顔を首筋まで真っ赤にして、ズボンやスカートを履かせられるのだが。
やはりにっこり笑って、お腹を冷やさない様に、と。
(妻とは夫を助けるものと聞きました、何より私は勇者様の神剣っ! オサム様がもし不調ならば、それを解決しなければなりませんっ!)
そうとなれば、いざ行動。
過去の勇者の誰かも言っていたではないか、兵は拙速を尊ぶと!
(今の私に出来るのは、――――何でしょうか?)
剣であった頃は、女神の要請によって勇者に指示を送り、或いは勇者の求めに答えて戦闘の補佐を。
(もしかして私、自分で何かをした事が…………無いですかっ!?)
がびーん、とショックを受けるディア。
こういう時、ヒトはどういう行動を取ればいいのか。
彼の身体には表だった異変は見られない、気功がもう少し慣れていれば、それを使って探る事が出来たのかもしれないが。
(無い物ねだりはいけません。勇者様達だって、いつも万全の状態で戦っていた訳では無いのですからっ!)
自分で何をすれば良いのか解らないなら、先達の知識を、或いは他者から聞くしかない。
だが困ったことに、この世界の通信手段。
(すまほ、でしたっけ? 使い方が解りませんし…………)
かといって、修に直接聞くのは無しだ。
昼間に聞いてみた所、何もないと笑っていた。
(うーん、「伝心」からも、オサム様自身が本気で言ってるって。なら話を蒸し返しても同じでしょうから――――)
ならば指導の書だ。
ラクルー達から教えられた知識、保険体育の教科書なるもの、ファッション雑誌から探すべきなのではないだろうか。
そう思い、自室に取りに行こうとした瞬間であった。
「『――――普段と夫の行動が違う、そう思った妻は探偵に調査を依頼――――』」
「…………普段と、違う?」
付けっぱなしのテレビから聞こえて来た声に、浮かせかけた腰を再び下ろす。
――――最初の見た時は、小人族がぎゅうぎゅうに詰められて、過酷な労働を強いられているのかと勘違いしたが。
ともあれ、事態の打開の手がかりだと判断し、熱心に視聴する。
「『するとそこには! 別の女性との姿が。そう、夫は真っ昼間で仕事中にも関わらず、別の女性との逢瀬を楽しんでいたのだ。普段と違う行動も、その事実を隠す為で――――』」
「…………別の女性。いいえ、この一週間、ずっと一緒にいましたし。異世界課の人達以外には――――」
伴侶が居るのに、別の異性と逢瀬をするのを不貞というらしいのだが。
そも勇者に選ばれる人物は、個人差はあれど清廉な人格を備えている。
社会常識的に、非難される行為をする様には思えない。
だが、とディアは引っかかりを覚えた。
厳密に言えば自分は人間では無い故に、その社会的常識から外れるのでは、と。
(それは何故だか、少し、悲しい気がします――――)
胸の奥がきゅっ、と締め付けられる様な痛み。
怪我でも病気でもない、考えるのを止めたら治まったからだ。
無性に修の体温が恋しくなりながら、それが何かを自覚出来ずに、ディアは悶々としながら思考を続ける。
引っかかった事は、もう一つ。
昨日の呪いの剣の騒ぎの詳細を、ディアは知らないのだ。
駆けつけてみれば、事件は解決し和気藹々とした雰囲気。
件の呪いの剣も、その姿が見えない。
深刻そうな顔をした八代と、清々しそうな修が何か話し合っていたのが、強いて言えば印象的だったのだが。
「…………そういえば。嗚呼、そうですね。――――何度聞いても、教えてくれませんでしたっけ?」
ディアは本能的に悟った、何かがあったのだと。
修の態度を急変させる、大きな何かがあったのだと。
そうと気づけば、ディアの頭脳が高速で回転を始める。
戦意を携えた瞳で、スゥっと修の背を見つめ。
膝から卵を下ろし、立ち上がり。
長い脚――――、撫ぜたくなるむっちりとした太股と、きゅっとしまった足首を静かに動かして、彼の隣へ歩き出す。
(先ずはオサム様を安心させてから、話しを聞き出しましょう)
どうすれば安心するか、検討はついている。
ラクルー達が言っていたではないか、女の母性に男は安心する。
そして今のディアにある最大の母性とは――――即ち、胸、おっぱい、乳房。
女という性特有の機能は、子供の為だけにあると思っていたが、どうやら違うのだと知ったばかりだ。
――――なお、ラクルー達の雑談を聞いていただけで、特に教示があった訳では無いのだが。
「――――ふぅ、これで終わりだ。…………って、ディア、どうしたんだ?」
エプロンで手を拭く修に対して、ディアはTシャツをたくし上げて胸を晒し。
その豊かさを強調する様に、腕で押し上げて。
「大丈夫ですかオサム様? おっぱい揉みます?」
が、駄目。
目を丸くさせる事には成功したものの、今の修は性欲に繋がる股間が不能なのだ。
冷静に対処出来る。
「どこで覚えたんだそんなの。お腹冷えるからちゃんと着て、何か悩みでもあるのか?」
(うおおおおおおおおおおおおおおお、おっぱあああああああああああああいっ! 男の夢がっ! 俺のディアにこんな美味しけしからん事を教えたのはっ! 許さんありがとうございますっ!)
震える手と、ツンと来た鼻の奥を笑って誤魔化し。
修はバフ効果のかかった鋼の精神で、ディアのTシャツを下ろす。
思いっきり揉みたかったとか、顔をダイブさせたかったとか、幼児に戻ってバブバブしてしゃぶりつきたかったとか、微塵に思っていない!
まったくもって! 残念である筈がないのだ!
(あ、危ない…………剣の呪いが無ければ即死だった…………グッジョブ呪いの剣!)
融合状態にある呪いの剣としては、これで良かったのか首を傾げたが。
言ったところで、どうとなる訳じゃないので沈黙を守る。
「良いかい、女の子はね。恋人や夫婦の間柄以外では――――」
「あ、あう。ごめんなさい(な、何故お説教が始まったのでしょうか!?)」
こんこんと、女性の貞操や情報を鵜呑みにする危険性について説明を始める修。
それは、夕飯の買い出しに出る三十分後まで続いたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます