行きつく先

 俺が生涯で網羅する地域は、北と南に大海を面している大陸と大陸の狭間の陸地だった。必然的に交通の要衝になってしまったその地域は、そこに住む人々の民度を置いてけぼりにして栄え、年間に何万人もの外国人たちが行き来した。

 その地域をヴィンチ地峡といい、地域のインフラが整わないまま人と金だけが大きく動くようになり、いつしか治安は全世界最悪といわれるようにまでなった。

 そして交通の要衝は、いつも大国の食指の先にある。ヴィンチ地峡の東はラーマ王国の支配にあり、西は帝政オピアが地元の都市国家群に面していた。

 俺が生まれ育ったのは、ラーマ王国の西端の都市。俺が生涯を終えるのは、帝政オピアのすぐ近くにあるサウード家の治める都市国家。俺は生まれてから死ぬまで、ずっとこの逆三角形の狭苦しい地峡のなかを右往左往して過ごした。

 あるときは肉親に愛され、あるときは目の色が違う一族との別離を経験し、あるときは陽気な商人の血を吐くような激高を目の当たりにした。そして、多神教徒との避けられぬ戦いで、俺はリオを殺すことになる――。

 露天掘りの鉱山から、荒野に、砂漠に、そしてにぎやかな商人の町にと仲間の助けをえて渡り歩いた。その俺の人生の根底には、ミスナという神がいた。

 だけれども、俺は結局、一生かかってもミスナの教えを守ることができなかった。

 ――そもそも、出会った時点で俺はあなたの教えに背いている。妹を愛してしまっていた俺が、バナージと出会いミスナに触れたのは、それ自体が罰であったのか?

 知らなかった方が楽だったと思ってしまった。出会わなければ背くこともないと思ってしまった。それでも、同じ神を信じている仲間だけは、俺の居場所になり続けてくれると思っていたのに。


 これは俺の破滅の物語。救われた存在に、自身を抹消されるまでの物語。

 預言者の家系に、存在してはいけない子がいた。それが遠い国で生きており、喜々として戻ってきてしまった。俺は、存在が罪。わかりあえたはずの教団に、埋められない溝を深く掘った人間。生まれてしまった後悔は、死んでも消えないものとみえる。

 俺の死後、教団は帝政オピアの保護をえて急速に西の大陸に広がりをみせた。教徒たちの聖戦は続き、ラーマ王国は崩壊した。だけれども、何が残った? 残ったのは派閥の戦いと国の興亡。結局何一つ変わっていない。

 ただ一つ聞きたいことがある。

 預言者は、私生児の子が、それほど憎かったですか?

 自らの口から出した尊き教えを、血のつながらぬ兄弟が生まれながらに破っていたことが許せなかったですか?


 俺は、生まれなきゃよかったんですか?

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