運命の決断

33 石黒宅離れ(平治郎の寝室) 回想


   風が一つ唸り、平治郎目覚める。




34 石黒宅 中 回想


   石黒の妻が、平治郎の防寒着を繕っている。

   そこに平治郎が入ってくる。


石黒妻

 あぁ、ぐっすり眠れたかい?


平治郎

 へい。


石黒妻

 古い物ばかりだからねぇ、繕っといたよ。


   と、防寒着を見せる。


平治郎

 ありがとうございます。


   そこに金次郎が入ってくる。


金次郎

 おぉ、起きたか。平治郎。


平治郎

 すいません。随分と寝過ごしたようで……。


金次郎

 いやいや。

 おい、飯の支度してやれや。


石黒妻

 あいよ。


平治郎

 あ、いや……自分で作りますから……。


金次郎

 遠慮すんな。


石黒妻

 そうだよ。

家族と離れちまって何かと大変だろうしねぇ。


平治郎

 へぇ……でも、明日には引っ越してくる予定ですし。


石黒妻

 そうかいそうかい。

 これでやっと八郎ちゃんと会えるんだねぇ。


   と、台所へ向う。

   照れる平治郎。


金次郎

 明日かぁ……。


平治郎

 ?

 何か?


金次郎

 いやな、明日から二、三日吹雪くらしいんだ。


平治郎

 あぁ、この雪は酷くなりそうだ。


金次郎

 もしかしたら、夜の内に酷くなるかも知れん。


平治郎

 じゃあ、今日は早めに出発しよう。


金次郎

 そうか……あのな、平治郎。


平治郎

 へい。


金次郎

 ……馬がな。どうも蹄を痛めたらしくて…。


平治郎

 あぁ、そのことなら心配しねぇでくれ。

 歩いて行くから。


金次郎

 歩いて?


平治郎

 昨日馬で行ったが辛かった。

 あ、いや、歩くよりは楽だが寒くて辛い。

 今日は端から歩いて行こうと決めていたんだ。


金次郎

 ……そうか……。


   石黒の妻、戻ってくる。


石黒妻

 さぁさぁ、しっかり食べて行きなよ。


平治郎

 ありがとうございます。


石黒妻

 そうだ。あんた、お米。


金次郎

 おお、持ってこい。


   石黒妻、頷いて台所へ。

   食事中の平治郎。

   米袋を持って戻ってくる石黒妻。


石黒妻

 五升だったかね。


平治郎

 あぁ、おカミさん。

 ありがとうございます。


金次郎

 よし、郵便行嚢を取りに行ってこよう。


   と、出て行く。


平治郎

 あ、ありがとうございます。


石黒妻

 支度、手伝おうか。


平治郎

 ありがとうございます。


   平治郎、出発の支度。


石黒妻

 正規の支度ならもっと暖かいのにねぇ……。


平治郎

 いえ、充分です。


   金次郎、戻ってくる。


金次郎

 取ってきたぞ。


平治郎

 ありがとうございます。


金次郎

 今日はいつもより重いか?


   持ってみる平治郎、米も持ってみる。


平治郎

 米は三升だけにします。


石黒妻

 いいのかい?


平治郎

 借りた分は二升ですから。

 一升余計にあれば家族には充分です。


   黙々と支度を続ける平治郎。


金次郎

 ……平治郎。


平治郎

 へい?


金次郎

 今日はやめたらどうだ?


   間。


平治郎

 うむ……いや、この降りならば大丈夫だべ。

 それに……。


   と、米袋に視線を落とす。


平治郎

 ま、どんな風になるか判らねぇが、風が酷くならねぇうちに行くさ。


金次郎

 そうか……。

 だが、無理はすんじゃねぇぞ。

 いざとなったら途中で知り合いの家に避難してもいいからな。


   無言で頷き、出発する平治郎。


石黒妻

 ……あんた。


   と、金次郎に寄り添う。




35 昆布森 外 回想


   歩いている平治郎、呼び止められる。


村人

 郵便屋さん。

 郵便屋さんだろ?


平治郎

 へい。

 ……何か?


村人

 これから釧路に行くんだろ?


平治郎

 へい。


村人

 じゃあ頼まれてくんねぇか。


平治郎

 何を?


村人

 なに、金つばおやきをな、買ってきて欲しいのよ。


平治郎

 おやき……ですか。


村人

 ああ、よろしく頼むよ。


   と、銭を手渡す。


平治郎

 ……へい。


   二人別れる。




36 山道 夜 回想


   降り積もる雪道を黙々と歩く平治郎。




37 平治郎の家 外 回想


   唄いながら夜道を歩く平治郎。

   ボロ家から小さく明かりが漏れるのを見つけ、戸を叩く平治郎。




38 平治郎の家 中 回想


   八郎は寝ている。

   ミノが平治郎を迎え入れる。


平治郎

 元気だったか?


ミノ

 ええ、あんたは?


平治郎

 あぁ、見ての通りだ。


ミノ

 今日はどうしたんだい?


   行嚢をおろす平治郎。


平治郎

 ん?

 あぁ、米をな。


   と、三升の米を取り出す。


平治郎

 借りた二升、皆に返しといてくれ。


ミノ

 どうしたんだい?

 これ。


平治郎

 仕事の手付に貰ったんだ。

 あと二升、昆布森に残してきた。


ミノ

 そんなにいっぱい?


平治郎

 ああ。

 ……引越の準備は済んだか?


ミノ

 (笑う)準備ったって、二人で担げる程度のもんだよ。


平治郎

 そうだな……。じゃあ、行ってくる。


ミノ

 もう行くのかい?


平治郎

 ああ。

 米を届けに来ただけだ。


   と、出て行く。




39 釧路郵便局 中 回想


   岡本、山口まったりしている。

   山口、時計を見やる。


山口

 日付が替わりますね。


岡本

 おお、もうそんな時間か。


   そこに平治郎が入ってくる。


山口

 うわっ!

 ……なんだ、逓送の。


平治郎

 へい。


山口

 びっくりしたよ。

 雪男でも現われたかと思ってな。


   と、笑う。


岡本

 随分遅かったなぁ……。


平治郎

 へい……歩いて来たもんで。


岡本

 歩いて……馬はどうしたんだい?


平治郎

 蹄を痛めまして……へい。


岡本

 そうか……山口、手伝ってやんなさい。


山口

 はい。


   引き継ぎ作業を行う山口と平治郎。


山口

 ん?

 腰の包みはなんだい?


平治郎

 金つばおやきです。

 昆布森で頼まれまして……。


山口

 売ってくれたんかい。


平治郎

 へぇ、無理聞いてもらいました。


   間。


平治郎

 ?

 帰りの荷物は?


山口

 戻るつもりなのか?


平治郎

 へい。そのつもりですが……。


山口

 岡本書記官。


岡本

 どうした?


山口

 逓送人、戻るって言ってますよ。


岡本

 何?

 本当か?


平治郎

 へい。


岡本

 無理する事はない。

 ホラ、今こうして送り状に「馬負傷ノ為 延着ス」と、書いた所だ。

 降りも強くなって来てるようだし、今日は随分な荷物だぞ。

 合わせて四貫三百匁ある。


平治郎

 大丈夫です。

 頼まれた金つばおやきの件もありますし、これくらいの降りなら……今なら……。


岡本

 ……そうか……判った。

 行ってこい。

 だが、無理はするなよ。


平治郎

 へい。


山口

 よし、手伝おう。


   と、行嚢二個を背負わせる。

   支度を終えて。


平治郎

 では、出発します。


岡本

 おぅ、気をつけてな。


   外まで見送る岡本、山口。

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