第10話 ジャングルの謎(改訂版)

「うわああああ!! 恥ずかしいいいい!!」


 テンパっていたとはいえ、3人を相手に「好きだ」と叫んだ阿呆あほうは、全世界でオレくらいだろう。

 そもそも、どうしてオレは「好きだ」なんて叫んだんだ? そりゃあ3人はそろって美少女だけど……


「ってあれ? ここはどこだ?」


 ジャングルを走っているうちに、オレは道に迷ったらしい。気がつけば、白いレースのような霧が辺りを包んでいる。


「いや……これは霧じゃない。……湯けむりだ!」


 湯けむりは左から右へ流れていて、オレはその流れに逆らうように歩いた。しばらくすると――「やっぱり温泉だ!」


ゴツゴツした岩場の狭間はざまにミルク色の温泉が湧いていた。そして、大きな岩場の向こう側から、なぎさの声が聞こえてきた。

「あたしたちに告白とか、あいつ何を考えているのかしら」


 オレが耳をそばだてると、今度は亜子さんの声が聞こえてきた。

「でも、浩一くんがぼくたちを好きになるのは仕方ないのかもしれない」

「そうなんですか?」と葉月さん。


「うん。だってこの2日間、ぼくたちはずっと一緒に過ごしてきたんだ。……その濃密な時間が、友情を『好き』に変えてもおかしくないよ」


 亜子さんの心理分析は……当たっているようで、たぶん違う。


 そんなオレの想いが伝わったのか、なぎさが自信たっぷりに言った。

「亜子さん、それは違うわ。浩一があたしたちにのは……あたしたちが美少女で、性格がいいからよ!」

「まったく……君は自信家だね」


 亜子さんが苦笑する。

 そこへ葉月さんが口をはさんだ。

「でも浩一くんって、たしか好きな人がいますよね。記憶喪失で忘れてしまっているみたいですけど……」


 亜子さんが戸惑った声で、

「……そうなのかい?」

「はい。だってそもそもの目的が、妻恋つまこい温泉をくんで帰ることですから。あの恋愛成就の」


 ふいに沈黙が下りた。

 なぜだか分からんが、怒っているような気配をひしひしと感じる。


 なぎさが言った。

「あいつの『好き』って、ものすごーく軽いんじゃない?」

 亜子さんも溜息をついて、

「ショックだよ。初めて男子に告白されたと思ったら、どうもみたいだ』


 うっ……胸が痛い。けど、悪いのはオレだよなあ。


 3人にどう謝ろうか考えていると、葉月さんが空気を変えるように咳ばらいして、

「……あのう。浩一くんはんですよ?」


 またしても沈黙が下りた。

 何やら考えをめぐらせているような、深い沈黙だった。

 しばらくして、なぎさが尋ねるように言った。

「……つまり、浩一があたしを……あたしたちを好きになる可能性だってあるのね? あいつの記憶の中の『好きな人』より」

 

 葉月さんと亜子さんが「ふふっ」と笑う。でも、オレには2人の笑い声の意味がよく分からなかった。



 ●  ●  ●



 ガールズトークはまだ続いているが、話題はようやくオレかられた。


 亜子さんが「ふう……」と吐息を漏らし、「それにしても、このジャングルは不思議だね。まっすぐ歩けばスタート地点へ戻ってしまうし、岩壁に沿って進めば、この温泉へ突き当たってしまう」


 葉月さんが「はい」とうなずいて、

「不思議といえば、ジャングルを歩いていると、すこし頭がクラクラするんです」

「葉月も?」なぎさが言った。「あたしもそうなのよ」


 ……頭がクラクラする? そういえば、亜子さんは急に気分が悪くなって嘔吐したんだよな。


 オレは何かひらめきそうだった。

 そのひらめきの明かりを消さないよう、じっくり考えていると、天井のヒカリごけが目にとまった。ヒカリ苔はその輝きの濃淡から、天井に光の模様を描いている。


「……ん?」

 何か違和感。しばらくジッとしていると、ヒカリ苔がゆっくり形を変えているのに気づいた。


「まさか……」

 オレは自分の予想を確かめるため、大きな岩をよじ登り、天井に顔を近づけた。

「思ったとおりだ! ――ってうわっ!?」


 オレは足をすべらせ、下の温泉へまっさかさま。


 ――ドボン!


 しぶきが立った直後、「きゃあっ!?」と悲鳴が上がった。


 オレはおそるおそる、温泉から顔を突き出した。すると、服に着替えた3人が、びしょ濡れで岩場に立ち尽くしている。

 3人ともシャツが肌に張りついて……うわあ、すごーい。


「……ゴクリ」

 オレが喉を鳴らすと、3人は口々につぶやいた。


「こ、浩一くん……」

「あんた何してるのよ……」

「まさか岩の上で、ぼくたちが入浴してるのを見てたんじゃ……」


 亜子さんの言葉に、空気がピシリと凍りつく。オレはあわてて、

「違う! のぞいてない! だってほら、アソコは縮こまってるだろ!?」


 オレは混乱のあまり、葉っぱパンツを両手でめくっていた。

 ――ぺろん。


「きゃあああ!? 何てもの見せるのよ!!」 

「こここ浩一くん!?」

「うわあ……ホンモノってそうなってるんだ」


 3人の反応に、オレはようやく我に返った。 

「どわあああ!? みんな見ないで!!」

 慌てて股間を隠すと、なぎさが真っ赤な顔で叫んだ。


「――あんたが見せてきたんでしょ! 早くパンツを穿きなさい!」



 ●  ●  ●



「まったく……夢に出てきたらどうするのよ」

 なぎさが口をとがらせる。

「うう……すまん」

 オレが頭をさげると、葉月さんが恥ずかしそうに、

「でもわたし、不思議とイヤじゃなかったです」

「そ、そう?」


 オレが頬をかいてると、なぎさが葉月さんを肘でつつき、

「葉月のえっち」

「ええええっちじゃないです!」


 そこへ、亜子さんが両手をパンパン打ち鳴らした。

「みんな、おしゃべりはここまでだ。浩一くんが教えてくれたとおり、地面をよく見ていないと」


 おっと。そういえばジャングルの謎を解き明かしている最中だった。

 オレは手にした枝で、地面に1メートル程の直線を引いた。

「みんな、よく見てて」


 すると、直線の上半分が、時計の秒針のようにゆっくり左へ動きはじめた。

 なぎさが目を丸くしてつぶやいた。

「ホントに地面が動いてる……」


 ――そう。いくらまっすぐ進んでもスタート地点へ戻ってきてしまうのは、地面がオレたちの歩幅に合わせて、ゆっくり回転しているからだ。


「でも、どうして地面が動いてるの?」

 なぎさが尋ねると、亜子さんが答えてくれた。

「たぶん地面の下に大きな岩盤があって、それを地脈がゆっくり押しているんだ。だからその上に立っているぼくたちは、乗り物酔いしたみたいに頭がクラクラするんだよ」


 ジャングルの謎を解いたオレたちは、地面の回転速度を計測し、それに合わせて斜めにジャングルを移動した。すると――


「浩一くん、見てください! さっきとは別の温泉があります!」


 ――葉月さんが指さす先には、湯けむりの立ちこめる新たな温泉が広がっていた。

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