013話 めぐり逢い全裸空間



 その剣は、かつて希望だった。

 邪悪なる竜を倒し村を救う為に、そして何より――――女の子にモテる為に。


 たった一人の戦士の為に、たった鍛冶師が打った神代の剣に匹敵する銘も無き大業物。

 だが込められた願いはやがて、呪い変わった。

 村を救い、金を得て、名誉と共に立身出世し――――しかしてモテない。


 最初の持ち手が死に、剣は世界を流れて。

 無銘の剣が不運だったのは、最初の願いが「正確」に伝わってしまった事。


 幾人もの持ち手が、華々しい功績を上げ、しかして異性にモテない。

 そうする内に数百年が経ち、無銘の剣には嫉妬の感情が積み重なる。


 ――――幸せそうな恋人達に災いあれ。

 ――――幸せそうな夫婦達に災いあれ。

 ――――異性にモテる者に、災いあれ。


 だが、元々は正しき願いが込められた剣。

 その呪いは、殺傷するという形でなく、彼らを破局へと導くモノへ昇華し――――。

 とうとう剣の呪いによって、世界は滅亡の手前まで。

 最後には無銘の剣は封印され、次元の狭間に捨てられた。


 そして、流れ着いたのは現代の日本、手にしたのは研究員・カートマン次郎――――否、研究員C。

 最悪の組み合わせだった。

 金髪アフロデブ(三十歳童貞)のモテない人生と、神造級無銘剣が共鳴。

 今ここに、異世界の災厄が再び――――。


「――――リア充死すべしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 覚醒のエネルギーで扉を吹き飛ばしたCは、目を充血させて、近くでよろめいていた研究員に近づく。


「今のは君…………っ!? や、止めるんだカートマン! ――――ぐぁああああああああああああ」


「お前が悪いんだ、先月結婚なんてするからっ!」


 ざしゅ、とCは剣を袈裟懸けに振るい、しかし切られた相手には傷一つない。

 だが――――。


「――――っ? 痛く、無い? 確かにその剣で…………っ!? うああああああああああああああああああああああっ!!」


 その瞬間、新婚研究員は理解した。



「僕の、僕の股間のロングソードがエレクチオンしなくなったあああああああああああああああああああああああああああ!?」



 新婚研究員かけられた呪いが、本能へと告げる。

 愛しい者に興奮しようとした時。

 愛しい者の姿を見た時、触った時、声を聞いた時。

 脳裏に、この世で一番醜いと思える同性のヌードを強制想像させる、と。


 そう、これこそがとある異世界を滅ぼしかけた呪い。

 自らの「不能」と引き替えに、人の営みを破壊する。

 カップル撲滅の呪いなのだ――――!


「――――新婚、憎むべし」


 がっくりと膝をついた彼を置いて、研究員Cは進む、新たな獲物を探して。


「くそっ、呪いにっ!? だから言っただろうっ! せめて素人童貞になっておけとっ! ふぎゃあああああああああああっ!」


「――――同棲三ヶ月目、滅ぶべし。あと、童貞は恋人に捧げたい派なんだ」


 ジリリリとけたたましく警報が鳴る中、Cは逃げ遅れた同僚達を、次々と切り捨てていく。


「呪いの解除に失敗たのかっ! くそっ、オレは違うだろうっ! 正気に戻ってくれっ!」


 独身非童貞現在恋人無しの研究員は、壁に追いつめられながら叫ぶ。

 だが、Cは悲しそうに首を横に振って。


「ああ、俺は知ってる、キミに恋人はいない、――――だが、可愛い系の幼馴染みがいるだろうっ!? こないだ街で一緒にランチしているのを見たぞっ!」


 それは正しく慟哭だった。

 異性に縁が無かったモノの、縁の繋ぎ方さえ分からなかった不器用な男の。


「お前、血の涙を…………くぅ、分かる、わかってしまう、お前の嘆きがっ! いいさ、それで気が済むなら」


 幼馴染みがいる研究員は、観念した。

 同情もした、哀れみもあった。

 だが何より、――――親友、だからだ。

 彼は目を瞑り、その時を待つ、


(独りぼっちは寂しいもんな、ああいいさ、俺も一緒にインポテンツに落ちて――――?)


「――――させないっ!」


 ガキィンという音と共に、少年の声。

 恐る恐る目を開いた彼が見たのは、自分より少し背が小さい、高校生程の少年。

 即ち――――勇者・久瀬修。


「ここは俺に任せてっ、早く逃げてくださいっ!」


「――――解ったっ! 直ぐに応援を呼んでくるっ!」


 修は彼が走り去ったのを感じ取ると、剣を掴んでいた手を離し、距離をとる。


(予想通りだっ、気功はこっちでも通用するっ!)


 対して研究員Cは、修を嘗め回す様に観察した後、再び剣を構えた。


「…………キミからリア充の匂いがする、だが、何故だ? 同類の気配もする? ――――問おう、近くに女の子は居るか?」


 少し曖昧な質問だった、だが修の「伝心」は意図する事を正確に把握し。

 それが故に、勇者として明確に答える。


「――――。一人、褐色巨乳銀髪美少女が居る」


「ならば(股間の機能的な意味で)死ねええええええええええええええええええええっ!」


「誰か好き好んでえええええええええっ!」


 気功で強化された拳と、無銘の剣がぶつかり合う。

 一合、二合、三合。

 世界を滅ぼしかけた呪いの剣であっても、使い手が素人なら、修の敵では無い。

 勇者として研ぎ澄ました「伝心」による先読みの効果もあって、研究員Cが幾ら振るおうとも傷一つ負わせる事が出来ない。


「――――そうか、切った事がトリガーとなって、呪いが発動するタイプだな。使い手は強化されているし、一度名のある剣士に渡って、それで世界を滅ぼしかけたって訳か」


 剣と拳がぶつかり合う度に、剣の過去が伝わる。

 異性への未練、無念、嫉妬、羨望、憎悪。


「何故、キミは過去を読めるのかい? いいや、同胞よ、何故その力を以てしても童貞なのか? 非童貞どもは憎くはないのか? 我が軍門に下るといい強き少年よ。共にバカップル達に天誅を――――」


 右薙ぎを弾き、袈裟懸けを避け、突きを叩き落とし、そして、研究員Cの動きを完全に把握する。

 同時に、その呪われし剣の辿った過去をも。


「――――嫌だ、ねっ!」


 動きは素人、所詮は付け焼き刃。

 剣を叩き壊す事は不可能だが、相手を無力化する事は容易い。


(けど、それじゃあ駄目だ)


 強制的に剣を取り上げて、目の前の男の精神にどんな影響があるか解らない。

 修が解るのは心と体の動きのみ。

 ならば――――。


「悪いが、すこし付き合ってもらうぞ――――っ!」


「な、何だと――――!?」


「遅くなったっ! 無事か新入り――――ってぇ、これはいったいっ!?」


 応援がやってきた瞬間、その者達をも巻き込んで最大レベルで発動した「伝心」が、皆の心を露わに。


「これが勇者として唯一の力――――『伝心』 この世界では、全てから解放されて心のみが映し出される…………」


 物質的な、或いは魔法的な何もかもを無視して、光溢れる空間に、裸で居るような感覚。

 認識する視界情報もそうだ、その階に居る全ての者が、その全裸の心のみで相対する。


「これが勇者の…………、あれ? 剣が無い!?」


「我は此処だ」


 全裸のCがキョロキョロと見渡せば、同じく全裸の修との中間点に件の剣が。


「剣が、喋った?」


「我には薄いが自我が芽生えていた、しかし話せる様には…………」


「この空間は、心と心を繋げるんだ。そこに種族の差とか有機物だとか無機物だとか、そんなのは関係ないよ」


 修の声が全員に響く、彼の言葉が本当である証拠は何一つないが、その全員が真であると判断した。

 頭で上手く理解出来ない者でも、理解していたのだ。

 ここは、嘘や虚飾が何一つ無い空間なのだと。


「それで、この世界の勇者よ。こんな場所を作りだし何の用なのだ。我は世の恋人達を全て破局させなければならないのだ」


「それが、君に込められた願いに反するとしても?」


「我に込められた願い? そんなもの――――」


「――――違うだろう? 誰かの幸せの為に作られた剣よ」


 その言葉に、剣の記憶が吹き荒れた。

 命を救うために、幸せを破壊させない為に、打たれた剣。

 担い手の誰もが、異性の恋人を求めていた。

 だが――――、その誰もが、最初は誰かの幸せを願って剣を振るっていたのではないか?


「我は、我は…………」


「うん、解ってる。それでも、止まらないんだろう? 染み着いた記憶が叫ぶんだろう? 愛する者の隣に立てないのならば、って」


 優しく出された言葉は、剣のみならず、人間にも響く。

 誰もが、愛する者が欲しいのだ。

 誰もが、愛する者の幸せを守りたいのだ。

 誰もが、愛する者と一緒に居れないのは悲しいのだ。


 ――――そして同時に、剣が自分の力で止まれない事も、全員が理解した。

 それ故に誰かが叫ぶ。


「ならさっ! どうすれば良いんだっ!」


「そうだっ! 俺はこの剣を助けたいっ! でも、俺にはそんな力が無いっ!」


「だからって、放っておけば被害が増えて、あの異世界の様に滅びへの道へ…………今度は本当に滅びるかもしれないっ!」


 どうすればいい、何が出来る。

 同情と共感と、悲しみと願いと。

 様々な感情が渦巻く中、修は剣に手を差し出す。



「願いの剣よ。――――俺と共に来い。いつか絶対、正しい道に戻してやる」



 剣は困惑した様に震え、修に剣先を向けた。


「戯れ言を…………」


「そうじゃないって、理解してるだろう? お前の無念と願い、呪いも全部。全てを俺が持って行くさ」



 微笑む修に、誰もが本気を悟った。

 そして同時に、とある懸念を叫ぶ。


「久瀬君、そんな事をしたら君の股間のグレートソードが役に立たなくなるんだぞっ!」


「やめろっ! どっか異世界の魔王だって匙を投げたんだ。いくら君が勇者であっても――――」


 それらの声に、修は振り返らず答える。



「世界一つ救ってきたんだ。もう一回ぐらい、世界の危機も救ってみせるさ。それに――――EDになれば、ディアを性欲に流されて汚さずに済むだろう?」



「おお…………おお……っ、これが勇者の精神というものかっ! これが、これが…………っ!」 


 剣の叫びは、他の全員と奇しくも同じモノだった。

 異世界を平和に導いた、強固な意志。

 傷つき倒れ、悩んで立ち止まっても、最後には勝利を得てきた男の精神。

 この男に任せておけば、誰の心もそう確信し――――嘆いた。


「褐色巨乳美少女に全裸で迫られて、襲わなかったのか…………」


「銀髪人外美少女が隣に寝て、何もせず………………ううっ、自分色に染め上げるチャンスだってのに、コイツは…………ああ、コイツは勇者だ。誰がなんと言おうと、勇者だよ」


 損なまでに誠実な倫理観、異性に対する真摯で紳士な態度に。

 同じ年頃ならば、否、元の年齢であっても、誰が同じように行動出来ようか。

 何故ならば――――モテない童貞なのだ。


「…………勇者よ、最初の担い手に、我が創造主に似た非モテ男よ。貴様ならば信じられる――――」


「――――ありがとう」


 そして全裸空間は薄れ、現実に戻る。

 正気に戻った研究員Cは、恭しく剣を修に差し出した。

 もはや言葉はいらない。

 周囲の人物が涙ながらに見守る中、修は剣を受け取り――――。


「――――嗚呼、なんて清々しい気分だ。余計な邪念から解放された気がする」


「うおおおおおおおおおおおおおおっ! 勇者久瀬修ばんざああああああああいっ!」


「万歳」「バンザーイ」「バンジャアアアアアイっ!」


 真の勇者の姿が、そこには在った。

 なお、上の階で装備を着込んでいた八代と、騒ぎを聞きつけたディアが、現場に到着した時には修の胴上げが始まっており。

 二人して首を傾げたのは言うまでもない。

 そして誰もが気づかなかった、獅子に渡された謎の卵が淡く光っていた事を――――。


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