009話 裸のお付き合いをしたい人生だった……



 ――――奇跡を見た。

 ――――奇跡を見た。

 ――――とても美しく尊い奇跡を、見た。


 健全な男なら、一度は生で見てみたいという光景が。

 それも、見目麗しい、体つきが素晴らしい少女が為す光景が。


 湯船に溢れんばかりの母性、――――小麦色のでっかいおっぱいがお湯に浮いているという、奇跡の光景が今、修の目の前に存在していた――――。


「わわわっ!? 女性の乳房って水に浮くんですねオサム様っ! へぇ~~、いったいどんな原理で」


「~~~~っ!? …………っ!? ぐっ――――すぅ、はぁ…………ディア、気持ちは解るけど、その、なんだ? タプタプふにふにするのも程々にな?」


 男の象徴がスタンダップビクトリー! するのを驚異的な精神力で堪えながら、修はかけ湯をしながら過去を回想する。

 ――――もっとも、短い回想ではあったが。


(あれは確か、数分前の事だったか…………)

 

 ウキウキで服を脱ぎ、全裸で丁寧に畳む後ろ姿に鼻血を必死に堪えつつ、綺麗な背中と鷲掴みした尻肉って素晴らしくない? という煩悩を振り払って、浴室の中へ。


 かけ湯を促すと、浅黒い肌にお湯が流れ、同時に銀髪が濡れて、美しい凹凸を強調する様にへばりつく。

 更には残った水滴が首筋から滑り落ち、風呂桶を持っているせいで、両腕に挟まれ淫猥に押し歪んだ巨乳――――その胸元に吸い込まれ潰れる様まで。


 自らが促した結果とはいえ、一から十まで一瞬たりとも目を離さずに脳裏に焼き付けてしまい。

 このままでは不味いと、先に浴槽に入る様に言えば結果が、奇跡の光景だ。


(だからさぁ、抱けないっつーのっ! そりゃあシたいけどっ! 今すぐ襲いかかりたいけどっ! ――――でも、それって違うだろう?)


 例え肉体が成熟していようとも、種族の差があろうとも、人の倫理と神の倫理が違うといえど、ここは日本、現代の日本なのだ。

 ロマンチストとか、童貞脳乙と言われようが、信念は貫くのが修という男。

 肉体をも繋がる関係に至るのは、知識と意味、そして感情が追いついてから。


 異世界においても、同じ様な理屈と信念で人々に救いの手を差し伸べ、それが勇者としての評判、そして修自身の評価に繋がり、仲間達から多大な信頼を得るに至ったのだが。


 ともあれ、遠い目をしたまま微動だにしない修を不振に思い、ディアが手を引っ張る。


「オサム様? 始めないのですか?」


「…………悪い、久々の風呂で少しボーっとしてた、じゃあ、ちょっと詰めてくれ俺も入るから」


「はい、――――これでいいですか?」


「ありがとう…………ふぅ(湯船が心地良いとかより先に、やわっこいお尻であばばばばばばばぁっ!?)」


 一般家庭の浴槽故に、二人で入るには少し狭い。

 自然と修の前に、足の上にディアが乗る形となる。


「じゃあ、始めようか」


「はい、何時でもどうぞ~~。はふぅ、湯船って気持ちいいんですねぇ~~」


 女の子の幸せな重みこそ、幸せの重さだと言うのだろうか。

 ぴったり吸いつく背中の肌を、湯気と共に香る、彼女の汗混じりの髪の匂いを、香しいと呼ぶのだろうか。


 今まで生きてきた中で、ある意味一番の幸福を感じながら、しかして修は目的を忘れてはいない。

 より効果的に二人の気を同調させるべく、ディアの華奢な首筋に顔を埋め、腕は細い腰に回す。

 ――――それは文字通りの「密着」であった。


 ディアもまた、その意図を本能的に察し、修の腕と自らの腕を重ね合う。


「準備はいいか?」


「どうぞ、御随意に」


 二人は瞼をそっと閉じ、体の感覚だけに集中。

 嘗て老師にされた様に、修はいきなり最大限の気功をディアに流し、止め、再び流す、という行為を繰り返した。


「~~~~っ!? ひゃあああんっ! くぅうううううぅんっ! ――――はぁ、はぁ。ひゃっ、また――――」


(やっぱり、ディアとの相性が良いな、何でこんなに気を流しやすいんだろう?)


 これは、気の流れを意識させる事で、スイッチと呼ぶべき発動の感覚を学ばせる為である。

 ――――けっして、困惑混じりの嬌声が聞きたい訳では無い、とても真面目な行為なのだ!


 それを十回ほど繰り返し、ディアが温水の火照りだけではなく、とある生理的現象で顔を赤らめ、荒く濡れた吐息を出し始めた頃。

 隣近所が、久瀬さん家の長男、女の子を連れ込んでいるわ、お盛んだわねぇ、と勘付き始めたのは――――全く以て関係無いが。

 修は行為を一度止め、ディアに確認を取る。


「気功が流れている状態と、流れていない状態は理解したか?」


「はい、わ、わかりましたぁ…………はぁあん」


「じゃあ次は、自分で気功を発動してみて、俺の方に長そうとは思わなくていい、それは高度な技術だからね」


 ディアは覚えた感覚をモノにしようと、うぬぬぬと唸った末、力みながら聞く。


「――――、これで、いい、ですか?」


「…………うん、発動は出来てるみたいだ。けど、持続しないな」


 気功の発動状態を維持する様に言い、手本を見せ、そして修もディアに気を流してサポートするが、どうにも上手く行かない。


(これは――――素質は抜群だが、知識やイメージが足りない…………んだろうなぁ)


 強いて言うならば、昔の修の逆だ。


(――――くっ! あの時は地獄だった)


 発動し、維持が出来る様になるまで、食事と排泄以外、皺のよった爺と裸で抱き合う一週間。

 その時は、魔王の四天王率いる大軍勢が迫っている、という危機的状況であったからこそだが。


(これを何回も繰り返すのかっ!? 流石に理性が持たないぞっ! どうにか今終わらせる方法は――――)


 ディアが荒い息を整える中、耳に残るウィスパーボイスな息づかいに、精神を惑わせながら修は一つの手を思いつく。


(――――「伝心」使ってみるか)


 老師の時は、まだ「伝心」はそこまで発展しておらず、思いつく事すら出来なかった方法だが、今ならば試す価値がある。

 勇者生活の後半では、その方法で戦い生き抜く技術を磨き上げたのだ。

 つまりは、その逆をすればいい。


「ディア、今から気功と一緒に『伝心』を使う。俺の経験を、知識とイメージと共に流すから…………」


「――――そんな使い方がっ!? ただの会話補助の筈なのに、どうやって!? ――――いえ、今話す事では無いですね。はい、宜しくお願いしますオサム様」


「しっかり受け止めろよ――――」


 修は「伝心」の力を一段階引き上げると共に、気功の神髄を発動。

 ディアを一つの剣に見立てて、気を流し込む。


「~~~~っ!? ーーーーーーーーぁ!?」


(人間の姿になったとはいえ、元は女神から生み出されし神剣、知性と有機的な肉体、そして金属という無機物の二つの要素を併せ持つ、という認識が正しい筈だ)


 更に言えば、今のディアは未だ自身を、生身では無く剣だと認識している――――気がする。



(剣を鞘に収納するイメージ、それなら――――っ!)



 ――――その瞬間、ディアは自分が剣であった頃を思い出した。 

 勇者の為の神剣とはいえ、持ち手を勇者だと真に認めるには、世界を救うに値する精神力、強さを示して貰わなければならない。

 人の肉体を得る、役目はもう終わり、そんなイレギュラーな事態で、その事が忘却の彼方にあったのだ。



(私は、私は! この人のっ! 勇者様のっ! オサム様の――――神剣であり妻っ!)



 それは、天啓と呼ぶべき瞬間であった。

 神剣としての本能が、ヒトとしての肉体が、自身を荒々しく染めあげる気を、それを発する修を持ち手と認め。

 心が、魂が、「伝心」によって修が「強い男」だと「子を孕む」相手だと、強く刻まれていく。

 ――――それの意味、その先に何をすればいいのか解らずとも、ディアは理解した。


「!?!?!?!? …………ィ、ぁ! んっ、――――ぁ、ああああああああああああっ!」


 そして、一際甲高い声の後、水気のある吐息と共にぐったりと修に寄りかかった。


「…………あれ? お、おい、ディア? ディアさーん?」


 一瞬遅れて、それに気づいた修が軽く揺するも、ディアは虚ろな瞳で幸せそうに顔をとろけさせるばかり。


(成功した…………んだよな? うん、ディアの体は、ちゃんと気が巡っている状態だ)


 これならば、今すぐ戦場に出しても問題ないと、満足そうに頷く勇者・久瀬修。

 違う、そうじゃない。

 この男は、彼女を肉体感覚の最高峰へと昇らせてしまった事に気づいていないのだ。

 なんたる童貞力、ブレイブ・ザ・童貞、童貞オブ童貞の名を欲しいままにする男、それが異世界帰りの勇者・久瀬修であった。


 戸惑いつつも、訓練が終わった事に安心する童貞は、それが故に自らの顔に伸ばされた手に気づく事は無く――――。


 ――――ちゅっ。


(は? 今、唇に柔らか…………って、なあああああああああああああああっ!?)


 思わずザバァと立ち上がり、修は浴槽から脱出。

 残されたディアは、唇に指をあてて慌てふためく修に、琴線に触れる何かを感じながら、のっそりと立ち上がる。


「ありがとうございますオサム様、唇と唇を合わせる事の意味が、今一つ理解に苦しむのですが。ええ、何か、いいものですね…………」


「おっ、おっ、おっ、おまっ、オマエーーーーっ!?」


「これから体の洗い方ですよね? ふふっ、大丈夫です。オサム様の知識がながれこんで来ました。――――こう、するのでしょう?」


 全身を、特に下半身の一部を硬直させる修の前で、ディアはボディソープを体に、特にたわわわに実った果実をぐにぐにさせて泡立たせて抱きつき。


「えーっと、これから確か…………、んしょ。――ぁん。んしょ――――」


 そのまま、上下運動。

 小麦色の肌に白い泡のコントラスト、修の堅い胸板の上でうにっと歪む大きく浅黒い球体、加えてむっちりとした太股が絡んで――――。


(――――ド畜生おおおおおおおおおっ!? 何故その知識をっ!? あれだけは駄目だろうっ!? ソープ系AVの知識だけは駄目だろおおおおおおおおっ!?)


 それは正しく、思春期の男子の部屋からエロ本やAVを見つけて、机の上に並べて置いておくが如く、鬼畜の所業!

 実際の所は、ふんわりとしたイメージしか伝わっていなかったが、そんな事は何の慰めにもならないのだ。


「胸、こすれてっ、い、いえ。これは感謝なのです。――――オサム様、男女が一緒にお風呂に入ったならば、こうして洗うのが――――」


「――――違う、違うからっ!? それはせめて、もうちょっと知識とか恥じらいとか、ちゃんと自覚した後でお願いしますお願いするお願いさせろおおおおおおおおおおおおおお!?」


「ぁんっ、お、オサム様。急に動かれたら胸の先端がこすれて…………」


 修は涙した。

 血の如き赤いモノを、そして強く強く唇を噛みしめると、有無を言わさずシャワーをディアに浴びせ。


「――――これが、体を洗うって事だ――――!」


 魔王との決戦時より強い気迫を内に秘め、ディアに体の洗い方を、素手を使って教えた。

 髪の毛の先から足の爪の先まで、その美の化身ともとれる肢体を、素手で洗ってのけるという偉業を達成したのだった。


 なお、風呂上がりに三十分程トイレに居座り、出てきた時には賢者の様な顔付きになっていた事を記すと共に。


 就寝時にまたも、パジャマは嫌だ一人寝は嫌だと、ドキドキ添い寝タイム・メンタルゴリゴリチキンレース開催され、起きた時に下着を変える羽目に陥った事は、勿論言うまでも無い事で。


(常識を…………、早く常識を教えなければ――――)


 買い物の後に、絶対に性教育の時間を作ると、修は心に堅く誓ったのであった。


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