第14話 What is Love?

「愛を示せって言われても……」


 困惑するオレをよそに、サルたちは「おぎゃあ! おぎゃあ!」と答えをかしてくる。

 徳川いばらの問いかけ――愛とは何か?

「うーん……」

 オレが悩んでいると、亜子さんが「カンタンだよ」と胸をそらした。


「要するに、サルの求愛行動をマネればいいのさ。それがサルにとっての愛なんだからね」


 たしかに徳川茨は「サルを納得させろ」と言っていた。……でも、そんなニュアンスだっけ?

 いまいちに落ちないのだが、なぎさは「きっとそうだわ!」とサムズアップ。葉月さんも「わたしがんばります!」と気合を入れている。


 こうしてオレたちはサルの求愛行動をマネることになったのだが……


「ええーっ!? そんなの無理!」

「わたしも出来ません……」

 なぎさと葉月さんがギブアップ。

 それもそのはず。亜子さんが教えてくれた求愛行動は、とてつもなく難易度が高かった。


「そんなに難しいかな?」

 亜子さんはキョトンとしながら、

「好きな人をかかえたままつな渡りするだけだよ」

 

 亜子さんはそう言うと、2本の高木につるをむすび、「よっと!」の掛け声で、蔓の上を歩きはじめた。


「どうだい? カンタンだろう? あとは浩一くんを抱っこするだけさ」

「オレを抱っこ……」

 つぶやいた途端、誰かに背中をつねられた。


 振りかえると、なぎさがジト目で、

「……勘違いしちゃダメよ」

「勘違い?」

「亜子さんが抱っこをするのは、お宝を手に入れるためなんだからね!」

「分かってる。……というか、わざわざ念押しすることか?」


 オレが肩をすくめると、亜子さんがおいでおいでをして、

「浩一くん、ここまで登ってごらん」

「はーい。……うわ、けっこう高い」


 オレたちが立っているのは、島の中央に生えているバオバブのような木の上だ。

 地上には葉月さんとなぎさ、そして12匹のサルたちが見える。


 オレが足をふるわせていると、亜子さんがやさしく言った。

「もし怖いのなら、ぼくの胸をさわるといい。安心するよ」


 直後、葉月さんの大声。

「そ、それはズルいです!」

 なぎさも両手をメガホンにして、

「こらー! マジメにやんなさい!」


 亜子さんはクスクス笑うと、

「――それじゃあ行こうか」

 オレをお姫さま抱っこして、つるの上を歩きはじめた。

 おお……すごい! ちゃんと歩けてる!


 亜子さんが10mの距離を歩き終えると、地上にいるサルたちが拍手喝采。なぎさと葉月さんも口をそろえて「すごい……」


「これで試練はクリアかな?」

 亜子さんが胸をそらすと、サルたちが両手でバツマークをつくった。

「なぜだ!? ぼくのことがキライなのか!?」

「おぎゃあ!」

 サルたちが身ぶり手ぶりで説明してくれる。

 オレは「ふむふむ」とうなずいて、「……なるほど。サルじゃなく『人間の愛』を説明しなきゃいけないのか」


 亜子さんはガックリ肩を落とし、

「……もう少し、ぼくらで話し合ってみよう」

 


 ●  ●  ●



 話し合った結果、今度はなぎさの案を実行することに決まった。


「あたしが思うに、愛は奇跡なの! だからそれを劇で表現すればいいのよ!」


 なぎさは自信満々に言うと、ノートに文章を書きなぐった。そして、出来上がった台本をオレたちに回し読みさせて、

「みんなセリフは覚えた? 浩一、あんたセリフ多いけど大丈夫?」

「おう。しっかし……どこかで見たような劇だな」

「そ、そんなことないわよ!」


 なぎさは慌てたように立ち上がると、「いい? ぜったい劇を成功させるわよ!」

 オレたちは「おおー!」と拳を突き上げた。


 ――かくして、なぎさ原案『愛のミラクルきっす』の開幕である。

 ちなみにナレーターは葉月さん。


《むかしむかし、あるところに、美浜みはまなぎさという美少女がいました。彼女には工藤浩一という、見ようによってはカッコいいかもしれない彼氏がいて、2人はそれなりに幸せな日々を過ごしていました……》


 ――おい、なぎさ。カッコいいを修飾してる言葉がひどいぞ。


《そんな仲良しの2人でしたが、ある日、流行はやりやまいでなぎさは死んでしまいます》

「なぎさ! オレを残して死ぬんじゃない!」


《悲しみに暮れる浩一くんは、酒におぼれ、ギャンブルに逃げ……人生のだらだらざかを転落してゆきます》

「ううっ……なぎさあ……」


《そんな浩一くんをあわれんだのが、美の女神――亜子さんです。亜子さんは浩一くんに手を差し伸べます》

「なぎさちゃんのことは忘れて、ぼくと付き合いなよ」


 あれ? 台本とセリフが違う……。

 オレは嫌な予感を覚えながら、

「そんなの無理だ! だってオレは……なぎさを愛してるんだ!」

「くすくす。だったらぼくが君の愛を奪っちゃおうかな?」


《ちなみに亜子さんも男性と付き合ったことがありません。今のセリフは亜子さんの見栄みえなのでしょう》


 ナレーションの葉月さんまで脱線してきた。

 オレはどうにか軌道を直そうと、死体役のなぎさの元へ駆けつけた。


「なぎさ! オレは絶対お前を生き返らせてみせる!」

 そこでオレは亜子さんを振りかえった。

「女神さま! あなたは死者を甦らせる方法を知っていますね? それを教えてください!」


 すると亜子さんはニヤリと笑って、

「チューしてくれたら教えてあげるよ」

「えええっ!?」

 そんなの台本になかったぞ!?

 困惑していると、葉月さんが機転をきかせ、

《……というのは亜子さんの冗談で、浩一くんはなぎさにキスをすることが、なぎさを甦らせる方法だと知ります》


「なぎさ! これでお前とまた会える!」

 オレはなぎさの唇……ではなく頬に口づけした。

 すると、なぎさは真っ赤になって、

「ふわあー、よく寝たあー」

「なぎさ!」

「きゃっ!? ど、どうしたのよ浩一!?」


 オレはなぎさを抱きしめ、最後のセリフを口にした。

「もうお前を離さない! 今すぐ結婚して、ずっとずっと一緒にいよう!」

「うん……」


《――こうして2人は末永く幸せに暮らしました》



 劇は終わった。

 サルたちは1ヶ所に集まって、何やら相談をはじめている。

 しばらくして結論が出たらしい。

 年配のサルがオレたちの前に進み出て、

「おぎゃあ!」

 両手でマルをつくった。


「よっしゃあ!」

「「「やったあ!」」」

 オレたちが喜んだ――のもつかの間、1匹のサルが何かを思い出したように「おぎゃあ!」と騒ぎはじめた。


 すると、サルたちがまた相談をはじめ、

「おぎゃあ!」

 今度は両手でバツマーク。


「何でよ!?」

 いきどおるなぎさに、サルたちが身ぶり手ぶりで説明する。

「おぎゃあ!」

「ふむふむ」

 オレはうなずいて言った。

「……パクリはダメだとさ」


 葉月さんが「パクリって何のことですか?」と尋ねると、なぎさが観念したように肩を落とした。

「……今の劇はシェイクスピアーとドフトエススキーを混ぜてるの……」


 どおりで見たことのある内容だと思った。……それにしても、パクリを見抜くサルもすげえな。


 しょんぼり肩を落とすなぎさに、葉月さんが言った。

「――今度はわたしに任せてください!」


 これが混沌カオスのはじまりだった。

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