011話 はぁ、荷物持ちした後、ハンバーガー屋入ってイチャコラしたいの巻



 せっかく街中にいるのだから、お洒落なカフェでも。

 とまあ、そんな殊勝な事が出来ていたのなら、修はもう少しモテていた筈だ。

 そんな訳で来たのはハンバーガーチェーン店、座ったのは窓際。


「――――!? これ、葡萄っぽい味と、何だかしゅわしゅわしますよオサム様!?」


 ディアは、しかも氷が入ってますっ、と、あちらの世界では聞いた事すら無い新触感に、目を白黒させながら甘さを楽しんでいる。


 そういえば、家にあるコーラはまだ飲ませてなかったか、と思いながら、修は解説した。


「葡萄味の炭酸ジュースだよ。あー、炭酸ってのは分かるか?」


「文脈から察するに、このしゅわしゅわするのですよねっ! 美味しいです…………!」


「そっか、よかったな」


 上機嫌で、紙コップ片手に窓の外を眺めるディアにならい、修もぼんやりと街行く人々を眺める。


(――――こ、これはっ!? あ、ああっ! そ、そういえば、あっちの世界にはゲームみたいにアイテムボックス無かったなぁ…………!)


 ごくごくと、嚥下の動きを見せる褐色の喉がなんと艶めかしくエロい事か。

 そしてワンピースの胸元からうっかり見えてしまった、小麦色の丘――――否、山の谷間とかブラチラとかで、頭が一杯おっぱいでは無い。

 勇者として、断じてないのだ!

 そんな邪念に溢れた勇者・久瀬修の思考とは違い、ディアは純粋な瞳で街行く人々を観察する。


(人々の生活、営みというのは、この世界でも変わらないんですねぇ…………)


 只の神剣で居た頃、その全ての時に意識があった訳ではない。

 だが時折、今の様に人々の光景を眺めていた時があった。


(あの時は今一つ理解していませんでしたが、この光景が平和というモノなのですね…………)


 最早、確認する事すら出来ないが、元居た世界もきっと。


(あの世界の人々は、この様に平和になっているのえしょう)


 その事について、何ら憂う事は無い。

 神剣としての使命、だったからだ。

 本音を言えば、使命を完遂出来なかったのは、残念であるのだけれど。


 ディアは、ずごごごとコップから異音がした事に首を傾げ、かぱっと蓋を取る。


(成る程、このストローというモノを使った場合、氷入りのを飲み終えた場合、この様な音がするのですねっ!)


 また一つ、知識を手に入れた。

 この世界で、勇者・久瀬修の隣で生きていく為の知識を、また一つ。

 でも、でも、でも。


(何故、女神様は私に言葉だけ与えて、知識や常識は…………)


 何の目的があって、何の意図があって。

 ヒトとして、日本という国で暮らしていくのに、必要不可欠な筈なのに。

 分からないのは、それだけではない。

 例えば、目の前を歩き行く男女。


(体の距離が近い、恐らく恋人、或いは夫婦というモノに違いありませんっ!)


 しかし、何故彼らは手を繋ぎ、腕を組み、笑顔を交わし。

 時には立ち止まり、口づけを交わす者達も。


(男女の関係は、元の所でも同じでした。――――けれど)


 その先が、思わず口に出た。


「そうする事に、何の意味があるのでしょうか?」


「…………ディア?」


「あ、いえ。あはは、何でもないんですオサム様――――」


「――――駄目だよ、誤魔化さないで」


 笑って誤魔化そうとしたディアの、その一瞬の陰りを修は見逃さなかった。

 本能が、そして「伝心」が告げる。

 彼女は今、――――悩んでいる。

 勇者として、そして修個人として、見過ごす事など出来やしない。


(――――っ! この感じ…………)


 ディアもまた、「伝心」が彼女と彼の心を繋げた事を察した。

 いや、それ以前に。

 修の射抜くような真っ直ぐな瞳、しかして優しさに溢れたそれを見て、気づかないフリなど。

 故に、ディアは率直に疑問を口にする。


「昔からずっと疑問だったのです。…………私には勇者様達を導く事以外に、知識や言葉を与えられていなかったから」


 彼女は透き通る様な碧の瞳を窓越しに、行き交う人々へ向ける。

 何を言おうとしているのか。

 修の「伝心」はイメージを送ってきたが、口を挟む事なくディアの言葉を待った。



「何故、恋人達や夫婦といった関係の人達は、体の一部を繋げるのでしょうか? 何故、口づけという粘膜接触を行うのでしょうか?」



 出された疑問を、何一つ動揺を見せずに修は聞く。



「勿論、それが好意や愛情の発露だと、理解はしているつもりです。でも――――」



 紡がれた苦悩と、躊躇いによって閉ざされた台詞。

 修はそれを引き継いだ。


「――――好意や愛情が何故、そんな行動を起こすのかが解らない、そんな所かな?」


「はい、私は剣でした。世界の為に選ばれし者を導く剣。今の様にヒトの形をとった事も、自由に誰かとお喋りする事もありませんでした。私に出来たのは、ただ――――女神様との言葉の遣り取りの橋渡し」


「だから、知りたい?」


 やはり、ディアは窓の外を向いたまま頷いた。


「私に与えられた新たな役目は、ヒトとしてオサム様に寄り添い、伴侶となって子供を生み育てる事」


 ディアは、ぽつりぽつりと語る。

 この体になって、過去の勇者と仲間達が、楽しそうに食事をしているかは理解しつつある。

 夜になり、一人きりが落ち着かなくて修と同衾した時、誰かの体温の心地よさを知った。

 ――――だけど、とゆるゆると首を横に振り。


「一番肝心な所が解らないんです。何故女神様は、私に知識をお与えにならなかったのでしょうか? 役目を果たす為ならば、それが必要だと言うのに」


 修は少し考え込んだ後、おもむろに口を開いた。


「きっとさ、女神様はディアに、自分で見つけだして欲しいと思ったんじゃないかな?」


「…………私に、ですか?」


 軽い動揺に長い睫を揺らして、ディアは修を見た。

 その回答は、与えられるだけだった彼女にとって、予想だにしない答えだったからだ。


「君は今、ヒトなんだ。人間になってしまったんだ。こっちの世界もあっちの世界も、人間はね、少しづつ色んな事を学んでいって成長し、大人になるんだ。恋愛や夫婦の形だって、その一つ。…………俺だって、恋人とか夫婦とか、学んでいってる途中なんだよ」


 想ったから、望んだからと、相手が出来るのかと言えば、実際はそう簡単な話では無いが故に、修は現在進行形で非モテ童貞なのだが。

 ともあれ、修の言葉に嘘は無い。


「…………オサム様も?」


「残念ながら、今までそういった相手は居なかったから。――――でも、今は君が。ディアが居る」


 一緒に学んでいこう、と修は笑った。

 彼個人的としては切実に、性教育が急務であると考えてはいるが。

 そんな余計な事まで「伝心」は伝え、ディアとしては内心首を傾げたのだが。

 今はそれより、もっと知りたい事がある。


「成る程、こういった事を一緒に学んでいくのが、伴侶として、将来の親としての準備のようなものなのですね。…………ではオサム様。一つお聞きしたい事があります」


「俺にとっての『好き』や『愛』について、だな?」


「はい、お願いします。――――知りたいんです、貴男の事を」


 真正面から出された言葉に、修は頬を少し赤くしながら答える。


「…………側に居たい。触れてみたい。仲良くしたい。その人の為に何かしたい。そんな気持ちの先に、恋とか愛が、恋人と夫婦があるんじゃないかって。俺はそう想うんだ」


 その言葉に、修は自問自答した。

 自分はディアの事を、出会って数日しか経っていないこの美少女の事を、どう想っているのだろうか?


(友達…………じゃないな、けど恋人でもない。だって俺も、ディアの事、何にも知らないんだし)


 女神から宜しくと、結婚して子供を作れと言われた。

 とは言え、いきなり夫婦になった訳でもない。

 だから。きっと――――。


(同居相手、新しい家族、今は多分そんな所かな?)


 そんな答えを修が出している横で、ディアもまた考え込んでいた。

 彼が言った言葉は、全てディアの中にある様に思えた。

 だが、その先に繋がる「何か」があるかと問えば、違うと断言できる。

 全ては好奇心や、必要にかられて、神剣として役に立てなかった負い目、それらに起因している事くらい、自覚しているのだ。


(好きや愛って、どんな感じで産まれるんでしょうか?)


 ディアは、思わず手を伸ばした。

 その先、修の手を目指して。

 彼が言ったのだ、この触れ合う手の先にあると。

 今すぐには理解出来なくとも、きっかけは掴めるかもしれない。


「ふぇおぅっふぅ!? でぃ、ディアさん?」


「少しの間だけ、こうしててもいいですか? ――――ふぅん、私の手を違ってゴツゴツしてるんですねぇ…………」


 修の右手を、ディアは両手で包んで、マジマジと観察。

 爪の形、関節の形、指の長さ、指の可動に併せて浮く甲の筋、剣を握るためについた堅い皮膚と、強い筋肉。

 撫でて、擦って、頬ずりしてみて、よく分からない。


(けれど、何だか…………これが好ましい、という感情なのでしょうか?)


 ふんふんと匂いを嗅いでみて、音を除いた感覚の最後の一つを試してみる。


「…………味ってあるんでしょうか? っん、はァ――――んンっ」


「~~~~っ!? ででででで、でぃあ、さん?」


 脳に直撃した身を捩りたくなる快楽に、背筋をぞくぞくさせる快楽に、修は驚きの声を必死に堪える。


(い、今は人前っ!? 人前だからっ!? ~~~~~~~~ぁっ!?)


 指先や指の股を、舌が這い回る。

 淫らな気持ちは何一つ彼女には無いというのに、余りに淫靡すぎる光景。

 彼女の舌が去った後には、テラテラと唾液に塗れた指が。

 こんにゃろめ、ラブホ連れ込んでやろうか、というドス黒い男の欲望を、歯を食いしばって耐えて、修はディアを必死に諭す。

 このままでは、青少年の健全な何かとか、公序良俗のアレやソレとか、主に周囲の客と店員の目とかが怖い!


「あー、あふぅんっ。――――ごほん。ディアさんや? 君が何を目的としてこんな行為をしているか理解しているつもりだが、あンふゥん!? そ、その何だ? 俺の言葉を鵜呑みにしなくていいしっ、あ、焦って行動を起こさなくてもいいんだぞぅ?」


「…………んン。はァ、いきなりご迷惑でしたか?」


 言葉を聞き入れたディアは、唾液で糸をつくりながら顔をようやっと離した。

 何となくだが、彼女としては、まだ触れていたい欲求にかられる。

 だから――――。


「――――では、もう少しだけ。こうして…………」


「…………ああ、うん、もう好きにして?」


 ディアは修の手を自らの頬にあて、ゆっくりと目を閉じてその温もりを堪能する。

 結局の所、彼女が修の手を解放したのは、それから三十分後。

 それらを目撃した恋人達は、負けじとイチャイチャし始め。

 独り身の者は、恋人を作ろうと固く決心し。

 一部の邪な者からは、パネェっ! アイツこそが(ある意味)キングだっ! と尊敬の念を惜しみなく送った。

 魔王を倒す鍵にまで進化した修の「伝心」の余波は、彼らに、異性と真摯に向き合うという気持ちを伝えたからだ。


 そして帰る時になると、何故か拍手で見送られるという珍事態が起こり、その後、その店は恋人達のパワースポットとして有名になるのは、まったくの余談である。





 同時刻、同店舗、修とディアの遣り取りを見ていた者の中に、とある人物達がいた。

 その人物とは即ち――――金髪ツインテールの少女。

 実は彼女は、二人が駅に到着してからずっと、監視をしていたのだ。

 二人が去った後。彼女は一緒に居た配下、総勢一名に向かって言い放つ。


「――――見たか?」


「はい我ら一同(総勢一名)、しかと、見て聞いておりました『魔王様』」


 魔王様と呼ばれた少女は、綺麗な顔を憤怒に染めて。


「――――赦して、なるものか!」


「はい、赦せません魔王様っ!」


「あんな人前でイチャイチャラブラブ、到底赦せることでは、断じて、ええ、決して、赦してはならないっ!」


 白い目で見られているのに気づかず、金髪少女達の集団は盛り上がる。


「我が親愛なる配下達よっ! 我らバカップル嫉妬団の崇高なる使命は解っているなっ!」


「はいっ! 人前でイチャイチャしやがって、羨ましいんじゃ死に晒せっ! ですっ!」


「ならば宜しい――――、これより我らは聖戦に入る。…………着いてきてくれるな?」


「この命尽きようとも、最後までお供しますっ!」


「ありがとうっ! ありがとうっ!」


 金髪少女と下僕は、なんだ新手のバカップルかと周囲に誤解されながら、去っていった修達に向けて、勇ましく拳を振り上げた。

 ――――筋肉系天才研究員・獅子からの刺客がたった今、動きだそうとしていたのだった!


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