第16話 真実の愛

「……あれ?」

 気がつくと、周囲は真っ白だった。

 上下左右どこも白1色で、まるで新品のキャンバスへ迷い込んだよう。


「……まさか天国?」

 記憶はあいまいだが、オレは酸欠になって倒れた気がする。

「そうかあ……ダメだったか……」

 つぶやいてみると、そんなにショックは受けなかった。むしろ自分のことより、残してきた3人のことが気になった。

「みんな助かったかな……」


 祈るようにつぶやいたとき、

「ほっほっほ」

「!?」

 振りかえると、紺絣こんがすりを着た禿頭のお爺さんが、オレの後ろに立っていた。お爺さんは日本人にしちゃ彫りの深い顔をしていて、その青色がかった瞳でオレを見つめると、

「――天国の階段へようこそ」

 そう言ってニヤリと笑い、

わしが徳川いばらじゃよ。工藤浩一くん」

 驚くオレに、握手を求めてきた。



 ●  ●  ●



「天国の階段?」

「うむ。ここは死にかけの人間が辿り着く場所なんじゃ。わしはここで案内役をつとめておる」

 徳川茨が指をパチンと鳴らすと、果てしない高さの階段があらわれた。


 オレは階段のつるりとした感触を確かめながら、

「この先が天国なんですか?」

「うむ。と言っても、まだ現世へ戻れるチャンスはあるぞ」

「……え? それって」

「お主は生き返れるかもしれん」


 ようやく目が覚めた。

 頭がぎゅんぎゅんうなりを上げる。

「――オレ、生き返りたいです!」

「まあ待て。その前に、最後の試練をクリアしてもらおうか」

「最後の試練?」

「忘れたのか? 湯けむりサバイバルの最後の試練――『愛とは何か?』。かつら葉月という少女は『愛は奉仕』と答えてみせた。……では、お主なら何と答える?」


 徳川茨がジッと見つめる。

 オレは一生懸命考えた。

 考えて、考えて、考えて……

「だあああっ!? 分からん!! 愛って何だよ……」

「お主、好きな人はおらんのか?」

 その質問に、なぜか3人の顔が思い浮かんだ。

 徳川茨は「ほっほっほ」と笑い、「なぜ人を好きになるのか考えれば、おのずと答えは分かるじゃろ」


 オレは言った。

「でも……オレの好きな……気になる子は3人もいるんです」

「ふむ。すばらしいではないか」

「すばらしい?」

「分からぬか? ならヒントをやろう」

 徳川茨が指をパチンと鳴らす。

 すると、白1色だった景色に、たくさんの草花があらわれた。


「この中にヒントがある」

「…………」

 オレは黙って、四季の中を歩いた。

 桜、梅、ツバキ、藤、ランといった美しい花もあれば、月見草やタンポポ、雪割草といった可憐な花もある。


 匂い立つ四季の中で、オレはふと足元に注目した。

「四葉のクローバー?」

 幸運をもたらすクローバー。

 その花言葉は――真実の愛。


 ふいにオレの中に新しい観念が芽生えた。

 徳川茨が尋ねる。

「――お主にとって愛とは?」


 オレはゆっくり答えを口にした。

「愛とは――」

 すると、徳川茨は「あっはっは」と腹をかかえて笑い、

「その答えはわしに無かったわい」

 さも楽しげに顔をほころばせると、

「――合格じゃ。現世へ帰るがよい」



 ●  ●  ●



「ううん……」

 目覚めると、オレは階段の踊り場で仰向けになっていた。

「浩一!?」

「浩一くん、大丈夫です!?」

「ぼくらの声が聞こえるかい!?」


「あれ……? みんな……」

 ぼんやりする頭で3人を見つめる。

 すると、なぎさがオレに抱きついて、

「良かったあ……息が止まってたから、もうダメかと思った……」

「そういえばお花畑が見えたような……」

 オレは記憶をあさろうとしたが、考えれば考えるほど、頭の中にもやが広がってゆく。


 ぼんやりしてるオレを不安に思ったのか、葉月さんが背中に抱きついて、

「そっちへ行っちゃダメです!」

「う、うん」

 にわかに現実へ引き戻されると、亜子さんも横から抱きついて、

「ぼくらの人工呼吸のおかげかな?」

「人工呼吸!?」


 驚いてると、なぎさが口をとがらせ、

「あたしもしてあげたんだから……」

「そ、そうか。さんきゅな」

 後ろから葉月さんも、

「わたしも……」

「葉月さんも!?」

「まあ、ぼくが1番長かったけどね」


 途端――バチバチっ!

 視線の火花が散った。

「亜子さん!」

 なぎさが胸をそらす。

「言っておきますけど、あたし浩一の彼女ですから! だからちょっかい出さないでください!」


 ……は? なぎさがオレの彼女?


 聞き間違いかと思っていると、亜子さんはオレの右腕を抱きしめ、

「おやおや? 何を言ってるのかな? ぼくこそ浩一くんと結婚して夫婦になる約束をしてるけど?」


 ――はあああっ!?!?

 

 困惑するオレを、なぎさが睨み、

「どういうことよ!?」

「待て! オレにも何がなんだか……」

 そこへ葉月さんも爆弾を投下した。

「わたしも浩一くんに愛の告白をされたんです! 『好きだ。愛してる。もう2度と離さない』って……」


「!?!?」

 オレは白昼夢でも見ているのだろうか。3人の言ってることが記憶にない……いや、待てよ。たしかオレはあの時――


「思い出した……」

 自分がしでかしたことに気づいて、オレはあわてて逃げ出そうとした。

 しかし背後から――

「浩一……」

「浩一くん……」

「どういうことかなあ……?」


 3人がオレのシャツをしっかり握りしめている。

「ひええっ!?」

 オレは土下座して叫んだ。

「すまん! オレはみんなことが好きなんだ!」


 一瞬の静寂。

 なぎさがオレの右頬をつつき、

「……よくも堂々と言えるわね……」

 亜子さんも左頬をつついて、

「……ハーレムとはねえ……」

 そこへ葉月さんが、

「それってそんなに悪いことでしょうか?」


「「「――え?」」」

 キョトンとするオレたちに、葉月さんは身をかがめて言った。

「ここに四葉のクローバーが咲いています。……知っていますか? 四葉のクローバーの花言葉は『真実の愛』なんです。でも四葉って、三葉の畸形きけいですよね?」


 なぎさが尋ねる。

「それが……?」

「わたし思ったんです。もしかして真実の愛って畸形きけいなんじゃないでしょうか? 世間が『ダメだ』と思っている愛の形にこそ、1番の幸せがあったりする……」


 ――真実の愛は畸形きけい

 その観念は、なぜかストンと胸に落っこちてきた。

 まるで、かつて誰かと話し合ったような……そんな気さえしてくる。


 亜子さんが慌てたように、

「ま、待った! 葉月ちゃん! それじゃあ君は認めるのかい!?」

 なぎさも驚きの声を上げた。

「葉月! あんたハーレムでもいいの!?」

 すると、葉月さんはニッコリ笑い、

「いいも何も……わたしは浩一くんが好きですから」


 深い静寂のあと、なぎさと亜子さんが「はあー」と溜息をついた。それから2人で顔を見合わせ、

「……しょうがないわね」

「……ぼくだって重婚じゅうこんには反対だよ。でも……」

 2人がオレに抱きついてくる。

「わっ!?」

「何だかんだで、あたしたち……」

「君のことが大好きだからね……」

 そう言って、なぎさと亜子さんは笑い合った。



 ●  ●  ●



 葉月さんのおかげで、どうにか修羅場は収まったけれど、依然ピンチは続いている。

「うわああ! 逃げろ逃げろ!!」

 オレたちが走っている階段は避難道だが、崩落のせいで下の方からどんどん崩れていく。


 墜落の恐怖に追われながら、オレたちは必死に足を動かした。すると――

「おぎゃあ!」

 階段の途中の横穴で、サルたちが手招きしている。

 なぎさが叫んだ。

「どっちへ行くの!?」

 上か横穴か――


「みんな、オレに続いてくれ!」

 横穴へ逃げ込んだ直後、

 ――どごおおおおん!!

 階段は土埃をあげて崩壊した。


「間一髪だった……」

 汗をぬぐうと、サルたちがこっちへ来いと言わんばかりに「おぎゃあ!」と騒ぎだした。そのあとに続くと――


「……!?」


 オレたちは息をのんだ。

 眼前に広がっているのは、目もくらむような黄金の山。そして――

『ほっほっほ』

 禿頭とくとうの老人が、黄金の前でオレたちを待ち受けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る