010話 彼女と一緒に下着売り場とか……ああ、そんなイベントなんて現実にあるわけ無いだろう? そうだと言ってくれ……の巻
いったい何であろうか、この覚えのある様な視線は。
修は居心地の悪さを感じながら、色とりどりの下着の前で睨めっこをするディアの横で、視線のやり場も無く立ちつくしていた。
そう、昨日の予定通りにディアの生活必需品を買いに来ているのである。
(朝は大変だったなぁ…………)
寝相とはいったい何か、息苦しさで目を覚ませば。
添い寝していた筈のディアはいつの間にか逆さまで、臀部――――うつ伏せなので股間を押しつけるような体勢で。
思わず手を合わせ、観音様南無阿弥陀物と拝んでしまった上、男性限定朝の生理現象が彼女の口元にあり、天国と地獄を垣間見る五秒前だったり。
(イカ臭いとか言われたら、死んでしまう所だったぜ…………)
寝ぼけ眼と裸ワイシャツ姿のディアに朝ご飯を食べさせ、姉の着替えを渡した後は久しぶりの洗濯。
――――着替えの手伝いが、ほぼ要らなくなったのは大変喜ばしい事であるが。
ちゃんと着れているか、スカートやブラウスをめくり上げて確認を求めるのは止めて欲しい。
(神剣って、サキュバスの隠喩じゃないよね?)
ともあれ、無自覚エロ攻撃のあまり母性に目覚めかけながらも、漸く町中へ買い物に出発。
目的地は渡されたメモに記されていた、最寄りの大きな駅ビル。
――――最寄りと言っても、バスに揺られて三十分はかかったが、修の移動手段は長いこと徒歩か馬。
自分で何かをしなくていいのは、とても素晴らしい。
(久しぶりで珍しくて、一緒になってはしゃいじゃったけど、バスの皆さんに迷惑じゃなかっただろうか?)
その心配は杞憂だった。
日本は初めてで風景を楽しむ外国人と、一緒になって楽しんであげる彼氏――――という外面に加え。
ディアの無邪気さと、漏れ出る神剣の聖なる気配。
そして、修のアルカイックスマイルにより、同乗者は所謂一つの「尊み」しか感じていなかったからだ。
こんな感じのささやかな紆余曲折の後、駅ビルで買い物を始めた訳だったが。
勇者という肉体労働者だった故に、荷物の殆どを苦も無く持てるのは嬉しい誤算だった。
中でも一番驚いたのは――――。
(――――マネキン指さして、この服一式くださいが使えるとは…………恐るべしディアっ!)
持てる者の特権、すらりとした長い手足と括れた腰により、店内ポスターに写るモデルより着こなしていたのは流石と言うべきか。
もっとも、胸のサイズにより、諦めなければいけないモノが多数出たのは、嘆くべきなのだろうか。
(店員さん、最初は羨望と苦笑混じりだったのに、最後にはプロフェッショナルの顔だったな…………いったい何があったのか?)
然もあらん。
修は勇者としての十年で様々な耐性が付いているが、そもディアは神造物――――否、女神に等しい。
古代より人間は、神という存在から様々なインスピレーションを得てきた。
即ち。二人を接客したアルバイト店員は、その一時で天啓を受け取り進化を果たし。
――――その後、接客業の現人神とまで呼ばれる事となるのだが、それは全くの余談である。
類い希なる美貌と神聖なる気配、勇者としての貫禄で、関わる人間に様々な変化をもたらしている事を知らず。
数々の荷物を持ち背負い、まるで美人に貢ぐ哀れな童貞男の様な光景(と思ってるのは修だけ)を繰り広げ。
そして今――――件の下着売場、もとい高級ランジェリーショップに。
(いや、ホント。何だろうこの既視感…………ああ、そうかっ!)
この居心地の悪さ、突き刺さる様な視線には、過去に経験がある。
あれはそう――――、勇者になって多少名が売れ始めた頃だ。
赴いた町で、注目されるのは実力も顔も良い仲間達。
修が勇者だと判明した時の、あ~、うん、そっかぁ、みたいな失望と、何でお前が勇者なの? という視線は忘れられない。
(ディアは可愛くてエロくて美しいからなぁ、何であんな美少女に平凡そうな男が、もしかして騙してるとか脅迫――――なんて感じかな?)
さり気なく観察してみれば、ディアには好意的な視線が多く。
修には特に一名、何故か少し遠くの柱の陰から顔をだしている、金髪ツインテール少女の視線が強烈で痛い。
その少女に既視感を覚えながら、さりとて思い出せず。
すわ、学校関係の人か、しかしクラスメイトには居なかった筈と、朧気な記憶を辿る。
「ね、ね、オサム様? どの様なモノが良いのでしょう? こればっかりはキチン相談して決めた方が良いって…………」
「うん? ああ、それ。うーん、そうだなぁ…………。一言で言えば――――防御力低そうだよね、それ」
「やっぱりっ! オサム様もそうお思いですか! 今まで買ったのも、ちょっと頼りなくて」
我が意を得たりと言わんばかりに、ふんすっ、と拳を握りしめ、穴が開く程見つめる下着は。
文字通り、多くの穴とスケスケの部分が多く。華やかな意匠とお値段の癖に何故、と首を傾げてしまう。
(――――おかしい、ディアが手に持っているだけで、エロくは感じるが。普通に並んでいるのに関しては、何でこんなに頼りなく感じるんだ?)
答えは、先ほど自身で述べた「防御力」
そう…………生き抜く上で大切な「防御力」である。
長い戦いの中、修の中にある羞恥や美醜のランクに大きな変化が生じていたのだ!
然もあらん、仲間には見目麗しい女性も数多く、スカートで戦う者や。
そもそも、ビキニの様な鎧、全身タイツと言っても過言では無い姿で戦う者等々、枚挙に暇がない。
麗しい美貌の者が水浴びをすれば、眉一つ動かさず見張りや側で釣りをし(覗きをするのは件の老師のみ)
夏の季節になると、スカートを掴みパタパタと仰ぐ者や、戦闘で鎧や衣服が破れ色んな所が露出するハプニングも多数。
悲しいかな慣れてしまった故に、下着そのものには劣情を覚える事は無く、現代日本のそれに至っては――――。
(――――こんな装備で大丈夫か?)
という感覚が拭えない。
仕方ないだろう、あちらの世界から帰還して数日。
十年かけて培った常在戦場の心構えは、おいそれと抜ける訳ではないのだ。
ともあれ、うんうんと唸る二人をこっそり見つめる者が二人――――では無く一人。
この店の店長・藻部美衣子、否、B子である。
(私の目は誤魔化せないわっ! あの子――――何も付けていないっ!)
この店に来たという事は、下着を買いに来たのだろう。
そして、何も付けていないと言う事は、合う下着が手元に一つも無い、と見るべきだろう。
(隣に居る平凡そうな男の子がカレシ君って感じかしら?)
一瞬、不釣り合いでは? と頭に過ぎったが、それは店員としてあるまじき邪推。
関係が何であれ、B子はベテランランジェリーショップ店員としての職務を果たさなければならない。
そう、プライドを以て接客しようと一歩踏み出した時であった。
「その、オサム様? やはり私は。ええっと、のーぱんのーぶら? というのが男の人のロマン? とお聞きしましたので…………」
――――その時、B子に電流が走った。
幸か不幸か、二人の会話はB子以外には聞こえていないだろう。
しかし、それが問題なのではない。
(まさかっ! この男っ! こんな綺麗で可愛い彼女に羞恥プレイを強要しているとっ!? い、いえ落ち着くのよB子、お客様の事情には立ちいらない。そして。そうと決まった訳では…………)
ベテランの経験と知識が告げる、あの褐色美少女に合うサイズは、ここいらではこの店だけだろう。
そうでなければ、大都会に出るか、通販しかない。
是非、彼女の為にも、ここで商品をお勧めしなければならない。
――――決意の表情で踏み出した矢先、新たな会話が。
「取りあえず俺が選ぶから、それを試着してから考えてみようか?」
「オサム様が? 解りました。けど…………それ、ですか?」
B子は見た、カレシ君が照れて適当に手を取った様に見えたそれは――――オープンタイプの赤いレースの一揃え。
(カレシ君っ!? それは過激すぎないっ!? いや、まさか照れたふりして? ――――な、なんという鬼畜カレシ君!?)
本当に修は、サイズ表記のみを見て禄に確認せずに手に取っただけなのだが。
ともあれB子には、こう写った。
これ幸いと、清純そうで、性知識に疎そうな彼女を騙し、夜のアレやコレが捗りそうなものを着せようとしているのではないだろうか、と!
B子は決意した、無垢な美少女を救う――――事は出来なくとも、少なくともマシな方向に誘導してみせる。
己ならば、出来るはずだと――――。
「――――お客様? 宜しければ私が見立てて」
「ああ、丁度良かった。俺にはよく解らなくて、お願いします。予算は気にしないでいいので、八着程を」
「でも、オサム様…………。いえ、解りました、宜しくお願い致しますっ!」
「ええ、任せて頂戴! 貴女にぴったり合うモノを選んでみせるわっ!」
先ずは、正確なスリーサイズ。
聞けば計った事が無いと言うので、試着室へ。
鬼畜カレシ君(仮)を外に、B子は試着室で美少女と二人っきりになる。
――――何だろうか、この完璧なスタイルは。
「すっごい…………ごくり。だからカレシ君は…………」
「カレシ君? オサム様の事ですか?」
「あら、ごめんなさい。一緒に居る男の子はボーイフレンド?」
「いえ、夫(になる予定の人)ですっ!」
「お、夫!? え、歳幾つなの? 親御さんはこの事を――――?」
「はい、母の命により。…………でも、駄目ですね。私、結婚が何かも、妻が何かも、下着一つ選ぶ事が出来ずに…………」
明るい顔をしたと思えば、急に暗い顔を。
そこに、複雑な事情を感じ取ったB子は慌てて話題を変える。
「お客様はとてもスタイルがよろしくて、モデルかなにかを? 下着には苦労しているでしょう。でも当店はどんなサイズ、柄、沢山仕入れておりますわ」
「そ、その…………男の人の、オサム様が喜んでくれそうなモノを、お願いできますか…………?」
涙した。B子は心で涙した。
恐らく彼女は、金で売られて、日本の金持ちのボンボン(修)と、意に添わぬ結婚をする羽目になったのだろう。
そして健気にも、鬼畜ボンボンの趣味に合わせ、どんな恥辱にでも耐え、その寵愛を得んと努力しているのだ。
素材の良さで誤魔化してはいるが、サイズもデザインも、微妙に似合っていない服も、鬼畜夫の趣味なのだろう。
(――――せめて、この少女の好みと鬼畜夫の好みを両立させてみせる)
褐色巨乳銀髪美少女に幸あれと、B子の奮闘した。
具体的には、四七分三二秒を費やし、見事、八着を選んでみせた。
そして会計を済ませ、少女が教えた通りに下着を付けている間、鬼畜夫と会話を試みる。
「その、つかぬ事をお聞きしますが…………どのようなご関係で?」
「今は、同居人って所ですかね? ホームステイって感じで。その手の知識がまだなんで、お手数をおかけしました。俺は男なので、よく解らなくて…………本当に、ありがとうございます」
おや? とB子は首を傾げた。
その物言い、その笑顔は、勝手に重いこんでいた鬼畜ボンボン馬鹿夫のそれでは無い。
むしろ――――。
「――――不躾な質問をお許しください。お客様は、ディアさんを大切に思っていますか?」
「はい。守るべき、大切な人です。いつかもっと色んな事を知って、広い世界が見えた時、彼女がそこで自分の幸せを見つけられたら、そう思っています」
それは、ゲス男の笑顔のそれでは無かった。
それは確かに、誠実な男の、まるでファンタジーに出てくる勇者の笑顔と決意だった。
(私は、間違っていた――――)
この少年は、少女の為に心を尽くしていたのだ。
きっと、最初の鬼畜ムーブも、家の監視などを誤魔化す為だったのだろう。
現に、二人を鋭い視線で、柱の陰から監視している金髪ツインテールの女の子が一人。
きっと、監視を任された関係者なのだろう。
「お客様なら、それを出来ますわ」
そう言って微笑むB子に、少年は律儀にも首を傾げて理解できないふりをした。
やがて少女が出てきて、幼き夫婦がそろう。
「これは、私の名刺です。下着の事しか解らないけれど、何か困ったら何時でも相談してくださいね」
「――――はい、ありがとうございます」
「ありがとうございましたB子さんっ! また機会がありましたら買いにきますねっ!」
仲良く手を繋ぎ去っていく二人に、B子はにこやかに手をふる。
二人の行く末に幸あれと、その背中が見えなくなるまで手を振っていた。
(頑張れ、少年少女。家になんて縛られずに、幸せに――――)
次に合う時には、あの過酷な状況の中、しっかり前を向いて歩く二人に負けないように。
「私も、もっと腕を磨かなくちゃねっ!」
やるぞーっ! とB子は腕まくりをして笑い、仕事に戻っていった。
なお、妙な誤解を露ほどにも知らない修とディアは、帰る前に一休み、とカフェに向かったのだった。
――――なお、帰って中身を確認してみれば、サービスで入れられた一着、ウェディング風ドエロ下着に一悶着あるのは、また別の話である。
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