002話 本日の天気は金髪おっぱい女神のち、褐色おっぱいでしょう。



 気づけばそこは、白い空間だった。

 上下左右見渡す限り白色で、ついでに上下の感覚もない。

 もしやこれが無重力体験、とくるくる縦回転しながら修は、既視感のあるこの場所の事を思いだそうとしていた。


「…………何か引っかかるんだよなぁ? 一度来たことがあるっていうか」


 思いだそうとしても、霞がかかった様に何も思い出せない。

 すわ、ここは天国で死んでしまったのか、と迄考え始めた時、声が一つ。


「久しぶりですね我が勇者、久瀬修よ」


「――――女神、セイレンディアーナ様!?」


 反射的に答えをだした修の脳裏に、十年前の記憶の一部が蘇る。

 そう、かの地に召還される直前、今と同じように女神と対面していたではないか。

 無垢な幼子の様にも、地獄を見つめてきた老人の様にも感じられる、金髪巨乳の美女――――その衣装は白を基調とした薄衣で、しかも肌面積は極めて大きい。


(あの時は、何を喋っているか理解出来なかったけど、…………成る程、『伝心』の効果か!?)


 勇者の力である「伝心」は、女神と繋がる為の力だったのかもしれない。

 そう直感しながら、縦回転して女神の前に逆さまで膝を付く。


「…………勇者よ、幾ら不慣れなふりをして、スカートの中を見ようとしても無駄ですよ、絶対領域に加えて、貴方の世界で有名な『謎の光』で護られていますので」


「畜生申し訳ありませんでした女神様!」


 スケベ心を簡単に見透かされて、修はもう一度縦回転し見事な土下座。

 ――――そのガッツいたエロ根性が、モテなかった原因の一つだという事を解っているのだろうか。

 ともあれ、女神は大きな胸を揺らしながらため息を一つ。


「貴方の推測はほぼ正しいと言えるでしょう。その力は、私と交信する為と、現地でコミュニケーションを取り易くする為のモノ、さ、お立ちなさい勇者よ」


 女神に促されて立ち上がった修は、もう一度膝を付き、純粋な感謝を述べる。


「この力のお陰で、俺は大切な仲間を得て、世界を救う事が出来ました。――――ありがとうございます女神様」


「いえ、礼を言うのは此方の方です久瀬修。…………ありがとう、よくぞ我が世界を救ってくれました」


 女神は柔らかく微笑むと、幼き我が子にする母親の様な慈愛をもって、修を抱きしめた。


(うおっ!? や、柔らかおっきいっ! でも、何だこれは…………やらしさとか一つも感じない…………まさか――――これが母性だというのか!?)


 よしよしと頭を、背中を撫でられる感触は、修の十年間の苦労を一気に癒すような不思議なもの。

 涙すら出てきそうな安心感に、修は只されるがまま。


(本当に、よく頑張りました勇者よ…………)


 女神としても、彼の活躍は良い意味で予想外だったのだ。

 本来、魔王を討伐するには、彼女の与える筈だった神剣が必要不可欠。

 それは魔王に対する特効武器というだけでは無く、戦いが終わった後を保証する意味だけでは無い。


 剣と「伝心」が揃って初めて、彼女との交信が可能になり。

 それを通じて世界に対する助言や、現地の権力者に女神が直々に協力を要請する為だったのだ。


 勇者とは即ち、女神が直々に使わした救世の使者。

 その役目に現代日本の人物を選んだのは、異世界に新しい文化の風を運ぶ意味もあったのだけれど、そんなものはあくまで副産物的な効果。


(確か、修の世界の言葉で、ベリーハード縛りプレイと言うのでしたか?)


 正直な話、志半ばで死に戻ってくると思っていた。

 伝承や記録などには残っていないが、魔王討伐期間中であるならば、三度だけ、この場所を経由して生き返らせる事が出来たのだ。

 ――――修はその事を知らない。


 だが、やりとげた。

 一度も死ぬ事は無く、何度挫けても立ち上がり前に進んだ。

 しかも、神剣を使わなかった事で結果的に、かの地には二度と魔王が復活しないのだ。


(この者の魂はきっと死後、新たな神となるでしょう…………まさか、こんな事が起こりえるとは)


 女神は癒す、修の肉体と疲れ切った精神を。

 そして同時に――――その体を若返らせて。


「修、今から貴方を日本に戻します」


「…………戻れるのか俺は」


 落ち着けば、様々な不安が横切る。

 戻ったら日本はどうなっているのだろうか、十年という時間は長い。

 現代日本で、修の戸籍が無事な保証もないし、家族はどうしているのだろうか


(悲しんで――――親不孝者だな俺は。あーあ、住む所とか、金はどうしようかなぁ…………)


「心配する事はありません、修よ。貴方の肉体年齢のみを十年前まで戻しました。帰還する時間も、十年後では無く、出発した時の一時間後です」


「――――本当ですか女神様っ!?」


「ええ、だから安心して日本へ戻ってください。勿論『伝心』もそのままに、記憶や鍛えた身体能力等も取り上げる事はありません。――――体の傷こそ残しましたが、治す事を希望しますか?」


「いえ、このまま傷は残しておいてください。…………アイツ等との思いで、繋がりなので」


「ふふっ、そういうと思いました」


 では、と言うと女神は腕の中から修を解放する。

 そして、彼の背後に日本に繋がる扉を出現させた。


「あれを通れば、帰れるのですね」


「ええ、そうです。お行きなさい勇者よ。どうか良い第二の人生を――――」


「ありがとうございます女神様、…………では、また何時か出会える事を」


 そうして修は一礼すると、扉まで歩き――――。



「――――あの子を、我が娘をくれぐれも宜しくお願いします久瀬修」



 え? と振り返った時には遅く。

 修は現代日本の、召還された時と同じ、自室の中央に立っていた。

 慌てて周囲の扉という扉を開いてみても、そこは懐かしい実家とその周囲の光景。


「戻ってきた、のか…………意外とあっけなかったな」


 それまで着ていた服と装備は、丁寧にも勉強机の上に。

 その替わりに、懐かしい学生服の姿。


「ええっと、体が戻ってるんだっけ? 十七歳の身長ってこんなんだっけか?」


 異世界で生死をかけた戦いをしいている内に、修の身長は二十センチは延びていた。

 それが故に、一六五センチという高校二年としてはありふれた高さが、どうしようもない違和感だ。


「鏡…………の前に、時間だ時間。ええっと…………そうっ! スマホ! そんな便利な道具があったっけ!」


 濃密であった十年は、やはり長い。

 スマートフォンの動作や、必要がないので忘れていた日本語等に、若干苦労しながら年月日と時間を把握した。


「――――本当に、戻ってきたんだなぁ」


 表示されているのは二〇一八年の、八月一日の午後五時。

 おもむろにテレビを付け――――リモコンに戸惑いながら。

 ガヤガヤと懐かしの日本語を堪能しながら、思い起こされるのは異世界での日々――――ではない。


「女神様は、最後になんて言っていたっけか…………」


 我が子、我が娘とは何だろうか。

 先ほど開け放たれた窓やクローゼットと扉を締めて台所に。

 そして、コーラのペットボトルを冷蔵庫から取り出し、飲みながら自室に戻る。


「んぐっ、んぐっ、んぐっ。――――っぷはぁっ! んーー、これこれっ! 向こうじゃ炭酸ジュースって無かったからなぁ!」


 よーし、これからスナック菓子買ってきて一人パーティだぜ! 等と盛り上がろうとするも無理。

 何故ならば、最大の違和感が部屋のベッドの上に「浮いて」いたからだ。


「どう考えても『これ』だよなぁ…………、もしかして、これが我が子…………は置いておこう。どう見ても、どう見てもだ」


 それは、剣だった。

 外は装飾が無い白一色の、そして恐らくは刀身が黒の。

 何故刀身の色まで解るのかは、勇者としての力。


「『伝心』が反応してる――――? やっぱりそうなのか」


 今更、何故日本に、これがあったのなら。

 そんな感情がぐるぐると渦巻く。

 考えられるのはただ一つ、召還時に「はぐれて」しまったのだろう。


「あの時は光に包まれて、訳が分からなかったけど。確か、『何か』を手放した事だけは覚えてる」


 その「何か」が恐らく、この神聖な気配を感じる剣だ。


「道理で無い筈だよ。まさか俺の部屋にあったなんて…………」


 これがあったのなら、戦いはもっと早く終わり、死んでいった仲間も生きていたかもしれない。


「でも、それはただの『IF』だ。後悔や未練にしたら、アイツ等に失礼だな」


 苦笑を一つ、修は手を延ばした。

 現代日本でこれがあっても、無用の長物以外の何物でもないだろうが、せめて神棚でも作って飾っておくべきだろう。


「お、意外と軽い。んで…………やっぱ中は黒いな」


 神剣(仮)だけあって、何の金属で出来ているか区別が付かない。


「それなりに、目利きも出来るようになったと思ったんだけど――――!?」


 鞘から抜いて、まじまじと観察を始めたその瞬間。

 剣から目映い光が溢れ――――。




「――――初めまして今代の勇者、私は女神の造りし『神剣セイレンディアーナ』 さぁ、共に世界を救……………………あれ? 何でしょうかこの体は? まるでヒトみたいです?」




「本当に今更っ!? というか服着てくれ服!?」




 修のベッドの上に、ちょこんと降り立ったのは同じ年頃の少女。

 褐色碧眼で長い銀髪の巨乳美少女、――――但し全裸。


(女神様に似てる――――じゃ、ないっ!? 何で人間になって、しかも裸なんだよっ! というか俺の股間にベストヒット! 超絶好みですありがとうございました! 全裸ごちそうさまです!?)


 戸惑いの声を上げる、涼やかな声が耳に心地よい。

 小玉すいかより大きいのでは? と思える形の良い乳房は、ピンク色の部分がゆるやかな銀髪にかくれて逆にエロい。

 ――――そして褐色である。


 グラビアアイドルが裸足で逃げ出す、芸術品の様に括れた腰と、両手で掴みたくなる巨尻とむっちりとした太股。

 ――――そして褐色である!


「…………その、貴男が勇者様で間違いないですよね? 何故私は、ヒトの姿になっているのでしょう。」


「俺に聞かないでくれ、そして頼むから何かで隠してくれ…………」


 余りに好み過ぎて、修の鼻の奥がツンと痛い。

 それ故に、そっぽを向いて上を向いて視線をそらすも、悲しいかな男の本能がチラ見を止められない。


(うおおおおおおっ!? シーツで隠したぁあああああああああ!? 逆にもっとエロ――――――きゅう)


「ゆ、勇者様!? 何故いきなり倒れて――――、敵襲!? まさか魔族が――――って、ここは何処!? 勇者様!? 勇者様!?」


 興奮と混乱のあまり、修は昏倒し。

 神剣セイレンディアーナも、混乱し慌てふためき、ついでに巨乳と尻を揺らす。――――大事な所が銀髪に隠されているのが心憎い。

 

 ともあれ、消えゆく意識の中で修が理解できた事は。

 現代日本に帰還しても、ファンタジーが残っていた、という事だった。


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