003話 ヒトになりし神なる剣、其れは――――エロい。



 ぽつり、ぽつりと顔に当たる滴。

 そして、そこらかしこから感じる切り傷の痛みにより、修は目を覚ました。


「ふえぇぇぇ、ご、ごめんなさい勇者さまぁ…………」


「――――っ!?」


 瞳を開けば、そこは桃源郷。

 体の震えに併せて、細かくぷるっと揺れる褐色巨乳に、女の子の何かいい匂い。

 これで泣き顔でなければ、歓迎すべき光景だったのだが。


(何があったっ! 敵の…………は無いか。日本に戻ってきたのに敵が居るわけないだろうが)


 失神の原因は、恥ずかしながら自覚している。

 あまり理解したくない事実と、突然、好みにベストマッチする全裸の美少女が現れ、興奮の余り童貞力が暴発してしまったのだ。


 では、この痛みは何だろうか。

 十中八九、この謎の美少女――――神剣セイレンディアーナ(仮)が関わっているのだろう。


 修は体にかけられたシーツを退かせながら、体を起こして、座り込む彼女と対面する位置で座る。


「あー、うん。いきなり倒れて悪かった」


「ごめっ、ごめんなさいっ、わたっ、私ぃ」


「大丈夫だから、顔を上げて。泣きやんで――――」


 その涙を拭うため、修の手が褐色美少女の頬に延びる。

 なお、勇者として社交界に出る際、貴族籍の仲間に叩き込まれた紳士教育の結果ではあるが。

 それでなおモテなかったあたり、勇者・修の童貞力は高い。


 ともあれ、そんな修の行為に吃驚したのは当の美少女。

 咄嗟に制止の声を上げるが、時はすでに遅し。


「――――だ、駄目ぇっ!」


「え? ――――っ゛ぁ゛!? そ、そっかぁ…………これかぁ…………」


 必死に笑顔を保ちながら、いててと指先を見ると、鋭利な刃物で切られたように傷が、範囲は広かったが、浅いのが不幸中の幸いだ。


「事態は把握した。謝らなくていいよ。君、人の姿になったのは初めてだろう?」


 剣が人になる、そんなケースは異世界でも聞いたことが無かったが、そこは現代日本の出身。

 なるほど、とあっさり理解する。


「…………えぐっ、えぐっ、えぐっ…………うう、その、私は勇者によって姿形が変わるんです、でも人間の姿になったのは初めてで、しかも誰かに触れたら切れてしまうなんて…………うう、こんなのでは神剣失格ですぅ…………」


「そんなに気にするな、仮にも勇者やってたんだ。これくらいの傷なら――――ほら」


「――――!? 流石勇者様! もう気功を習得なさっているとは! …………ってあれ? 今なんて言いました?」


 現代日本出身故か、魔法の素質が無かった修は、気功と呼ばれる技術を納めていた。

 気功とは言わば、ゲームなどでお馴染み自己のみを対象とした身体強化・回復手段。

 かの地では魔法の下位互換として人気が無く、それが勇者としての素質を疑われる一因でもあったのだが。


 それはそれ、これはこれ。

 特に酷い肩や右腕を治しながら、修は全裸美少女のリクエストに答える。


「変な事言ったか? ええと、事態は把握した――――」


「その後ですっ! 仮にも勇者やっていたって…………」


 涙は止まったが、替わりに困惑が止まらない様子の美少女に、修は心の中でため息をついた。


(もしかして、何も知らないのか?)


 女神は言っていた、自分を一時間後の世界に戻すと。

 そして修は、召還された際に神剣をそうと解らず手放してしまっている。


 彼女がもし本当に神剣ならば、何故女神は異世界の修の下に、彼女を送らなかったのか。


(いや、待て。――――『送れなかった』のか!?)


 考えてみれば、修を呼んだのは異世界の聖女レイチェル。

 女神によるサポートがあったとしても、その女神自身が送った訳ではない。


(女神は直接介入出来ない、その媒介になるのが神剣)


 以前、聖女は言っていた。

 神剣は神殿に代々伝わる宝物で、その導きを頼りに送り込んだ、と。


 曰く、神剣自体に世界を渡る能力は無い、と。


 神剣が無くとも修が召還されたのは、彼女が剣に施した召還魔法の効果だとか。


 そして、帰還の際に女神が言った言葉は何だっただろうか。


(…………娘を宜しく? まさか、コイツは何も知らない? 異世界が救われた事を?)


 もしかして、自力で神剣が戻れないから、管理を任されたとか、そい云う訳なのだろうか。


(オヤジは海外赴任で、オカンはそれに着いて行ってて、アネキは大学の学生寮暮らし――――だったよな。それってつまり…………)


 ――――同・棲!


 全国の健全な男子が夢見る、美少女との同棲。

 相手が人間では無いのは問題無い、とりあえずは無いとしても。


(もう役目は終わってる上に、帰り方も解らないって、説明しなきゃいけないのか俺っ!?)


 気まずい、ひっじょーに気まずい。

 現状に気づいた修が嫌な汗をかきながら、ちらっと彼女を見ると。

 まるで待ての訓練をしている犬の様に、そわそわと此方を見ている。


 泣かないでくれよ、と祈りながら修は重々しく口を開いた。


「嗚呼、落ち着いて聞いてくれ。勇者をやってたってのは――――」


 そして、神剣セイレンディアーナ(仮)に衝撃の真実が告げられた。





「そ、そんなぁ…………もう全部終わってる上に、帰れないなんて――――はっ!? そ、そうですっ! 女神様に連絡――――って繋がらない!? あーーうーー、そうでした、こっちの世界では遠すぎて繋がらないんでした…………」


 思い起こせば、過去の勇者の召還の時も、セイレンディアーナまで行かなければ繋がらなかったらしい。


「ど、どんまい?」


「あうぅ…………勇者さまぁ…………私、これからどうすればぁ」


 万策つきた神剣は、捨てられた子犬の瞳で修を見つめる。

 ついでにぐぅぐぅと大きくお腹を鳴らす。


「ああ、もう駄目ですぅ…………お腹が何か痛みます…………勇者様にも触れられないし、さっきから何度試しても元の姿に戻れないし、もう駄目ですぅ…………」


「うーん、それは空腹って言うんじゃないかな? 俺もそろそろ腹減ってきたし、…………あー、冷蔵庫が空だ。買い物行かなきゃなぁ、財布どこだっけ?」


 うじうじするシーツ姿の美少女は目に毒なので、修は放置しつつ、久しぶりの家を把握していた。

 放置とは言っても、トイレにまで着いてきたので姿が確認出来るリビングに落ち着いたのだが。

 なお、どうしようもなく、時折、彼女の魅惑過ぎる褐色の果実に目が行っていたのはご愛敬である。


「んじゃ、ちょっと待っててくれよ。晩飯買ってくるから――――」


「ああっ! 待ってっ、待ってください勇者様、せめて、せめて私も連れて行ってください。ここの治安は解りませんが、丸腰では危ないですっ!」


「修で良いよ、俺もディアって呼ぶから」


「じゃあオサム様! この私、ディアも何とぞぉ――――」


「ええいっ! 何か考えるから引っ張るな! そして様付けは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいから止めて!」


「あ、それは私が落ち着かないので却下で」


「意外と平気そうだなお前!?」


 ちょっとした検証の結果、布越しなら平気な事が解った彼女は、修のTシャツの裾を引っ張って上目遣い。

 ――――意識してやってなくても、シーツオンリーのほぼ全裸美少女に引き留められて、足を止めない男が居るだろうか、いや居ない。


(白と黒と銀髪のコントラストォ!? くそっ! 二次元でしかお目にかかった事の無い光景が今目の前に――――じゃねぇっ!)


 見知らぬ土地で、初めてのヒトの体で留守番するのは、さぞ心細いだろう。

 だが、かといって、連れて行くのは如何なものか。


(着るものはアネキのを借りるとして、うっかり誰かと接触したら、怪我させてしまうしなぁ…………)


 その時、修の脳裏に悪魔的発送が浮かんだ。

 この手段ならば、合法的に美少女と肌を触れ合わせる事が出来る上に、問題も解決する。


「…………ごくっ。な、なぁ。一つ、良い手があるんだが、どうする?」


「はいっ! やります! だから連れてってくださいっ!」


 ぴょんと、元気よく万歳をするディア。

 ぶるんと、元気よく乳房が揺れるも、絶対に桜色の突起が見えないのは、女神の関係者だと修に強く意識させた畜生。


 ――――何はさておき。


 それは、修の仲間の誰かが居たら、確実に制止したであろう。

 彼らは、童貞勇者の外付け常識回路だ。


 それは、修が帰還直後の混乱した状態でなければ、打ち勝った誘惑であった。

 彼は仮にも勇者、ちょっと童貞故にスケベ心が大きくても、人として正しい選択が出来る、心優しい人間なのだから。


 だが、――――今の修は、本人が気づかない所で混乱が残っているし、外付け常識回路も居ない。


 何度も、そして大きく唾を飲み込み、修は要らない所で勇者としての勇気を発揮して言った。


「――――気功は剣や、肌で接触した相手にも伝わる事が出来る、知っているか?」


「成る程! 気功を発動した状態で私に触れれば、勇者様は傷つかない! そしてその気を私の全身に流して覆えば、誰も傷つかない! そういう事ですねっ! さぁ、さぁ! 直ぐに致しましょう! 先ずは可能かどうかの実験からですねっ!」


 彼女は勢いよく立ち上がり、笑顔でシーツを脱いで再び全裸になった。

 つまり――――ドキドキッ! 無垢で無知で全裸な褐色巨乳銀髪美少女に、修の体内で精製される「アレ」を流し込む大実験! という事だった!


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