第12話 おいしい果実

「とれるだけフルーツをとってきたわ!」

 なぎさが胸をそらし、フルーツを地面に並べていく。


 バナナ、スイカ、梨、スモモ、マンゴー、枇杷びわ葡萄ぶどう……どれもオレが知っているものとは形と色がちがう。それはフルーツが洞窟固有の種類だからだろう。


 こうしてフルーツを眺めているあいだにも、オレの腹の虫は「ぎゅるるる……」と鳴きっぱなしだ。温泉の毒が、次第に猛威を振るいはじめている。


「はら減った……」

 オレがつぶやくと、なぎさがバナナを手にして、

「これを焼いて食べれば毒が中和されるのよね?」


 葉月さんが言った。

「でも徳川さんは、『そのままだと果実はアクが強すぎて食べられない』って言っていました」


 オレはマンゴーをかじりながら、

「そうそう。マズいフルーツが薬なんだよ。とりあえず1口ずつ食べて、マズいやつだけ焼いてみよう」


 しかしフルーツはどれも甘く、美味かった。


 なぎさが首をかしげた。

「どういうこと……? フルーツは全部取ってきたはずなのに」

 亜子さんが立ち上がって言った。

「見落としがあるかもしれない。ぼくも探しに行くよ」


 ――こうして2人が出かけているあいだに、いよいよ強烈な『飢え』が襲いかかってきた。


「ううっ……背中と腹がくっつきそうだ……」

「浩一くん。お湯を少しでも吐いたほうがいいです」

 葉月さんに言われ、オレは喉に指をつっこんだ。

「――うえええっ!!」

 勢いよく嘔吐したが、気分はちっとも良くならない。


「はあ……はあ……」

 あえいでいると、葉月さんがハンカチでオレの口元をぬぐってくれた。

「あ、ありがと……うえっ」

 オレの酸っぱい液が、葉月さんのキレイな指にかかってしまう。


 けれど葉月さんはイヤな顔1つせず、水筒のカップを差し出して、

「これで口をゆすいでください」

「はあ……はあ……さんきゅう」


 うがいをして、水を吐き出す。

 少しだけ気分がサッパリした。

「でも悪い……オレのゲロが……」

「そんなの気になりません。それより、今はゆっくり横になっていてください」

 

 葉月さんはオレに膝枕をすると、

「わたしにできることなら、何でも言ってくださいね」

「じゃあ……子守唄を歌ってほしい。気がまぎれるように」


 葉月さんは頷くと、すぐに美声を響かせた。

「ねーんねーん、ころーりーよ」

「ああ……すんげえ癒される……」

 オレは目をつむり、子守唄に聞き惚れた。

「坊やは良い子だ、ねんねしなー」


 葉月さんは歌いながら、オレの頭を撫でてくれる。オレはうっとりして、

「すんごいバブみ……」

「バブみって何ですか?」

「葉月さんの子供になりたい……」

「ふえっ!? それって……」


 葉月さんは真っ赤になると、

「わ、わたしのおっぱいを……飲みたい……?」

「――はあっ!?」

「ち、ちがいますよね? ごめんなさい、わたし何を……」


 葉月さんはあたふたして、それを取りつくろうように歌を再開した。しかしテンパっているのか、だんだん歌詞がヘンテコになってきた。

「坊やのお守りは……桃栗3年柿8年……かごめかごめ……」

「いろいろ混ざってるよ!?」


 オレがツッコんだその瞬間、記憶のかけらが落っこちてきた。

 今度もまた、あのロングヘアーの美女が脳内にあらわれる。美女はオレに向かって、こう言った。


『浩一、あんた知ってる? 桃栗3年柿8年って言うでしょ。あれ、栗もフルーツだから一緒くたに歌ってるのよ』


 ――そうか、そうだったのか!

 オレはガバッと上体を起こして言った。

「葉月さん! 栗だ! 江戸時代は栗もフルーツだったんだよ!」



 ●  ●  ●



「――焼けました!」


 葉月さんが焼き栗をむいて、オレに食べさせてくれる。

「浩一くん。あ~ん」

「あ~ん……」

 ――ぱくり。

「う……美味い! めちゃくちゃ美味いよコレ!」

「ふふっ、よかったあ」

 葉月さんが微笑ほほえみながら両手を合わせる。すると、隣からチクチクした視線が。


 どうしてか、なぎさが口をとがらせ、「あ~ん、だって。……どう思います、亜子さん?」

「きっと、ぼくたちがいない間に、2人でイチャついていたんだね」


 皮肉られた葉月さんは、真っ赤な顔で、「ちちち違いますよ?」と首を横にふりふり。


 そのあいだに、なぎさが新しい栗をむいて、

「……まったく浩一ったら甘えん坊なんだから。ほら、あ~んしなさい」

「あ~ん」

「おいしい?」

「もぐもぐ……うん、うまい! この栗なら、いくらでも食べられるぜ!」


 オレが栗を呑みこむと、今度は亜子さんが新しい栗をむいて、

「ぼくのもお食べ。あ~ん」

「あ~ん……もぐもぐ……おおっ!? だんだん空腹がおさまってきた!」


 亜子さんは「それは良かった」と言って、新しい栗をむきはじめた。

 そこへ葉月さんが「わたしの番です」と主張して、オレに「あ~ん」

 なぎさも割り込むように「あ~ん」

 亜子さんまで「あ~ん」


 ……何だろう。

 3人の栗を食べる順番で、オレの運命が決定しそうな気がする……


 得体のしれない予感に、オレが冷や汗をかいていると、ふいに洞窟の奥のほうで「ギギギギギ……」と、扉のひらく音がした。


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