第17話 徳川の財宝

『ほっほっほ……よくぞここまで辿り着いたのう』


 目の前にいる老人は、徳川いばらの声でそう言った。

 ふとした既視感デジャヴにオレが立ち尽くしていると、葉月さんが青い顔で、

「ゆ……幽霊!?」

「「きゃあっ!?」」

 なぎさと亜子さんが、オレの体にしがみつく。3人とも勘違いしているようだが、こいつは――

「だまし絵だな」


 呑み込めていない3人に、オレは徳川茨の腕を叩いてみせた。

「ほら、コンコンって音がするだろ? 金塊の表面に絵が描いてあるんだよ」

「ほ、ほんとだあ……」

「わたしてっきり幽霊かと……」

錯視トロンプルイユだったのか……」

 

 安心した3人は、オレといっしょに周囲を散策しはじめた。だだっぴろい空間には、金塊が山のように積んである。

 なぎさと亜子さんが両手でバンザイして、

「あたしたち億万長者よー!」

「憶万どころか『兆』さ!」


 一方、葉月さんはジッと考え込んで、

「……浩一くん。これで国債こくさいを買うべきでしょうか?」

「同い年の発想じゃないよ!?」

 オレがツッコんだ時、奥のほうから『――ところで』と、声の続きが流れてきた。


『お主たち。黄金きんをくれてやった代わりに、わしの願いを叶えてはくれんか?』

「願い?」

『うむ。天保てんぽうの世では自由な恋愛など許されなかった。お主たちの時代もそうであるなら、ここにある黄金きんを使って、悪しき因習をなくしてほしい。それが儂の願いじゃ……』


 オレはハッとした。

 湯けむりサバイバルの最後の試練が「愛とは何か?」という禅問答ぜんもんどうになっていたのは、この願いのためなのかもしれない。


 徳川茨は続けた。

『いくら黄金きんがあろうと、それを使って何かを変えるには時機を待たねばならん。お主たちがその時機であることを儂は祈っておるぞ』


 しんみりした空気が流れたが、それは一瞬のこと。最後に徳川茨ははじけるような大声で、

『――未来の日本人たちよ! 大いに愛しあうがよい! それではサラバじゃ!』


 ――ぷつん。

 しばらく経って、葉月さんがつぶやいた。

「すごい人ですね……」

「ホント」

 なぎさはうなずくと、

「……でも、どうしてこのお爺さんは黄金きんを自由にできたの?」


「戦争が関係していたんじゃないかな?」

 亜子さんが頬に手をそえながら答える。

「天保のころ、イギリスは『眠れる獅子しし』と恐れられていた中国をコテンパンにやっつけたんだ。それを知った徳川家は、イギリスが日本を占領する可能性を考えて、財宝をここへ隠した……」


 なるほど、アヘン戦争か。

 他にも徳川茨の出自に理由がありそうだが、それは分からないだろうな。

 オレたちが考えにふけっていると、

「おぎゃあ!」

 12匹のドウクツザルがこっちへ駆けてきた。

「おぎゃあ!」

「ふむふむ……何ィ!?」

 オレは血の気が引いた顔で3人を振り返った。

「ここも崩落しそうだって……」


「「「ええーーーーっ!?」」」


 黄金との対面はわずか10分。

 オレたちは荷物をまとめて走り出した。



 ●  ●  ●



「はあ……はあ……」


 サルたちに先導されながら、オレたちは必死に走りつづけた。

 途中、めげそうになる3人をはげましたり、おんぶしたり、褒めそやしたりしながら進むと――

「――みんな出口だ!」


 前方に、ヒカリごけとは明らかに違う、まばゆい白光が見える。たちまち3人の目が輝いた。

「ゴールまでもう少しだわ!」

「やっぱりお日様がいいですね……」

「ぼくはもうお布団で眠りたいよ!」


 サルたちも「おぎゃあ!」と喜びの声を上げている。

 オレたちはハイになっていた。ランナーズハイというやつだ。だから全員同時に飛び出した。

 ――まさか、ゴールの先がとは思いもしないで……


「……え?」

 あるはずの地面がない。

 いや――正確にはあった。ただし、それは何十メートルも下に。 

 ふわりとした浮遊感。

 直後、引力がオレたちを抱きしめた。

「うわああああああっ!?」

「「「きゃああああああっ!?」」」

「おぎゃああああっ!?」


 地面に激突する寸前、

 ――ほっほっほ。

 聞き慣れた笑い声。

 ほとんど同時に――地面から勢いよく水柱が上がった。クジラの噴水をいくつも束ねたような水柱は、オレたちの体を押し上げ、ナナメに弾き飛ばした。


間欠泉かんけつせんだ!」

 オレが目をまわしながら叫ぶと、すぐ真下に湯けむりの立つ温泉があった。

 ――ざっぱーーーん!!


「がぼぼぼぼぼ……」

 お湯が鼻に入ってくる。

 息苦しくて、とっさに水中から顔を出すと、目の前に葉月さんの顔が……


「「…………」」

 偶然のキス。

 だが、余韻にひたる間もなく、なぎさと亜子さんが大声をあげた。

「なあーっ!? ななな何キスしてるのよ!?」

「葉月ちゃん! 抜け駆けはズルいよ!」


 オレは慌てて口をぬぐった。

「い、今のは偶然だ!」

 だけど亜子さんはオレに顔を近づけると、ぺろりと自分の唇をなめて、

「ぼくがキスを上書きしてあげよう」

「させません!」

 葉月さんが上書きを阻止しようと、オレの口に何かをツッコんだ。

「――えいっ!」


「もごもご!?(何これ!?)」

 オレが口を動かすと、葉月さんが真っ赤な顔で、

「ご、ごめんなさい! それわたしのパンツでした!」

 なぎさが慌てて、

「葉月ったらドジなんだから! 浩一、早くパンツを吐き出しなさい!」

「~~~~」

 や、やばい……喉に詰まった……


 オレが口をパクパクさせていると、何を勘違いしたのか、葉月さんが恥ずかしそうに、

「わ、わたしのパンツ……そんなにおいしいですか?」

「もごもご!(ちがーう!)」



 ●  ●  ●



 色々あったけれど、ようやく一息ついた。

「ふう……」

 吐いた息が白くなる。

 ――ってか寒い!

 真夏の妻恋山つまこいやまのてっぺんは、例年なら気温は20度ほど。だが今は低気圧の停滞のせいで10度を下回っている。


「ううう……寒いよう……」

 オレが縮こまっていると、偵察に行っていたサルたちが戻ってきた。

「おぎゃあ!」

「ふむふむ……」


 大雨のせいで妻恋山は山体崩壊さんたいほうかいを起こしたらしい。フタコブラクダだった山の形が、今や一回り小さなミツコブラクダになっている。

 もちろん登山道は土砂に埋まってしまい、下山するには獣道を行くしかない。


「それかヘリコプターを待つか……」

 オレがつぶやいたとき、なぎさが「ねーえ!」と呼んだ。

温泉こっちに来てもいいわよー!」

「大丈夫なのかー?」

「湯けむりが濃いから大丈夫よ! でも目をらすのはダメだからね。あたしたちのおっぱいが温泉に浮かんでるから!」


 いや、なぎさは浮かばないだろ……

 そう思ったが、言ったら殴られるので、ノーコメントで温泉へ入った。

「ああー……しみる……」

 オレが足を伸ばすと、湯けむりの奥から「くすくす」という笑い声。


「葉月さん、どうかした?」

「わたしも同じセリフを言ったんです」

「体にしみるって?」

「はい。やっぱり温泉は気持ちがいいですね」

 そこへ、なぎさが口をはさんだ。

「あたしは心の傷がしみてるわ……」

「心の傷?」

 オレが尋ねると、亜子さんがなぎさに代わって答えた。


「ぼくらの黄金きんが、みんな埋まってしまうなんて……」

 2人同時に溜息をつく。

 オレは思わず笑みをこぼした。

 葉月さんが不思議そうに、

「何がおかしいんですか?」

「だって……」

 オレは、サルたちから聞いた、とびっきりの情報を教えてあげることにした。

「みんな……温泉につかったまま、北の洞窟をのぞいてみなよ」


 ――数秒後。

「「「ええーっ!?」」」

 3人の表情は見なくたって想像がついた。



 それから1時間ほどして、

 ――ブロロロロロ……

 1台のヘリコプターが東の空からやって来た。

 服に着替えたオレたちが「おーい!」と手を振っていると、

「……ん?」

 オレは目をパチパチした。


 ヘリコプターの扉から、女性が顔を突き出している。

「どこかで見た顔だな……」

 オレが考え込んでいると、亜子さんが首をかしげた。

「あの人……浩一くんに向かって何か叫んでないかい?」


 耳を澄ますと、確かに女性はオレの名前を呼んでいる。

 ヘリが近づくにつれ、その声がハッキリ聞き取れるようになった。

「浩一! あんた生きてたのね!」

 その声には聞き覚えがあった。

 そして顔にも見覚えがあった。

 栗毛色のロングヘアーに、コケティッシュな笑顔。


 ヘリコプターに乗っている女性は、オレの記憶にたびたび登場した謎の美女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る