第26話 徒然に

夜勤。

きついなぁ

身体が夜勤に慣れないしんどさに加えて、この時期は寒さが入ってくる。

なんだろう、3時4時にぐっと寒くなるが日が上がる7時ぐらいにもう一度ぐっと寒くなる気がする。

そんな時に牛丼

どうですか?飽きた?

そんなこんなで月曜の夜勤の終わりにいつものすき家へ寄ろうと思った。

が同方向へ帰る同僚の車が先に我がすき家に入る…店の中で顔をあわせて、『おおぅ、来てたの?』みたいな話をしてお互い気まずそうに同じテーブルに座る…駄目だ、白々しい、耐えられん。

今日はやめとこう、ということでスルーして水曜日に再挑戦。今度は同僚はいません。


すき家着く。

すき家入る。

いつもの入ってすぐのコの字のカウンターの一番奥に行きたいが初めて見る店員が移動中に水を持って追いかけてくるため堪らず途中で席につく。

(早いのはええことやけどな君、俺は何も言わんけどやな、YOSHIKIやったら帰ってるぞ、裕也(内田)だったら力也に頼んでボゴボコにされてるぞ)

前方斜め右に作業着のおっさん

2席あけて前方斜め左にも作業着のおっさん

左手にも作業着のおっさん

早朝のすき家はおっさん率100%だ。


メニュー見る。

カレー豚汁。

これは実は少し前から出ていたと思う。

出ていたが避けていた。

気付かないふりをしていた。

近所の話し出すと止まらない、面倒くさいおばさんにそうするように、カレー豚汁から逃げも隠れもしていたのだ。

でも夜勤中というのは判断力も鈍るな。

何を思ったか注文してしまった。

牛丼並、カレー豚汁おしんこセット。

豚汁が黄色い

当然ながらカレーの匂いがします。

うどん屋のカレーうどんとか、カレー粉の匂い。

でも違和感あるなぁ。豚汁からカレーの匂いがする違和感よりも一発目に牛丼の甘辛い匂いがしない違和感。鼻がついつい牛丼の匂いを探してしまう。

とはいえ、汁セットの場合、日本人は一口目はつい汁を飲んでしまう。

一口目が汁じゃない日本人はいません。


ズゾゾゾゾ(汁をすする音です)

これはいかんなぁ

なんだろう、里芋かな。里芋がカレーを生理的に受け付けないのかもしれない。

それかカレーが薄いのかな?カレーでも豚汁でもない感じ?

一口目に汁をすすって『?』

牛丼をかきこんでから汁をすすって『?』

単体での味的にも『?』

牛丼とのマリアージュ的にも『?』

不思議と牛丼までいつもと違う味に感じる。

カレー豚汁はどの食事に合うのか今のところ分からない。もちろんカレーライスじゃないだろうし、トンカツ定食でもない。

しかしこれはすき家の会議をくぐり抜けてきた商品であるはずだ。

企画、開発、試食を経て世に出ているはずだ。どこかに良い着地点があるのかもしれない。

結局頭の中に『???』が浮かんだまま食事が終わった。この人じゃないなぁと思いながらなんとなく付き合ってたら子供が出来、気付いたら一生添い遂げていて、まぁいっかと思う夫婦のような食事だった。

とはいえ腹一杯。腹に入ってしまえば。

喉元過ぎれば。


さあ金を払って帰ろう。

そして自分にはすき家において、矜持がある。

夜勤をあけて早朝に店を訪れるとだいたい店員は1人だ。注文を受け、牛丼を提供し、レジをうち、食器をさげて洗う。

これだけの作業を1人でこなすのだ。

混み合うとてんてこ舞いになる。

なのでこちらもなるべく邪魔はしたくない。店員の彼もしくは彼女等の動線を妨げたくない。

吉野家しかりだが牛丼屋の真の通とは汁だくがどうとか、いや汁ダクダク、いや自分は鬼ダクです。いや、汁抜きです。牛抜きネギダクですとか、そんなことではない。

牛丼は庶民の味方の安価な食べ物で、これは各々好きに食べていい。

思い思いに食べなさい。


真の牛丼屋通とは…流れを妨げない清算のタイミングです。

これが出来なければ牛丼屋通とは言えない。

牛丼は日本の誇るご飯のファストフード、すき家で5分待たされたら皆(遅いな)と思い始める。10分待たされたらYOSHIKIだけじゃなく、Toshiまで帰ってしまいます。

優しいToshiを帰したくない。

Toshiに見限られたくない。

だから客にもルールというかマナーがある。

店の流れを止めてはならない。牛丼屋という舞台の上で店員もあなたも牛丼屋を演じきらねばらならい。

もう幕は、どんちょうは開いてるんですよ!


今あなたは牛丼を食べ終わって、お茶を飲みながら楊枝でシーハしてます。

もうこの際牛丼はどうでもいい。食べることはどうでもいい。

長財布を持っておもむろに立ち上がったそこのあなた!バカタレっ

今、店員は先ほど入った新規の客Aのご飯を作っている。仮にこの店員を板橋とします。

アルバイト24歳。初めに就職した会社を辞め、次が見つかるまでアルバイトをしている。要領が良い方ではないが誠実さはある。そんな板橋です。

焼き鮭定食です。

昔は誰が食うんだろうと思っていたけど以外と出るんですねこの定食ものが。おそらく毎日来る人が牛丼に飽きるのではないかと思う。この早朝はむしろ牛丼より定食の方が注文が多いように見える。

板橋が奥に引っ込んで焼き鮭定食を作り始める。この邪魔をしたくない。

周りを見ましょう。

斜め左の客がもうすぐ食べ終わりそうです。

この客を仮に田口さんとします。54歳、工事監督職、少し口が悪いが仕事は出来る。

今ここで自分が清算に立つとどうなるか。

板橋は定食を作るのにもう少し時間がかかるので中断してレジにくる。すると田口さんもも食べ終わってレジに並んでくる。都合焼き鮭定食は放置され、客Aは待ちぼうけを食う。

清算終わる。板橋は急いで焼き鮭定食を仕上げて運ぶ。

この時点で客Aはだいぶ待った感がある。普通のレストランなら全然許せる時間なのだか牛丼屋でそんなに待つ心づもりにしていないのだ。

板橋もレジを少し待たせて焼き鮭定食を仕上げてもよかった。経験も浅く要領も悪いので田口さんまで食べ終わるのまで見越せていなかった。会社を辞めたのもそういうとこの積み重ねもあった。最初は先輩も優しく教えてくれていたが一人で仕事を任されるようになると段取りの悪さやミスが目立つようになった。だんだん居心地が悪くなったのも辞めた原因の1つとして、あった。


少し巻き戻して自分がもう少しシーハしてたらどうでしょう?食べ終わってるのだけど舞台のために今清算には行かない。行かないがそれを悟られたくはない。

水を飲みながらスマホを見るふりをしてください。ふりをしながら周囲を見る。

ガゼルを狙うライオンが草原に隠れるのように虎視眈々と周囲を見てください。

と板橋が焼き鮭定食を仕上げて運びます。

板橋も悪いヤツじゃない。

中断無しのアツアツです。客Aが焼き鮭定食にとりかかる。

ここで田口さんが食べ終わってレジに向かう。田口さんは職人気質でせっかちなので席でシーハしない。楊枝をくわえたままレジに向かう。

ここです、レジに立つのは。

それもなるべく自然に(そろそろ行くかな~)と席を立って下さい。

板橋は焼き鮭定食の帰りに田口さんと小生のお盆を引っ込めながら帰って来て、田口の清算をし、小生の清算をします。

どうですか?牛丼屋という舞台が回ってましたね。

これです。牛丼なんかこの際ほっといて下さい。流れを止めない清算のタイミングこそが牛丼屋通なのです。

そういうものに自分はなりたい。


それからみかん畑に寄り、温州みかんを採集して帰った。

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