第18話 2018年9月21日 夜勤にて

夜勤をしていた。

しんどい。

加えて後輩(以後、ハンバーグ)との話に疲れていた。

ツレがツレが言いやがって、お前はこっち側の人間じゃなかったのかっ

勝手に裏切られた気分になりながら、ねむい目をこすりながら定例の夜勤のご褒美としてすき屋に行く。

もちろん1人だ。

誘うことも誘われることもない。

あるのは「あのあと誰々で飯行った」という話を聞かされることだけだ。

行けばいい。行けば分かるさ。


疲弊していた、と言うほかない。

普段ならそんなことはしない。

身に余る贅沢をしたり、自分を大きく見せようと大風呂敷を広げるタイプではないはずだ。

店に入る。

手前にコの字型のカウンター、奥は2人がけないし4人がけののテーブルが並ぶ。

カウンター席のいつもの場所へ。

夜勤終わりで早朝なので他の客は少ない。

頼むのはいつも決まっていて牛丼ミニと豚汁お新香セットだ。

これに牛丼が見えなくなるほど紅しょうがをのせ、牛丼と豚汁に七味をふって食べるのが自分スタイルだ。これはかなり酸味があり、もはや牛丼と言っていいか分からない味だが好きなものは仕方がない。

メニューの牛丼は一通り試し、一時かなりキムチ牛丼を食べたが一周回って普通の牛丼に落ち着いた。ツユダク、ツユダクダク、鬼ダクも若い頃は手を出したりしたが結局ノーマルが一番完成されている気がする。

この日もそのつもりだった。

ゆえにいつもメニューは見ないのだがふとカウンターに座り視線を下げた時に貼りつけてある【うな牛】の写真が目に入る。


いやいやいやいや~

無いやろ~

無理やろ~

自分はそんな立場にないやろ~

牛丼とうな丼が一緒に食べれる。

………控えめに言って最高じゃな


しかし当然お値段は張る。

家で眠っているはずの嫁と子供の顔が浮かぶ。

俺だけこんなん食ってええんか?

いつも漠然と自分がうな牛を食べれるのは10年後ぐらいと思っていた。

うな牛が発売された時に10年後ぐらいと思っていたが、数年経つ今も10年後ぐらいと思っていた。

いつ食べれるのか。


しかし人は間違え続ける生き物だ。

コロンブスはインドを目指してアメリカを発見したし。

それに甲子園のようにすき屋にも魔物が住んでるのかもかもしれない。

そして疲れていた。

眠気も判断力をにぶらせたと思う。

「10年後10年後っていつになったら10年経つのか(怒)」

プロ野球のピッチャーの一球はいくらくらいになるのだろう。そこそこの金額になるのではないか。

俺のしてることは、俺の仕事は野球に比べてそんなに価値の無いことなのか。

サラリーマンは悲しい。

「うな牛並みと豚汁お新香セットで」

あーあ言うた。

若干の高揚と後悔。

知らんで俺は。

牛丼にはミニがあるがうな牛にはミニはない様だ。


感傷に浸る暇もなくうな牛来る。

おっ

思ったよりうなスペースが広い、というより牛スペースが狭いですね。

配分に不安が残る。

ちゃんと小袋で山椒も付いています。

さあどうしようか。

紅しょうがをしこたま乗せて七味をふるとうなに影響しそうだ。

あくまで混ぜずに、うなはうな、牛は牛で行きます。

うなから。

来たうなの身は半身の尻尾側。

牛と混ぜたくないので細心の注意を払って山椒をかける。

いきます。

好みの味より少し甘味が少ないタレ。

切り身として小さいわけではないのだが牛スペースが少ないのでこのうなでたくさんのご飯を食べなければ後半厳しいな。

食べます。

途中お新香と豚汁を挟む。

うながいるせいかお新香と豚汁がよそよそしい気がする。

後半戦を考えて少しのうなで多目のご飯を食べていく。

うなスペース終わり。スーパーの鰻しか食べたことないし千円せずに鰻丼と牛丼が食べれるんだから満足、文句はありません。

牛スペース行きます。

おっ

おっ?

おおう…

えっ?

少ないと思っていた牛が割と縦に積み重なっていて思ったより量がある。

表面積は少ないのだが思ったより深さがあったので体積もそれなりの量がある。

普通に並盛り分くらいか?

これは嬉しい悲鳴ではない。

牛丼はバランスの食べ物、食べ終わる時にご飯が残るのも牛が残るのも望ましくない。

牛が少なくて味が薄いのも嫌だが牛が多くて味が濃いのも違うのだ。

まして自分はここに大量の紅しょうがと七味をふるのだ。

いつもより一口辺りの牛の割合がご飯に対し多い。味が濃い。

前半の判断ミスが後半に響いた。

前半からもっと牛に構っていればこの失敗は回避できたはずだ。

豚汁お新香セットも浮気を怒っているのかよそよそしいままだ。

牛丼の味がいつもより濃いので挟む豚汁とお新香の感じまで違って感じてしまっている。


食べ終わりました。


やはりうな牛は自分にはまだ早かった。

貧乏根性からなる牛が少ないという誤解がこの食事を最後までチグハグなものにしてしまった。

かくしておっさんはまた牛丼並みに戻っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る