006話 ユー! メイクラブしちゃえYO!



 試練は終わった、時間にしては十五分も無く。

 試練は終わった、長く辛く、苦しい至福の時間が終わったのだ。


 だが――――、家に帰ってから修に待ち受けていたのは更なる試練。

 その名も、ディアが箸とかスプーンへし折って、あーんしなきゃいけない大作戦である。


「あうう、ごめんなさいオサム様ぁ…………まさか自分一人で食べる事も出来ないなんて…………」


「仕方ないさ、どうしても気に病むなら、貸しにしとくから後々返してくれればいい」


 問題は明確だった。

 流石は元神剣といった所で、ディア本人の身体能力は気功を使った修より高く。

 なおかつ、気功で強化された状態がまだ続いている。

 勿論の事、疑似下着に使われていた神髄は解除されているが、何もしていない状態でも同じ事が起こったであろうと修は考えていた。


 繰り返すが、ディアは人間に成り立てで、まだ半日も経過していないのだ。

 免許すら持っていない素人が、レーシングカーを運転している様なモノである。


(スーパーで商品が無事だったのは、俺の気功で制御していたからか…………)


 推測になるが、肌の接触状態と気功の使用により、「伝心」がより強く働いたのだろう。

 もとよりこの力は双方向に働く、修が神剣の所有者という事も、それを強くしたと考えられる。


(これなら、俺の経験の一部を「伝心」で憑依定着させれば、万事解決するな)


 それについての問題は、最悪、裸で抱き合う事になるかもしれない事だが。

 ともあれ今は食事の時間だ。

 しょんぼりするディアに向けて、海苔弁のご飯をスプーンで救って口元に運ぶ。


「ま、今は食えって。はい、あーん」


「あーん。…………もぐもぐ、もぐもぐ、…………ごっくん。――――ふおおおおおおおお!? な、何なんですこれっ!? 未知の感じがしますっ!?」


 暗い顔も何処にやら、目をキラキラと輝かせて、あーんと口を開けてせがむディアに、修は苦笑しながら今度は白身魚のフライを運ぶ。


「はい、あーん。ちゃんと噛まないと、喉に詰まらせるぞー」


「あーん。もぐもぐごっくん…………!? っ!? っ!?」


「言わんこっちゃない。ほれ、水で流し込め」


 これは介護なのか、それとも伝説に聞くカッポゥ(巻き舌で)の甘い行為なのか。

 その判別もつかぬまま、修は雛に餌を運ぶ親鳥と化す。


(まぁ、こんなのも悪くないか…………)


 十年間は戦いの日々だった、気の休まるときが無かったとは言わないが、思えばずっと、精神を張りつめさせてきた気がする。


 命の心配がない、家族の居ない異邦の地で将来を案じる事もない。

 そんな平和を、修は帰還後初めて実感していた。


 やがて海苔弁が半分になる頃、ディアはカツ丼に手を付けていない修に気づいて、くしゃっと顔を歪ませる。


「――――ぁ」


「うん? どうしたディア。次は沢庵いってみるか?」


「………………ごめんなさい、ごめんなさい――――」


(うええええええええっ!? いきなり泣いたぁああああああああああああああっ!?)


 ディアは俯いて、大粒の涙をぽろぽろとテーブルに落とし始めた。


「でぃ、ディア? 何か口に合わなかったか? そ、そうだ俺のカツ丼も――――」


「違うんです、違う…………ごめんなさいオサム様。ご飯が、これが美味しいって感情なんだなって、そしたら…………」


 肩を震わせながら必死に想いを告げようとする姿に、修も流石に食事の事だけでは無いと、言葉の続きをじっと待つ。



「私、町は平和で、きっとセイレンディアーナも同じで、帰れなくてぇ、わたし、役目、なくなっちゃったんだなぁ…………」



「ディア…………」



 それはきっと、彼女にとっての絶望に等しかったのだ。



「傷つける事しか出来ない、壊す事しかできない、何も知らない私に、オサム様は親切にしてくれました。――――私は、貴男のお役に何一つ立てなかったって言うのにっ!」



 それはきっと、魂の慟哭だった。



「役目を果たせずっ! 迷惑ばかりかけてっ! 今もそうですっ! 自分の事ばかりで、お腹が空いてるのは同じだって言うのにっ!」



 それはきっと、行き場のない怒りだった。



「私はっ! 私はっ――――!」



 それはきっと、修にしか出来ない事だった。



「――――いいんだディア」



「オサム、さま…………?」



 席から立ち上がり、修はディアを後ろから抱きしめた。



「もう、いいんだディア。俺は、君に話していない事が一つだけある」



「止めて、止めてください、こんな優しく――――」



「――――頼まれたんだ、女神セイレンディアーナ様から、君の事を」



「例えそうであってもっ! 私には、私には、オサム様に何かをしてもらう資格も権利も…………隣に居る意味すら…………」



「ディア…………」


 誰が世界を救った勇者なのだ、少女一人の涙を止められないで、悲しみの淵から引き上げられなくて。


(何が、勇者だよ――――っ!)


 こんな肝心な時に「伝心」は何一つ反応を返さない。

 こんな肝心なときに、修はディアに、何と声をかけていいか解らない。


 修が歯を食いしばりながら、ディアの細い体をぎゅっと強く抱きしめた瞬間。



「お取り込み中の所済まないね、呼び鈴をならしても返事が無かったから上がらさせて貰ったよ」



 玄関に続くリビングのドアから現れたのは、黒いスーツを着たオールバックの壮年の男。

 そして、同じくスーツを着た紫色の髪の少女。


(――――馬鹿なっ!? 気が付かなかっただとっ!?)


 これでも修は、暗殺者対策も仕込まれている。

 家に誰かが侵入したならば、例え魔法で気配や足音を消していても察知できる。――――その筈だった。


 この男は魔王軍幹部クラスの強敵、そしてその様な人物が現代日本に居るという事実に戦慄しながも。

 咄嗟にディアを抱えて、窓際まで瞬間的に移動する。


「おやおや、これはこれは素早い事だ。まぁそんなに警戒しないでくれ、怪しい者じゃないんだ」


「八代さんが言っても、真実味がこれっぽっちもありませんよ」


「酷いなぁオシビラ君は」


「――――無駄話はいい、お前達の目的は何だ」


 武器は無い、頼れるのは己の体と気功、そして「伝心」

 だがその三つさえあれば、何とかしてみせる、と修は戦意マシマシで殺気を叩きつける。

 だが、返ってきた反応は意外なものだった。


「初めまして、えーっと、久瀬修君、でよかったかな? はい、これウチの名刺」


「初めましてなのです、わたしはラクルー・オシビラ。嘱託職員として『神託士』をやってるですよ」


「あ、ご丁寧にどうも――――うん?」


 向けられた殺気もなんのその、笑顔で差し出された名刺を受け取ってみると、そこには。


(八代文尾、出入国管理局…………異世界課? え、あれ? 何だそれっ!?)


 名刺と二人の顔をいったりきたりさせる修に、八代は、あー、そうそう、いっつもそんな顔されるんだよね、と飄々と笑う。


 だが、修としては笑い事では無い。

 この身分や組織が本当のものなら、日本政府は異世界の存在を知っており、修の様な異世界帰り等の前例が高確率で存在した事を示している。

 そして何より――――。


(ヤバイっ! ディアが不法入国者だって事がバレてるううううううううううっ!?)


 正直、いつか直面する問題だとは考えていたが、まさか半日も経過せずにバレるとは、予想だにしないことだ。


 戦うか、それとも逃げるのか、迷いを見せる修に八代が苦笑しながら口を開く。


「大丈夫、久瀬君が考えている様な事で来たんじゃない」


「端的に言いましょう。我々は、そちらの少女の戸籍の準備があると共に、嘱託職員としての協力要請。そして――――とある『神託』を伝えに来たのです」


 思わず修は、ディアと顔を見合わせ、こくりと頷いた。

 何はともあれ、敵対する意志も違法滞在を捕まえに来たのではないらしい。

 であるならば、ここは話を聞くべきだろう。


「その嘱託職員とやらは、後で詳しいお話を聞かせて貰います」


「うん、賢明な判断で此方も助かるよ。後でウチの課の住所を渡すから、出来れば明日にでも訪ねてきてほしい。ああ、勿論移動費は出すよ」


「では、早速ですが。女神セイレンディアーナからの『神託』を伝えますです」


 そう言った途端、リビングの空気ががらりと変わった。

 ラクルーと名乗った少女を中心に神聖な気配が広がり、その姿が神々しさを持った女性――――女神セイレンディアーナのそれと重なる。


「――――女神様っ!?」


「間違いないですっ! これは女神様ですっ!」


 驚く二人に、女神はにっこり笑って話し始めた。


「久しぶり、と言うにはそんなに時は経っていませんでしたね。こんばんわ勇者久瀬修、そして…………我が娘、神剣セイレンディアーナ。ああ、今はディアと呼んだ方が良いかしら? 折角勇者に付けていただいた名前ですものね」


「本当に…………女神様なのですか?」


「ええ、この者が居て良かったわ。ディアの成長を待っていたら、手遅れになってしまう可能性もあったから」


「ふえぇ、女神さまぁ…………」


 安堵により瞳を潤ますディアに、女神は慈愛の笑みで微笑む。


「その姿になって、随分と感情豊かになった様ね。母として嬉しいわ。――――、ああ、実際に光臨している訳じゃないから、抱きしめてあげられないの、ごめんなさいね」


「いえ、いいえ、いいんです。女神様」


「あら、折角その姿になったのだもの。お母さんって呼んでもいいのよ?」


「あ、あう…………、それじゃあ…………お母様?」


「はい、佳くできました」


 親馬鹿気味になった女神に戸惑いながら、修は問いかける。

 よくよく観察してみると、術者であるラクルーは大分無理している様で、大粒の汗を流している。

 親子の対面の邪魔をするつもりは無いが、早めに問題に入っておかなければならない。


「それで女神様。俺達に伝える事とは…………?」


「あらいけない、忘れる所だったわ。――――ごほん」


 女神は咳払いを一つ、ニンマリと笑う。

 修は例えようのない予感を覚えながら、一言たりとも聞き逃すまいと、耳を像にする。




「遠い未来、セイレンディアーナとこの世界が交わる時が来るでしょう…………そして同時に、二つの世界を結ぶ『王』が出現しまう」




 そこで女神は、ウインクをしてみせた。




「神剣にして勇者の伴侶ディア、そして救世の勇者久瀬修。――――子を為しなさい」




「…………は?」

「子を…………?」




 首を傾げる二人に、女神は澄ました顔で告げる。



「二人の子が王に繋がると私は予知しました。だから――――結婚して思う存分まぐわって、孫の顔をみせてね。私、孫の顔を見るのを楽しみにしてますから」



 すーっと、薄くなっていく女神に、泡を吹きながら修は問いかける。


「女神様!? 女神様!? も、もう少し詳しく――――」


「婿殿修よ、末永く我が娘ディアを可愛がってくださいな。何なら今すぐ孕ませても佳いのですよ? 特例として今すぐ結婚でも許可させますから」


「何も知らない超絶好みな褐色美少女を抱けと!?」


「はい、その通り。――――そうそう、私達の姿は見るものの想いを反映するのです。即ち私の外見、ひいてはディアが褐色巨乳銀髪美少女になったのも、全部婿殿の好みの姿であろうと、ディアが本能的に選択した結果です」


 だから、遠慮なくどうぞ。その内に情緒も知識も体相応に追いつくから、と女神は親指を人差し指と中指の間に挟み、ゲヘヘと笑って消えていった。


「――――ふつつか者ですが、宜しくお願いしますオサム様っ!」


「早すぎるっ!? 確かにモテない童貞が悩みだったけどっ! 唐突だし、先ずは日記交換からお願いしますっ!?」


「…………久瀬君、ここで人生の墓場に入らないと、男が廃るってもんだよ?」


「廃ってもいいからっ! ちょっと急展開過ぎるんだよ女神のバッキャロオオオオオオオオオオオオオオっ!」


 修の声が、夜の住宅街に響きわたる。

 こうして。全世界の男の子待望の、自分だけを好いてくれる超絶美少女との、親と政府公認の同棲生活が始まったのだった!


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