天使と悪魔の残り五分

結城藍人

天使と悪魔の残り五分

「試合時間五十五分経過。残り五分」


 リングアナウンサーの場内アナウンスが聞こえると同時に、場内に悲鳴のような歓声が響き渡る。


 いや、あれは本当に悲鳴だ。人気絶頂のチャンピオンが負けそうなのだから。


 リングの中央に立つチャンピオンは、既に立っているのも限界なほどフラフラになっている。


 それに対して、俺は慎重に様子を見ながら、ジリジリと近寄っていく。


「ファイト!」


 レフェリーが、互いに攻撃を促す。いや、あれはに攻撃を促しているんだ。もうチャンピオンは攻撃できる状況じゃない。


 


 そういう意味を込めての「ファイト!」だと、はっきりと俺にはわかった。弱小独立インディー団体の所属とはいえ伊達に二十年以上プロレスで飯を食ってはいない。


 俺だって、団体の看板を背負っているエース選手だ。常に倒産寸前の自転車経営でやってる弱小団体。その最後の頼みの綱である業界最大手の有名メジャー団体との対抗戦。この選手権試合タイトルマッチが初戦だ。何としても盛り上げて、今後も対抗戦を継続しないといけない。


 だからこそ、今日の試合は何としても「」に持ち込まないといけない。有名メジャー団体のプライドとチャンピオンの商品価値にかけて、


 俺の使命は、チャンピオンをギリギリまで追い詰めることだ。それ以上はやってはいけない。もし俺が勝ってしまったら、それで終わりだ。次回の対戦でチャンピオンベルトは取り返され、交流戦は終了になる。


 そうなれば、うちの団体は倒産して、俺は新たな所属先を探すことになるだろう。有名メジャー団体の方でもチャンピオンの商品価値は暴落し、新しい看板選手を育ててチャンピオンにしないといけなくなる。どちらにとっても、幸せな結末とは言えないだろう。


 だが、にとってはどうだ?


 今、ルールにのっとってチャンピオンを倒せば、俺は曲がりなりにも有名メジャー団体のチャンピオンだ。その歴史は消せない。


 元々、テクニックは有名メジャー団体でも通じると評価されていた。今はプロレス団体は山ほどある。うちの団体がつぶれても、新たな所属先を探すことは難しくはないだろう。独立インディー団体同士の交流戦で培った伝手もある。


 もとより「暗黙の掟」破りをやった選手は取りにくいというのはあるだろう。だが、それ以上の「商品価値」=「集客能力」がありさえすればリングに上がれるのがプロレスというものだ。有名メジャー団体のチャンピオンになったというのは、それだけの商品価値になる。


 ましてや、今、目の前に居るチャンピオンは俺の技のせいではなく、調で、フラフラの状態だ。俺が必殺技フィニッシュホールドを決めてフォールすれば、レフェリーも3カウントを入れざるを得ない。


「あいつのミスだ。勝つ以外に説得力のある終わらせ方フィニッシュが無かった」


 そう言えば通じるような状態だ。


 さあ、どうする、俺?

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