第18話 さらば妻恋山

「浩一!」

 謎の美女はヘリコプターから身を乗りだすと、両手を大きく振りはじめた。


 その親しげなそぶりを見て、亜子さんがオレに尋ねる。

「まさかあの人が『謎の美女』かい?」

「はい。でもどうしてヘリに……」

「実はカノジョでしたとか、そんなオチじゃないよね?」


 亜子さんがオレに詰め寄ると、美女が「こらあ!」と叫んだ。

「アタシの浩一にちょっかい出すのをやめなさい!」


「「「「あたしの浩一!?」」」」

 オレたちが驚いていると、美女は両手をメガホンの形にして、

「浩一に好き放題していいのはアタシだけなんだから!」


 なぎさがオレの肩を揺さぶった。

「好き放題ってどういう意味よ!?」

 葉月さんも真っ赤な顔で、

「ええええっちなことですか!?」

「ちがう! エロいことはしてない! してない気がする! ……たぶん」


「おやおや?」

 亜子さんがオレの頬をつついた。

「自信がどんどん減っていくね?」

ふぁっへだって……」

 記憶がないんだもん。


 とその時、頭上から声が。

「まったくイチャついちゃって! 見てられないわ!」

 美女は髪をふぁさっときあげるとヘリコプターから飛び降りた。


「「「「ええーっ!?」」」」

 

 驚愕したのもつかの間、美女の背中でパラシュートがひらいた。そして美女は滑空しながらオレの元へ――


「浩一! 正気に戻りなさい!」

 美女のチョップがオレの脳天に直撃した。

「痛ってー!? 何するんだよ姉さん!」

 ……ん? 姉さん?

 瞬間、脳裏で「ぱちん」。

 パズルのピースがはまった音。それが次第に間断なく響きはじめた。

 頭の中で「ぱちん」と音がするたびに、記憶の空白が埋まっていく。


「どうやら思い出したみたいね」


 『謎の美女』こと、オレの姉さんは、満足げに胸をそらした。



 ●  ●  ●



「きゃー! これが恋愛成就の妻恋つまこい温泉なのね!?」

 黄色い声をあげて、姉さんが温泉をペットボトルに詰めていく。

 その様子を見て、オレは気づいた。


「まさか姉さん……温泉を持ち帰るためにヘリに乗ったの?」

「ち、ちがうわ。行方不明のあんたを探すためよ」


 姉さんは目を泳がせたあと、一転、オレを睨んで、

「それよりあの3人は誰なの? 紹介しなさい」

「いいけど……喧嘩はダメだぞ」

 オレは3人を紹介しつつ、これまでの経緯いきさつを話した。

 

 すると、姉さんは目を輝かせて、

「あんたに3人もカノジョができるなんて! 倫理はともかく、この温泉の効果はホンモノね!」

 そう叫ぶなり、服を着たまま温泉へドボン!

 姉さんはすっかり浮かれて、

「これで石油王との合コンは成功だわ!」

「おい。どんな合コンだ」


 あっけにとられたなぎさが、

「……か、変わったお姉さんね」

 葉月さんも小声で、

「お姉さんに黄金きんのことは話さないんですか?」


 オレはうなずいた。

「姉さんには黙っておこう。あれは徳川いばらがオレたちに託したモノだからさ」


 幸いにも姉さんは温泉に夢中で、近くの洞窟に気づいていない。その奥に5千トンの金塊があるのは、4人と12匹の秘密だ。

 ちなみにサルたちには金塊の守りをお願いしてある。



 ――それからしばらくして、ヘリコプターがもう1台やって来た。

 降り立ったのは、学者っぽい中年男性。その見知った顔は――

「葉月!」

「お父さん!?」

「ケガはないか!?」

「は、はい。浩一くんのおかげで助かりました」


 葉月さんのお父さんはオレに頭をさげて、

「娘を助けてくれてありがとう」

「いやあ……」

 オレが頬をいてると、いつの間に温泉から上がったのか、姉さんがこっちへ近づきながら尋ねた。

「ところで浩一、あんた葉月ちゃんと付き合ってるんでしょ? それを報告しなくていいの?」


 ふいの爆弾発言に、お父さんがピシリと固まる。

 オレは慌てて姉さんの口をふさごうとしたが、時すでに遅し。

 2発目の爆弾が投下された。


「それにしても浩一は欲張りね。葉月ちゃんだけじゃなく、なぎさちゃんと亜子ちゃんもカノジョにしちゃうなんて」


 オレが声にならない悲鳴を上げていると、お父さんが首をゆっくりねじ向けた。

「浩一くん……どういうことかな? うちの葉月と付き合ってるならまだしも……?」


 オレは殴られるのを覚悟で目をつぶった。だが、なかなかこぶしが飛んでこない。不思議に思い、そっと目をあけると、葉月さんがオレをかばうように立っていた。


「お父さん! これはわたしたちの問題です!」

「は、葉月!?」


 ――2時間後。


「真実の愛は畸形きけいか……」

 お父さんがつぶやく。

「認めるのは難しいが、たしかに正解の1つかもしれないな……」


 なぎさがオレに耳打ちする。

「あたし葉月を尊敬しちゃうわ。よくもあんなに理論武装できたわね」

 亜子さんも感心した顔で、

「ぼくらの中で葉月ちゃんが1番愛への造詣ぞうけいが深いのかもしれないね」


 葉月さんのおかげで一件落着――と思いきや、その時、新たなヘリコプターがあらわれた。

 なぎさが驚いた顔で、

「パパが手を振ってるわ!」

 亜子さんも目をぱちぱちさせて、

「あれは……執事のセバスチャンだ!」


 ……どうやらまだ気は抜けないらしい。



 ●  ●  ●



 ――あれから4ヶ月。

 早いもので、もうすぐ冬休みだ。

 期末テストの開放感から、オレがはずむように帰宅すると、

「あ、やっと帰ってきた」

「浩一くん、おかえりなさい」

 なぎさと葉月さんがリビングでくつろいでいる。


 突然の再会に、オレは目をしばたたかせて、

「ええっ!? なんでここにいるの!?」

 葉月さんが微笑んだ。

「わたしたち、もう冬休みなんです」

 なぎさが胸をそらした。

「それに宿題も済ませてるのよ」


 2人はそれから思い出した顔で、1枚の手紙をひらひらさせた。

「それより問題は亜子さんの手紙よ。もう読んだでしょ?」

「手紙?」

 オレはハッとして郵便受けへ向かった。

 チラシの間に、可愛い封筒がはさまっている。


 中をひらいてみると――


『事後報告になって申し訳ないが、金塊をちょっぴり使わせてもらって、アフリカのパルケラス島を購入した。ぼくは手はじめにこの島を国家にするつもりだ。徳川いばらの望んだ、誰でも自由に恋愛できる国家にね。そしてゆくゆくは日本も改革してみせるよ』


「ええっーー!? 島を買った!? というか国家をつくる!?」


『そっちはもうすぐ冬休みだろ? パスポートなら1週間でとれるから、お正月が過ぎたら遊びにおいで。このパルケラス島は君たちの島でもあるんだから』


 手紙といっしょに、島の景色をうつした写真も同封されていた。


「うおお……すごいキレイな海だ」

 オレがつぶやくと、2人が尋ねた。

「もちろん行くでしょ?」

「行きますよね?」


 オレは驚きつつも、ウキウキした気分で答えた。

「――もちろん!」



 誰もが青春に身を置ける国。

 そんな国家みらいは、きっと遠くない。



 ――そして旅行日。


「浩一! タクシーが来たわ!」

「急がないと飛行機に間に合いません!」

 2人に腕を引かれ、タクシーに乗る。

 両手をつないだまま後部座席につくと、運転手のお姉さんがミラー越しに苦笑した。

「あなたたち……だいぶ仲良しね?」

「「「はい!」」」


 オレたちは顔を見合わせ、笑いあった。

 

 ふいにどこかから『ほっほっほ』と笑い声。

 軽やかな笑いに包まれ、タクシーが走り出す。

 ――やがて訪れる青春の国へ向けて。



       ― 完 ―

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