【未完結】クリア特典は聖剣の戦女神さまっ!

和鳳ハジメ

一章「置き去りにしたチートアイテムが銀髪褐色巨乳美少女になった件について」

001話 非モテ童貞勇者、現代日本に帰還する の巻



(一度くらい、可愛い子とセックスしたかったなぁ……はぁ)


 天へと昇る、大きな光の柱が目撃された。

 人々は皆一様に頭を垂れ、口々に感謝の言葉と、別れを惜しむ感情を吐露する。

 ――約一名、台無しにする心の溜息を出していたが。


 忙しそうに走り回っていた商人も、処刑を待つ罪人も、全ての人々が。

 彼への想いを捧げ、とはいえ彼は嘆くのだが。


(いや、おかしいでしょ。この世界を救ったんだよね俺? ステキ! 抱いて! って来てもいいじゃない。それを畏れ多いとかさぁ……まぁ、色々事情とかあんのはわかるけどさぁ)


 今日という日はそう、――――世界を救った勇者「久瀬修(くぜ・おさむ)」が天へと帰還する、正にその日だったからだ。


 ――――ある異世界に「セイレンディアーナ」と呼ばれる大陸がある。

 唯一女神の名を冠したその地は、修が元居た世界で言う「剣と魔法」の、所謂ファンタジー世界。

 そしてそのセイレンディアーナも、ファンタジー的世界の例に漏れず、ある「敵」が存在していた。


 即ち――――「魔王」


 彼の世界においては、数百年に一度出現し、生きとし生けるモノ全てを破壊しようとする「災厄」

 滅び行く世界を救うために、女神によって修が召喚されたのはゆうに十年前の出来事であった。


 その場所とは、正にこの平原。

 神聖セレディア王国――――否。現、セレディア共和国首都の鼻先にある、この大平原。

 そして今。修が召喚された時と同じく、大勢の人間が光の柱を取り囲んでいた。


 あの時と違うのは、悲壮感ただよう表情ではなく、別れへの悲しみ色。

 そして、十年という時の流れを経て、今や立派に国を導いている仲間達。――――残念な事にその一部ではあったが。


 その中の一人、現在は国家元首となった元王子アルベールが、光柱の前に立つ修に、後悔の念に満ちあふれた声を出した。


「…………すまないオサム。俺の力が足りないばかりに」


「いいえ、貴男だけの所為ではないわ。これは私達全員の力不足」


 彼の隣で悔しそうに唇を噛む女性は、レイチェル。

 アルベールの妻で、修の仲間。そして聖女だった人物だ。

 二人は魔王討伐の後に結婚し、修の衣食住を保証してくれていた恩人で、――――今でも大切な仲間だ。

 二人の婚姻は修としても喜ばしい事だが、それはそれとしてリア充爆発してほしい。


「そんな顔しないでくれ二人共、世界が平和になった以上、俺の存在が新たな火種になるぐらいなら、潔く元の世界に帰るさ。――――まぁ、未練が無いと言ったら嘘になるけどな」


 修は若干の嫉妬を隠しつつ、寂しさをにじませた笑みを浮かべた。

 何だかんだと言って、大切な仲間との別れだ。

 そんな気分にもなる。


「すまない、神剣さえ見つけられていれば、各国の声を押さえる事が出来たのだが…………」


「いいって、気にするなよ。だからこそ、俺達は人の手で魔王を倒す事が出来たんだからさ」


 大陸に残る伝説曰く、勇者は神剣と共に顕れる――――筈だった。

 だが、現実は違った。

 召喚された修には、神剣が無かったのだ。


 それが故に十年。

 当初は勇者という事すら疑われる中、女神から与えられた勇者の力「伝心」を。

 最初は修の心の声を伝えるだけしか出来なかったそれを、必死に鍛え上げながら実績を上げ。

 各国を周り、権力者の無理難題を乗り越えながら仲間を増やし。

 伝説に残る勇者達の旅路の、十倍もの時間をかけて魔王を討伐したのだ。


 その努力を、苦難の道を、人々は決して忘れないだろう。


(まさか、神剣とやらが無い事で、元の世界に戻る事になるなんてなぁ…………あったらモテてたか? もし、だなんて考えても仕方ないか)


 神剣とは、魔王に対する特効武器というだけでは無い。

 魔王討伐後の勇者に、新たな国を興しその国王となる事を「神」が約束した象徴。

 これは言わば勇者への報償にして、平和な世に不要な、強大すぎる存在を害する者が出ない様にする安全策でもあった。


 その神剣が、修には無いのだ。

 この結末は、魔王を倒す前から薄々気づいていた。

 暗殺者を差し向けられたり、国家間の戦争に発展しなかっただけ、修にとっては十二分に「マシ」なのである。


 ともあれ、各国の戦力バランス、発言権といった政治上の問題から、世界を救った勇者は現代日本に帰還する事となったのだ。

 悲しきかな、童貞のままで。


「――――もうそろそろ、そんな顔は止めてくれよ。最後は笑顔で見送ってくれないか?」


「…………ああ、そうだな。今までありがとうオサム。お前が作り上げたこの平和を、未来永劫まで守っていく事を誓う」


「ははっ、未来永劫とは大きく出たな。――――それより先ず、レイチェルを護ってやれよ。この召還の儀が終わったら、聖女の力が何一つ残らないんだろう?」


 元々、修の帰還は不可能と言われてきた。

 前例も見つからなかったし、歴代の勇者は皆、この地で生きて死んでいったからだ。

 だが、それを可能にしたのは彼女の執念と、そして――――各地に居る仲間達の努力の結晶だった。


 ありがとう、そう「伝心」と共に伝えられたレイチェルは涙声で、けれども明るく声を出す。


「ふふっ、流石『伝心』の勇者様ね。隠し事は出来ないわ」


「俺の決意も分かっているのだろうオサム。勿論、我が妻はちゃんと護るさ。だから、だから…………」


 笑顔に涙を滲ませる二人の様子に、取り囲む兵達――――共に戦った大勢の仲間達も、貰い泣きを始める。


「ああ、そうだ。俺達は仲間だ、…………離れていても、ずっと、それは変わらない」


「――――勇者様、行かないでください!」


「ずっと、ずっと俺達と――――っ!」


「~~~~っ! お前達っ!」


 思わず叫んだ兵達に、アルベールは苦しそうな声を上げる。

 彼とて引き留めたいのだ、帰還させたくないのだ。


 ――――修と共に、国を守り発展させる夢を見ていたのだ、この場に居る誰も彼もが。


(皆の気持ち…………痛い程伝わってくる)


 修もそれを望んでいた、だが、それはもう無理なのだ。

 寂しさを堪え、修はこの世界での最後の「伝心」を発動させる。

 世界を救った勇者の声が、気持ちが、その意志が、ダイレクトに彼らの心へと。



「――――ありがとう。皆が居たから、この平和が掴めたんだ」



 誰かが、大声で泣き始めた。



「――――ありがとう。皆が居たから、俺は最後まで戦えたんだ」



 誰もが、共に戦い死んでいった者を、最後まで戦いぬいた者達を想った。



「――――ありがとう。この世界の人間じゃない俺を受け入れてくれて」



 必死に笑顔を作っていたアルベールとレイチェルの瞳に、涙が浮かんだ。



「――――ありがとう。だから誇ってくれ、俺達は産まれや言葉が違っても、誰かの手を取って愛する事が出来る。それが、今の平和に繋がっている事をさ」



 好きだ、愛してる。各々が愛する者へ、家族へ、そして修に向けて叫んだ。



「――――ありがとう。覚えておいてほしい、俺だけが勇者だったんじゃない。共に戦った皆が、この世界に生きる者全員が、勇者なんだって事を」



 そして。



「――――ありがとう。また、何処かで会おう」



 世界を救った勇者「久瀬修」は、光の柱の中に入り、その姿を天へと昇らせる。


(…………嗚呼、世界が遠くなっていく)


 様々な過去が、修の脳裏に蘇る。

 後悔は無い、無いが――――ただ一つ、仲間にすら打ち明けなかった「未練」があった。

 もっとも、仲間は察していたが――。


(勇者になって世界を救っても、童貞卒業すら出来なかったなんて――――何か間違ってない? 俺、世界を救ったんだよ? ちょっとぐらいモテても良かったんじゃない!?)



 そう――――繰り返すが、修は童貞であったのだ。



 気になる女性は、聖女を筆頭にそれぞれ仲間同士でカップルを成立させ。

 相手は信頼し頼れる仲間が故に、祝福するしかない。

 そして伝心の力がある故に、ハニートラップの類ですらされる事無く。

 かといって娼婦を買おうとすれば、尊すぎて無理、という、嬉しくない本気の心の声が「伝心」から伝わる。


(皆に語った事に嘘は無い、だけど、だけど! 俺にとってこの帰還は正に福音!)


 どの様な形で現代日本に戻れるかは分からないが、そこでは「伝心」の勇者ではない、いち庶民なのだ。



(待ってろよ日本! そして何処かに居る筈の俺のヒロイン! 帰ったら俺、戦いとは無縁の青春をやり直すんだ――――!)



 今此処に、世界を救ったが故に童貞を拗らせてしまった勇者の、第二の人生が始まったのだった!





 天に昇る修を見送りながら、レイチェルはポツリと疑問を漏らした。


「ねぇ、貴男。…………やっぱり『あの人』は呼んでもよかったんじゃない?」


「…………『あの人』か」


 問われたアルベールの額には、微かな冷や汗が。

 話題に上がった件の人物は、アルベール達の様に勇者パーティとして、修と近い距離に居た者だ。


 他の仲間達と違い、それぞれの国の重鎮となっている訳で無く、知らせればすぐ来る人物で――――修の事が好きな、愛しているといっても過言では無い人物である。


 だが、その性格は不器用で見栄っ張り。

 それでいて、燃えさかる炎の様に苛烈で、――――修が帰還した今、人類最強と言ってもいい魔法の使い手だ。


「――――いえ、愚問だったわ。あの人が居たら帰還の儀が台無しになっていたかもしれないものね」


「或いは、無理矢理着いていって大惨事になっていたかもしれないな…………」


 夫婦は遠い目をして、かの女性の事を考えた。

 彼女がもし素直になれていたら、違う結末があったのだろうか。


(…………どう考えても、世界に大混乱を起こしそうな)


(悪い人では、無いのですけれど)


 それにしても、と奇しくも夫婦は同じ意味のため息を付いた。

 


(まさか、恋愛感情に『伝心』が使えないとは…………)



 彼ら勇者の仲間達は、例の女性を除き、その事と勇者の秘めた悩みに気づいていた。

 故に、件の魔法使いとくっついてくれれば、と色々と手を回したのだが、結果はご覧の有様だ。


「そちらの世界で、幸せになってくれオサム!」


「良い女性と、ご縁がありますように…………」


 幸あれと、始まりの仲間である二人は祈った。



 これは、日本に帰還した勇者・久瀬修が。

 理想の美少女を嫁にし、童貞を卒業し、そして幸せを掴む。

 ハッピーエンドの後の、完全無欠のハッピー・ラブ・アフターストーリーである


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