008話 嵐(一緒にお風呂)の前の静けさ
修とディアは来たときと同じく、仲良く手を繋いで帰宅した。
だがその滞在中に、二人を密かに観察――――否、盗撮していた者が一人。
「ほう、これが異世界を救ったという勇者。そして――――神剣とやらか。まったく見る分には只の少年少女にしか見えないものだが…………」
その名は高鳩獅子、獅子と書いてレオと読ませる男性研究者。
筋肉質な巨体とライオンの鬣の様な髪に、誰もが役職を二度聞いてしまう人物。
そんな彼が居るのは、地下の異世界技術研究所エリア、そこに与えられた個人用の実験室だった。
「まぁいい。もしその力が本物だとう言うなら――――精々、オレの役に立ってみせるがいい」
彼には野望があった、現代日本では叶えきれない野望が。
それが故に、異世界に何一つ関わらない人生だったのに、独力でこの組織の存在にたどり着き、優秀な研究員という立場を手に入れたのだ。
そして今、修の現代日本の帰還、そして神剣が現れた事により、彼の尊い野望が成就に大きく近づいて――――。
「――――クハハハハハハッ! ゲェーハッハァッ! 待っていろよエルフにラミア娘! アラクネにハーピィ人魚! その他まだ知らぬ美少女モンスター娘達よッ! オレは必ず美少女モンスターハーレムを作り上げてみせるっ! 我が同士達よ! 現実に絶望したロマンを求める者達よっ! もう少しだッ! もう少しで――――」
「おい、五月蠅いぞ! 高鳩研究員!」
「あ、ごめんなさい」
隣室からの壁ドンに、慌てて頭をペコペコさせる獅子は、不気味な笑いを小さく漏らすと、今度はスマホを取り出してメールを送り始めた。
「ええっと、約束の時来たれりっと…………、監視と見定めとかヨロです、異世界を滅ぼせし魔王殿っと」
事態は今、残念な理由で動き出す予兆を見せた――――?
□
修はあくまで異世界の勇者であって、全知全能の神では無い。
唯一、女神から恩寵である「伝心」は、深く絆を結んだ仲間でも、ましてや顔すら認識していない者の邪な野望に反応する訳が無く――――。
「成る程…………結構物入りなんだな。八代さんから生活補助金、貰っててよかった」
目下の悩みとは、二人を狙う獅子の事では無く。
去り際にラクルーから手渡された、ディアに必要な生活必需品のメモ。
家に帰ってからそれを開いてみれば、中には生理用品にまで言及しており。
同じく夏期休暇に入っている姉を、呼び出すかどうか頭を唸らせていた。
「…………オサム様。やっぱりご迷惑を――――」
「――――いや、大丈夫さ。必要な資金はあるし、早速明日にでも買いに行こうっ!」
仲良くリビングのソファーに座る中、メモを見て顔が強ばる修。
それを見て、しょぼんとするディアに修は即決して微笑む。
どう考えても、性別・男が居づらい店舗を巡る事になるだろうが、女の子のピンチに躊躇っている場合では無い。
後悔は、後でするから後悔と言うのだ。
「ありがとうございますっ! …………そうだ、ここは教えて貰った――――ん~~、ちゅっ」
「ほわぁっ!? でぃ、ディア!? なんばしよっとぉ!?」
頬に感じた柔らかな感触に、思わず奇声を上げると。
嫁(仮)の銀髪褐色巨乳美少女は、こてんと首を傾げた。
――――思わず見惚れたが、今はそんな場合ではない。
「はい? 何って、感謝のキスですよ。夫婦は皆してるってラクルー様が教えてくれました。――――あ、ごめんなさい。唇の方が良いんでしたよね? 舌を絡ませる? のでしたっけ?」
感謝とその行為に、どんな繋がりがあるんでしょう、と頭上にハテナマークを浮かべるディア。
(ラクルーさああああああんっ!? 八代さんにツッコんでたから、てっきり真面目な人だと思ったのにいいいいいいい!?)
ラクルーとしては趣味半分、女神の頼み半分なので、修の目が節穴だっただけなのだが。
ともあれ、何て言って誤魔化そうかと、慌てて思案する修に、ディアの更なる発言が襲いかかる。
「あ、そうでした! 帰ったらオサム様と一緒に、お風呂に入る様にって、この国の女の子は毎日お風呂に入って清潔を保つのが常識だから、と…………駄目、ですか?」
「う、ぁ。~~~~っ! い、いいぞ。お、俺に、ま、任せておけぇ…………っ!」
とんでもない事を、上目遣いで、そして無意識だろうが、ふにゅっと巨乳を押しつける追加攻撃に、修は血の涙を流して了承した。
決して、右腕の幸せに流された訳では、勇者として断じてありえないのである。
(ここに来て最大の試練っ!? だ、だが今週分の食料は帰りに買ってきてあるし、これを乗り越えれば――――)
「――――ところで、気功の練習は何時しましょうか? 明日買い物に行くなら、今日中に済ませておかないと」
(それがあったかああああああああああああっ!?)
絶望が、修の眼前に立ちふさがった。
彼女は初心者であるからして、修の気を流す所からスタートだ。
そうすると、昨日の例を見るに、股間に響く嬌声を上げるのは簡単に予想出来る。
(しかも、昨日みたいに一時凌ぎじゃない。本格的に教えるには、お互いに裸にならないと…………くっ、確実に汗をかくだろうから、練習と風呂の順番! ――――耐えられるか?)
なお余談だが、修の時は年老いて皺だらけの男――――老師に、お互い全裸で、目に優しくない練習風景を繰り広げたものだ。
何はともあれ、鉄の意志と鋼の理性を以て耐えるしかない。
――――その時であった。
修が無意識に窮地を「伝心」に異世界にいる仲間達に伝え、その答えが返ってきたのは。
曰く。
――――風呂と練習、一度で済ませてしまえが半数。
――――いっその事、押し倒して一発抜けが半数。
(何で女性陣も混ざって、この意見なんですかねぇええええええええええっ!?)
やるか、やるしかないのか。
拳をぐぐぐっと握りしめる修に、ディアが心配そうに声をかける。
「あ、あの、オサム様? ご都合が悪いのなら、買い物自体を延期しても私は――――」
「…………いや、今から風呂と気功の練習、同時にしよう! なに、俺は勇者だから! 心配する事は無いさ――――!」
その表情は、スーパーで見せたアルカイックスマイル。
「はいっ! ありがとうございますっ!」
満面の笑顔になったディアは、早速とばかりに服を脱ぎ出す。
「はっはっはーー。こらこら、服を脱ぐのは風呂場の脱衣所だぞぉ! さあ、行こうかっ!(何で俺は、帰ってから直ぐに風呂のオートスイッチを入れてしまったんだっ! そうでなければ少しは猶予があったものをっ!)」
そして今此処に、童貞勇者の孤独で絶望的な戦いが始まろうとしていた。
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