第15話 らぶLOVEラヴ(改訂版)

 ――愛とは何ぞや?


 この問いに、多くの人が答えてきた。

 いわく、好きの最上級。

 いわく、惜しみなく与えるもの。

 いわく、未来の束縛。


 そして今、1人の少女も答えを導き出した。


「――奉仕です!」

 葉月さんが宣言する。

「見返りを求めず相手に尽くす……奉仕こそ愛ではないでしょうか?」

「奉仕?」

 なぎさはピンときてないようだが、オレと亜子さんは分かった。


 たとえばナイチンゲールやマザーテレサ。聖人と呼ばれる人たちの多くは、生涯を通じて他者に奉仕している。それは愛と呼べるはずだ。


 オレは尋ねた。

「でも葉月さん。愛が奉仕だってのは納得できるけど、それをどうやってサルに理解させるの?」

「えへへ。実はわたしも台本を考えたん――」

 

 言葉の途中で――ぴしり。

 地面に4つの亀裂が走った。


「「「きゃあああっ!?」」」

 地震!? ――いや地割れだ!!

 そう理解した時にはもう、周囲は様相をガラリと変えていた。


「うそ……」

 なぎさが呆然とつぶやく。

 地揺れが収まったあと、島は巨大なナイフで切り分けられたように4つに分断されていた。その分断された小島の1つ1つにオレたちが立っている。


 オレはすぐさま「なぎさ、こっちにロープを投げろ!」そう叫んだが、今度はサルたちが天井を指さして「おぎゃあ!」と騒ぎはじめた。

 直後――どおおおおん!!

 轟音、悲鳴、土埃つちぼこり

 すべてが収まったあと、周囲には岩山がそびえていた……



 ●  ●  ●



 天井が崩落して10分。年配のサルが身ぶり手ぶりで言った。

「おぎゃあ」

 ――早くここから逃げるのじゃ。


 オレは首を横にふり、

「ダメだ! みんなを助けないと!」

「おぎゃあ!」

 ――バカもの! 崩落のせいで空気穴がふさがった! だんだん息が苦しくなるぞ!


「分かってる! だから早く助けなきゃいけないんだ!」

「おぎゃあ!」

 ――無理じゃ! この岩山をどうやって動かす? それよりわしらと一緒に逃げるのじゃ!


 オレは覚悟を決めて言った。

「先に逃げてくれ! オレはギリギリまで、みんなを助ける方法をさぐってみる!」

「おぎゃあ……」

 ――そうか。くれぐれも気をつけるのじゃぞ……


 サルたちが北へ走ってゆく。

 オレは目をらして辺りを探った。

 周囲にそびえる壁のような岩山――せめてどこか穴でもいてれば……


「うわーん! 誰か助けてー!」

 なぎさの泣き声。

 オレは驚いて叫んだ。

「なぎさ!? 大丈夫か!?」

「こ、浩一!? そこにいるの!?」


 なぎさの声は右のほうから聞こえてくる。

 オレは耳をそば立てながら、

「ああ! オレは無事だ! それより一体どうした!? もしかして閉じ込められてるのか!?」


 すると、なぎさは「ひっく」としゃくりあげて、

「そ、そうなの! 岩に囲まれて……どこへも行けないの!」

 なぎさの現状は、かなり逼迫ひっぱくしているようだ。

 でも……岩に囲まれてるにしちゃ、やけに声が響いて聞こえるな。


 オレが耳を澄ませていると、岩山にナナメに突きでた大樹――そこから声が響いてくるのに気づいた。

「――もしや!」

 オレは落ちていた石で、その大樹を叩いてみた。

「――思ったとおりだ! 中が空洞になってる!」


 おそらくサルたちが住居をつくるのに大樹の中身をくり抜いたのだろう。大きなうろができていた。

 オレは洞をうように進んで……

「なぎさ! もう大丈夫だぞ!」

「浩一!?」


 姿をあらわしたオレに、なぎさが飛びついてくる。

「うわーん! もうダメかと思ったあ!」

「よしよし。怖かったな」

 なぎさの頭をポンポンして、オレは言った。

「このうろを通って、向こう側へ行くんだ。そうすれば、北側にサルたちが使ってる避難道がある」


 なぎさは不安そうな顔で、

「浩一はどうするの!?」

「オレは2人を助けに行く」

「あ、あたしも!」

「なぎさは先に避難しててくれ。空気穴がふさがって、酸素が少ないんだ」

「ええっ!? だ、大丈夫なの?」


 オレはうなずいてみせた。

「任せとけ。今までもどうにかなっただろ?」

 なぎさは不安を断ち切るように、

「う、うん!」

 それから右手を指きりげんまんの形にして、

「……約束して。ちゃんと戻ってくるって」

「ああ!」

「……戻ってきたら、あたし……あんたの彼女になってあげる!」


 このとき、洞窟のどこかで崩落が起きた。

 そのせいで耳鳴りがして、なぎさの声は全く聞こえなかったのだが……オレはなぎさを勇気づけるために大きく「ああ!」とうなずいて、指切りした。


「……いいの? 本当にいいの?」

 なぎさが真剣な顔で、オレを見つめてくる。

 そのとき聴覚が元に戻ったオレは、

「指切りしただろ? それより早く避難しないと」

「う、うん……」


 なぎさが、なぜか真っ赤な顔で木のうろの中へ消えたとき、

「おーい!」

 背後から、亜子さんの声が聞こえてきた。



 ●  ●  ●



「ふう……ふう……」

 酸素が薄いせいか、息がすぐ荒くなる。それでもオレはどうにか岩山を登りきり、

「亜子さーん! 今からロープを垂らしますねー!」


 ――5分前。

 2度目の崩落で、岩山のてっぺんに隙間ができた。

 オレはその隙間からロープを垂らし、向こう側にいる亜子さんを引っぱり上げることにしたのだ。


「――助かったよ!」

 地面に降りてすぐ、亜子さんがオレに抱きついた。

「あっちの岩山は『ネズミ返し』みたいにっていたから……さすがのぼくも死を覚悟したさ」


 開放感からか、亜子さんは普段より肌を密着させて、

「……そういえば、走馬灯を見ているときに思い出したんだけど……浩一くん。君はぼくの秘密を知ってるね?」

「秘密?」


 このとき、またも崩落が発生。オレの耳はキーンとして、亜子さんの話はしばらく聞こえなくなった。

「――ぼくの裸を見ただろう? 匂薔薇におうばら家の当主は、みだりに肌をさらしてはいけないんだ。もし肌をさらすとしたら、それは伴侶はんりょにだけ。だから……」

 亜子さんは、なぜか耳まで真っ赤になると、

「だから浩一くん! 君はぼくの夫になりたまえ!」


 ……やばい。何を言ってるのかサッパリ分からん。

 ……とりあえず非常時だし、さっさと避難してもらおう。


「亜子さん!」

「なっ何だ!? イヤなのか!?」

 そのとき、ようやく聴覚がもどった。

 オレは、なぜか泣きそうな亜子さんをはげますべく、

「ぜんぜんイヤじゃないです!」と適当にフォローして、「それより今は早く逃げましょう!」

「……逃げる?」


 オレはなぎさに話した内容を繰り返した。すると、亜子さんは――

「分かった、ぼくも避難するよ。死んだら約束を果たせないからね」

「約束……」

 一体なんの話だろう?

 不思議に思っていると、亜子さんはオレを抱きしめて、

「……必ず戻ってくるんだよ?」

「はい!」


 亜子さんが木のうろへ入ってゆく。

 あとは――葉月さんだ!



 ●  ●  ●



 ――結論から言ってしまえば、完全に『詰みチェックメイト』だ。


「葉月さん、もうダメみたいだ……」

「はい……」

 オレたちは地面に横たわっている。


 ――今から15分前。

 どうにか葉月さんと合流できたものの、そこで運を使い切ったらしい。

 繰り返される崩落のせいで、オレたちの周囲に『道』はなくなってしまった。


「はあ……はあ……」

 酸素が少ないせいか、いくら呼吸しても胸が張ったような違和感がある。

 オレはだんだん意識が朦朧もうろうとしてきた。そこへ――


「浩一くん……最後に何かしてほしいことはありますか?」

「……え?」

 顔を向けると、葉月さんは微笑んで、

「わたし……浩一くんに奉仕したいんです」

「奉仕……?」

「はい。何でも言ってください」


 脳裏に、葉月さんの言葉が甦る。

 ――愛とは奉仕です!

「そうか……愛か……」

 オレの何気ないつぶやきに、葉月さんが赤くなる。そして上目づかいで、

「愛です……」

「愛なのか……」

「つ、月がきれいです……」

「葉月さんはもっときれいだけど……」


 頭がくらくらして、自分でも何を言ってるのかよく分からん。

 しかし、なぜか葉月さんは「ふえっ!?」と叫んで、

「もっもしかして……わたしのことが好き……なんですか!?」

 この時、オレの脳裏に、謎の美女があらわれて、こう言った。


『――いい? 女の子の機嫌をとる時は、3つの言葉が大切なの。「好きだ。愛してる。もう君を離さない!」――これをしかるべき状況で言いなさい!』


 オレはどうも無意識のうちにそれを実行してしまったらしい。全ては後になって判明したことだが……。


 葉月さんが目をゆるゆるさせて、

「わ、わたしも……」

 感極まった顔でつぶやいた――その時。


『ほっほっほ』

 徳川いばらの笑い声。

『この声が聞こえているということは、何か問題が起きたのじゃな? もしや天井が落盤でもしたか? それなら――』


 オレはガバッと起き上がり、

「まさか助かる方法があるのか!?」

 しかし徳川茨は、

『それなら――それなら――』

「!? おいおい……」

 年月が経ちすぎて、発声装置が壊れたらしい。徳川茨は『それなら』を延々と繰り返している。


「終わった……」

 オレがガックリうなだれると、

「諦めちゃダメです!」

 葉月さんが涙をこぼしながら訴える。

 オレはハッとした。

 そうだ……こんな場所でくたばってたまるか!


「葉月さん! オレが馬鹿だった! いっしょに助かる道を探そう!」

「はい!」

 オレたちは周囲をくまなく探した。

 すると――

「浩一くん、見てください! 銀鼠ぎんねずヘビが温泉を泳いでいます!」


 以前、オレを噛んだ毒ヘビが、土砂で茶色く濁った温泉の水面を、すいすいと泳いでいた。そして岩山のふもとまで来ると、

「「……消えた!?」」

 オレたちは顔を見合わせた。

 葉月さんが目をぱちくり、

「ひょっとして――!」

「ああ! きっと岩山の下に穴があいてるんだ!」


 それは儚い希望だった。

 いくら穴があいていたところで、オレたちが通り抜けられるサイズか分からない。

 それでもオレたちは息をはずませ、岩山のふもとを手さぐりで調べた。

「――よっし! 穴はデカいぞ!」

 最後に手にした幸運。

 オレたちは思いっきり息を吸って、温泉へ潜った。


 これまでの疲労感から、手足が泥のように重たい。胸だって酸素が足りないせいか、すぐ苦しくなる。それでも必死に泳ぎつづけ――


「「――ぷはあっ!?」」

 2人して温泉から顔を突き出す。

 すると――目の前には小島があった。どこかからサルたちの鳴き声も聞こえてくる。

「「やったあ!」」


 喜んだ次の瞬間――ぐらり。

「あれ……?」

 体がナナメにかしいだ。

 頭がくらくらする。

「――浩一くん!?」

 葉月さんの声が、どこか遠くから響いてくる。


 オレは踏みとどまることも出来ずに、ふたたび温泉の中へ。

 ――ごぼごぼごぼ……

 鼻と胸に温泉が入ってくる。

 オレは残りの酸素を「けほっ……」と吐き出して――意識をゆっくり手放した。

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