012話 久瀬修は勇者である(但し、童貞である事を保証するものである)



 がたんゴトン、がたんゴトンと電車に揺られ、修はディアと移動中。

 そう、今日は出入国管理局異世界課でのアルバイト初日である。


 電車の心地よい振動で、ウトウトしながら修の肩に頭を預けるディアにドキドキしながら。


(――――これは、全国の高校生男子が夢見るシチュエーション!? いや、駄目だ。違う事を考えないと、そのウチ興奮がヒートアップするっ!)


 そんな訳で修は、この一週間に思いを馳せる。

 そう、例えば今日の目的は人生初のバイト(向こうでは、勇者はある種の公務員扱いだった)

 だが十年もの間、勇者として様々な経験を積んだ身だ。

 新しいバイトに不安は無く、心配事は専ら私生活。


「う・・ん、ムニャムニャ……ぐゥ……」


(電車の振動と音は、母親の胎内音に似てるから眠くなる、ってどっか聞いたけ

ど、元が神剣にも適応されるのだろか?)


 褐色巨乳銀髪人外美少女の生態は、非常に色々と気になるが、ともかく。

 修が異世界セイレンディアーナから帰還して一週間。

 ――――即ち、ディアが日本に来てから一週間、という事だが。

 その間、修とディアが制定した家ルールといえば。


 ひとつ、家の中でみだりに裸体を晒さない。


 ふたつ、外出時は下着を履くべし、


 みっつ、添い寝を希望するならパジャマを着るべし。


 で、ある。

 なお三つ目の項目に関しては、当初は就寝時全般だったのだが、意外な程強くディアが全裸を主張した為、已む無く添い寝時のみに適応となったのであるが。


 ともあれ、修にとって最大の幸運かつ、とても意外な事柄だったのは――――。


(――――まさか、排泄の仕方だけは知識があるとは)


 思えば、歩き方、話し方等など、ある程度の基本動作は最初から可能だった。

 姿の時、長年見てきた成果か、或いは女神のお陰か。


(絶対、女神様の所為だっ…………! 何だよ、トイレットペーパーの存在しらないとか、トイレの流し方は解らないってっ!?)


 排泄そのものは可能だったのだが、マジ本当に、羞恥と性知識を事前にインプットしておいて欲しかった。

 同じ年頃の女の子の排泄シーンとか、修が勇者で無かったら、新たな性癖に目覚めている所だ。


「――――っと、そろそろ駅か。…………ディア、ディア、起きろ。もう直ぐ着くぞ」


「ふにゃァ……はゥ……わォん、すりすり、くんくん。どうしましたかオサム様?」


 寝惚け眼で、オサムの胸板に顔を擦り寄せ、匂いを嗅ぐディアに。

 修はムニュムニュと押し潰される大きなおっぱいの感触から、必死に目を逸らして、右手の中指スタンバイ。


「こぉーら、起きろっ!」


「ワフぅんンっ!? な、何が起きたんですかっ!?」


 みょにんっとおっぱいを揺らしながら跳ね起きて、キョロキョロするディアに。

 立ち上がった修は、右手を差し伸べる。


「お前が起きたんだよ。さ、駅に着くぞ」


「――――!? は、はいっ!」


 その花開く様な笑顔見惚れてしまったのを隠すように、修はディアの手を引いて足早に電車から降りた。



 


「では久瀬君、ディアさんはお借りするですよ」


「私たちも一緒に教えとくから、安心してね~~」


「宜しくお願いします、ええ、出来れば保健体育の辺りを重点的にっ! 主に羞恥心とかをっ!」


「シューチシンですか? 解りましたオサム様っ、勉強、頑張りますっ!」


(ピンポイントで伝わってないっ!? 女神特性の言語機能はどうなっているんだっ!?)


 大きく不安を感じたが、ともかくディアの一般教養は、ラクルーと女性職員達に任せる他は無い。

 修は八代に連れられて、待機がてら部署見学である。


「それにしても、特殊災害対策班、ですか?」


「そうそう、基本的に異能や魔法とか、世界間移動者の存在は、素質がある者以外、世界の修正力によって「自然現象」や「手品」等の仕業って「辻褄合わせ」にあうからね」


 八代に連れられて、一番上の解から順に案内を受ける。

 異世界課のトップは生憎と不在であり、部屋の前まで。

 総務や庶務、人事、各種許可手続き窓口等々、大凡は普通の役所の部署と変わらない。

 各部署のトップに挨拶しながら、二人の間で話題になるのは聞き慣れない単語――――「特殊災害」


「困ったことに、オカルト的な力の付与を受けた機材じゃないと、写真やビデオにも写らなくてね。…………まぁ、でも、古くは卑弥呼といった予言者なんか頂点に居るお国柄だ、平安時代には陰陽寮なんてものもあっただろう?」


「成る程、古くからある組織だって事ですね」


「そういう事だ。多くの人には認識すら出来ないけど、確かにそれは存在している。国としても上層部は知っている訳で、それなら何らかの対策をしなければならない」


 異世界課というのは、平成になってから設立された組織だそうだ。

 年号が変わった辺りを前後して、それまで妖怪や超能力や陰陽術などの存在に加え、ファンタジー小説やゲームマンガに語られる、異世界からの技術、転移者などが発生。


 これまでとは違った対処が求められ、結果、出入国管理局に出来たのが異世界課。

 それに伴いそれまで使われていた、霊障災害やら魔法災害などといった名称が「特殊災害」として一括りに。


「繰り返して悪いけど、久瀬君の様に異世界で勇者をやって帰還してきた人物は貴重でね。まだ学生という身分であっても、遊ばせている余裕は無いんだ」


「アルバイト、いえ臨時職員でしたっけ、そういう扱いは…………」


「うん。ま、大学卒業したら本格的に頼むよって事で。君には対策班のフォワードとして、活躍して貰う事になるが、こちらとしても使い潰す気は無い、切り札的存在って事で、いざって時は頼むよ勇者様」


 勇者と言う前歴を評価して貰っているのか、それとも女神から何か言われているのか。

 どうやら、このバイトの半分は優遇措置の様なモノらしいと、修は判断する。

 念の為に伝心を使ってみても、八代からは、申し訳なさ半分、期待半分。

 悪意がある様には、感じられなかった。


「後でさっき寄った備品管理課で、防護装備の為の採寸と、武器を選んでおいてくれ。――――っと、ついたな」


「異世界テクノロジー研究室…………へぇ、そういう事もしているんですね」


 二人が最後にやってきたのは地下、ともすれば地上施設より大きそうな場所だった。

 ガラス張りの実験室や、妙な気配が漏れ出る部屋など、バリエーション豊かな所である。


「ここはウチでも自慢の研究室だ、意外かと思うけど、アチラのテクノロジーはこっちの科学でも応用出来てね、まぁ全ては――――」


「――――そう! 全てはオレ達研究員の努力の賜物! 誉め称えてくれてもいいんだぞ、新入り勇クン!」


「久瀬君、コイツは――――」


 八代は苦笑しながら、会話に割って入った大柄な白衣の男を紹介しようとし、件の人物はそれをニヤリと笑って止める。


「――――ああ、自己紹介が遅れたな、オレの名は鷹鳩獅子! ライオンと漢字で書いて、レオと読む! 覚えておいてほしいっ!」


「どうも、宜しくお願いします鷹鳩さん。俺は久瀬修、既に聞いてるかもしれませんが、異世界で勇者をしてました」


「噂はかねがね、会えて嬉しいよ」


 突如現れ会話に入ってきた筋肉男、ライオンの鬣の様な髪が特徴的な、威圧感のある男は、スッと右手を差し出した。

 修は彼の風貌に、特に驚きもせず握手を交わす。

 異世界には巨人族等も居たのだ、それを思えば、人間の大男など可愛いものである。


「こいつ程、特徴的で暑苦しい奴はいないがな、ウチの研究員は変わり者ぞろいだ、済まないが慣れてくれよ」


「ええ、問題ありません」


 その後、獅子以外の人物に挨拶し、エレベーターの前まで戻ると、再び彼が立っていた。


「ああ、まだ居たか久瀬クン。君に、――――正確にはキミとディアさんに、研究室から依頼があったんだよ。すれ違いにならないで良かった」


「鷹鳩君? 僕はそんな事を聞いていないが?」


「申し訳在りません、後程、主任から話があるかと」


 それよりも、と獅子はずずいっと修に近づくと、手に持った風呂敷を渡す。

 その形はバレーボール程で、受け取ってみると、なにやらずっしり重くて仄かに暖かい。


「――――それ、例の正体不明の卵じゃないか? 彼らに任せるのかい?」


「ええ、そうです。試しに一週間程預かって貰って、様子を見てみようと」


「卵? これがですか?」


 言われてみれば、中に何か生命が居ると「伝心」が反応を示す。

 修の困惑顔に気づいたのか、八代が補足を入れた。


「どこかの世界、あるいは此方の世界の幻想種――――ああ、ドラゴンとか麒麟とか、そう言うのを指すんだ」


「オレ達が総出で調べても、何の卵か解らなくてね。勿論、普通の生物の卵で無い事は確かだ」


「それって…………危険なんじゃないんですか?」


「そこはそれ、キミの勇者という前歴を見込んで、って事だ。でも安心するといい、未来予測能力持ちの連中の言う事には、産まれてすぐ災厄を振りまく様な危険な生物じゃないらしい。第一、何しても孵化しなかったんだ」


「…………。万が一の事を考えて、もしもの時の破壊と、武装の許可を貰えたならば」


 修は少し考えた後、条件付きならばと首を縦に振った。

 本当に危険な生物かどうかは兎も角、「伝心」はコミュニケーション可能だと伝えている。

 勇者としての実力を過信する訳では無いが、元は神剣だったディアも居るのだ。

 そう悪い子とにはならないだろう。


「…………分かった。そっちの方の許可は私が出しておくよ。特別報酬もだそう、宜しく頼むよ久瀬君」


「はい、了解しまし――――」


 ――――ドカン。


 その瞬間であった。

 研究室の一つから、大きな音と共にドアが弾け飛ぶ。

 一瞬遅れて、ジリリリと警報が鳴り。



「バカップル死すべしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」



「待避っ! 待避いいいいいいいっ! 漂流物番号11072! カースドソードが研究員の体を乗っ取って暴走を始めたっ! 待避、待避いいいいいいいいい!」



 各部屋からワラワラと白衣の男が出てきて、エレベータや階段に殺到。


「――――っ! 八代さん、これお願いしますっ!」


 そんな状況の中、修は考えるより先に騒動の中心へ走り出した。

 何故と、行動の是非を問うまでも無い。

 彼は、久瀬修は、――――勇者なのだから!


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