第13話 ドクロの暗号

 洞窟の奥へ進むと、巨大な鉄扉てっぴがひらいていた。その奥を覗いてみるとと、

「きゃあああっ!?」

 なぎさの悲鳴。

 つられてオレまで叫びそうになる。

 目の前には岩場が広がっていて、そこに骸骨ドクロが山を築いていた。


 なぎさが声をふるわせ、

「ままままさか争いでも起こったの……?」

「さ、さあ?」

 オレたちが立ちすくんでいると、『ほっほっほ』

 しわがれた笑い声――徳川いばらだ。

『そろそろ歩き疲れたじゃろう? そう思って、寝床を用意しておいたぞ』


 ――ぷつり。

 音声は途切れてしまった。


 慌てて亜子さんが呼び止める。

「待てっ! もっと説明しろ!」

 しかし返ってくるのは沈黙だけ。

 そのあいだにオレは骨を調べてみた。

 なぎさが「ひえっ!?」と悲鳴を上げるが、

「……ん? これってもしかして水晶じゃないか?」

 オレは葉月さんに見せてみた。

「本当です……これ水晶です!」

 なぎさが胸をなでおろし、

「よ、よかったあ……」


「しっかし、こんな悪趣味なモノ、どうして作ったんだ?」

 オレは骨を捨てて、周囲を散策してみた。

 扉から20mほど歩いたところに温泉が3つ湧いている。そしてその奥に、

ひつぎだ……」

 石棺せきかんが16個。

「まさか寝床ってコレ?」


 オレはひとまず石棺を放置して、散策を続けたが……あとは岩肌だけだった。ここには温泉と石棺、そして水晶ドクロしか存在しない。


「……そういや出口はどこだ?」

 オレが首をまわしていると、葉月さんが手招きしているのが見えた。

「浩一くーん! こっちに来てください!」

 駆けつけると、扉のそばに文字が彫ってあった。


 『骸骨ドクロの右目を押せ

  さすれば道はひらかれん』


 亜子さんが眉をひそめた。

「……まるでトンチだね」


 たしかに。これはトンチだ。

 だってドクロの目には穴があいているんだ。押せるはずない。


 そのあと、オレたちは手分けしてドクロと石棺を調べたが……時間は無為むいに過ぎるばかり。やがて夜になったので、オレたちは徳川茨の言葉どおり、石棺ねどこで眠ることにした。



 ●  ●  ●



「――ってどうして3人ともオレのところに!?」


 食事をとっていざ就寝……と思いきや、オレの寝床に3人がもぐりこんできた。

 なぎさが口をとがらせ、

「だって怖いんだもん」

 葉月さんは申し訳なさそうに、

「わたし冷え性で……」

 亜子さんは胸をそらし、

「風水だと、ここがラッキーポイントなんだ」


 ……いや、最後はおかしいだろ。

 けれど結局、4人で眠ることに。

 左側に葉月さん、右側に亜子さん。そしてオレの胸になぎさが寝そべっている。

「あ、暑い……」


 4人の体温のせいで、肌がベタベタする。でも……汗なのにいい匂いだな。

 オレは無意識に鼻をクンクンしていたらしい。

 亜子さんがニヤリと笑って、

「……誰の匂いが好みだい?」

「ええっ!?」


 そこへ葉月さんも、

「わ、わたしも知りたいです……」

「ちょっ……葉月さんまで!?」

 トドメになぎさが、

「前みたいに、みんな1番はナシよ」 

「答えを封じるなよ!」


 ヤバい……みんな暑さで頭がクラクラしてるんだ……

 オレはであがった頭で、

「やっぱさ……匂いはみんな1番だよ……」

「それはダメよ……」

 なぎさが目をぐるぐるさせて言った。

「あたしたち、そろそろ勝負に決着をつけないと」


 何の勝負なんだろう?

 オレがぼんやり考えていると、葉月さんが真っ赤な顔で、

「……味はどうでしょう?」

「味って?」

 尋ねると、亜子さんが「待った!」をかけた。

「葉月ちゃん。たまには趣向を変えないかい? どうせ浩一くんは『みんな1番』と言うに決まってるんだ。だったら、言葉じゃなく体に訊いてみようよ」


 直後、3人の目がキランと光った。

 イヤな予感に、オレは慌てて寝床を出ようとしたが、

「――待った!」

「――待ってください!」

「――待ちなさい!」


 3人はオレをつかまえると、

「浩一、あんた汗をかいたでしょ?」

「うふふ……体をキレイキレイしなきゃいけませんね?」

「ぼくらで洗ってあげるよ……隅々すみずみまでね」


「ひえええええっ!?」

 ……そのあと3人が我に返るまで、オレは必死に逃げつづけた。



 ●  ●  ●



「浩一……ねぇ起きて」

「んう?」


 眠りから引き起こされると、目の前になぎさの顔があった。

 オレは「ふわあ」とあくびをして、

「もう朝なのか?」

「ちがうの」

 なぎさは恥ずかしそうな顔で、

「……おしっこに行きたいの……」


 オレはバッチリ目が覚めた。

「トイレに付き合えと?」

「だ、だって仕方ないでしょ? 骨が散らばってて怖いんだから……」


 偽物とはいえ、精巧なドクロは迫力がある。女子には怖いのかもしれない。


「わかった。トイレのあいだ手を握っててやるよ」

 冗談のつもりだったのだが、なぎさは「うん……」とうなずいた。


「おい。本当にいいのか? 音が丸聞こえになるぞ?」

「いいの。あたし……温泉の中でおしっこするから」

「そんなに怖いのか?」

 尋ねると、なぎさがコクリと首を振った。



 ●  ●  ●



「お、お待たせ」

「おう。それじゃあ寝床に戻ろうか」

「待って! 地面に『この温泉入るべからず』って書かないと」

 なぎさが地面に注意書きをしているあいだ、オレは何気なく温泉を見渡していた。


「……ん?」

 何やらデジャブ。

 その正体を探るべく、目をらしていると、

「……ドクロだ」

「えっ?」

「なぎさ! ドクロだよ! この洞窟全体が大きなドクロなんだ!」


 オレは地面に絵を描いた。

「いいか? ここに3つの温泉があるだろ? で、オレたちが寝床にしてる石棺……何個あったか覚えてるか?」

「たしか……16個?」

「そう16個だ。それをここに描くと……」


 なぎさが「あっ!」と叫んだ。

「あの石棺はドクロの歯だったのね!」

「そのとおり。そして3つの温泉が右目、左目、鼻にあたるんだ。だから『ドクロの右目を押せ』というのは……」


 オレは言い終わらないうちに温泉へ飛び込んだ。

 湯床ゆどこを手で探ると、1箇所、感触のちがう場所が見つかった。

「――ここだ!」

 オレは全力で湯床を押し込んだ。

 すると――


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 地響きと共に、石棺のうしろの岩壁がゆっくり開いてゆく。

 それに驚いて、葉月さんと亜子さんが目を覚ました。


「よっしゃあ! これで次へ進める!」

 ガッツポーズをした瞬間、なぎさが申し訳なさそうな顔で、

「ごめん……」

「何が?」

「そこ……おしっこしたところ……」

「…………」

「ホントごめん……」

 

 オレはフォローのつもりで、

「大丈夫だ! なぎさのおしっこなら全然大丈夫!」

「それって……あたしのこと好きだから?」

「……は?」


 見つめ合っていると、なぎさが先に目をそらした。

「……なあんてね」

 そう言って、なぎさが2人のもとへ駆けていく。その言葉の軽やかさとは反対に、なぎさの肩はしょんぼりしていた。



 ●  ●  ●



『ほっほっほ』

 岩扉があいて3分後、徳川いばらの声が響いた。

わしの迷宮も次でおしまいじゃ。最後の最後で、しくじるでないぞ』


 めずらしく激励げきれいの言葉を口にして、放送が途切れる。

 なぎさが「最後だって!」とはしゃいでいるが、女子2人はまだ寝たりないらしい。目をこすっている。


 それでも亜子さんは温泉で顔を洗うと元気よく、

「――それじゃあ出発しようか!」


 岩扉の向こうには、湯けむりがモクモクと立ちこめる温泉が広がっていた。対岸はまったく見えないが、水深は60cmと浅い。

 そして温泉の中には1台のトロッコが上半分を突き出していた。トロッコはドクロと同じ水晶でつくられていて、キレイな乳白色をしている。

 

「江戸時代によくこんなものを作れたな……」

 オレが驚いていると、葉月さんがトロッコの内側を指さした。

「ここに文字が書いてあります!」


 『いぬいへ向かえ』


「……『いぬい』って何だ?」

 オレが眉をひそめると、なぎさが胸をそらして、

「乾さんがいる場所よ!」

「誰だよ乾さんて? 村人か?」


 そこへ葉月さんの助け舟。

戌亥いぬいは十二支のことです。方角に当てはめると北西ですね」

「おおっ! さすが葉月さん!」


 ――こうして、オレたちはトロッコに乗って温泉を進んだのだが……

「さすがに4人はキツイわね……」

 道の途中、なぎさがぼやいた。


 それもそのはず、このトロッコは2人用だ。そこへ4人が乗り込んだせいで、おしくらまんじゅう状態。


 しかもトロッコを動かすのに、オレは中央のレバーを動かさなきゃいけない。だからレバーを右に動かせば――ふにょん。


「こここ浩一くん!?」

「すまん! わざと触ったわけじゃないんだ!」


 葉月さんのおっぱいに、オレの右手がぶつかってしまう。

 そしてレバーを左に動かせば、

「――あんっ」

「うわあっ!? 亜子さんごめんなさい!」

「……いいんだよ。ぼくのおっぱいが大きすぎるのがいけないんだ」


 さいわいにも、2人は恥ずかしいのをガマンしてくれている。

 けれど1番の被害者は、オレの前でしゃがんでいる、なぎさかもしれない。

 なぎさは2人のおっぱいの音を聞きながら、悲しげに自分の胸をぺたぺたしている。


 オレは見なかったフリをして、レバーを動かし続けた。すると――

「おおっ!? 島だ!」

 奇妙かもしれないが、そう表現するしかない。

 温泉の海に、小島がこんもり盛り上がっている。


 オレが岸にトロッコを停めると、なつかしい鳴き声が聞こえてきた。

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

「この声って……」

 オレたちが顔を見合わせたとき、サルの群れがあらわれた。

 全部で12匹。中には、オレに『ひみつの鍵』をくれた夫婦つがいのサルたちもいた。


 オレが「久しぶりだなあ」と挨拶していると、天井から徳川いばらの声が降ってきた。


『ここが最後の迷宮じゃ。お主たち、このサルどもに「愛とは何か?」を教えてみせよ。サルたちが納得すれば、黄金へ至る鍵を手にできるじゃろう』


 徳川茨の言葉は、まったく予想外のものだった。


わしがつくりし温泉迷宮「湯けむりサバイバル」。……お主たちはすでに「勇気」も「知恵」も示してみせた。ゆえに最後は――「愛」を示してみせるのじゃ』


 サルたちが「おぎゃあ! おぎゃあ!」と叫ぶ。

 彼らの瞳には、祖先から伝わってきた使命を果たそうとする、知恵の光が見てとれた。

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