責任とは
40 街道 夜 回想
平治郎が黙々と歩いている。
風が少し強くなる。
平治郎
風が強くなったかな。
歩きながら腹をさする平治郎。
平治郎
家に寄るか。
41 平治郎の家 中 回想
ミノ、八郎、寝ている。
戸を開けて平治郎が入ってくる。
荷をおろし、居間にあがる平治郎。
火を焚く平治郎。
目を覚ますミノ。
平治郎
あぁ、起こしちまったな。
手は休めず、吹き込んだ雪をさらう。
起き上がるミノ、手伝おうとする。
平治郎
お前はいい。
体が冷えるといけねぇからな。
それより、何かねぇか?
ミノ
芋飯が少し残ってるよ。
平治郎
米は返してくれたか?
ミノ、支度を始めながら、
ミノ
ええ(意味深)。
平治郎
……何か言われたのか?
ミノ
一昨日仕事に就いたと思ったらもう米が返せる程稼いだのか、いい仕事に就いたもんだなぁ……って。
平治郎
……嫌な思いさせちまったな。
ミノ
なんもさ。
夜遅かったけど、八郎に久し振りに腹いっぱい食わしてやれたし。
平治郎
そいつはよかった。
ミノ
あったかく食えるように粥にしたよ。
平治郎
ああ、ありがてぇ。
粥を食べ始める平治郎。
ミノ、平治郎の高丈等を片付ける。
平治郎
おかわりはあるか?
ミノ
もうちょっとなら。
と、鍋を見せる。
平治郎
充分だ。
おかわりを食べる平治郎。
食べ終わり、八郎の寝顔をのぞき込む平治郎。
ミノ
腹いっぱい食ってぐっすりだ。
平治郎
そいつはよかった。
支度を始める平治郎。
ミノ
出掛けるのかい?
平治郎
あぁ。
ミノ
今日はもう寝て、朝になってからにしたらどうだい?
平治郎
朝までのんびり寝てたら、また村のモンに何言われるか判んねぇしな。
ミノ
この天気、まだ悪くなるよ、きっと。
平治郎
…………。
ミノ
八郎も会いたがってんだ。
さっきも「なんでその時起こしてくんなかったんだ」って……。
平治郎
なぁに、すぐに会えるさ。
まぁ、引越は雪が止んでからってことになるだろうが……それもせいぜい二、三日の辛抱だ。
ミノ
でも……。
平治郎、身支度の手を止めてミノと向き合う。
平治郎
いい仕事だ……いい仕事に就いた。
こんないい仕事なかなか見つかるもんじゃねぇ。
この仕事紹介してくれた石黒さんの為にも、津田さんの……郵便の仕事の信頼の為にも、ちゃあんと任務ってやつを全うしねぇば……な。
ミノ
でも……。
平治郎
俺が間違いなんか起こす訳ねぇベ。
大丈夫だ。
もう、お前たちに食いもんの心配はさせねぇ。
ミノ
あんた……。
平治郎
なぁに、雪の事なら心配ねぇ。
ミノ
……あんたがそう言うなら……。
と、身支度を整える。
平治郎
……なんかないか?
と、辺りを見回す。
平治郎
あぁ、あれ。
と、竹の棒を指し示す。
ミノ、手渡す。
一番鶏が鳴く。
平治郎
じゃあな、行ってくる。
戸口でいつまでも見送るミノ。
42 平治郎の家 中 夜
前シーンからのオーバーラップ。
布団の上に座り、まんじりともしないミノ。
八郎、むくりと起き上がる。
八郎
母ちゃん。
ミノ、ようやく気付く。
ミノ
なに?
八郎
父ちゃん、まだ帰ってこない?
間。
八郎を抱き締め、泣き出すミノ。
43 山道
テロップ「捜索三日目」
大勢の男たちが捜索している。
中野、山口に近付く小林。
小林
中野くん。
中野
小林さん。
小林
君ら先発隊は一旦、局へ戻りたまえ。
中野
……しかし……。
と、咳き込みながらも必死に捜索している鬼武に視線を向ける。
中野
鬼武局長は数日前から親族が入院中で、自身も病身を押して捜索に参加している由、他にも山内巡査や請負の石黒氏らも引き続き捜索にあたっております。
我々だけが捜索を外れる訳には……。
小林
勘違いしてはいかんぞ。
釧路局に戻って諸々の事務手続きの任にあたってもらいたいのだ。
間。
小林
しかるべき立場の人間が「局に誰もいない」では、困る。
な?
中野
…………判りました。
と、時計を確認し、
中野
一月二十五日十時二十分。先発隊、帰局致します。
頷き合う小林と中野。
中野、山口と共に釧路へと戻る。
多助、捜索の手を止め、
多助
宿徳内が見えてきたなぁ……。
そこへ離れた場所から大きな声。
田村の声
おぉーい!
おぉーい!
声の方に走り出す男たち。
そこには田村民之助を中心に主だった男たちが集まっている。
輪の中心に手拭いが巻かれた竹の棒が見え隠れしている。
多助
何が見つかったんだ?
津田
行嚢だ。
郵便行嚢が見つかったんだ。
山内、田村に色々と訊いている。
山内
それで、はためく手拭いを発見し、そこを掘ってたんだな?
田村
へい。
したら外套にくるまれた荷物があったという訳で……。
中を調べている小林、岡本。
小林
……大丈夫だ。
岡本
これも、これも!
小林
何一つ異常ない。
津田
(多助に)逓送人は自らの外套を脱いで、命に代えて郵便物を守ったんだ。
多助
……で、平治郎さんは?
津田
まだ発見されていない。
多助
発見されてない?
津田
ああ。行嚢以外には発見されていない。
間。
多助
……行こうとしたんだ。
鬼武
何?
多助
助かる為に……生きる為に宿徳内に向おうとしたに違いない。
アイヌの参加者達、口々に賛同。
津田
よし、ここから宿徳内へ向けて捜索だ。
一同
おぉーっ!
52 山道 夜 回想
吹雪き出した山道を、息荒く進む平治郎。
平治郎
……随分吹雪いてきたな。
黙々と歩く平治郎。
風が一層強く吹く。
平治郎、左足を確認する。
高丈が破れかけている。
平治郎、自ら千切れかけの前半分を破り捨て、
そこを手拭いで覆い歩き出す。
黙々と歩く平治郎。
何度も足をくるみ直す平治郎。
やがて諦め、高丈そのものを脱ぎ捨てる。
平治郎
昆布森までというのは無理そうだ。
この近くといえば宿徳内か……宿徳内には瀧本がいる。
あいつの家まで行こう。
風はいつしか横殴り。
必死に前進する平治郎。
平治郎
行けるか?
宿徳内まで。
もつか?
俺の左足。
行嚢に視線を向ける。
平治郎
これさえなければ……。
津田の声
その一つ一つが……たとえ新聞一枚、葉書一枚であっても、受取人にとっていかほど大切なものか……途中で休むにしても、決して自分の体から離したりせんように……。
平治郎
なぁに、あと十丁くらいだ。
大丈夫。大丈夫。
平治郎首を振り、前進を続ける。
下から巻き上がるような地吹雪に見舞われる平治郎。
津田の声
非常の時には命に代えてこれを守り通さねばならないのが、逓送の任務なんです。
平治郎
……命より大事なものなんてねぇ……。
と、行嚢をおろし、歩き出そうとする。
津田の声
受取人にとっていかほど大切なものか……。
立ち止まる平治郎。
行嚢まで戻って外套にくるみ、紐で縛る。
手拭いを巻いた竹棒を目印に突き立てる。
平治郎
臨時とはいえ俺は逓送人だ。
逓送人は郵便物を守らにゃなんねぇ。
この仕事を続けて行くためにも守らにゃなんねぇ。
やっぱりアイヌは……なんて言われんのも嫌だし、途中で投げ出したなんて村の連中に笑われたくも……。
再び動き出す平治郎。
猛烈な地吹雪の中、
もがくように雪を漕ぎ、前進しようとする平治郎。
平治郎
ミノ……八郎……ミノ……八郎……ミノ……八郎……八郎……ミノ…………ミノーッ!
53 平治郎の家 中
祈り続けるミノ。
八郎、突然立ち上がる。
八郎
父ちゃんだ。
ミノ
え?
八郎
父ちゃんが呼んどる。
ミノ
八郎……。
八郎
帰ってきたよ。父ちゃんが帰ってきた!
と、外へ飛び出す。
54 山道
ラッパの音が鳴り響く。
多助、津田、走り出す。
木元福松、泣きながら叫び続けている。
木元
発見したぞぉ!
吉良平治郎を発見したぞぉーっ!
雪の中から仁王像のように前のめりに立ち尽くす吉良平治郎が現われている。
岡本、金次郎、号泣している。
そこに到着する多助、津田。
平治郎の突き出した右手の目指す先に宿徳内の集落が見える。
腰には手付かずの凍ったおやき。
津田、男泣き。
吉良平治郎傳 結城慎二 @hTony
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